Coolier - 迎え火 送り火 どんど焼き

オレオレ幸せ投資詐欺

2019/04/01 17:08:53
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 ある春の早朝のことである。身だしなみを整え爽やかな心持ちで自室を出た鈴仙を出迎えたのは

『しあわせ銀行』

 という看板を掲げた出店であった。
 当然のように店内の椅子に腰掛けているてゐは、唖然としている鈴仙に胡散臭い笑顔を向けた。

「おっはー鈴仙、しあわせの貯蓄はいかがかな?」
「あんたね……」

 よく見ると、屋台は月都万象展のものであった。

「また兎たち相手になんかやってるの?別にいいけど、詐欺もほどほどにね」
「なに言ってるのさ鈴仙。正真正銘、名実一体、幸運の銀行だよ。私の能力を忘れたの?」

 はて、求聞史紀にはなんと書いてあっただろうか。
 鈴仙は、か細い記憶の糸をたぐって思い出そうとした。なにせ目の前の兎ときたら常日頃から遊んでばかりに見えて、何か特別なことができるという印象がまるでなかったのである。

「ちょっと待って、思い出すから」
「……ほんとにわからないの?」
「うん」

鈴仙が当然のように頷くので、てゐは眉間に寄った皺をもんだ。

「よしじゃあヒント、シワとシワを合わせて?」
「しわしわ」
「それは鈴仙の耳のことでしょ!」
「私が悪いの!?」

 全くもって理不尽である。
 しかし、このバカバカしいやりとりで、鈴仙はてゐの能力を薄らぼんやりと想起することができた。

「えっと……幸運を与える、だっけ」
「そうそう。なーんだちゃんと覚えてるじゃない」
「その能力、どうも胡散臭いのよねえ」

 鈴仙の日々は、ドジを踏んではてゐに馬鹿にされ永琳に叱られるという幸が薄い毎日で、てゐの言うような恩恵を受けた覚えは全く無かった。

「鈴仙のほうがわけわかんない能力じゃん」
「私はビームとか打てるし!科学的だし!」
「なるほど科学的だねえ」
「なによ!」

 いきり立つ鈴仙を、てゐはおどけていなした。

「鈴仙の能力ってあれでしょ?波動がなんとか商法みたいなのでしょ。うさんくさー」
「あなたは知らないかもしらないけど、万物の最小要素は波なのよ!それは月の学会でも数千年前に――」
「あーはいはい、今度聞くからさ。それよりほら、今日はお師匠様に呼ばれてたんじゃないの」
「あっ!いけない!」

 鈴仙は慌てて駆け出した。「そんなんじゃまた転ぶよ」とてゐが言う頃には、鈴仙は廊下の角に消えていた。

 しばらくたって鈴仙が自室に戻ると、相も変わらずてゐの出店は存在していた。
 達筆な看板も健在である。

「まだやってんの?だいたい永遠亭で銀行やってどうなるのよ……バブルが来る前に経営破綻よ……」
「なーんか不機嫌みたいだけど、どうしたのさ」
「あんたのせいで遅刻して師匠に怒られたの!」
「えー、そもそも鈴仙が話しかけてきたんじゃん」

 ぴんと耳を立てて声を荒げる鈴仙に対しててゐは飄々と答えた。
 取り付く島もない正論に、再び鈴仙の耳がしおれていく。

「それはそうだけど……なんか最近ついてないのよね……」
「ついてないとか言う奴の八割は自分に原因があるんだよ。幸せは自分でつかみとりなさい」

 てゐの物言いが期待より厳しかったので、鈴仙はげんなりでした。げんなりんげである。

「それってあんた、自分の能力全否定じゃん」
「なんのことかなあ。私の能力は、鈴仙が大好きな程度の能力だからなあ」
「嘘をつく程度の能力でしょ」
「それじゃあさ、鈴仙、私の力で幸運になってみる?」

 てゐは店の屋根に掲げた看板を指差す。そこには『しあわせ銀行』の文字が派手派手しく踊っていた。

「いらんわ。どうせまた詐欺でしょ」
「まあまあ、ものの試しにさ。それに、最近ついてないんでしょ?」
「そうだけど」

 鈴仙が少し迷う様子を見せると、てゐはとっておきの一言を放った。

「うまく行けば鈴仙は何もせずに幸せになれるんだよ?師匠にだって褒められるようにもなるかもよ?不労所得だよ?」
「そんなうまい話があるわけないじゃない。ま、まあちょっとだけならやってみてもいいかもしれないけど……」

 てゐは内心でほくそ笑んだ。鈴仙の存在理由は永琳に褒められることにかかっているので、これを言えば大抵は通るのだ。

「それでは、弊行をご利用とのことで、幸福の方法について説明させていただきます」
「え?てゐが能力でぱぱっと幸せにしてくれるんじゃないの?」
「何言ってるのさ。この看板が見えないのかい?」

鈴仙は再び安っぽい屋台の看板を見上げたが、やはり、『しあわせ銀行』の文字が読み取られるだけである。いったい何をどうする店なのか、まったくわからなかった。

「お金でも貸してくれるの?」
「違う違う、私が貸し借りするのは幸せさ」

 てゐは得意気に指をふって説明する。

「この世界の幸運の総量っていうのはね、一定で決まっているんだ。だから短絡的に鈴仙だけを幸運にしちゃうと、ほかの人の運勢が下がっちゃうんだよね。了解も得ないで見知らぬ人を不幸にするのは忍びない。そこで、この銀行!」

 てゐは大仰に両腕を広げた。ちょっとした演説風である。水を得た魚か、客を得た詐欺師のようだ。

「この『しあわせ銀行』で鈴仙は私に幸せを預けるの。そしたらそれを元手に私がちょっとずつ幸せを集めてくるから、頃合いを見て増えた分の一部を上乗せして、鈴仙から預かった分を返す。こうやって幸せを増やしてあげれば、幸せは適量で私の周りを巡り続ける」
「へえ、回りくどいことするのね」

 結局何がどうなって自分の幸せが増えるのか鈴仙にはよくわからなかったが、とにかく皆と自分が幸せになるということは理解できた。
 鈴仙の大きな耳は自分に都合のいい話を聞くことに長けているのである。

「せっかくの能力を有効利用できないっていうのはもったいないし、こうすれば少しの不幸で知り合いを満遍なく幸せにできると思ったのさ」
「……あんた、意外といいやつだわ」

 鈴仙は心底驚いた。
 てゐと言ったら、考えることは悪巧みだけとばかり思っていたのだ。

「じゃ、契約してくれるんでしょ?はい、この紙に名前書いて」
「あ、うん」
 
 てゐは屋台のカウンターに書類とペンを差し出した。
 呆けていた鈴仙はそれらを受け取ると、書類の名前欄らしきものに自分の名前を記入し、てゐに手渡した。

「……これでいいの?」
「よし、確かに受け取った」
「ほんとに効くのよねー?」

 鈴仙は今になって不安になった。なにせ、あのてゐである。しかも契約書らしきものにまで記入してしまったのだ。因みに、面倒だったので中身には目を通していない。鈴仙は面倒な書類には目を通さないタイプなのだ。

「じゃあ鈴仙、ちょっとこっち」
「ん、なに?」

 てゐは屋台から出ると、鈴仙を手招きした。

「私の力を使うから、ちょっと頭下げて」
「……こう?」

 鈴仙は膝に手を置いて、背の低いてゐでも直接触れられるよう頭を下げた。ここで素直に従ってしまうあたり、普段からの騙されっぷりも無理のない話である。

 てゐは鈴仙の薄紫の前髪を両手でかき分けると、露わになった白い額に口づけをした。とたんに鈴仙は飛び上がり、顔は火が出んばかりに赤く染まった。

「な、なななななにすんのよ!」
「やーい赤くなってやんの」
「うるさいわ!」

 てゐはいたずらっぽく笑って、鈴仙からくるくると距離を取った。

「落ち着きなよ。こうしないと確実に能力が発動しないんだ。それよりどう?なんか変わった感じはする?」
 
 顔が熱いだけで、他はなんともなかった。しかしまさか、これが幸運というわけではあるまい。

「いまのところなんとも……本当にこれで幸運になれるのよね?」
「いんや。暫くの間はちょっとだけ不運になるよ」
「えっ」
「そりゃ、鈴仙は幸運を預けたんだから当たり前じゃないか。契約書にも書いてあったじゃん。とりあえず一ヶ月分もらっておいたから」

 固まる鈴仙に、てゐは飄々と言い放った。

「騙された!」

鈴仙のシャウトが永遠亭の廊下に響いた。永琳がこの場にいれば、小言の一つでも貰っていたことだろう。

「まあまあ考えてごらんよ。鈴仙は最近ついてないのはね、流れが鈴仙のほうに向いてないからなんだ。運の流れはいつまで続くかわからないし、もしかしたら死ぬまでそのままかもしれない。そう考えると、一定期間ちょっと不幸になっただけで確定的に幸運になれるっていうのは魅力的な話じゃない?」
「口車に載せられているように思えてならないわ……」
「私の口車はすごいよ。乗り心地抜群なんだから」

 鈴仙の脳裏に、泥船という言葉がちらついた。



 翌日、カラスが夕日を追いかける頃。
 てゐが鈴仙の部屋でワイヤートラップを仕掛けていると、沈んだ顔の鈴仙が帰ってきた。

「浮かない顔だね?」
「さっそく師匠に怒られちゃった……培養液がコンタミしてるって」
「まあ、いつものドジだね。今日もご苦労さん」

 てゐの見立てでは、同じようなミスを月に三度はやっている。


「いいや、不幸のせいに違いない」
 
 鈴仙はそう言って顔を上げた。その瞳は、身に振りかかる全ての出来事を呪い、天が悪いのだと叫んでいた。

「じゃあそろそろ引き出す?まだ一日目だから、あんまり溜まってないけど」
「まだよ。こんなに不幸な目にあってるっていうのに、もうちょっと増やさないと勿体無いわ」
「ま、そうだよね」

そしてまた翌日のことである。
てゐが鈴仙の部屋で幻想入りした遠赤外線布団の販売会を開いていると、浮かない顔の鈴仙が帰ってきた。

「今日はどうだった?」

 てゐが尋ねると、ぼそぼそと鈴仙は話し始めた。

「人里の貸本屋で、思いっきりこけちゃったの」
「また魔理沙にでもちょっかいかけられたの?」
「足がもつれて……不運だわ……」
「……前から思ってたんだけど、本当に元軍人なの?」
「失敬な!優秀な玉兎だったのよ!これでも!」
「これでも、ね」
 
 いつもながらてゐには信じ難い話である。どのくらい信じ難いかというと、自分の言葉と同じくらいは信じ難いと思っていた。

「うう、貸本屋の娘とかにはかっこいいキャラで通してたのに……」
「どうする?そろそろ戻す?」
「まだよ!増やしまくっておもいっきり幸せになってやるんだから」

 てゐの想像通りに答えて、鈴仙は立ち去った。
 鈴仙は、食べ放題に行くときには無理にでも高いメニューを詰め込むタイプなのである。

 さらに翌日。
 てゐが鈴仙の部屋で世界を幸福にするためのシンポジウムを開いていると、鈴仙が悲壮な面持ちで襖を開いた。

「今日はどうしたの」
「タンスの小指に足をぶつけたの……」
「……それだけ?」
「連日の不運だわ……」

てゐは「全部自業自得じゃん」という言葉を、こいつに言っても仕方ないかと飲み込んだ。

「じゃあ、そろそろ戻す?」
「どのくらい増えたの?」
「現段階で元本に二割上乗せって感じかな」
「……もう戻していいかな。そんくらい増えたら少しはいい思いできるわよね」
「三日かあ、鈴仙は相変わらず堪え性がないねえ」
「ほっといてよ!」

 てゐの予想では、鈴仙が引き出すのはあと一日先だった。タンスとの衝突事故が結構効いたのかもしれない。

「はいはい。じゃ、幸運戻すから頭下げて」
「……」
「どうしたのさ、はやくしてよ」
「やっぱり、それやらないとだめなの?」

 鈴仙はうつむきがちに聞いた。

「うん」
「ちょ、ちょっと待って」

 そう言うと鈴仙はてゐに背を向けて、ポケットから取り出したハンカチで額を軽く拭き、拭き終えた額を何度かなでて手触りを確かめると、僅かに緊張した面持ちで振り返った。

「どうぞ!」
「別に気にしないのになあ」

 てゐはぼやきながら、ほんのりと赤くなった鈴仙の額に口付けをした。

「はい、幸せ返したよ。二割増しでね」
「う、うん」

 鈴仙はそわそわと前髪を整え直した。

「……拭かないの?」

 ニヤニヤと笑っててゐが聞くと、鈴仙の赤い顔が爆発した。

「拭くわよ!」

 鈴仙が乱暴にハンカチを押し当てたので、整えられた前髪は、再びばさばさと散らされた。

 そしてまた数日後、タコ無しタコ焼き屋台を夏祭りで売りさばいたてゐが永遠亭に帰ると、そこには全身から幸せオーラを振りまく鈴仙がいた。

「あれからどうよ?その様子だと、うまくいってるみたいだけど……」
「ふふ、実はね……」

鈴仙は緩みきった表情で、ここ数日の出来事を説明し始めた。

 曰く「昨日も師匠には怒られちゃったけど、お夕飯がすごくおいしかったの」
 曰く「貸本屋の小鈴ちゃんと仲良くなれたの。素のままでお話できて、お薬の説明も興味津々に聞いてくれるいい娘だったわ」
 曰く「最近、タンスの角に気をつけられるようになったのよ」

 どれも、ささいで、微妙な出来事である。つまるところ何時も通りであった。

「ありがとね、てゐ。なんだか最近本当についてるわ。疑ってごめんね!」
「あ、うん……私、なんもしてないんだけどね……ほんとに騙されちゃうんだ……」
「え、なんか言った?」

 鈴仙の耳は、自分に不都合なことを聞かないことにも長けていた。度重なる自機化で鈍感主人公属性がついたのである。

「いや、なんでもないよ」
「じゃ、私これからおゆはんの準備するから!」
「まあ頑張って。うん、あんたは今最高に幸せだよ」
「ありがと!じゃあねっ!」

 スキップまじりに走り去る鈴仙に、どこかから、「廊下は静かに歩きなさい」という怒鳴り声が浴びせられた。鈴仙は、「すみません!」と威勢よく怒鳴り返した。
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