Coolier - 迎え火 送り火 どんど焼き

愛と悲しみのヒソウテンソク 第一話 

2019/04/01 02:53:14
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 妖怪の山の底の底、太陽の光がわずかに届くくらいの地底――と言っても、別に陰気なわけではない。
 間欠泉地下センターは、明るい空気に満たされている。それは、単純に照明が明るいというだけではなく。
 河童たちが、とても楽しそうだからだろう。陽気な技師たちは、今日も意気盛んに働いている。

「にとりー、ちゃんとやってるー? そろそろ完成近そうじゃない?」
「あ、諏訪子様―! はいはい、正月返上で作り続けた甲斐がありましたよ!」
 広大な地底の基地に、楽しげな声がこだまする。
 工具を片手に諏訪子へと手を振るにとりは、巨大な機械のほとんどてっぺんに張り付いていた。
 巨大な――そう、本当に巨大な。
 だだっ広い間欠泉地下センターにおいてさえ、窮屈そうにしゃがみ込むその姿は、まさに威容と言うに相応しい。だが、決して威圧的なわけではない――圧倒的な存在感を誇りつつも、どこか、子供でも親しみを感じられそうなデザイン。
 それでいて、いざと言う時はその巨体で、雄々しく人々を守ってくれる。
 まだ眠ったままのそれは――いや、「それ」ではなく「彼」は。そう思わせてくれるだけの、愛嬌と頼もしさを併せ持っていた。

「いやー、にとりたちにこの仕事を任せて成功だったよ。今だから言うけど、実は最初は半信半疑だったんだよねー」
「あっはっは、私たち河童はみんな、一人一人ばらばらに機械いじりしてるほうが好きですからねー。まさか、こんな風に大勢で一緒になって、こんな大がかりな物が作れるなんて思いもしませんでしたよ」
「ダムの時は、河童がみんな、ダムに興味が無かったからね。今回は――趣味に走ったものだったのが良かったのよ」
 そう。今まで時間と労力をかけて作ってきたこの巨人は、実用性など考えられていない。
 核融合エネルギーと神の力、そして河童の技術力がふんだんに盛り込まれた「彼」は、極めて無駄なほどのオーバースペックを持っている。一応は、神奈子か諏訪子が動かすことを目安に作られてはいるが、彼女たちとて、この巨人の能力を最大限に発揮できるかと言われると、決して即答はできない。そんな代物だ。
 どうしてこんな物を作ったのかと言われると、今、諏訪子が言った通り。
 ――趣味でしかない。

「でも、早苗にはまだ話さなくていいんですか? 見たら喜ぶと思いますけど」
「へっへっへー、完成したのを見て驚かしてやるのよ!」
「あーあ、いっけないんだー。この間の非想天則の時だって、黙ってやってたから怒られたんじゃないんですか?」
「うっ……い、いいんだもーん。私はこういうのが好きなの、早苗のほうが私のやり方に、もうちょっと慣れるべきなんだよ」
「まあ、今回はその早苗のためですもんね……本当に、もうすぐですね」
「うん。長いようで短かったけど……最後が肝心だもんね。気を緩めないように、がんばろう!」
 諏訪子の景気づけの呼びかけに呼応して、にとりたちはまた作業を再開する。
 にとりたちの手で、巨人は少しずつ、自らのあるべき形を獲得していく。
 巣立ちの瞬間を、巨人は待ち続ける。
 自分の力が必要とされる、その時まで。



【第一話:発進! ヒソウテンソク、神々が生み出した奇跡!】



 地底深くにある旧都にも、毎年正月はやってきて――そして正月も終わり。
 正月が過ぎた今――旧都の入り口で、一人、暇そうにしている妖怪がいる。

「…………妬めない」
 橋の片隅で一人、ぽつりと橋姫が呟いた。
 ここ二、三日、どうにも調子が悪い――普段なら意識せずとも湧き上がる嫉妬の衝動が、鈍くなっているように思う。
 年明けからしばらく経った、一月も半ばのことである。

「ああ……そういえば、毎年いつも、この時期はこんな感じだったわね」
 何せ、年末から年始までの間、イベントがぎゅっと詰まっているのだ。クリスマス、年越し、そして正月――この時期に休みを取って家族一緒に過ごす者も多いし、忘年会や新年会などの宴会も数多く開かれる。
 だからパルスィにとっては、嫉妬に事欠かない季節で。
 その時期が過ぎると、一気に反動が来る。

「燃え尽き症候群って、こういう感じなのかなー……」
 ぐったりと橋の桟にもたれかかる。
 妬みに妬んだ年末年始。負の感情で、頭がどうにかなりそうだった。どの宴会だったかは覚えていないが、ヤケ酒の勢いで大暴れした記憶さえある。勇儀に真正面から喧嘩を売る蛮勇が、自分にあるとは思わなかった。
 なんだかんだと、全力を出し切ったから。
 今は、何もする気が起きない……自分の心身が、自分の物ではないかのような空虚感に苛まれている。

「……このまま橋の下で寝ちゃおうかしら……」
「ふん、妬みにしか興味の無いはずの橋姫が、随分腑抜けたものよ」
「え、誰?」
 声の聞こえたほうに目を向けると、そこにはなんかモフモフした人影があった。

「思い出しなさい橋姫。お前にはまだ、できることがある」
「出来ること……? 私に、妬む以外の何ができるっていうの?」
「できることとはまさにそれよ。お前にはまだ、妬む対象が残されている」
「でも……お正月に匹敵する嫉妬なんてそうそう転がっちゃいないわ。今は、二月のバレンタインに向けて休まないと……」
「笑止! 負の欲望に休息なんてあってたまるもんか! それは際限の無いものよ、それは他でもない、お前が一番よくわかっているでしょう!」
 ……ああ。
 なるほど、とパルスィは納得した。
 こいつは、私と同類だ。
 私と同じように――どうしようもない欲望に身を任せ、そんな自分を嫌悪している――

「……あんたは連れてってくれるの、その場所に?」
「当然だ――私はそのために、お前を迎えに来たんだから」
 きっと疲れていたからだ。
 その誘いの手を取ることに、躊躇は一切無かった。


 /


「お……終わっ、たーーーー!!」
 やっとの思いで仕事を終わらせた早苗が、這う這うの体でこたつにダイブ。
 全日本人が愛してやまないこたつの魔力が、早苗の全身を駆け巡った。

「うあああぁぁぁあったかーい……冷えた手足がぬくぬくですー」
「こーら早苗、お行儀が悪いでしょ、女の子がそんなだらしない顔になっちゃって」
「まあまあ神奈子、早苗も頑張ったんだからこのくらいいいでしょ、お正月進行だったんだからしょうがないよ」
「私たちにとっては、お正月休みなんて幻想通り越して妄想ですよねー、はふぅ」
 守矢神社の正月は忙しい。妖怪の参拝客が、次から次へと初詣に来るのだから。
 いや、初詣という言葉は厳密には正しくない。なぜなら、二回三回と繰り返しやってくる妖怪がほとんどだからだ。
 神奈子たちの信仰の高さの為せる業……というのも無いわけではないが、単に賑やかなところに集まってきているだけである。お祭り好きは全幻想郷住人の共通点。中には、博麗神社と守矢神社を往復で何度もハシゴする暇な妖怪もいたという。
 そして当然のように夜は宴会。お酒や料理を用意するのはほとんど早苗の役目だった。
 さらに、この時期だからこその人里での布教活動も欠かせないものだった。分社への参拝客だって大切な信者だ。参拝してくれた人間の家へ挨拶回りに行き、無料でのおみくじ配布と、希望者には破魔矢とお守りの販売までサービスしてきた。
 だからこの十五日ほどは、休日返上で働き通しの日々だった。

「うにゅ、早苗、お疲れ様!」
「あら、お空さんいたんですか? もう帰ってるもんだと思ってました」
 疲れた様子でこたつに潜り込んだところに、お空と呼ばれた少女が声をかけてきた。
 言葉からも表情からも、温かい労いの気持ちが伝わってくる。

「えへへ、まだ諏訪子様の用事が終わってなかったもんで」
「もう、諏訪子様、お空さんだって地霊殿に家族がいるんですから、きりのいいところで帰してあげないと」
「あーうー、ごめんごめん。どうしても今日中にやっておきたい調整があったんだって」
 お空――霊烏路空は、本来は守矢神社の住人ではない。地底の奥深く、地霊殿に住んでいる地獄鴉だ。
 だが、神奈子と諏訪子がお空に八咫烏の分霊を与えて以来、守矢神社との行き来を繰り返し、今では家族も同然の間柄になっている。

「でも私よりも、早苗のほうがずっと忙しそうだったもん。私でできることならなんでも言ってほしいよ!」
「うう、お空さんはいい子ですね……じゃあ、ちょっとだけ甘えちゃいましょう。肩を揉んでもらえますか?」
「お安い御用! さとり様にもよくしてあげてるから、肩もみは得意なんだよ!」
「えへへ、それは期待しちゃいますねー」
 空の肩もみは、本当に気持ち良かった。手慣れた様子でぎゅっ、ぎゅっと的確にツボを押してくる。また、空が背中の後ろにいると、こたつのぬくもりも手伝って、全身がポカポカと温かくなる。
 ああ――至福。

「あっ、お空さんいいです、そこ、そこ気持ちいいっ……」
「次は首いくねー、早苗は髪が長いから首のほうが凝ってる感じだし」
「ああっ、効くぅ……♪ マッサージ師の才能ありますよ」
 ちなみに右手の制御棒は、ごく当たり前に外されてこたつのすぐ横に転がされていた。割とどうにかなるものらしい。

「この子たち、本当に仲良くなったねぇ……まるで、仲のいい姉妹みたいだ」
「神奈子、目がおばさん臭くなってるよ」
「せめて母親らしくと言いな! 別にいいじゃないか、もう二人とも、娘みたいなもんなんだからさ」
「はいはいわかりましたよ――っと、最後のミカンもーらい」
「あっこら、せめて半分よこしな!」
 和気藹々とした時間が過ぎる。
 無事に正月を終えた神様たちは、ひと時の平穏を楽しんでいた――
 それが、束の間の平穏になるとも知らずに。


 /


 至福のひと時は、あっという間に過ぎ去り――
 守矢神社を離れた空は今、諏訪子と共に、間欠泉地下センターにいた。

「それで諏訪子様、あれはもう完成するんですか!?」
「そうだよお空。後は仕上げと、試運転を残すだけさ」
「やったぁ! 私、早く乗ってみたいです!」
「まあまあ慌てなさんなって――おーいにとりー、いるでしょー!?」
 広い広い研究施設。諏訪子が声を上げると、すぐさまにとりが飛び出してきた。

「はいはい諏訪子様、今忙しいから手短にお願いしていいですか!?」
「え、なんで忙しいの? やっと休めそうだって言ってなかった? 何か不具合でも出たの?」
「いえいえ、装備から基地まで何の問題もないですよ。ただ、その基地のレーダーに反応がですね――」
 と、にとりが説明しようとしたその時だった――
 突然、基地全域が赤いランプに照らされる。同時に。

『緊急事態発生、緊急事態発生。所員は直ちに所定の場所に避難してください。緊急事態発生――』
 けたたましいアラームが地下センターじゅうに響き渡った。

「はぁ!? ほ、本当に敵がやってきたの!?」
「うわ、間違いじゃなかったんだ!? 全部、完っ全にシャレで作ってたのに!?」 
 にとりと諏訪子が、あまりに突然の事態にパニックになる。そんな中。
 そんな中、空は真っ先に動いた。
 彼女だけは、こういう事態を真剣に考えていたのだ。

『――緊急事態発生、緊急事態発生……』
「幻想郷の平和は、私が守る!」


 /


 一方その頃、早苗はようやくこたつから這い出し、人里に買い物に行こうとしたところだった。度重なる新年会の末に、備蓄が底を尽きようとしていたからだ。

「まあ、参拝客さんからの収入は充分以上だったからいいんですけどね」
 ちなみに収入は金銭ばかりではなく、飲食物なども含まれていた。が、食べ物のほとんどが酒のつまみだった。
 そろそろ落ち着いたものが食べたいし、おつまみばかりこんなにあってもしょうがないので、人里のほうの信者さんにおすそ分けにも行こうと考えていた。

「神奈子様、行ってきまーす……って、そうか寝てたんだった」
 正月の最中は威厳を保ち続けた神奈子だったが、さすがにこちらも疲れていたのだろう。こたつの中ですやすやと眠っている。
 早苗も疲れてはいるのだが、神奈子はその上を行くはずだ。宴会で飲んだ量も無茶苦茶だったし……鬼に飲み比べで勝った時は、流石に呆れたものだ。
 大きな音を立てないように心持ち静かに玄関をくぐった――そこに。

「妬ま……しいいいぃぃぃぃぃ!!」
「うにゅうううううう!!」

 妖怪の山全てを揺るがしたんじゃないか、という轟音と、どこかで聞いた二人の大声が鳴り響いた。一体何が、と反射的に目を向ける。
 巨大な。
 二つの、山。
 一瞬、そう思った。妖怪の山に、新たに山が降ってきたのだと。
 だが違った。それは、山と見まごうほどの、巨大な人型のナニカだったのだ。

「はーっはっはっはっは!! ついに私は手に入れたわ、全てを妬む力を! これだけ広い視野があれば、妬める相手がいくらでも見えるわね!!」
 橋姫の声――むやみによく響く――しかし、あれは本当にパルスィなのか?
 確かにカラーリングは彼女を彷彿とさせる。青と金色と茶色のカラーリングに、瞳にはきらびやかな緑光――だが、全体的に金属的であった。すらっとスリムなフォルムでありながら装甲も決して薄くはないだろう。何よりサイズが桁違いだ。守矢神社の御柱が鉛筆サイズに見えるほどの巨体は、正確なサイズがわからないくらい大きい。
 そして。

「橋姫のお姉さん、駄目だよ地上で悪さしたら! 偉い妖怪さんに怒られるんだから!!」
 こちらは空の声――しかしこちらも、パルスィの体と同じくらいの巨体。
 さらに、こちらはカラーリングも霊烏路空のものとはかなり異なっている。全体的には金色だが、要所を黒や赤色で引き締めている。
 重厚ながらも決して威圧的ではなく、なんとなく可愛げがあってついつい目で追いかけてしまう不思議な魅力を放つ巨体。それはまさに、早苗が理想とするスーパーロボットの姿――

「か……かっこいい! かっこよすぎます、これまさに巨大ロボット! そうか、私の幻想郷はここにあったんですね!」
 後先など全く考えずに、早苗は飛んだ。
 買い物籠をぶら下げたままで――お空の声が聞こえてくる、ロボットのほうに向かって。


 /


 巨大ロボットが2体、雄々しくそびえ立ち対峙する。
 今にも取っ組み合わんばかりの、緊張感が場を支配している。

「妬ましい妬ましい正義のロボットっぽさが妬ましい、しかも声がお空っぽいのがもっと妬ましい! お空! そこにいるのはあんたなの!?」
 巨大ロボットの片方――正確には嫉妬鬼神ユーパルジャスティスと言う名前をつけているのだが、恥ずかしくて公表はできない――が、またも大声を上げる。外部スピーカーの音量を最大にしているため、周囲はやかましくて仕方がない。

「そうだよお姉さん、パルスィさんでしょ! 危ないからやめてってば、このままだと守矢神社を踏みつぶしちゃうよ!」
 叫び返す空も、スピーカーは最大だ。二人合わせて当たり前に騒音公害同然なのだが、そんな細かいことを気にしていられる余裕は無い。

「当然でしょ、その守矢神社を踏みつぶすために私は来たのよ!」
「な、なんで!? みんな幸せそうなのに、そんなことしちゃ駄目だよ!」
「幸せそうだからよ! 嫉妬の理由なんてただ一つ、私より幸せな何かがそこにあるかどうかよ!」
「そんなことはさせない、幻想郷の平和は私が守るんだから!」
「そんなことを素面で言えるあんたも十分妬ましいわ! そして何より――その立派な機体が妬ましい!」
 その会話を皮切りに、パルスィが――嫉妬鬼神が突っ込んだ。
 パルスィの嫉妬鬼神は、どちらかというとスピードとトリッキーな動きが特徴の機体だ。本来なら、正面から突っ込むのは下策と言える。
 だが、それを受けた空の機体が――防御したにも関わらず、大きく吹き飛んだ。

「あら、そのでかい図体は飾りかしら? 全く、ポンコツのくせに立派なボディなんて妬ましいわね!」
「うにゅ、な、なんで? 上手くパワーが出ないよ!」
「なんだかわからないけどチャンスみたいね! すぐにスクラップにしてあげるわ!」
 このまま正面から押し切ろうと、嫉妬鬼神が追撃を加えようとする――空の機体は、背後の守矢神社を守るため、これ以上は下がれない。
 絶体絶命かと思われた、その時。

「スゴーイ! これは惚れざるを得ません、まさに理想のロボット! 中にいるのはお空さんですか!? ずるいです、私も乗せてくださいよ!!」
「!! な、なんで早苗が!?」
 空の機体の目の前に早苗が飛び出してきた――
 今まさに、嫉妬鬼神が攻撃を振るわんとしているというのに、だ。

「危ない、早苗……早くこっちに!!」
 空は夢中で手を伸ばした。早苗を守る、それだけを願って。



 その瞬間。
 まばゆい光が、空の機体を包む。
 光の中に、早苗は吸い込まれていった。あっという間の出来事だった。



 鈍い音を立てて、嫉妬鬼神は吹き飛ばされた。

「な、なにぃ……!?」
 さっきまでの優勢が一瞬で覆されて、驚愕に顔を歪めるパルスィ。
 空の乗るロボットに何かされたのは間違いない――さっきまでと何が違うのか? 答えはすぐにわかった。

「機体の輝きが違う……それともう一つ、早苗がいなくなってる! まさか!」
 そのパルスィの答えを証明するように――

「きゃーーーー!! すごいすごいすごい本格的なコックピットじゃないですかー!! 操縦できる!? うわ操縦席も本物としか思えない!! しかも外が見えてる大画面スクリーンだ地面が遠いです背が高いからだ! やだもう何これ本当にロボットだ、夢が、夢が叶いました!! 神奈子様諏訪子様、見てください! 早苗は今、ロボットに乗ってるんです!!!!!!」

 興奮しきった早苗の大声が、幻想郷中に響き渡った。スピーカーが最大のままだった。


 /


『早苗! ちょっと早苗落ち着いて、聞こえる!?』
「あ、諏訪子様の声ですね! ばっちり聞こえてますよ、カメラは映ってますか!? いぇーい、ぃいぇぇぇぇーい!!」
 副座式コックピットの前の席に乗ったまま、大興奮に突き動かされて四方八方にピースを向ける早苗。ぱっと見、日本に初めて旅行に来てハイテンション吹っ切れたままおにぎりを頬張る日本好きの外国人を彷彿とさせる。信じられるか、あの人たち素面なんだぜ?

『いやだから落ち着け! いい、早苗。後ろにお空が乗ってるでしょ?』
「え、お空さん!? そっか乗ってたはず! ホントだ乗ってる!」
「乗ってるよー」
『いや、和んでる場合でもなくてね……あのね早苗、手短に説明するけど、今早苗が乗ってるロボット――ヒソウテンソクを動かせるのは、今は早苗だけなんだ!』
「何ですかその設定、超燃える!!」
 諏訪子の説明によると、元々、ヒソウテンソクは空一人で動かせる代物ではないとのこと。
 空はあくまで、核融合エネルギーの供給と攻撃のサポートを主な役割としている。このロボットを動かすには、もう一人の操縦者が必要不可欠なのだ。
 そして、その操縦者に選ばれるにはもう一つ、不可欠な要素がある。

『操縦者には、神の力が必要なんだ。ヒソウテンソクは、有り余る核融合エネルギーを、信仰の力で制御するシステムになってる! そして、早苗がコックピットに乗ったその瞬間、早苗の神の力がヒソウテンソクに認められた! ――早苗が、ヒソウテンソクの正当な操縦者になっちゃったんだよ!!』
「いぃぃよっしゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 早苗、渾身のガッツポーズ。魂の雄叫びと共に。
 良かった、ロボット好きとして生きてきて本当に良かった――心の底からそう思った。

『感動している場合じゃない! 早苗はまだ、そいつの動かし方も何も知らないままで――早苗、危ない! 前!!』
「え!? きゃっ!?」
「うにゅ!」
 今までしばらく様子を見ていたパルスィだが、ヒソウテンソクが動かないことをいいことに、ようやく攻撃を再開してきた。
 だが、がっしりとガード。
 早苗が大興奮の間も、副操縦席の空は戦いへの注意を怠っていなかった。

「どうやら、本当にパワーアップしたようね。いきなり出てきた巫女が都合よくパイロットだなんて、妬ましい!」
 続けて攻撃を止められたからか、パルスィも落ち着きを取り戻したらしい。
 嫉妬鬼神本来の、スピーディーな動きを駆使しながら、ヒソウテンソクとの間合いを測り始める。

「早苗、適当でいいから操縦して! 私がサポートするから!」
 ここに至って、空は冷静だった。
 元より、彼女は記憶力は悪いが頭の回転は悪くない。さらに今は、ヒソウテンソクの操縦者の一人として、そして早苗の相棒としての使命感が彼女を突き動かしていた。

「わかりました、ぶっつけ本番上等! ヒソウテンソク――行きます!」
 わざわざ掛け声と共に、早苗は操縦桿を直感だけで動かした。
 歩いたり走ったり手を振り回したりと、珍妙なダンス同然だ。転ばないのが不思議なくらいだが、そこは空のサポートあってのものである。

「おちょくってんのかこいつ!」
「おっと!」
「くっ、変な動きとしっかりした動きが混ざって気持ち悪いわね、そこは妬ましくない!」
 パルスィが攻撃し、空がガード、そして早苗が珍妙なダンスを踊る。
 だが、ガードしているとは言え、巨大ロボット同士の衝突だ。ダメージは徐々に蓄積されている……加えて空自身、防御があまり得意な気質ではない。じりじりと、ヒソウテンソクは追い詰められている。

「お待たせしました、だいたい感覚がわかってきましたよ!」
「やった! じゃあ早苗がメインで動かして! 私は姿勢制御とエネルギー供給をやるよ!」
 二人のやり取りの直後、ヒソウテンソクの動きが明らかに変わった。

「っ、速い! しかも強そう! 妬ましい!!」
 一瞬でパルスィは見抜いた。馬力が違う。
 パワーはもちろん、ダッシュの瞬発力でもヒソウテンソクはユーパルジャスティスを上回っている。加速力とパワーがある分だけ小回りは効かなさそうだが、このままでは接触した瞬間にごり押しで圧倒される。
 コックピットの中、パルスィの決断は素早かった。懐からスペルカードを取り出し、操縦桿の横のスロットに挿入する。

「モード『舌切雀』、承認!!」
「!! 敵のロボットが、増えた……!?」
 パルスィのロボットが分身した。はた目には、どちらも本物にしか見えない。
 さらに、嫉妬鬼神のトリッキーな動きが重なり、2体のロボットが、3体にも4体にも見え始める。

「お、お空さん、レーダー! レーダーとかで反応見れないんですか!?」
「そ、それが! どっちも本物っぽい反応しか出さないんだ……!」 
「そんな!」
 操縦に慣れたとは言え、早苗はまだまだ初心者だ。空にしたって、八咫烏と諏訪子の力を借りてシミュレーション練習をしただけで、ベテランではない。
 このような、真剣勝負でのイレギュラーを目の前にして、平静を保つのは難しかった。

「喰らえ……ダブル丑の刻参りラッシュ!!」
「きゃあああああ!!」
「うにゅっ……!!」
 ついに、嫉妬鬼神の連続攻撃がヒソウテンソクを捉えた。
 だが。

「浅い!?」
 これで決まったと思ったパルスィは、油断せずにヒソウテンソクの行方を追う。

「た、助かった!?」
「っ、はぁっ!」
「お空さん、大丈夫ですか!?」
「私は大丈夫! でも、核エネルギーで一気に噴射をかけたから、ヒソウテンソクの機体にダメージが……!」
 空の持つエネルギー量は幻想郷でも随一を誇る。その空の核融合エネルギーを存分に発揮できる機体、それがヒソウテンソクだ。
 河童の最先端テクノロジーをこれでもかと注ぎ込んだ機体だが、それでも、空のエネルギー全てを完全に発揮するというわけには行かない――だからこそ、操縦者の神の力でさらに制御する必要がある。
 それでなくても、空はこの戦闘でいくつもの役割をこなしている。もはや精神的に追い詰められているといってもいい。

「お空さん……私のせいで……そんな!」
「駄目、早苗、今は謝ってる場合じゃないよ! パルスィは、早苗が止めないといけないんだから!」
「でも! 今の私に何ができるんですか!」
『――うろたえるんじゃないよ、バカ娘!! 私たちの風祝でしょうが、しっかりしなさい!!』
 スピーカーからの声が、二人の間に割って入る。
 その声は、幼い諏訪子の声ではない。そう、この頼もしい声は。

「神奈子様! 起きたんですか!?」
『こんな大騒ぎで寝てられるもんか! ぎゃーぎゃーとスピーカー最大のままで騒ぎまくって! ご近所迷惑にもほどがあるだろ!』
「うにゅ、そうだった」
 すっかり忘れていた空、ようやくスピーカーを中くらいにまで下げた。

「神奈子様、そっちは大丈夫ですか?」
『基地も神社も無事だよ。それより早苗、よく聞きな。ヒソウテンソクには、隠された力が眠ってる!』
「なん……ですって……!」
 隠された力――
 ピンチでパニクっていた早苗の心が、またも燃え上がり始めた。そういう設定は大好物なのだ。

『いいかい、そのヒソウテンソクは本来、私か諏訪子が乗るために設計された! だから、早苗がいきなり使おうったって、簡単には使えない!』
「……でも! それを今教えるってことは!」
『そうさ、使う方法がある! 早苗、私たちを呼ぶんだ!
 いつも神の力を呼んでいる、あんたならできるはずだ!』
「はい!」
 神奈子の言葉を早苗は信じた。ごく自然に、自分のやるべきことが見える。
 コックピットの中、早苗は意識を集中――

「早苗、パルスィが来る!」
「なるべく逃げてください! すぐですから!」
「わかった!」
「招来――乾神! 坤神!」
 コックピットの中に、神奈子と諏訪子の力が呼び出される。
 本来なら、それは力だけのはずだった――

『諏訪子、今!』
『わかってるって! 心を、早苗たちの元に……!』
 そんな声と共に――呼び出した二柱の力に、温かさを感じる。
 空と早苗は、温かな心に包まれ、ぬくもりに身をゆだねた。
 これが、神の御心――大きく、温かく、広く、深く――なんて、頼もしいものなのだろうか。

『早苗、ゆっくりでいい……意識を集中して……ヒソウテンソクの中に、潜り込んでいくんだ』
「意識を……ヒソウテンソクの中に……」
『お空、もう一息頑張りな……敵機との間合いを取りつつ、核の力をもっと強く発揮するんだ!』
「わかりました! 私たちは……負けない!」
 だが、二人の頑張りなど知ったことかとばかりに、嫉妬鬼神は徐々に距離を詰めてくる。
 そして、もう一息というところまで追い縋った、次の瞬間。

「飛び道具が無いと判断した、それがあんたたちの失敗よ……!」
 嫉妬鬼神の両腕が、それぞれ大型の大砲へと変形した。
 今まで、距離を詰めているだけと見せかけて、徐々に大砲にエネルギーを充填していたのだ。

「喰らえ、嫉妬鬼神必殺! ダブル……ジェラシーボンバー!!!!」
 緑色のハート弾が、一斉に吐き出された。近距離からの弾幕が、瞬く間にヒソウテンソクを取り囲む。
 もはや絶体絶命か――

「――見えました! コード『ゴッドフュージョン』、アクセス!」
 その瞬間――
 ヒソウテンソクの内部にダイブした早苗の精神を包んだのは、光り輝く紋様の羅列だった。
 読めない文字が、超高速で早苗の脳裏に刻まれる。それは、ヒソウテンソクを理解するための、全ての情報だった。
 そして――早苗は、それらを完璧に理解した。
 極まった集中力の中、早苗の精神は、神の領域に達したのだ。

「早苗、早く! もう……!」
「モード『ミシャグジアラミタマ』、承認!!」
 そして、着弾――
 ヒソウテンソクが爆炎の中に包まれる。やったか、とパルスィは次弾の準備をしながら様子を見る。

「……? レーダーの反応が……?」
 一瞬、ヒソウテンソクが爆発で消し飛んだのかと思った。だが、いくらなんでも、部品の一つも残さずに消え去るはずがない。
 パルスィは油断せずに周囲を伺い、そして。

「! 背後!?」
「ありゃ、外しました!!」
 突如として背後に現れたヒソウテンソク、その攻撃を嫉妬鬼神は見事にかわす。
 なるほど、捉えられないわけだとパルスィは納得した――ヒソウテンソクは、地中から姿を現したのだ。
 しかも、表したその姿が――

「形が変わってる……心なしか小さくなってる? 変形機能ですって!?」
「モード『ミシャグジアラミタマ』は、諏訪子様の力を発揮するための力! そして――モード『ヤサカタケミナカタ』、承認!」
 一瞬にして、ヒソウテンソクが変形した。独特の帽子状に頭を変形させていた小柄な影から、今度は対照的に、大柄な姿へ。
 どこに収納されていたのか、背中に何本もの巨大なオンバシラが姿を現す。その重厚な姿は、やはり神奈子のそれを彷彿とさせる。ヒソウテンソクのサイズも手伝って、まさに妖怪の山を睥睨する神の姿だ。
 背中から、ヒソウテンソクが二本のオンバシラを両手に装備した。軽々とそれを振り回し、そして。

「お空さん、照準、任せた!!」
「オッケー! 行っ…………けええええええええ!!」
 まるで野球のボールのように、一直線にぶん投げた――二本同時にだ。
 投げ放たれた瞬間、オンバシラが火を噴いた。真っ赤に染まった灼熱のオンバシラが、ロケット噴射で一気に加速。
 そして、見事に着弾――大爆発が巻き起こる。

「くっ、危なかった……!」
 だがユーパルジャスティスは無事だった。咄嗟に、分身のほうを盾にして逃げおおせたのだ。
 もはや劣勢は明らかだった。パルスィは、敵の強さ、自分の弱さを認めることには、一番自信を持っている。
 今できることは――すぐに逃げ出すことだ。

「覚えてなさい、守矢のロボット! この借りは、必ず返してやる!!」
 脱兎、という言葉の通りだろう。ヒソウテンソクの攻撃直後の隙を見逃さず、一目散に嫉妬鬼神は逃げ出した。
 もう、どうやっても追い付けそうにない――普通なら。
 だが。

「お空さん、最後の一息です……エネルギー全開でお願いします!」
「えっ、大丈夫なの!? 機体が……」
「大丈夫、これを作ったのが河童さんたちなら、直すのだってすぐですよ!」
「わかった! 核融合エネルギー、全力全開!!」
 スピーカー越しに『ひゅいっ!? また徹夜!?』という声が響いたのだが、完全に集中した二人の耳には届かなかった。

「モード『ニュークリアレイヴン』、モード『ミラクルカゼハフリ』……同時承認!!」
 掛け声と共に、またもヒソウテンソクが変形する。
 背中には大きな翼とマント、ボディのカラーリングは青と白。両足と右腕は、空と同じ三本の足。左手には早苗がいつも使っているものと同じ形の、お払い棒が召喚される。

「臨界点到達! 照準……捉えた! いけるよ、早苗!!」
 ノーマルモードのヒソウテンソクの最大射程は八百メートル――だが、今のヒソウテンソクは明らかに、それよりも遥か遠くまでの敵を捕らえることができる。

「白昼の客星を、核の力に乗せて! お空さん!」
 初めて使う力。それも、二つのモードの同時使用は明らかに無茶な使い方だ。
 だが、できる。自分たちが力を合わせれば、どんな奇跡も起こしてみせる――

「うにゅ! 一緒に行くよ、早苗――!」
 空の頼もしい一声。自分と同じ気持ちでいてくれる、頼もしい相棒。
 もはや、合図の言葉もいらなかった。二人、全く同時に。
 腹の底から、自分たちの本気を――吐き出した。

「「必殺! 白昼の、プロミネンススター!!!!」」

 絶叫と共に現れたのは、一条の光。
 右腕の制御棒と、遥か遠くをひた走るユーパルジャスティスとの間に、一本の光の線が走った。
 そして、瞬きの間があったかどうか――
 目も眩まんばかりの光が、制御棒に現れたかと思うと、既に嫉妬鬼神に届いていて――
 その、光の中に。
 意外なほどに静かに。
 嫉妬鬼神ユーパルジャスティスは、消えた――音の消えた世界で、光の大爆発の彼方へと。

「はぁ、はぁ、はぁ」
「…………っ」
 コックピットに、静かな余韻が残る。
 三秒ほどは、頭が真っ白なままだった。
 五秒経って、ようやく、敵機がどうなったかを理解し始めた。
 十秒が過ぎて――早苗が後ろを振り返る。空と、目があった。

「「……!! ~~~~っっ……、やったぁああああああ!!!!」」
 二人、溜まらず操縦席から飛び出し、熱く抱きしめあった。
 初めての、二人の勝利だった。


 /


「無事か? まあ無事でしょうね、私が助け出したのだから当然だけど」
「っ……、ごめん、気を失ってたようね」

 優しく地面に降ろされて、パルスィは意識を取り戻した。
 どうやら、脱出には成功したらしい――ユーパルジャスティスを失ったのは痛手だったが、自分が無事なだけマシだったと思うべきだろう。

「しかし、ヒソウテンソク……河童のテクノロジーと神の力、そして核融合のエネルギー、全てが組み合わさった最強のロボットか。正直、甘く見ていたわね」
「悪かったわ。今度は今日みたいな失敗はしない……必ず、ヒソウテンソクを打ち倒してやる!」
「ああ、いえ。お前はもういいのよ」
「えっ……」

 一瞬、パルスィの顔が絶望に染まる。
 必要とされた相手から、また捨てられるのか……それは、パルスィの最も恐れるところだったから。
 だが、それは彼女の早とちりだったらしい。

「次からは、お前は人材のスカウティングと教育に当たってほしい」
「私は、後方支援役に徹するということ?」
「その上で英気を養い、次に備えるってところね……パルスィ、お前には期待している」
「……わかったわ、任せてもらおうかしら」

 自信を取り戻し、パルスィは立ち上がる。
 パルスィ自身は、気付いていなかった――彼女の心が、目の前の人影に誘導され、コントロールされているということを。
 そして、そのモフモフとした人影は、遥か彼方、ヒソウテンソクが去った守矢神社のほうを見ている。

「……待っていろ東風谷早苗、そして霊烏路空。必ず……手に入れてやる」

 モフモフの九尾を持つその妖獣の瞳は、パルスィと同じ。
 自分の欲望を叶えるための、熱い炎を燃やしていた。


 /


 冬の夕暮れの鮮やかなオレンジ色は、地底深くにまでは届かない。
 だけど、日が落ちていく冬の空気の落ち着きは、何となく伝わってはくるものだ。

「河童の皆さーん、お夕飯できましたよー」
「「「おおおーーーー!!」」」
 何人もの河童が駐留する間欠泉地下センターには、炊事場や食堂も用意されている。早苗のご飯と聞いて、作業着姿の少女たちが色めきたった。
 早苗の料理の腕はいつもの宴会で周知の事実。いつもは自炊の河童たちは、色めき立って食堂へと駆け出していく。

「そんなに急がなくてもご飯は逃げませんよー……って、もう行っちゃった。
 お空さーん! ご飯ですよ、出てこられますかー!?」
 気持ち大声で空に呼びかける。先ほどまで河童たちが修復を施していた巨大な人影――ヒソウテンソクの中に向かって。
 中から「うにゅ~~」という声がだんだん近づいてきて――その鳴き声のような声と共に、ヒソウテンソクから空が飛び出してきた。

「ごっはん、ごっはん、早苗のごはんだー♪」
「はいはい、今日はみんな一緒ですね。そういえば、私はここでご飯を食べたことなかったんでした」
「そういえばそうだね! 河童のみんなが騒がしくって、とっても楽しいよ!」
 浮き浮きと返事をしてくる空に、早苗の胸がきゅうっと温かくなる。
 妹がいるってこんな感じかな、と早苗は思った。背丈は空のほうがかなり大きいのだが。

「あれ、神奈子様と諏訪子様はどこですか?」
「ああ、コックピットにいたよ? 私の核エネルギーの充填と並行で、作業やってたみたい。細かいところはよくわかんないけど」
「ありゃりゃ、声が聞こえてなかったのかな?
 すいませんお空さん、先に行って食べてていいですよ。私は神奈子様たちを呼んできますから」
「うにゅ、大丈夫だよ待ってるよ。にとりたちはもう食べてると思うけど」
 ありがとうございます、と空に微笑んで、早苗はヒソウテンソクへと飛んで行った。



 そのヒソウテンソクの内部、コックピット。
 諏訪子は、操縦席に座っていた。さっきまで、早苗が座って操縦していた場所に。
 外の風景を映すための大型スクリーンには、今は、ヒソウテンソクの内部情報を示す機械的な画面が映っている。神である諏訪子がデジタルな画面を前にしているのはミスマッチな風にも見えるが、当の諏訪子は慣れた様子で視線を走らせながら画面を切り替えている。
 神奈子は、そのすぐ側に立っていた。

「ほいほい、ちょっと過負荷がかかってたところを直して……よし、これでシステム異常無し、っと……うちの風祝は優秀だよね、ほんとに。ゴッドフュージョンの同時機動なんて想定して作ったわけじゃなかったんだけど」
「ああ。機体のダメージのほうも、大部分はプロトタイプの部品を流用することで、ひとまず楽に修理できそうだしね」
「……はーあ」
 会話の内容とは裏腹に、二人とも浮かない様子だ。
 諏訪子がこれ見よがしに溜め息をつく。神奈子も、気分は似たようなものだった。

「どう思う、諏訪子?」
「敵の正体? それとも、この子の将来のこと?」
 この子、と諏訪子が指すのは、大型スクリーンに映るヒソウテンソクの情報。
 それはつまり、ヒソウテンソク自身のことだ。

「どっちもだけど……まずは、敵のほうから」
「情報通だね。秘密裡に作ってたヒソウテンソクの完成にぴったり合わせて現れた。しかも、だいたい同じサイズのロボットを使って」
「出来すぎてる……完全に標的は私たちさ、パルスィ自身も言ってたけど」
「でも、だよ? ただ敵対するだけなら、ロボットである必要無いじゃん? なんでまたわざわざ、ヒソウテンソクと戦わなきゃいけなかったのよ?」
「……目的がヒソウテンソクその物にあるか、もしくは……ロボットで戦うこと、それ自体が目的か」
 当たり前の話だが、敵の黒幕の正体がつかめない……水橋パルスィという個人から辿るという手も無くは無いが、それは相手も承知のはずだ、簡単には見つからないように保護しているだろう。

「情報足りないよねー。敵の目的が見えないんじゃ、対処が受け身になっちゃうよ」
「けど、このレベルで情報通というだけでも容疑者は絞り込める……それとなく、天狗たちに頼んでこっちも情報を集めよう。まずはそれからさ」
 神奈子の目が、軍神の眼光を帯びていた。
 守矢に敵対するということがどういうことか、身を以てわからせてやろう……そう、目が語っている。

「じゃ、話切り替えて、もう一つのほうね」
「……ヒソウテンソクか。ホント、どうしたもんだろうね」
「敵がこれからも巨大ロボットで攻めてくるなら、こっちもそれに乗らざるを得ないよ……ヒソウテンソクを、使わざるを得ない」
 対抗する武力がヒソウテンソクしかないのか――というと、決してそんなことは無い。
 ただロボットを撃退するというだけなら、神奈子や諏訪子にだってできなくはないのだ。多少は苦労もするだろうが――それは、ヒソウテンソクを使ったところで似たようなものだ。

「そうだね。そうしないと、敵が何をやってくるかわかったものじゃない」
 最大の懸念はそれだ……正体がわからない敵がゲリラ戦をしかけてくることほど怖いものはない。そんなもの、無防備なままで無差別テロを受けるのと変わらない。
 もちろん、そうなれば敵だって無事では済まない。正体が割れた時点で犯罪者扱い……重い罰を受けてもらうことになる。だが、それまでに出る被害に目をつぶれるわけでもない。
 だからこそ、ロボット対ロボット、という約束が必要なのだ――スペルカード戦と同じ、約束の上での決闘という形式にすれば、対策も立てやすく、被害は最小限に抑えられる。
 また、敵に与える罰も、そこまで重くせずに済む――

「あっ……まさか。それを見越した上で、橋姫を使った?」
「ありうる。顔見知りにひどいことをしたくない、って温情をこちらに抱かせて、行動を制限するってことか……しかしそうなると、今後の敵も顔見知りかも知れないね」
「パルスィ以外の子が来る?」
「私が黒幕なら、負けたやつを同じ相手に続けて挑戦させたりはしない」
 そして、何より厄介なのは……
 ここまでの一連の神奈子の思惑を、敵の黒幕に、ほとんど読まれている可能性があるということだ。神奈子たちは、黒幕の思い通りに動かされている、かも知れない。
 作戦行動において、先手を取られるとはそういうことだ。つくづく厄介な状況だ、と神奈子は思う。

「でも、私たちは……本当は、ヒソウテンソクに戦ってほしくなんかなかったんだ。こういう無駄に充実したシステムだってさ……無駄なんだよ。シャレで作ってたんだよ?」
「私だってそうだ。機能が武装に偏ったのもほとんどは私の趣味で、それも、実用性なんて考えてない、面白そうなものをぶち込んだだけの代物なんだ!」
 そうだ。ヒソウテンソクは、戦いのためのものではない――
 なのに。
 どうして世の中は……未来というのは、こうも思うようにいかないものなのだろうか。

「でも、この子は動き出しちゃった……ヒソウテンソクが頑張れば頑張るほど、ヒソウテンソクは、意味を持っていく」
「仕方ないよ。これからは……ヒソウテンソクの、戦士としての意味を全うさせてやろう。事が終わってから、別の意味を与えてあげればいい――」
 と、深刻そうに話をしていたところに。

「神奈子様、諏訪子様―。ごーはーんーでーすーよー?」
 と、あっけらかんと能天気な声が聞こえてきた。
 そのあまりにいつも通りな風祝の声に、なんとなく気が抜けて、二人は互いに目を合わせる。

「ぷっ」
「ふっ、くく」
 と、どちらからともなく吹き出し。

「あははははっ」
「あっはっは。いやあ、敵わないね、ほんと」
 と、今までの話が嘘だったかのように、笑い出してしまった。
 二人で何の含みも無く楽しく笑っていたところに、早苗がやってきた。神奈子たちがあんまり楽しそうにしているから、返って早苗のほうがきょとんと驚いてしまった。

「あら? なんだか楽しそうですね。なんかお邪魔しちゃいました?」
「いやいや、むしろちょうど良かったよ」
「うんうん、さすが私たちの早苗だ。いいタイミングで来てくれた」
「はぁ……?」
 よくわからないが、ちょうど良かったというのなら、きっと良かったのだろう。
 持ち前の切り替えの早さで、早苗は深く考えないことにした。

「あ、そうだ忘れてた! 神奈子様たちに、聞きたいことがあったんですよ!」
「ん、なんだい?」
「ヒソウテンソクって、どうして作ってたんですか? やっぱり神奈子様たちも、巨大ロボット作りたくなっちゃったんですか?」
 やっぱり、と早苗が言うのは、以前に巨大ロボットの話題が出たことがあったからだ。
 あれは今とは正反対の、蒸し暑い夏のこと。早苗が巨大な人影を見て、その正体を突き止めようとしたことがあった。
 結果、それは諏訪子が河童に作らせた非想天則――広告用のアドバルーンであり、その時、諏訪子は巨大ロボットに否定的な態度を取っていたのだが――

「あー、えーとね……一番の理由は、そのー」
 と、ここで神奈子がなぜか言葉を濁した。何やら照れ臭そうに頬を染め、そっぽを向く。

「? どうしたんですか、神奈子様?」
「あーうー、神奈子は変なところで照れ屋なんだから。私から言うよ……っと、その前に早苗、こっちからも一つ質問!」
「はい」
「今日、ヒソウテンソクに乗ってみて、どうだった? 思ったこと、そのまま言ってみて!」
「楽しかったです! 面白かったです! とっても、嬉しかったです!」
 打てば響くとはこのことだろう。早苗は即答した。
 表情をきらめかせ、わなわなと全身を震わせて、これでもかと言わんばかりに歓喜の表情を諏訪子たちに向ける。
 それは、夢を叶えた幸せに打ち震える少女の姿。
 諏訪子たちが、一番に望んだ姿だった。

「うん、そのためにヒソウテンソクを作ったの!」
「へ?」
「だからね、早苗を喜ばせたかったの! 神奈子が言い出したんだよ、私を説得までしちゃってさ。早苗を驚かせるためだって、内緒でお空やにとりたちにも協力してもらって!」
「――神奈子様……」
 早苗が感激の眼を神奈子に向ける。神奈子は、ますます顔を真っ赤にして視線を逸らしていた。

「い、いや、私はね? その、ほら、早苗がいつも頑張ってるから? ちょっとくらい、ご褒美があってもいいかなって……その。
 ほ、ほらそれに! 別に早苗のためだけってわけでも無かったし! ロボットを使って大々的に広告を打って信仰獲得とかも考えてたから!」
「はいはい神奈子はそのくらいにしとかないと余計に恥ずかしいだけだよ……それより早苗、ご飯だっけ?」
「あ、そうです。早く行かないと、お空さんが待ってるんですよ!」
「おりょ、それは一大事だ。ほら神奈子、固まってないで早く降りる降りる!」
「うわ、ちょ、押すなってば! そんなせっつかなくても降りるから!」
 賑やかしくコックピットを降りていく三人。
 そうして、ようやくヒソウテンソクの外に出たところで、早苗が二人に向き直った。
 いや。
 三人に、向き直った。

「神奈子様、諏訪子様。本当にありがとうございました! 私、お二人のこと、大好きです!」
 満面の笑顔で二人に礼を言う。
 諏訪子は、得意げな笑顔で。
 神奈子は、はにかんだ照れ笑いで、それに応えた。
 そして――

「――ヒソウテンソク、今日はありがとうございました! これからも、よろしくお願いしますね!」
 早苗の声に、応えたのかどうか。
 ほんの少しだけ、ヒソウテンソクの眼が光って見えた――視線を返してきた、そんな風に見えた。

 ――きっとヒソウテンソクも、神奈子様と同じ、照れ屋さんですね。

 特に根拠も無く、早苗はそう思った。
俺たちの戦いはこれからだ。
テンション高い早苗さんを見てるととても元気になれます。

せっかくの機会なので没にしてしまったコメディ作品をぺたり。
第一話の後にいきなり最終話を投稿して、最終話のおまけとして第二話から第十二話までの総集編をダイジェストでお送りするというよくわからんプロットを作っていました。
没にした理由は明確で、黒幕のモフモフの人の動機と話の結末が自分で考えておいて「これは無理だ」と思ってしまったからです。
最初の案では、早苗と空という発展途上の二人を戦いの中で成長させたのちにスカウト(力ずくで叩きのめした後に洗脳)し、紫が寝ている冬の間に一気に勢力を拡大して幻想郷を征服して紫に反旗を翻すというものでした。しかしこれはギャグでやるにはちょっとどうかという理由で没に。
最終的に決まったのが以下の動機と、その結末です。

「八雲藍はソックスハンターであり、以前から早苗の足袋と空の金属的なブーツに目をつけていた。しかしまだ若い二人、その匂いは発展途上のものに違いない。ならば試練を与え、育ててやるべきだ――藍はそう考えた。
 そして度重なるロボットとの闘いによって熟成された足袋とブーツ。機は熟した。ついに藍は自ら出撃し最終決戦に。
 最後には敗れ、しかもソックスハンターだとその場にいた全員にバレて変態のそしりを受ける藍。失意の藍の前に現れたのは紫と橙だった。
 藍がソックスハンターになったのには理由があった。紫の少女臭が凝縮された靴下の匂いを知ってしまったためだ。性癖を狂わせた最初の理由は、自らの主への思慕だったのだ。
 そして、藍の前に自らの靴下を差し出す橙。
 そのいじらしい献身に藍は感激し、自らの今までの行いを恥じ、これからは家族と共に生きようと、橙の靴下を嗅ぎながら誓ったのだった――」

八雲藍好きとして、これを書くことはできませんでした。
でも黒幕藍様は個人的にとても好きなので、いつかリベンジしたいと思います。
楔@リグル通信の中の人
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コメント



0.簡易評価なし
1.891奇声を発する(ry削除
とても面白く楽しめました
良かったです
2.891虚無太郎削除
早苗さんとお空ちゃんの組み合わせにたいへん惹かれるのはおれだけ?
3.891891点を付ける程度の能力削除
今まで何とも思っていなかったヒソウテンソクに初めてロマンを感じました