プロジェクトの技術主任の号令に合わせて、カーボンブラックの合成塗料により半径十キロメートルにわたって所狭し記述された式が起動し、重なり合った幾何学模様の中心に設置された空っぽのロケット発射台が黄金の輝きを放ち始めた。光は徐々に強くなって、やがて大きな龍の実像が発射台の空間に投射された。
明け方の星空はあまりに静かで、ミッションが次なる段階に入ったことを伝えるアナウンスがプラネタリウムの解説のように響いていた。神妙な面持ちでケネディ宇宙センターの周りに詰めかけた見物人たちは、互いに抑えきれない興奮をささやいて、今日が歴史的一日になるであろうということを確認しあっていた。
絶対精神学を源流とする超統一言語学の発明により、世界は緩やかに結束しつつあった。
地球の"ニューエイジ"たちは完全に新たな言葉を操ることができたし、時間や空間を超えた他人とだって簡単に相互理解を行うことができたし、宇宙に存在するあらゆる知的生命体の存在を感じることができた。日本語も英語も中国語もヒンディー語もスペイン語も、もはや時代遅れの異物であって、アップデートされるべきものとして認識されていたが、それでも宇佐美蓮子は旧世代の異物を捨て去ることができなかった。理由は単純な懐古趣味と、マエリベリー・ハーンの存在である。
彼女をメリーと呼ぶことは、旧世代の言語にしかできないのであった。
卒業を間近にした蓮子は、秘封倶楽部の相棒であるメリーと最後の会合を行っていた。
「蓮子は研究を続けるんだよね」
科学の信徒たちで賑わう大学食堂でメリーは、その存在を確かめるように蓮子の手をさすっていた。彼女のコバルトブルーの瞳はあらゆる視覚機能を失っていたが、吸い込まれるような美しさは健在だった。
「まだ何も解き明かしていないもの。メリーが見えたモノも、私達が信じているモノも、何もね。私には才能を持つものとしての義務があるわ」
「本当に結界を解き明かすなんてことが出来ると思う?」
「もちろん」
これで何度目かになる質問に、蓮子は決まりきった返答をした。
「結界や境界なんて、もうどこにもないわ」
「私達が取り戻すのよ。そして答えを見つける」
「あなたが、でしょう?私はもう答えを見つけたんだから」
「こんなつまらない答え、私は認めない」
蓮子の言葉は非論理的で、主観に満ちていた。少し前ならば主観的なのはメリーの役割だったが、二人の価値観はすっかり逆転していた。
「ふふっ、物理学者の発言じゃないわね」
「あたぼーよ。むしろ、メリはーいつからそんなに悲観的になったのよ。そんなんじゃ張り合いがないじゃん」
「ずっと真っ暗な場所にいれば誰だってこうなるわ」
メリーは弱冠十六歳にして天才の名をほしいままにしていた。彼女の研究は言語、人間、宗教、思想、全ての壁を完全に取り払ってしまった。世界がひとつになる方法を示したのである。同時に、彼女は少しずつ視力を失っていった。最初は結界が、次に物質の像が、最後にはあらゆる光が見えなくなった。
「これじゃあ秘封倶楽部も終わりかあ」
「どっちにしたって、私達が卒業したら終わりじゃない」
「ならさ、追いコンしましょうよ」
「後輩もいないのに?」
「せっかくサークルなんだから、こういう通過儀礼はやっておかないと」
「そういえばサークルらしいことってあんまりしてなかったわねえ」
「言ってみれば私達、ただ二人で日本じゅうを散歩してただけだっただけだったし」
「うん。そうね……最後くらい、普通なことをやりましょうか」
メリーは旧式の言語で答える。
彼女は超統一言語学の発明者でありながら、頑なに日常でそれを使うのを拒否し続けていた。
理由は色々噂されているけど
明け方の星空はあまりに静かで、ミッションが次なる段階に入ったことを伝えるアナウンスがプラネタリウムの解説のように響いていた。神妙な面持ちでケネディ宇宙センターの周りに詰めかけた見物人たちは、互いに抑えきれない興奮をささやいて、今日が歴史的一日になるであろうということを確認しあっていた。
絶対精神学を源流とする超統一言語学の発明により、世界は緩やかに結束しつつあった。
地球の"ニューエイジ"たちは完全に新たな言葉を操ることができたし、時間や空間を超えた他人とだって簡単に相互理解を行うことができたし、宇宙に存在するあらゆる知的生命体の存在を感じることができた。日本語も英語も中国語もヒンディー語もスペイン語も、もはや時代遅れの異物であって、アップデートされるべきものとして認識されていたが、それでも宇佐美蓮子は旧世代の異物を捨て去ることができなかった。理由は単純な懐古趣味と、マエリベリー・ハーンの存在である。
彼女をメリーと呼ぶことは、旧世代の言語にしかできないのであった。
卒業を間近にした蓮子は、秘封倶楽部の相棒であるメリーと最後の会合を行っていた。
「蓮子は研究を続けるんだよね」
科学の信徒たちで賑わう大学食堂でメリーは、その存在を確かめるように蓮子の手をさすっていた。彼女のコバルトブルーの瞳はあらゆる視覚機能を失っていたが、吸い込まれるような美しさは健在だった。
「まだ何も解き明かしていないもの。メリーが見えたモノも、私達が信じているモノも、何もね。私には才能を持つものとしての義務があるわ」
「本当に結界を解き明かすなんてことが出来ると思う?」
「もちろん」
これで何度目かになる質問に、蓮子は決まりきった返答をした。
「結界や境界なんて、もうどこにもないわ」
「私達が取り戻すのよ。そして答えを見つける」
「あなたが、でしょう?私はもう答えを見つけたんだから」
「こんなつまらない答え、私は認めない」
蓮子の言葉は非論理的で、主観に満ちていた。少し前ならば主観的なのはメリーの役割だったが、二人の価値観はすっかり逆転していた。
「ふふっ、物理学者の発言じゃないわね」
「あたぼーよ。むしろ、メリはーいつからそんなに悲観的になったのよ。そんなんじゃ張り合いがないじゃん」
「ずっと真っ暗な場所にいれば誰だってこうなるわ」
メリーは弱冠十六歳にして天才の名をほしいままにしていた。彼女の研究は言語、人間、宗教、思想、全ての壁を完全に取り払ってしまった。世界がひとつになる方法を示したのである。同時に、彼女は少しずつ視力を失っていった。最初は結界が、次に物質の像が、最後にはあらゆる光が見えなくなった。
「これじゃあ秘封倶楽部も終わりかあ」
「どっちにしたって、私達が卒業したら終わりじゃない」
「ならさ、追いコンしましょうよ」
「後輩もいないのに?」
「せっかくサークルなんだから、こういう通過儀礼はやっておかないと」
「そういえばサークルらしいことってあんまりしてなかったわねえ」
「言ってみれば私達、ただ二人で日本じゅうを散歩してただけだっただけだったし」
「うん。そうね……最後くらい、普通なことをやりましょうか」
メリーは旧式の言語で答える。
彼女は超統一言語学の発明者でありながら、頑なに日常でそれを使うのを拒否し続けていた。
理由は色々噂されているけど
(点数入れ忘れ)
天という真理に至る塔を駆け降りる、すなわち退行によって統一を取り戻した人類が……ええと……なんやかんやして蓮メリがちゅっちゅするなこれは!