Coolier - 迎え火 送り火 どんど焼き

ぶれいきんぐばっど!

2019/04/01 00:44:32
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 わちき、弾幕きらいかも。
 小傘がそのことに気がついたきっかけは、今年の四月一日、エイプリルフールのことだった。
 エイプリルフールに八雲紫が幻想郷全域に布告した『弾幕ごっこ禁止令』に小傘は狂喜したのだ。里の中でそれを聞きつけた小傘は、思わずその場で小躍りをしてしまったほどである。しかし、靴の下で砂が滑る感触が生々しくなったころ、小傘は疑問に思った。わちき、なんでこんなに喜んでるんだろう。
 疑問はすぐに融解した。甘味処に腰を落ち着ける、若者の会話を耳にしたときのことだった。
 ――あれでしょ? 禁止って、四月一日の、タチの悪いウソ。みんな信じて大人しくしてるけどさ、すぐにウソだって発表するに決まってる。そしたらどうせ、また普段通りになっちゃうんだ。
 若者二人の会話概ね、こんなところだった。小傘は会話を耳にするなり憮然とした。なんだかムカムカして、思わず二人に対し、『ばぁ!』と声を上げてしまったほどだ。
 そして、そのあとに気がついた。わちき、弾幕きらいかも。

 小傘の心境に頓着する世界など存在せず、四月一日の終わりに『弾幕ごっこ禁止令はウソである』との発表がなされ、翌日からはまた、白昼に、夕景に、夜空に、きらびやかな彩光が舞い散った。
 小傘としてはたまったのもではない。弾幕ごっこ、よくよく考えれば、小傘にとってのそれは、青痣と嘲笑の記憶だったのだ。これ以上嫌な思い出が増えなくて済む、かと思えば、そんなことはなかった。上げて、落とされたような気分になるのは道理というものだ。小傘は彩光舞い散る空の下、唇を尖らす日々を送った。

 そんな折、里に衝撃的な事件が起きた。人呼んで『連続刺傷事件』。いたってシンプルな呼称だ。
 呼称こそ深刻だが、実際の事件はそこまで深刻なものではなく、それは暇を持て余した天邪鬼の悪戯だった。天邪鬼は森の古道具店で『無限に血の出るおもちゃのナイフ』を購入し、そのナイフで村民を刺しまくった。無論、おもちゃなので怪我人はなかった。しかし原理のわからぬ血液で服を汚された村民からすれば、やめてよ、といったところだろう。
 ともかくとして、逮捕された天邪鬼の語った動機が、小傘に衝撃を与えたのだ。
『みな、弾幕ごっこばかりでつまらなかった。あんなものは結局、優れたもののみが勝つように出来ている、不完全で、野蛮な遊びだ』
 だからといって里で刃物を振り回していいのだろうか?
 小傘は、こうはなるまい、と、弾幕ごっこを好意的に受け止める努力を始めたのだった。
 小傘は自身の交友の中で、とりわけて強く、かつ気さくな人物の下へと赴いた。風祝、東風谷早苗である。
 弾幕ごっこを好きになれるよう、すこしばかり付き合ってほしい。
 早苗は、友人は多いが誰にも遊びに誘われることのない、寂しいタイプの風祝だったため、小傘の頼みに二つ返事を返した。

 それなりの実力を身につけたころ、小傘は早苗にも、ぽつぽつと勝てるようになってきた。しかし、なんだか早苗の様子がおかしい。どうしても、手を抜いているように思える。小傘は胸中湧き上がった疑念を、思わず早苗にぶつけてしまった。
 ――だって、もう誰もやってませんよ。こんな遊び。
 なんと残酷なことだろう。小傘がそれなりの実力を身につけたころ、その時すでに、弾幕ごっこは廃れてしまっていたのだ。その際の、早苗の大人びて白けきった横顔に、小傘は言い知れぬ感傷を覚えた。それは、青春時代の終わりを無自覚に悟ってしまったがゆえの感傷だったのかもしれない。小傘もすこし、背が伸びていた。

 みな、弾幕ごっこなぞにはもう飽き飽きしていた。しかし小傘は確かな実力を備え、かつ相対する敵だってもうどこにもいないので、文字通り無敵と化していた。実際、よせばいいものを、小傘を無敵と呼称したものがいる。それはもちろん皮肉や嫌味に類した意図からの呼称ではあったが、小傘の心の刃渡りは、伸びた背丈相応分に、伸びた。

 それから暫しの時が経ち、弾幕ごっこはもはや危険で傍迷惑な遊戯と化していた。里の中で見舞おうものなら、罰則が課せられる。しかし小傘は夜の闇を弾幕で照らした。それは、彼女元来の、人を驚かせたいという習性からの行動だった。しかし、小傘を知る人物の中に、小傘の、弾幕に対する執着心を否定できる者は少ないだろう。小傘は少々意固地になって、宵の闇を照らし続けた。
 そんな折、小傘を仲間と呼んで聞かないならず者が出現した。小傘が弾幕ごっこに迎合するきっかけとなった、例の天邪鬼である。
 ――このご時世に弾幕張るなんて、なかなかいい根性してるねぇ。下克上だねぇ。
 そんなわけのわからぬ言葉に小傘が目を白黒させているうちに、天邪鬼は里の家々に向け弾幕を放った。家は壊れても怪我人が出ぬよう、また建てやすいようにと、素材に配慮がなされていたため、幸い怪我人が出ることはなかった。しかし、新たな家を建てるまでの間、往来にて乞食のような暮らしを強いられる村民からすれば、やめてよ、を発音するほかないだろう。
 ――へへ、どうだよ。わたしも昔やったことがあるんだ。あんたほど綺麗じゃないが、なかなかだとは思わないか。
 やわらかい家々を破壊しながら、天邪鬼は嬉々として語る。小傘はまたもや天邪鬼に気が付かされた。ひとにメイワクをかけてはいかない。
 しかし、元来の気の弱さと天邪鬼に対するおそろしさから、小傘は天邪鬼の行動を直に否定することはできず、その場では適当な相槌を打ってしまった。家に帰り、小傘は後悔した。天邪鬼に強く言えなかった自分を恥じた。
 小傘は落ち込んだ。落ち込むと、精神の擬蟻が次々に小傘へ後悔を運ぶ。中には、青痣と嘲笑の記憶もあった。小傘は恥じた。周りに流されて、弾幕ごっこに迎合してしまった自分を、恥じた。
 ――やりたくもないことを我慢して続けるうちに、周りが見えなくなって、それだけが自分の誇りになってしまっていた。だから、みながやらなくなった、危険で、傍迷惑な弾幕ごっこにしがみついた。その結果として、悪い仲間を呼びつけた。わちきはその悪いやつに、強く言うことさえもできなかった!
 もう、年の終わりだった。三畳間の外、窓の向こうでは、静かな雪が夜を塗している。遠くから、除夜の鐘が響く。
 わちきは気が弱いんだ。気が弱いのは、百八つの煩悩の中の、どれにあたるんだろう。
 小傘は破れかぶれになって、三畳間を飛び出した。

 山の神社への参拝客は嘘みたいな列をなしていた。長蛇と呼ぶのも生温い、長龍――スーパードラゴン――の列だ。
 小傘はやっとの思いで魔法の森、その森中に最後尾を見つけ、並んだ。ひしめく人々の間に、木々を抜け、雪が舞い落ちる。不意に、何者かが小傘に声をかける。
「やあ。年を越す前にどうだい? 占いの方は。僕のやってるのは手相なんだけどもね。君の性格を正確に言い当ててしまうよ」
 いい機会かもしれない。小傘は年末だというのにサンタ服を着込んだ怪しい男のあとに続いた。

「うーん、優しいね。うん、優しい。結婚も一回で済むね。うん、済む。ああ、いい線だね。大きな損失もなさそうだ」
 古めかしい道具に囲まれた部屋の中、小傘は椅子に座り、テーブルの上、男に左手を差し出している。
 手相占いの料金は一回五千円。小傘はこれまでの生涯せっせと拾い集めた全財産を明け渡し、この占いに望んでいる。
「うーん、そうだな。九〇点といったところか。それと五重◯もあげるよ。あとはこの、のど飴。最近は幻想郷も厳しいからね、こういうのあげなきゃ怒られるんだよ」
 店主は言いながら、小傘に紙とのど飴を渡す。紙には大きな『九〇点』と『五重◯』があった。のど飴は一粒だ。小傘は紙を受け取り、店主の顔を不安そうに見つめる。まさかこれで終わりではあるまい、二分ほど手のひらをなぞられただけで、終わりなんてことはありえない。小傘の目は揚々と不安を歌っている。
「ん? ……ああ! なぜ九〇点なのか、気になっているみたいだね。ならば、君のどこが欠けているか、教えてあげようじゃないか。……君はね、すこし気が弱いところがある。気が弱いというか、押しが弱いというか。とにかく、まあ。もっと押しを強く生きれば、おのずと百点の手相へと到達できるさ。さあ、手相占いはこれで終わりだ。良い年を」
 小傘はすかさず手刀を見舞った。手刀は店主のじつによいところへ命中し、店主は意識を失い、床に転がる。店主が床に転がるか早いか、小傘は金庫に仕舞われた自身の五千円を奪還した。還ってきた全財産を握りしめ、小傘は笑顔で店を出るのだった。
 ――ああ、これでわちきも百点の妖怪。押しを強く生きろ、か。その通りだよね。感動しちゃったな。
 除夜の鐘が鳴り響く。小傘は、嫌なことを嫌と主張できる明日を思い描いた。何かをはっきりと態度に示せる明日は、小傘にとってそれだけで幸せな明日だった。

 しかし、小傘が達成したのは感動的な自己実現などではない。強盗という名の犯罪だ。古道具屋で取った行動は事件へと昇華し、小傘は見事、天邪鬼への仲間入りを果たしてしまったというわけだ。完。
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コメント



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1.891奇声を発する(ry削除
纏まってて楽しめました
2.891サク_ウマ削除
ひっどい話だなあ………オチでやられました。良かったです。
4.891虚無太郎削除
前科の一個や二個持たないで何が唐傘お化けというものか!
5.891青段削除
タイトルに騙された。ヤク中が登場しないなんて。
7.891ヘンプ削除
良いですねぇ……!
面白かったです!!