Coolier - 迎え火 送り火 どんど焼き

紅魔館爆発四散

2019/04/01 00:14:17
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あるよく晴れた春の日、紅魔館が空中分解した。文字通りに、意味通りに。 おおよそ知られている事実であるが、紅魔館の住民は皆、他人である。レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットは姉妹のように振舞っているが同じ血は一滴足りとて通っていない。フランドールは婉曲的な言い回しをするなら若干気が触れているところがあるのでレミリアを一方的に姉と思い込んでおり、レミリアもそれを咎めないだけだ。
また、こちらはあまり知られていないが紅魔館は元来、紅美鈴の所有物であった。紆余曲折あって20世紀初頭に近代的な意味での居住権を手にしたのがレミリアであり、同じ頃合いにヘルメス協会から追われていたパチュリー・ノーレッジが駆け込み、家政婦紹介所から十六夜咲夜が派遣されて来た。架空生物に必要なエーテルの供給(これは住民の多数には必ずしも必要ではなかったが)はパチュリーが図書館の居住費として受け持ち、紅美鈴が雛形を作り、十六夜咲夜が調整し、レミリアは漠然と管理した。酷く曖昧でいい加減で脆い均衡の上に成り立つ共住だったが、大まかには上手くいっていた。要は皆の気があっていたのだ。生まれた地も死せる日も違えど彼女達は紛れもなく家族と言えた。
紅魔館の一家は、ひと時、楽園のような楽園でまるで楽園のような日々を過ごした。幻想郷には戦いがあり、未知があり、出会いがあり、友愛があり、紐帯があり、そして何より皆が望む日常があった。 栄光と衰退、蜜月と別離、それら二つが常に分かち難く結びついていることは否定し難い。「その日」も、何度目か迎えた日の様に、皆の虫の居所が悪い日であった。身内の誰の顔も目障りで声も聞きたくない、何処の誰にでもあることだ。そんな時、彼女たちは互いに顔を合わせないことで、時に幾日も日をまたいで、対処していた。時間がどれほど彼女達の時間を必要としても問題にはならなかった。寧ろ時間はほつれを解きほぐすに必要な武器であり、味方であった。だが、人が、土地が、時が、どれほど味方しようと起こるべくして起こる悲劇は存在する。人はそれを、運命、と呼んでいた。
「その日」は「偶然」、レミリアは昼から紅白の巫女の神社へ出かけていた。吸血鬼の天敵である陽射しが燦々と降る中で、だ。咲夜の不在で完璧でなかったセットを見られたくなかったのかもしれないしただの気まぐれだったのかもしれない。自らの顔を、他人から、他人の顔を自らの目から隠す様に日よけ傘をクルクルと手で持ち抱えながら館を出ていった。
「その日」は「偶然」、パチュリーは知人の人形遣いの下の数日かけての駆動実験に付き合っていたーーー、と言うのは建前で「動き回る図書館」というのも千年くらい一度は面白そうね、と憧れが止まらなくなってしまったのであった。あろうことか存在するだけで莫大なエーテルを生み出す賢者の石の制御を蔑ろにしてまで、である。
「その日」は「偶然」、咲夜が珍しく暇を取っていた。コトの起こる数日前に起きたフランドールのストレス解消に付き合っていたからだ。時間を制御できるが故に、時間を忘れられる悠長な釣りが最近の趣味だという。より深く、より愉快な体験をしたい。人間なら逆らえない衝動だ。咲夜は普段の釣り場よりもより深い沢へと歩みを進めていった。
「その日」は「偶然」、上述の諸々の事情で門番を見咎めるものが居なかった。彼女は数日前に紅白の巫女に敗れておりーーーその上、体術でーーープライドに勝者の下へと愉快そうに遊びに行く様に見えたレミリアの姿が傷に塩を塗ったのかもしれない。何にせよ彼女の憤懣やるかたないエネルギーは行き場を求めてぐるぐるしていた。夕刻、美鈴は未だ居住人が誰一人として戻らぬ、つまり帰りは早くとも明日以降になる事を確信した。太陽がすっかり西の空に沈み込んだ頃、彼女は館の裏手に向かうと息を、気を深く全身に巡らせた。稽古、と称した八つ当たりである。いつもより、気の巡りが深く、力強いーーー。敗北から学ぶというのも悪くないわね、そ明鈴は負の感情を振り払う様に、震脚し、然る一瞬の後、全身全霊の、賢者の石が数日間たっぷりと館周辺に撒き散らしたエーテル、即ち気を吸い込んだ掌底を、愛すべき我が家に、叩き込んだ。
「その日」は「偶然」フランドールは自由だった。とは言え彼女の自由はレミリアが定める館内に、図書館に、中庭に、限られていたがこの所の凪いだ日々はフランドールの奇行を名もない妖精メイドをしばし一回休みにし、メイド長の考えたシフトを台無しにする程度に留まっていた。遅い昼食を、吸血鬼にとっては健全な朝食を摂ったフランドールは目についたメイドに怠惰に休みをくれてやるのも悪くはない気持ちだったが、先日までに一回休みにさせたメイド99822人の名前を思い出し、止めた。0.5秒後、フランドールの足は図書館へと向かっていた。図書館の主人の机には七色に輝く宝石が無造作に立てかけられていたが、彼女はこれに不用意に触れるべきでないことを体感で知っていた。3日3晩に渡って太陽光で焼き続けられたのだ。あれは痛かった。本を読んで過ごそう、お嬢様らしい振る舞いにお姉さまも私のことを大いに見直すはず、そう考えたフランドールは司書にお勧めの本はないかと尋ねた。こちらなどは如何でしょう、緊張した司書がやや上ずった声で差し出されたのは近年の主要なスペルカードをまとめた一冊の魔導書であった。著者の名前は記憶の端にあるような気がしたが、家族ではないので思い出すことを早々に止めた。いつもならレミリアが咲夜に紅茶を入れさせてくつろいでいる館正面にある中庭の日除け傘に守られた古雅なテーブルとイスを我が物顔で占領する。世界のすべてがここにある。そう思えた。魔導書の一項を不自然なまでに白い指先で開く。余程のめり込んでいたのか、フランドールが一息つくために顔を上げると。空は闇の色を濃くし、一等強い夜空の光が空に瞬いていた。昼食にしよう、そう考えた彼女は足のつかない椅子から軽く飛び降りる。それと同時に地に痺れが走り、背後から襲った衝撃が彼女を押し倒し、怒りと暴力が支配した。だが、彼女は攻撃の主へ反射的に攻撃をしなかった。紅魔館が、飛翔していた。
フランドールは唐突に思い出した。ずっとずっと昔、彼女が思い出せるだけ昔、幻想郷へ飛来した妖星を雑に破砕した時、青色の、銀色の、紫色の、紅色の髪をしたお姉さまが、アイツが無邪気に喜んでいたことを。今、彼女の目の前には天を覆いつくさんばかりの巨大な塊が飛んでいる。フランドールは手に目を見つけ、あらん限りの力で握りつぶした。魔力と気を帯び、虹色に輝く土塊が幾つも空ではじけ飛ぶ。彼女は何度も、何度も、握りつぶした。歴史、絆、知性、全てが幻想郷の空に、花と溶けていった。


レミリア・スカーレットは、幻想郷全土に衝撃が走り、紅魔館が爆発四散した一部始終を博麗神社で見届けた。神社の主の、狛犬の、鬼の、黒猫の視線が彼女を見つめている。これからどうするの、博麗霊夢が問う。レミリアは人形のように端正な顔を微塵も崩すことなく、微笑さえ湛え答える。「家に帰るのよ。私が一番遅いかもね」、と。
紅魔館を爆発四散させてみたくて書いてみました。エイプリルなら許されると思います
お魚の骨
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コメント



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1.891サク_ウマ削除
なんだこれ。途中で仲違い話かと思ったら普通に物理だった。笑いました。良かったです。
2.891奇声を発する(ry削除
清々しい感じがありました
4.891虚無太郎削除
紅魔館とは場所ではない。吸血鬼の姉妹がいて、メイドがいて、門番がいて、賢者がいて、史書とちまっこい要請がいれば、そこが紅魔館なのだ。
え? ホブ? 知らんな。
5.891青段削除
紅魔館だってそういう日あるしな