11時25分。
「ヒカキン元首相死去 黒人と共に歩んだ人生」という文字が端末に飛び込んできて思わず通りの真ん中で顔を上げた。
驚いたのは私だけではない。
通りを歩く老人たちのほとんどが同時に顔を見合わせ、一瞬あとに老いという同じ病を抱えた者同士の照れた笑みを分かち合って、皆また視線を戻した。
彼の体調のことは誰もが知っていて、報せは結局のところ遅いか早いかの違いでしかなかった。
私たちがそれに驚いたのは、第一にまずそのあまりに象徴的なタイミングと、もう一つは平成の世をYouTuberとして、黒人の世を政治家として歩んだ彼の風変わりな人生の、その前半部分に対する言及がまるでなかったことによるものだった。
もちろんそれはある程度仕方のないことだとわかっていた。
EUの瓦解に端を発する世界恐慌のどさくさに紛れて、本社を月に移したZOZOTOWNがGoogleを敵対買収したあの出来事はもう大昔のことだ。
その子会社にYouTubeなどというものがあったことは平成生まれの老いぼれの死にかけた脳細胞の影の中にしか残っていないし、後年の彼自身にしたって、当時のことを掘り返されることに誰よりも神経質だった。
ただ、私たち、今この通りで顔を見合わせた私たちは、独裁者としてではない彼の明るく気さくだった姿を知っている。
それは本当に、決して悪い意味ではない。
あとになって、彼にどれだけひどい目に合わされたとしても、結局のところ、子供の頃にスマートフォンを通じて見た彼の笑顔をどれだけ信頼していたかということは私たちにいつまで経ってもついて回ったのだ。
それが私たちが見合わせた皺だらけの気恥ずかしい笑顔のわけだった。
一度下に戻した視線を私たちはまた駅前のビルのスクリーンに向けて上げた。
今度は私たちの世代だけでなく、誰もがそうだった。
大勢に情報を周知するのにそんな方法を用いる必要がなくなってから、もうずいぶん時間が経っていたが、そういった行動をみんなが久しぶりに取りたくなった。
スクリーンには首相官邸の記者会見室の様子が映されている。
カメラマンや記者たちでいっぱいだ。
今上天皇、やがては黒人天皇として語られる人の退位を来月に控え、今日新たな時代の年号が発表されるのだ。
11時半になった。
低い鐘の音が一つ鳴り、太田官房長官がつかつかと歩いてきて一礼をしてから席に座った。
彼のトレードマークのハンチング帽が炊かれた大量のフラッシュに照らされる。
官房長官が官僚から額縁を受け取り、横に伏せて置き、マイクに向かって話し始めた。
通り一遍の挨拶を短く済ませ、一呼吸を置く。
全国民の目が彼に注がれた。
「ただいま終了いたしました閣議で元号を改める政令が決定されました。本日中に公布される予定です。新しい元号は――」
「ヒカキン元首相死去 黒人と共に歩んだ人生」という文字が端末に飛び込んできて思わず通りの真ん中で顔を上げた。
驚いたのは私だけではない。
通りを歩く老人たちのほとんどが同時に顔を見合わせ、一瞬あとに老いという同じ病を抱えた者同士の照れた笑みを分かち合って、皆また視線を戻した。
彼の体調のことは誰もが知っていて、報せは結局のところ遅いか早いかの違いでしかなかった。
私たちがそれに驚いたのは、第一にまずそのあまりに象徴的なタイミングと、もう一つは平成の世をYouTuberとして、黒人の世を政治家として歩んだ彼の風変わりな人生の、その前半部分に対する言及がまるでなかったことによるものだった。
もちろんそれはある程度仕方のないことだとわかっていた。
EUの瓦解に端を発する世界恐慌のどさくさに紛れて、本社を月に移したZOZOTOWNがGoogleを敵対買収したあの出来事はもう大昔のことだ。
その子会社にYouTubeなどというものがあったことは平成生まれの老いぼれの死にかけた脳細胞の影の中にしか残っていないし、後年の彼自身にしたって、当時のことを掘り返されることに誰よりも神経質だった。
ただ、私たち、今この通りで顔を見合わせた私たちは、独裁者としてではない彼の明るく気さくだった姿を知っている。
それは本当に、決して悪い意味ではない。
あとになって、彼にどれだけひどい目に合わされたとしても、結局のところ、子供の頃にスマートフォンを通じて見た彼の笑顔をどれだけ信頼していたかということは私たちにいつまで経ってもついて回ったのだ。
それが私たちが見合わせた皺だらけの気恥ずかしい笑顔のわけだった。
一度下に戻した視線を私たちはまた駅前のビルのスクリーンに向けて上げた。
今度は私たちの世代だけでなく、誰もがそうだった。
大勢に情報を周知するのにそんな方法を用いる必要がなくなってから、もうずいぶん時間が経っていたが、そういった行動をみんなが久しぶりに取りたくなった。
スクリーンには首相官邸の記者会見室の様子が映されている。
カメラマンや記者たちでいっぱいだ。
今上天皇、やがては黒人天皇として語られる人の退位を来月に控え、今日新たな時代の年号が発表されるのだ。
11時半になった。
低い鐘の音が一つ鳴り、太田官房長官がつかつかと歩いてきて一礼をしてから席に座った。
彼のトレードマークのハンチング帽が炊かれた大量のフラッシュに照らされる。
官房長官が官僚から額縁を受け取り、横に伏せて置き、マイクに向かって話し始めた。
通り一遍の挨拶を短く済ませ、一呼吸を置く。
全国民の目が彼に注がれた。
「ただいま終了いたしました閣議で元号を改める政令が決定されました。本日中に公布される予定です。新しい元号は――」
ヒカルよ!?見ているか?(唐突な対立煽り)