Coolier - 迎え火 送り火 どんど焼き

白昼夢

2019/04/01 00:04:14
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 宇佐見菫子は、自分の命がもう長くないことを悟っていた。
 両手は乾いて干からびており、指は枯れ枝のように細く、頬を撫でるとカサカサとしている。
 もう何日もベッドからまともに身を起こすことすらできていない。

 加齢と共にわかったのは、走る力や掴む力のように、超能力も衰えるのだということだった。
 今の菫子にできるのは、かろうじてベッドサイドに置かれた水差しを引き寄せることくらいのものだ。周りに人のいない時を見計らい、唇を湿らせる。

 身体を動かせなければ、思考を巡らせることくらいしかできない。
 菫子はうつらうつらとしながら、幾度となく考えたことを考える。

 ――昔は良かった。

 学校も仕事も退屈ではあったけど、身体は自由に動いたし、時間もたっぷりあった。
 何より、眠ることで素晴らしい世界へ小旅行をすることまでできたのだから。

 幻想郷。
 あの不思議で楽しく魅力的な世界に行けなくなったのは、いつからだっただろうか。
 記憶はぼやけているけれども、ある日寝ると、夢も見ずに翌朝目覚めた。
 少女の日々が終わったのだと、その時に理解したのだ。

 ……年を取るといけない。先ほど摂った水分が頬を伝って流れ出てしまう。

 満開の淡い桜に梅の香り、鶯の鳴き声。
 青空に湧き上がる入道雲と、蝉の鳴き声、降りしきる夕立。
 紅葉と焼き芋の香り、赤とんぼに収穫祭。
 雪だるまにかまくら、こたつにグツグツ煮える鍋。

 高層ビルの立ち並ぶ社会で長年暮らしてきたはずなのに、思い出されるのはそんな原風景ばかりだった。
 妖精たちが飛び回り、そこかしこから野良妖怪たちが顔を出し、胡散臭い古道具屋で店主と駄弁り、神社の縁側で巫女や魔法使いと出涸らしのお茶を飲む。
 そんな日々こそが、どうしようもなく懐かしくてたまらなかった。

 帰りたい。
 あの日に帰りたい。

 ――そんなことを強く願いながら眠りに就いたせいか、夢を見た。

 何もない白い空間。
 そこにいるのは菫子。
 そして、かつて見たことのあるような奇妙な格好をした存在。

“あなたは……”

 久しぶりに発した声は、掠れることなく相手に届いたようだった。

“お久しぶりですねぇ、宇佐見菫子さん。あまり時間もないようなので手短に申し上げますが、あなた、若い頃に戻りたくありませんか?”
“えっ!?”
“あなたが望むなら……戻せますよ”

 それは願ってもない話だった。
 今の菫子が求めているのは、金でも愛でもなく、過去の鮮やかな思い出である。

“ただし、もちろん対価はいただきますよぉ。支払うのは、若返ったあなたです。いかがですか?”
“対価っていうのは……”
“うふふ、今のところは申し上げることができません。不審ですか? なら断ってくださっても結構ですよ”

 相手はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。
 どう考えても怪しく、そして妖しい。それなりに社会の荒波に揉まれ、現実というものを身に沁みて理解している今の菫子なら、絶対に乗らない話だった。

 ――そう、今の菫子なら。

“わかった。なんだろうと支払えるものなら支払う。私を戻して、あの頃に!”
“ほほう、思い切りましたね。いいんですか? 簡単にそんな約束をして”
“ええ。後悔なんて、あるわけない”

 歳を重ねて失われたのは、若さだけではない。
 未知のものに飛び込む勇気。そして思い切りの良さ。
 かつての菫子は、強大な力を持つ妖怪を相手にして、一歩も譲ることなどなかった。

“ううん、いい顔ですね。わかりました。いいでしょう”

 相手は、ニタリと嗤う。

“では……約束の件……ゆめゆめお忘れなきように……”

 揺らめくような言葉と共に、菫子の意識は温かな闇の中へと沈んでいった。




「――子」

 意識が、ゆっくりと浮上する。

「――子、菫子!」
「……えっ?」

 身を起こした。
 生温い風が吹き抜けてゆく。

「もう、こんなとこで寝てると風邪引くわよ。あれ? 現実行ってるだけだっけ」
「れ、いむ……レイム!?」
「な、何よ急に……」

 周りを見回す。
 そこは懐かしい博麗神社であり、菫子は縁側にいた。
 自分の身体を確認する。
 両手は瑞々しく、指も滑らかで、頬はすべすべしていた。

「嘘……本当に、戻ったの……?」
「何わけわかんないこと言ってるのよ。寝ぼけてるんなら顔でも洗ってきたら?」
「う、うん」
「さっき魔理沙がなんか良い笑顔でお饅頭持ってきてくれたんだけど、あんたも食べるでしょ」

 何気ないやり取りに、視界が滲む。
 菫子は素早く立ち上がり、拳を天に突き上げた。

「やった……やったぁー!!」
「そ、そんなに嬉しかったの、お饅頭……」
「ちょっと顔洗ってくる! 洗面所借りるねっ!」

 菫子は軽快に駆け出す。
 その様はまるで、関節痛から解放された老人のようでもあった。




 謎のテンションに置き去りにされた霊夢は、怪訝そうな顔で菫子の後ろ姿を見送る。

「……そういやだいぶ寝苦しそうにしてたけど、なんか悪い夢でも見ていたのかしら」

 神社の居間では、風で揺れる日めくり暦が、卯月の始まりを告げていた。





   ~完~





ごきげんよう。
昨年ぶりです。

そう言えば、創想話に作品を出して、あとがきで好きな作品の簡易レビューをしたらいいんじゃないかと思ったことがあったんですよ。10年くらい前。
「この作品を読んだ(書いた)方は、他にこのような作品も読んでいます」
みたいな感じで、他の作品への導線にもなるかなと。

ですが、レビューの前に肝心の自作もコンスタントに出せないじゃないかという事実に気づいて、断念。
どなたかチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

ZUNさんと、お読みくださった方々に感謝を。
S.D.
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コメント



0.2673簡易評価
1.891奇声を発する(ry削除
良い雰囲気でした
2.891虚無太郎削除
ええぞ! 
ええぞ!
身体が自由に動くって本当に尊いよね……はあ……
3.891サク_ウマ削除
もしやこれ、悪夢日記の前日譚? だとしたら面白いですね。単品でも十分に良い作品ですけど。
ご馳走様でした。
5.891青段削除
温かい感じで終わってよかったです