恐慌焦燥話

東方創想話の作者さん130人の文体を模写して「爆発音がした」を書いた

2017/04/01 00:12:28
最終更新
ページ数
1
閲覧数
3428
評価数
15/29
POINT
83810

分類タグ

0-1.原型
「後ろで大きな爆発音がした。俺は驚いて振り返った。」



0-2.詩的
 人は心に火薬を詰めます。
 落ちる涙は、この世でいちばん小さな爆弾です。



0-3.博麗霊夢
「あー?」



1.aho氏
 大江戸爆薬からくり人形がその可愛らしい体躯に似合わない破壊力を披露した。
 かろうじて原型をとどめている小さなテーブルの上には粉塵で汚れた魔理沙の飲みかけのハーブティーがあった。視線を向かいにやると、アリスが先ほどと寸分違わぬ優雅な姿勢で自 慢のハーブティーを味わっていた。
 魔理沙は腕がかすかに震えているのに気がつき、落ち着け、と自分に言い聞かせた。

(これだから……これだから都会派は……!)

  心の中で悪態を吐きつつも、認めずにはいられない。洗練された女性というものを、これでもかというくらいに見せつけられたのだから。

(さすがアリス、わたしの三歩先を行く女だぜ……!)



2.yuz氏
後方から凄まじい音が響くと同時に、爆風が霖之助の髪をなでた。
今なら飛べるかもしれない。
横を向くと、茄子色の傘を持った少女と目が合った。
ばたばたと水色の布切れがはためく。

ばたばたばたばたばた。
ばたばたばたばたばた。

なるほど。
「ちょっとかりるよ」
霖之助は少女のスカートに手をかけた。



3.幻想と空想の混ぜ人氏

            ,.-、
          //ヽ ̄ ヽ
       _,,. -‐| | 山 l |、   ,
 |\_,. ‐''":::::::::::::i l 田 l |::::ヽ/:i
 |::::::\::::::::_r-ァイニ7二ハ二ヽ_:::::|
 |::::::_r->-''7'´::::/::::/:::::i::::;::ヽ/!_::!
::r'ア二7-/:::::::/!:::::i::::/|:::ハ::::::ヽ ン、
く\i>-:'/:::/:::/ ,.!/レ' |/ ! :::::iヽ/<]    小町のおっぱいは爆発してもよいぞ
::::Yi/::ノレ':ヘ/ (○)  (○) レ:::::! /
//:::::i::::::Y::!     ___   iハリハ
イ:::::::;':::::/!::ハ          人:|/./|/\.
. !:::::/::::::;:イ_;イ>,、 _____, ,.イ/ノ:::|.//| 永 |




4.喉飴氏
「パチュリー! 大変、大変だよ!」
「どうしたの、妹様? ムチとロウロクだけではもう満足できなくなったの?」
「違うよっ!? まるで日頃からSMプレイにはまってるような言い方しないでよ!」
「じゃあ、レミィと過ごした熱い夜の日々は妹様にとってもう忘れた過去だって言うのね」
「相手、お姉さまなんだ!? っていうかそんな過去ないってば!!」
「話が進まないわ、もっと要領よく話してよ!」
「なんで私が怒られるの!? ああ、もうっ、とにかく大変なんだよ。なんか向こうから爆発したような音がしたの。早く逃げないと!」
「待って、妹様。それなら、ここに残りましょう」
「ええっ、なんで!?」
「爆発オチというものをやってみたかったの」



5.喚く狂人氏
『芸術は爆発だと言いますが主に頭部辺りが爆発しているのではないかと思うんです。』



6.超空気作家まるきゅー氏
「どうしたのですか、そんなにあわてて。爆発、爆発ですって? ははぁ、それでそんなにあわてているのですね、早く逃げなければあなたの体が食べやすい肉片の山となりますからねぇ。ああ、私が食べるわけではありませんが。ひひ……」
 ぴくりとも動かない微笑みが相手に安らぎを与えることはなかった。
 しかし、敬愛する主人との蜜月を妄想しながら口を動かし続ける小悪魔の口元はなおもゆるみ続けた。
「あなたは爆発と言いましたがね、その目で確かに見たわけではないのでしょう。音だけを聞いて、あなたの脳髄が背後の光景を勝手に作り出してしまったのではないのですか? それにあなたの聴覚が騙されてしまったのだという可能性はゼロである、とそう断言できますか? おや、どうしたのですか。恥じることはありませんよ? 人間なんて自分の感覚しか信じないのですから、認識のずれなんて些細な誤差は必ず生じます。今回はたまたまそういった不運に遭遇してしまったというだけのこと、なにも気にすることはありませんよ。ええ、よかったですねぇ、私のような善良な小悪魔と話せたことは不幸中の幸いというものですよ。ところで、後ろをご覧になってみてくださいよ」



7.猫井はかま氏
 空の上……空飛ぶ船の上に、私――虎丸星――は居る。
 何百年と地底で眠っていた船。聖輦船。
 ふとよく知る妖気を感じた。
 目前に立っていたのはナズーリンだった。
 私の部下のナズーリン。だが、私には彼女が何を考えているのかが未だによくわからない。
 こちらをじっと見つめ、どこか機会をうかがっているような表情で、吊り橋……となにやらつぶやいていた。
「あの……ナズ」
 私が呼びかけようとした瞬間、前方――つまり、ナズーリンの背後ということになる――で爆発が起きた。
 熱気がゆらめく中、ナズーリンの顔が視界に入る。
 彼女はなにか期待するような眼差しをこちらに向けていた。



8.パレット氏
 ゆかれいむがこの世に誕生した瞬間だった。
 紫の耳は確かに爆発音を聞き取っていたが、霊夢の柔肌を堪能するために指の力加減に集中していた。ひどく面倒そうに隙間を後方に広げ、ふたたび紫は霊夢と愛を育んだ。
 隙間の飲み込んだ爆発エネルギーは行き場を求めながらみるみる増大し、幻想郷の片隅は真っ白に包まれた。



9.胡椒中豆茶氏
 爆発音が真後ろで鳴り響いた。
 最近の爆弾には慎みというものが足りないのではないか。私がそう言うと、「そうね、カグヤのおっぱいより足りない」と永琳は言った。
 私がちょっと睨んでやると、「訂正します」と付け足し、「爆弾にもそれくらいの慎みはありますね」と言った。
 永琳の顔面から爆発音がした。自分の右手を見てみると、メロン味の蓬莱の薬の残骸が握られていた。
 ミステリーの予感がする。



10.野田文七氏
 後方ですさまじい爆発を感じたが、悲しいかな何もする術がない。
 出来ることといえば、ただ灰色の空を眺めて、オレンジ色の舌が背中を舐めるのを待つだけだ。
 そして、爆発は大きな唸りと共に地面に触れ、眩い光と痛みを持った強い風を生み出した。
 その風はとても熱く、お肌にとても悪いものだった。



11.村人。氏
 大きな爆発音が響いた。
 パチュリーはなにか期待するような視線をアリスに向けた。
「え、なに?」
「アリス……失望したわ。どうして爆風で服がやぶけていないのかしら」



12.Ninja氏
「私のお墓の前で爆発しないでください」



13.ら氏
 背後でとてつもない音がした。それも怖気の走るような嫌な音だ。
 それは幻想郷の困ったちゃん筆頭候補の一人(ほかに数十人がノミネートされている)である紫さんじゅうななさいのイカれた思いつきの異変でも始まるのかと思えるほどに、嫌な予感でいっぱいだった。
 しかし、あたりを漂う卵の腐ったような、いや一週間常温保存した魚の目みたいに濁った空気が充満していることに気づいた。
 なるほど、納得がいった。爆発したのは私の尻だ。



14.藤村流氏
 ごう、という音が耳の中で唸りをあげる。
 見ると、空にびっしり桜がはりついている。この爆風で散ってしまったのか。
 桜はふわふわと舞っている。だが、いずれ広すぎる大空を見上げながら地面にはいつくばるだろう。そして、そのまま……。
「まって」
 目の前を通りすぎる花びらをつかもうとする。しかし、風がまた強く吹き、私の手からするりとのがれていった。
 小さくなった花びらが私を見下している。
 あの桜もまた、どこか遠いところへ流されて思い出せぬ母の木を思い出そうと、望郷の念を抱きながら朽ち果てるのだろうか。



15.からたち柄杓氏
 爆発の衝撃が五体に染み渡る。
 痛みに耐えながらなおも道を歩けば、そこらに転がる石のように散乱した人の部品が目に入った。
 腕、指、足、頭、耳、爪、骨、思念、感情、髪飾り。
 胸に得体の知れないものがこみ上げるのを感じた。
 どうにもならずにくずおれて、獣のような嗚咽をあげた。



16.沙月氏
「それでパチェ、なんで爆発させたの?」
「あなたが妊婦を巻き込んだ事故を起こしたから示談金を振り込めって報せがきて、つい」
「私の目を見て言いなさい」
 愛するレミィはいつの間にか小賢しい知識をつけていた。
 大丈夫。私たちは親友なのだ。誠意をこめて話せばきっとレミィもわかってくれる。
「本当よ。横断歩道を渡れなくて困っていたおばあさんを助けていて、つい」
「ダウト」
 レミィの拳が私のストマックに吸い込まれていった。



17.PNS氏
 後ろで大きな爆発音がした。
 しかし、そんなことよりも重要なのは目の前の油揚げをどのように堪能すべきかである。



18.ロディー氏
 爆音が周囲に響き渡った。
 枝がくるくると宙を舞い、大勢の葉が地面をすべっていく。幹の柔らかな部分がぼろぼろと崩れ、土の上にその死骸の山を築いている。
 辺りのくたびれた木々はすっかり手足をなくしてしまった。
 続いて、爆風が彼女の薄く透けるような茶の直ぐ髪を撫でた。
 だが、無遠慮な轟音や爆風に翻弄されることはなかった。気性の荒い彼らですら彼女の前では礼節を弁え、静寂を保っているかのように見えた。



19.八重結界氏
 コッチコッチと小刻みな音が少しの間続けられてから、音量が爆発した。
 耳をすませていたレミリアはカキ氷を一気食いしたときを思い出し、頭を抱えてその場にうずくまった。ついでにお腹も痛くなった。
「お嬢様もあるいは爆弾なのかもしれませんわ」
 咲夜はその口調に似合った面持ちで自分の主人に問いかけたが、レミリアは腹痛のため、神に祈りをささげる作業で忙しかった。
 紅魔館の信仰はわりと自由だとご近所でも評判である。
「お嬢様のちいちゃな胸に耳をあててみると、やはり小刻みな音が聞こえましたからね」



20.葉月ヴァンホーテン氏
 どこかで、ごおんと鈍い音が聞こえた。
 音の出所や原因、それに正体をあれこれ考えながらも彼女は手を動かしていく。
 そして、八等分にしたオレンジの一つをつまみあげ、口の中に運ぶ。
 柔らかな果肉をゆっくりと歯でつぶしていく。じわぁ、とクエン酸があたたかな舌に心地よく染み渡る。
 舌で転がしているうちにさわやかな酸味に隠れたほのかな甘みが口いっぱいに広がっていく。ぷち、ぷち、と小気味いい食感も咀嚼を十分に楽しませてくれる。
 自然と彼女の口もとがほころんだ。



21.反魂氏
 爆発音がした。

「けほっ、けほ……!」

 目の前の可愛らしい爆弾が苦しそうに咽ている。だが、甘ったるい飲みかけのミルクティーが蓮子をより美味しくさせるのだ。その幼さを強調する涙顔が、上目遣いが、私の趣味に丁度いい。
 ――キスしたい。
 つぶやいただけで導火線が熱を持つ、幼稚な爆弾。
 すぐにまた爆発音。今度は控えめだけど、のぼせたように燃え上がっている。熱さを確かめるように頬に指をはわせると、可愛らしく鳴いてくれた。
 嬌声に私の爆弾も目を覚ます。ちりちりと、長い尾がその身を焦がしていく。視線は狙いを定める。蓮子の、ぷっくりと膨らんだ甘そうな唇――爆弾キャンディ。
 焦るな。こんなこと――蓮子より慣れっこで、経験豊富で、だから、私が教えてあげなくちゃ。
 できるだけ平静をよそおって、蓮子の真っ赤に燃え上がるやわらかな爆弾を、私はそっとついばんだ。



22.電気羊氏
「お嬢様、大変です。いえ、変態です」

 爆発音と同時に、テーブルの下から這い出てきたのは咲夜だった。だが、従者の自己紹介に付き合っている暇はない。
 すぐさまこの爆発を起こした犯人を導き出そうと、私は灰色の脳細胞を働かせる。

「ですがお嬢様の下着は純白でしたね」

 お前は黒いよな。腹の中とかさ。
 さて、そんなことよりもこの事態の解明が先だ。
 妹の定期的な癇癪か。それとも親友の迷惑な実験か。しかし、これほどの爆発となると……まさか!

「わかったわ、この爆発はイチ○ーの仕業ね!」
「お嬢様、伏字の配置をもう少しお考えください」
「うるさいわね。ガッツポーズするわよ?」
「では下着の配置をもう少しお考えください。いつも見つけにくいので困りますわ」

 私の推理は身内から下着泥棒を見つけてしまった。
 なんということだろう。従者の失態は主の責だ。咲夜を矯正させるためにも明日からは下着をはかないようにするしかないな。
 上に立つ者の辛いところだ。



23.はむすた氏
 派手な爆発音が地震とセットでやってきた。
 爆発ごときが私のティータイムを邪魔するなど身の程知らずもいいところだ。
 この程度の問題に顔をしかめる私ではない。景気のいい轟音をBGMにして紅茶を楽しむのだ。

「どう、咲夜。この堂々たる態度。夜の王にふさわしいでしょう?」
「手元を震わせてなおも飲もうとする紅茶中毒者のように見えますわ」



24.司馬漬け氏
 不意に女の背後から爆音が轟いた。女は驚いて振り返る。
 地面の一部は空に吸い込まれるように抉り出され、立ち上る煙は天を支える柱となっていた。
 あの黒煙が風に揺らげば、天地はひっくり返るかもしれない。
 女の皮膚が粟立った。



25.冬扇氏
 ふと自室の片隅に汚れたランプが落ちていることに気がついた。

「そうね、レミィ。優しくなでるといいわ。ベッドの上でやるように」

 パチュリーはどんなことを聞いても答えてくれるが、余計な一言を必ずつけてくる。蛇足とはこの魔女のためにある言葉なのだろう。ひとまずパチュリーの言う通りになでてやったら、ランプはすぐに爆発した。
 私の右手が綺麗なアーチを描いてパチュリーの頭部に軟着陸する。

「……似合うかしら?」

 串刺しにする勢いで睨んでやったら、普段はネグリジェに隠れている太ももを大胆にさらけ出しながらパチュリーはのたまった。誰もサービスしろなんて言ってねえ。

「きっとネグリジェの色が脳にもうつったんですねぇ」
「誰?」
「ランプの精霊です。願い事を三つまでかなえてあげますよ」

 すぐ隣に精霊という肩書きが許されない程度に筋肉をまとった男が立っていた。首を傾けると片足にブリーフがひっかかっているのが見えた。

「すいません、着替え中だったもので」
「早くパンツはきなさいよ」
「いや、お見苦しいところを。はい、あと二つまで願い事をかなえてあげます……あ、ちょいたっ、鼻はやめっ、フランスパンなんて入りませんって、いやほんと、あっ」



26.カササギ氏
 閃光の後、金属をこすり合わせたような音が聞こえた。その瞬間、子供や老人は葉のように風に乗って空に浮かび、黒煙に飲み込まれた。
 地平は炎に包まれ、のろのろと熱を孕む。女の甲高い悲鳴が耳を貫く。赤黒い空気は、見ているだけで反吐が出そうだ。しかし、その臭いにもやがて慣れるだろう。
 死に絶えた建造物は躍動を実感し、すぐにまた動かなくなる。路傍には深い深い穴が開く。その穴はまるで地獄への入口みたいにぽっかりと大きく口を開けて、中では今にも死神が誘っているかのよう。わたしの目の前にだって。



27.白々燈氏
 爆発音が部屋中に響き渡った。
 四角い天板が天井と熱いベーゼを交わし、その熱愛に盛大な喝采が巻き起こった。照明器具の残骸は粉々になってぱらぱらと炬燵に降りかかった。ああ、高かったのに。
 熱風に撫でられながら、少女は視線を爆発の中心部に向けた。
 小さな波形を描く柔らかそうな藤色のショートヘアが、薄桃色のスカートとともにぱたぱたと揺れ動く。小柄な体に絡みつく複数の管の中央には奇妙な目玉がついていた。
 彼女は古明地さとり。心を読む能力を持った妖怪であり、炬燵が暖まるのを待ちきれずに自分で暖めようとした地獄鴉の飼い主である。



28.浅井キャビア氏
 どおん、と間の抜けた音がにとりの耳に響いた。椛の耳はぴんと逆立った。

「爆発?」

「山火事になるかもしれないね」

「行こう。ここも安全とは言えない」

 椛はすばやく立ち上がった。だが、にとりには一向に動こうという気配がなかった。
 先ほどよりも鮮明な音が聞こえ、地面が少しずつ揺れ始めた。

「何をしている。じっとしていては危険だ」

「どこに行っても危険だよ。一歩外に出れば落とし穴が腹を空かせているものさ」

「そうかな」

「そうだよ。だから将棋の続きをしよう。山が全焼したところで私の優勢はゆるがない」

「待て、待て」

「待たないよ、犬じゃないし」

「私だって犬じゃない」

「そうだね。お手」



29.浅木原忍氏
 私は爆発した。
 羞恥心が顔を染め上げ、蒸気が煙のように立ち上る。

「あの、あ、あのね、こいし。赤ちゃんは、その……コウノトリがキャベツを運んでね?」
「ええ、合体? どうやってくっつくの?」
「――――ッ!!」

 私の口から再び爆発音が鳴り響いた。



30.Taku氏
 ひゅーんと気の抜けるような音がしたと思ったら、爆音が盛大に響き渡った。
 テポの野郎が降ってきたのだ。
 イエスキリストごっこのためにフォーオブアカインドを発動していた私は、あわてて戻ろうとすぐにほかの私に集合をかけた。

「点呼はじめ!」
「イチ!」
「イチ!」
「イチ!」
「よーし、さすが私ね!」

 協調性が欠片もない。



31.S.D.氏
 爆発音が耳に届いた。
 同時に粉塵が視界いっぱいに広がる。強い風が手足を持っていこうとする。
 山は雪崩を起こし、川には汚染物質が流れ込む。
 昨日まで住んでいた家はぺしゃんこになり、昨日まで一緒にいた友達は星になった。



32.無在氏
 私――レミリア・スカーレットは大きくて背筋がぞっとするような爆発音を聞いて、ぴくりと――『怖い』わけでは決してないのだが――肩を震わせた。
 ふたたび、ドーンと爆音が轟いた。
 私の愛する妹――フランドール・スカーレットは普段こそ穏やかで優しい性格だが、一度怒ると手がつけられないのだ。
 だからといって、それが姉を、鬱憤を晴らすための遊び相手にしていい理由にはならない。
 それにフランはケチだ。ドロワーズの一枚くらい見逃してくれたっていいじゃないか。



33.歪な夜の星空観察倶楽部氏
【地獄の卵】

――――――――天国は爆弾が落ちてくるまで存在します



34.夏星氏
 ぬえがまた爆発した。

「――――ッ! ムラサの……馬鹿ああぁぁぁっ!!」

 そう叫びながら、顔を真っ赤にしてどこかへ行ってしまった。
 本当になんなのよ、あの正体不明。

「いいんですか、追いかけなくて」

 いつの間にか隣にいた星が聞いてくる。
 いきなり馬鹿呼ばわりされたら追う気もなくなるってば。

「また、ぬえに何か言ったのですか」
「またって何よ……ただ、ぬえにちょっと質問されたから答えただけよ」
「質問とは?」
「私のこと、どのくらい好きかって」
「……それで何と?」
「カレーと同じくらい好きだって言ったわ」
「…………それは、ムラサが悪いのでは」
「ええ、なんでさ。だって私、カレー好きよ?」
「いえ……そういう問題ではなく……」



35.与吉氏
「ふむ、花火か。僕の店では扱っていないが、知識としては十分に知っているつもりだ。その知識の中には作り方だって勿論入っているから安心していいよ。花火は火薬と金属の粉末を混ぜ合わせたものなんだ。古来から火薬は兵器として使用されてきたが、花火のように人の目を楽しませるものもある。しかし、やはり兵器として使われる場合が多いのも事実だ。たとえば、火薬の代表格である黒色火薬はあまりに煙が出やすく戦闘時に視界をさえぎるため、外界では次第に廃れていったらしい。兵器として役に立たなければお払い箱。つまり、火薬は兵器だと定義されているということさ。僕に言わせれば、道具の役目を狭めるなんて愚行以外のなにものでもないがね」



36.ulea氏
 あまりにもちっぽけな音だった。だというのに、彼女は体を真っ赤にして、今も車道に横たわっている。
 おかしいじゃないか……だって、だってこんな、こんなちっぽけな爆発がどうして私たちを、秘封倶楽部をばらばらにできるのだろう。私たちのつながりは、境界は、容易に揺るぎはしないのだから。けれど実際に、いっしょに過ごした日々がぼろぼろと容赦なく崩れ、思い出や記憶がすさまじい速度で引きちぎられていった。離れていく――彼女が、どんなに願っても手の届かない、遠いとおいところへ向かっていく。
「私は悪くないのよ! この子がいきなり……そうよ、この子が飛び出てきたのよ! 私は悪くないわ!」
 知らない女がヒステリックに声を張り上げる。頭が爆ぜてしまいそうな心地になった。血脈を突き破りそうなほどに速く、熱く、体中の血液が頂点に殺到する。脳がどろどろに溶けて、体のあちこちから、胸のなかに溜め込んでいたものが漏れていく気がした。目蓋の裏側が燃えるように熱い。耳の奥底で喧騒が唸りをあげる。湿り気のない喉からは嗚咽が這い出る。
 ――悪い夢だ。
 もういやだ。こんな悪夢みたいな世界にいたくない。こんな夢はみたくない。早く、現実の私に目覚めてほしい。ほら、目を覚ましてよ。起きて、大学に行って、帰りに喫茶店によって、そこでこれからの予定を話そうよ。たのしいのよ。たのしいんだから。だから、早く覚めてよ。覚めて。これは夢なんだから、夢なんだからさ。
 覚めるものでしょ、ねぇ……夢は! 幻想は! ……だから、早く、覚めなさいよ! 覚めろ、この……っ! 覚めろ!
 ――――覚めろよおおぉぉっ!!



37.ねじ巻き式ウーパールーパー氏
 衝撃音が私の耳を掻っ攫っていった。だから、目の前を漫然と眺めるくらいしかやることがないのだ。
 見ろ、実に眩しい彩りだ。鮮やかな炎が高く高くあろうと無茶な背伸びをしている。天辺はあっちへこっちへ落ち着きなくゆれている。危なっかしいなぁ。
 さて。

「咲夜、説明なさい」
「お屋敷のリフォームが完了致しました」
「誰が青空教室にビフォーアフターしろって言ったのよ! 劇的すぎるわよ!」
「匠の心意気が感じられますね」
「いや、悪意しか感じられないんだけど」
「依頼者の喜びの声が聞こえてきそうです」
「日がのぼったら断末魔が聞こえるわよ」

 ねえ、謀反? これ、謀反なの? ねえ?



38.TAM氏
「えー、火遊びというものがあります。マッチやライター……火を自由に扱えることに快感を覚えてしまうのは子どもらしいとも言えるでしょう。しかしー、それが危険な行為であることを十分に理解していない場合が大変多いものです。ときには大きな爆発をも引き起こしてしまう、そんなこともありえますね。大人になれば大丈夫、そう思っている方は異性との火遊びに注意したいところです。ときには大きな爆発をも引き起こしてしまうのですから。火遊びは……」



39.白氏
「爆発を起こしたのは確かに私です。ですが、そうさせたのはあなたであって、私にはなんら後ろめたいことなどありません。あなたはいつもいつも、その魅力的な布切れをヒラヒラさせるし、張りのあるみずみずしい太ももをチラチラ見せるでしょう? 誘っているのでしょう? めくってほしかったのでしょう? 私はあなたの願望をかなえてあげただけなのです」

 今もなお吹き荒ぶ爆風の中、心を読めるさとり妖怪、『古明地 さとり』は力強い口調で弁解した。無意識を操る妹、『古明地 こいし』は爆発により暖房いらずの適温になった空気も冷ますような視線をさとりに向けながら、尋ねた。

「それで?」
「ご馳走様でした。猫のプリントが可愛らしかったですよ」

 さとりが話し終わるのと同時に、こいしの無意識により握られた拳、菩薩拳がさとりの第三の目を正確に撃ちぬいた。



40.誤爆氏
 この幻想郷では、ものを大事に扱う人が多い。
 先日も、博麗神社の巫女である博麗霊夢に焼き芋をご馳走になったのだが、焼き芋を包んでいたのは我らが愛すべき文々。新聞であった。焚き火の中心にもその美しい文章を誇る私の新聞が身を焦がしていた。
 それだけではない。寺小屋で書道の練習をしていた子どもたちが、筆を拭くときに使っていたのも文々。新聞である。
 つまり、彼らは日々の生活に非常に役立つ私の新聞でさえ、再度利用しようという心構えを持っているのだ。また、よくよく調べてみるとこの事態は周知のようで、私の見た限りではないらしい。
 その事実が判明した翌日、家で埃をつもらせるだけが能だった新聞たちを、すべて燃やすことにした。

「燃やした新聞が爆発しないかな……ついでに幻想郷も爆発しないかな……そうすれば、新しいネタができるのに……」
「……文さん」
「同情はいりませんよ、椛……」
「無様ですね」
「本音もいりません」



41.非共有物理対氏
 メリーが、爆発が起きたと言ってきた場合、その真意を確かめるには表情を見るといい。
 真剣な顔つきであれば、まず信じて間違いない。
 人生が楽しくて仕方ないというような笑顔であれば、これから爆発に備えなければならない。
 欲求を掻き立てる潤んだ瞳であれば、ベッドで慰めなければならない。親友の辛いところだ。



42.Spheniscidae氏
 一瞬の閃光が空を真っ白に染め上げた後、周囲の空間がみしりと歪んだ。爆発音が耳に届くや、女は顔をほころばせた。
 女の聴覚は、鈴の音のように軽やかで、夢うつつの余韻を感じさせる、心地のよい響きを確かに捉えたのだった。
 黒々とした炎は酸素を飲み込み、空気をどろどろに溶かしていた。灼熱は暢気とは無縁の性分のようで、喪失感を思わせる暇も与えてくれなかった。
 女がその短い生涯の中で完全な爆発に巡り会えたのは、後にも先にもこのときだけであった。



43.無言坂氏
 とつぜん、轟音が鳴り渡った。
 さとりは眉をつりあげる。
 がた、がた、がた、と、家具が音を立てた。
 地霊殿の振動がさとりの頭とつながっているかのように、激しい頭痛が彼女を襲った。
 ようやく揺れがなくなってきたところで、さとりは爆発音の中心に向かった。
 着いてまず目に入ったのは、こいし。
 手に何か丸いものを持っている。

「あ、お姉ちゃん。新作ができたよ。『芋畑の白い服 ~あの夏の爆撃』」
「それ、食べられるの?」
「あるいは」
「料理に使っていい言葉じゃないわ。それで、一体何?」
「おまんじゅう。あんこがたっぷり入っていて、赤ちゃんの頭くらいの大きさの」



44.みずあめ。氏
「あのね、こいし……私、お姉さまと喧嘩してついキュッとしちゃったときがあったんだけど」
「容赦ないね」
「お姉さまはちぎれた両足をひきずりながら、優しく私を抱き寄せてくれたの。あのときのお姉さま、もうとっても可愛かったの。たとえるなら、アルミホイルを噛みしめたときの顔みたいで」
「私も今、そういう顔になりそう」

 フランちゃんSだ。
 でも、私だってフランちゃんに負けないくらい(ベクトルは違うけれど)お姉ちゃんが好き。思い知らせてやる。

「私のお姉ちゃんだって素敵なんだよ。私がドロワーズを愛用していた頃なんだけど、めくる楽しみがないのでドロワーズはやめなさいって言ってきたの」
「とんでもないね」
「あのときのお姉ちゃんの真剣な顔、まるで野に咲き乱れるバラみたいに綺麗で、かっこよくて」
「それ、バラじゃなくてラフレシアだと思うよ」

 私は静かに立ち上がった。
 フランちゃんも無言で椅子から腰をあげる。
 わかりやすい宣戦布告じゃないか。ちりちりと首の後ろが熱くなる。
 まもなくこの部屋もすさまじい爆発の餌食となるだろう。姉を想う妹とはつまり、無数の信管を内臓した爆弾なのだから。



45.もるすあ氏
「はい、ドッカ~ン」
「ぎゃあああぁぁぁ!!!」

 こいしが溢れんばかりの笑顔でこっちに近づいてくるなと思った瞬間、私の顔面が爆発した。
 ミディアムぬえちゃん誕生の瞬間であっ――てたまるか。なに香ばしさアップさせてんの私。食べてもいいのよ、ってか。食あたり起こせよ。
 とりあえずモクモクと黒い煙を吐きながらも文句を言ってやる。

「なにすんのよ! …あ、もしかしてこの前正体不明の種を髪に埋め込んだの怒ってんの? だってこいしの髪、なんかモップみたいじゃん」
「ぬえのせいだったの!? あの後、地霊殿に帰ったらお姉ちゃんに逆立ちしなさいっていきなり言われたのよ! プロポーズかと思って喜んだのに!」
「どういう思考回路してんのよ。あんたの髪の色、本当は姉と同じなんじゃないの?」
「おそろい……そういうのもあるのか! ん、いや、なんで?」
「頭が桃色通り越してるってことだよ。言わせんな、恥ずかしい。で、なんで出会いがしらに喧嘩売ってきてんの? 宣戦布告なの? 死ぬの?」
「え、これ挨拶だよ。今、里で流行ってるの」

 なにそれ怖い。

「挨拶が爆発って誰が得するのよ、それ」
「我々の業界ではご褒美です」

 そんな業界はねぇよ。



46.過酸化水素ストリキニーネ氏
 あの子の顔には感情というものが宿っていませんでした。その造形しか知らないかのようにただ同じ笑みを私に向けるのです。そうです。あの子は一枚の絵なのです。どこぞの絵画から抜け出してきたのでしょう。私はその絵を気に入っているわけでもないのに、外すことも裂くこともできない姉なのです。
 ただ一度、酷いことをしてしまいました。
 その昔、あの子は覚りとして致命的な欠陥品となりました。第三の眼を閉ざすなど私には想像もできなかったのです。ですから、あの子がどれほど心をすり減らし、そして砕いてきたのかも私にはわかりませんでした。けれど、あの子を放っておくこともできなかったのです。当然でしょう。たった一人の妹なのです。
 ですから私は、あの子がせめて一人ぼっちにならないようにと自分の両の眼を潰すことにしたのです。

 私の姿を見て、あの子は爆発したのです。
 溜めこんだ感情が嗚咽と共にどぉと込み上げたかのようでした。おそろしい爆発だったのです。情念の炎が心を焦がし、爆発音が弾丸のように胸の奥深くを打ち抜き、震わせました。

 ――お姉ちゃんは、お姉ちゃんじゃなくて覚りなんだね

 激情に駆られたあの子を見ることはついに叶いませんでした。ですがそれよりも、踏み込んだ一歩があの子をさらに孤独にしてしまったのだということの方が、ずぅっと哀しかったのです。



47.木村圭氏
 フランは爆弾そのものなのだ。
 もちろん、能力のことを言っているんじゃない。こいつはちょっと怒らせてやるとすぐ導火線に火がつく、かわいいかわいい爆弾なんだ。
 うん、羽が端から順々に赤みを帯びてきた。最後には頬にまで伝わる。こういうのを熱伝導って言うのよね。あれ、違う?
 そうこう考えているうちにフランの顔はもう完熟だ。もうすぐお楽しみがやってくる。

「ばっか! ばーか! お姉さまのばか! どうせすぐにお姉さまより私の方が大きくなるもの! ばーかばーか!」

 ほうら、爆発した。愛い奴愛い奴。



48.nekojita氏
 ナズーリンの墜落する様は、早苗に爆弾の存在を彷彿させた。
 大気をその身で裂きながら凄まじい速度で地に吸い込まれる血と轟音の塊。その遺物が雲を吐き出すおそるべき光景を、小娘と言えるほどにしか生きていない彼女が、実際に目にしているはずはなかった。
 だが、東風谷早苗の脳髄は鮮烈な爆発を細部に至るまで完全に描いていたのだ。
 耳の管を震わせる爆発音が早苗には勝利のファンファーレのように感じられた。間違ってはいない。その音こそつい先ほど落とした爆弾の産声であり、大地に叩きつけられた子鼠の頭蓋が砕けたことを意味していたのである。

「ああ。これが妖怪退治ですね! ……楽しいかもしれない」

 かわいらしく微笑む早苗の振る舞いは少女のそれだった。否、少女でしかなかった。
 彼女はあまりに若すぎた!
 弾幕の華やかさと妖怪の愛らしい外見が、自身の生死の距離感を狂わせていることに気がつかなかった。
 この郷を跋扈する妖怪が、たかが頭のひとつが潰れたくらいでどうにでもなってしまうと本気で信じているのだろうか。東風谷早苗は、その常識を手放すべきだったし、魅惑的な爆発の虜となった好奇心を黙らせるべきだった。
 そしてなにより、自身の火薬に孕みはじめた熱にこそ気づくべきだった。



49.ケチャ氏
 ぱぁん、と。
 霊夢さんの腹部が爆ぜた。

「………っ!」

 息がもれると同時に、霊夢さんが大きく震える。
 振り抜いた腕もそれに倣う。
 ぐじゅりと水気の孕んだ感触が遅れてやってきた。
 …駄目だ、どうしても気分が悪くなる。
 霊夢さんの満たされた顔も、突き出した腕の温もりも、なにもかもが嫌になってくる。

「…霊夢さん」

 返事はない。
 特別、言いたいこともない。

「霊夢さん。霊夢さん。霊夢さん」
「………」

 ただ、無性に呼びかけたくなった。
 このどうしようもない人を、どうしようもなく愛おしい人を。

「霊夢、さん」

 名前を呼べば返事が来るという。
 そんな当たり前のことに私は憧れているのかもしれない。



50.深山咲氏
 なにかの割れる音がした。火薬の臭いが目に染みた。奴らの手が、殺意と迫害が、炎となって木々を噛み砕いていた。枝が飲み込まれ、幹が断末魔をあげた。仲間の絶叫が嵐のように駆け巡った。舌はすっかり乾いていて、喉は喘ぐばかり。私は腕の中のものを強く抱きしめた。ここにちゃんといるのだと確かめたかった。

「大丈夫、大丈夫よ。こいし。大丈夫だから」

 こいしの息が耳にかかった。伝わる血潮が恐怖をゆっくり溶かしていった。その熱に目の前の地獄までもが崩れていって。

「ええ?」

 起き上った。意識が後ろからついてくる。暗闇を泳ぐ炎はテーブルにあるランプだった。首の後ろが湿っていて気持ち悪い。居眠りしていた身体はどうにも不機嫌で、すぐにはこちらの言うことを聞いてくれそうにもない。だが、目だけはすっかり覚めていた。扉の隙間から彼女たちの声がする。

 ――さとり様になにか用事でもあるのかな、あたいたちまで連れてきて。
 ――うん、うん。そう。お姉ちゃんがそろそろ寂しがってるはずだからね、みんなでいかないと。
 ――お腹すいた、さとりさまどこ、さとりさまのご飯たべたい。

 なにかの割れる音がした。過去か、痛みか。壁、いや、これは殻なのかもしれない。私はもう一人ではない。家族がいるのだ、閉じこもるには狭すぎる。
 彼女たちを迎えるために、私は立ち上がり、扉へと向かった。



51.名も無き脇役氏
 人里が爆発した

「稗田家には代々伝わる転生の発想法があります……それは、神風特攻! 私が最後に燃やすのは代々受け継いだ稗田の魂! そして誰にも見せられない秘蔵のコレクションです!」
「うわっ、阿求!お、落ち着け~!」

 魔理沙が阿求の自室で危絵コレクションを見つけてしまったからだ



52.ナルスフ氏
 談笑していた相手がいきなり爆発したらあなたはどうしますか?

「は? ちょっ、え、ええぇぇぇ!? チ、チルノ!? な、なにがどうなっているのよ!」
 パルスィの呼びかけにこたえる声はない。
 爆発の煙が晴れるとそこには無残に砕けた羽の破片らしきものが散らばっていた。
「嘘でしょ……こんな粉々に……ん、指がべとつく? ってこれ、氷じゃなくて飴じゃない! え、嘘っ、氷精の羽って飴で出来てるの!?」
「すり替えておいたのよ!」
 パルスィが振り向くとそこには妙なポーズをとったチルノがいた。
「チルノ! 無事だったの!?」
「うーん、どちらかといえば最強かな」
「良かった、いつものチルノね。それでさっきの爆発はなんだったの?」
「あー、ごめんねパルパル、驚かせて。もうそんな時期になってるとは思わなくて」
「そんな時期!?」
「よくあるんだよねー、これが」
「よくある!? 氷精って自爆が日常茶飯事なの!?」
「そんなことないよパルルル、せいぜい春と夏と秋と冬で一回ずつかな」
「あ、意外と少ないん……いやいやいや、自爆すること自体おかしいのよ! あと、名前ちゃんと呼んでよ!」
「えー、そうかな? パルスは爆発しないの?」
「しないわよ! っていうかなによその滅びの呪文一歩手前の呼び方は!」



53.天井桟敷氏
 『爆発、あります』の看板は、その内容をよく吟味するまでもなく咲夜の好奇心を煩くさせた。
 その晴れの日は、市の立つ日。人とそうでないもので大勢賑わう河原は、普段の静けさを喧騒の中に閉じ込めていた。
 雨季を生きた空気が、山肌を滑りそのまま河の上を渡る。湿った土と葉の匂いは河原にわずかに漂うばかりで、そのほとんどが厚みのある陽光に溶かされていった。
 看板の隣には男が一人、敷物の上に座っていた。咲夜は男を一瞥し、次にその周囲を見やり、

「商品がありませんが」

 咲夜の言葉に男は口の端を釣り上げた。そして、舌の上で転がしていたかのように即座に、

「陳列はしねえよ。うちの商品は鮮度が命なんだ。出しておいたら腐っちまう」

 そう答え、役目は果たしたと言わんばかりに見え隠れしていた歯を唇で覆った。
 このまま背中を向けても良かったのだが、持て余していた小銭と活発な好奇心を消化する良い機会だと咲夜は考え、男に手の上にある硬貨を見せながら、

「では、これで頂ける爆発を一つ」
「ふん。あんた、あの湖の赤い館に住んでいるんだろう」
「ええ、それがなにか? まさか悪魔の従者に売るものなんて水と十字架しかないのかしら」
「最近、自分の蔵書を読んだかい。図書館にでも行ってみるといい」

 言い終わると、男は一人になっていて、その目前ではいくつかの硬貨が声をあげていた。



54.詩所氏
「爆風で衣服を掻っ攫って全裸にしようとする魔法の実験をしたかのような音がしましたが、いくらパチュリー様でもそんな身内を巻き込むレベルの評価の下げ方は致しませんよねぇ?」
「あなた、本当に失礼ね。下着だけは残す工夫くらいしてあるわよ。淑女の嗜みよね」
「呼吸するのやめてくれないかな、この痴女気どり」
「小悪魔、思い出しなさい優しさを」
「肉体言語で会話しないうちが私の優しさです」
「わかったわ、小悪魔。私の負けよ。ベッドに行きましょう」
「お一人でどうぞ」
「相変わらず焦らすのが上手いのね」
「焦がすのも得意ですよ」
「性的な意味で?」
「粛清的な意味で」



55.KASA氏
 ――ぷ、ぱぁ
 と可愛らしい音が、二人分の息づかいの間を泳いだ。
 すてきな曼荼羅のようなへそを唾液でしめらせると、蓮子の臭いは爆発的に広がった。
 メリーは一番奥のところに舌先でノックする。モチモチしたお腹の中に鼻を沈めると、体温はかっと燃え上がった。

「蓮子……」
「だ、だいじょうぶ……まだ、だいじょうぶ、メリー……おねがい、つづけて」

 蓮子の吐息は熱く散った。
 それが始める前とは少し違う熱っぽさであることに、メリーの心臓は五度目の爆発をむかえた。



56.アン・シャーリー氏
「幽々子様の生放屁を拝見してもよろしいでしょうか?」
「お、おう」

 妖夢は、ふだんとまったくかわらない調子で言った。「今日のおやつは水菓子にしましょう」くらいの気分だったにちがいない。
 あまりに淡々としてるので、幽々子もおもわず了解してしまった。おまけに混乱した理性が、彼女の口調を面白おかしくこねくり回していた。
 こうして幽々子はこの日、盛大な爆発音を起こしたのである。
 ちなみに、妖夢の種族もこの日にかわった。



57.arca氏
 爆発した。
 私のうしろで。
 ボン。
 爆発。
 でもあわてない。
 吸血鬼だからね。
 こんなことでおどろいていたら?
 吸血鬼失格です。
 うん。
 ひとまずふりかえってみる。
 そこには。
 これ。
 電子レンジ。
 吐き出された煙が、ぐんぐんのびる。
 黒猫のしっぽみたい。
 あれ。
 まてよ。
 猫って怒ると。
 しっぽがぴーんって。
 立ったり。立たなかったり。
 ということは。
 この電子レンジは怒ってる?
 おこ?
 おこなの?
 やっぱり嫌いだったのかな。
 おやつのたまご。
 おいしくなかったからね。
 なまたまご。
「フランドール様。おかわりをお持ちしましたわ」
「お願いだから加工して」
 プリンとかさ。
 咲夜のプリンはとってもおいしいから。
 電子レンジにもわけてあげたことはない。
「あら、産みたてほやほや鮮度抜群のたまごはお口にあいませんでした?」
「産みたてなんだ、それ、だれが産んだの?」
「私です」
 ボン。
 ……。
 …………。
 ありゃ。
 吸血鬼失格だ。



58.鹿路氏
「ぷすん」
 くるりと振り返った鈴仙は、輝夜の香りが濃いことにくらくらした。決まって苦しくなるのは、肺の中にある酸素を彼女がすべて追い出してしまうからだ。輝夜にそっと寄られるたびに、全身が自分のものではなくなっていく。
「消化不良って顔、してる」
「そうですか?」
「自分ひとりでなんとかしようとするからよ」
 目があった。
「怖がりね。弱虫爆弾ちゃん」
 導火線にからみついた火のように、姫の顔が近づいてくる。その熱が全身をあぶり、自分を支えている一本の芯をどろどろにとかしてしまう。
 大きな瞳は真っ赤に燃え上がっていて、鈴仙は彼女に飲み込まれていることにようやく気付く。
 近い。近い。体温のわかる距離だ。
「だから、手伝ってあげる」
 輝夜の指が、鈴仙の頬の上をゆっくりと這った。





59.まのちひろ氏
 バーベキュー味のスコーンとハーブティーで出迎えてくれたパチュリーに、魔理沙はげんなりした表情を返した。

「スコーンって、もっと甘くて香ばしくてジャムの似合うもんだろ?」

「あら、あなたにはよく似合ってるわよ」

 魔理沙は考える。一口かじって残すのは、負けを認めたようなものだ。だが、一気にかぶりつくにはまだ大きい。そして、私の気力はあと一回分しか残ってない。どうにもできず、食べかけのスコーンを恨めしそうに見ながら、テーブルに突っ伏した。

 そのとき、背後からごおんと低い音が聞こえ、すぐに熱風が吹きすさんだ。虚を突かれたように魔理沙は顔をあげると、辺りは屋敷の外のように明るくなっていた。

「な、なんだ!」

「ちょっと、魔理沙」

 パチュリーは驚いた表情で、魔理沙に話しかける。

「なんでお尻から魔法を出したの?修業期間が短かったの?」

 魔理沙はパチュリーを無視して振り返った。



60.佐藤厚志氏
 やかましくされるのは苦手で、爆発する様は見るのも嫌だった。

『我々は今こそ立ち上がるべきだ。我々は立ち上がるべきなのだ。《カイネ社》は新人類の母と謳われているが、純正な肉体を虫食いのランブータンに変えているに過ぎない。強欲な不死販売株式会社のマッチポンプが八ヶ岳自治領の秩序を弄んでいることは、誰の目から見ても明らかだ。我々の自決権を、あのいかがわしい《蓬莱の目》に奪われることなど絶対にあってはならない。そのために今こそ我々が立ち上がるべきである。我々が。立ち上がれ。今こそ。今こそ。今こ』

 だからそこで、停止ボタンをクリックして映像を中断させる。この瞬間、彼らは私に生かされている。私が彼らを救っている。直後におそう爆発に怯える必要もなく、もうもうと立ち上る黒煙にも咳きこまずに済んでいる。
 彼らの言ういかがわしい《幸福薬》を舌の上で念入りに溶かした。
 無音。くつくつと泡立つOD錠。静かな場所だ。すこし気持ちがやわらぐ。



61.twin氏
 殺意と憎悪の金切り声は、いとも容易く彼女のか細い足を掬い取った。開け放たれた口から見える焔の長い舌が、彼女の肌を無遠慮に舐め回すと、鈍らの刃物で皮膚を無理矢理削ぎ落されるが如き痛みに襲われた。叫ぼうとする喉も、瞬きの間に口蓋に殺到した炎に焼かれ、赤黒い血液がぶくぶくと泡立つ。――地獄にも終わりがあることを、彼女は祈らずにはいられなかった。





62.平安座氏
 今日も元気に調理場は爆発した。

「屠自古! なぜレシピ通りに作らないのだ!?」
「愛ね。太子様への愛情がそうさせているのよ」
「真っ黒だから! お主の愛情真っ黒だから! その肉、完全に炭化してるではないか!」
「でもそれって私の愛なの~♪」
「愛なら仕方ない……とでも言うと思ったか。いい加減、愛情手料理が愛憎手料理になってることに気付くがいい! すなわち食卓の彩り気取りにして死に化粧であり、炭化肉に牛乳をかけてごまかそうとするのは最早トドメの一撃でしかないので即座にやめるべきである」
「そうしろと囁くのよ……私のゴーストが」
「ゴーストはお主自身であろう!?」

 背後から聞こえる怒号。
 振り返ることもせず、私はすぐにその場から立ち去った。
 さあ、今日も外食だ。



63.スーパー食いしん坊氏
『人間の魔法使いが朝起きたら、時限爆弾のある部屋に閉じ込められていました』
「……また唐突に始まるわね」
 呆れたように言ってやるが、メリーはまるで知らん顔。
『魔法使いは犯人が誰かわかりました……さて、どうやって彼女は犯人を当てたでしょう?』
 メリーお得意の『ゲーム』。
 それもまたハウダニット……だが何度やろうとこの頭痛には慣れそうにない。
「爆弾なんてずいぶん物騒じゃない? 相当な恨みよ」
「あら、そこから攻めるのね」
 メリーが意外そうに言う。
「魔法使いの対人関係は? 恋人とか」
「恋人ね、いるわよ……『一人は巫女さんで、もう一人は魔女さん』」
 答えながら、メリーは手元のノートにペンを走らせた。
 ノートに書かれた『設定』は、この問題の上では絶対だ。
 魔法使いの浮気性も、最早くつがえることはない。



64.maruta氏
 背後からの爆発音に、早苗のスカートは命を賭した戦いの火蓋が切られたことを、瞬時に悟った。
 何故ならば、早苗さんは信者の皆さんにとって、巫女さんであり女子学生であり神様であり、清純な少女でありながらお姉さん気質も兼ね備えた、天然素直で妖怪退治大好きっ娘という、ちょっとジャンル盛りすぎだよねと疑問の声があがりそうなアイドルであるからだ。
 そしてアイドルは、トイレになんて行かないし、パンツもはかない。
 自分の鉄壁が破られれば、その瞬間にすべてが終わると早苗のスカートは知っていたのだ。

 もしも。

 もしもこの戦いに勝ったら、ホットパンツになりたいという想いを抱きながら。
 早苗のスカートは、迫りくる爆風と対峙した。



65.まりまりさ氏
 爆発音が響き渡り、館全体が揺れ出した。
 突然の出来事に、私はナイフを取り出して身構える。

「ふっ……なにを慌てている……咲夜」
「お、お嬢様……」

 お嬢様はそんな私を見て、呆れたように言った。

「敵が侵入したとでも思ったの? 違うわ。この音はね、コミュニケーションなのよ」
「コミュニケーション……ですか?」
「ええ、フランはちょっぴり内気だから……まったく仕方のない子よね……」

 お嬢様の口調はやれやれというように緩慢で、しかし慈愛に満ちた表情をされていた。

「ほら咲夜、はやくフランにご飯を持っていってあげなさい」
「……はい?」
「だからご飯よ。さっきの床ドン、聞こえてたでしょ?」

 えっ何その吸血鬼ルール。マジ意味わかんないんだけど。
 つか、地下なのに床ドンって……。



66.うるめ氏
 そして、青娥は振り返った。

 芳香は毎晩、青娥の指示で見世物にされていた。病死、焼死、中毒、その他あらゆる死体の演出を芳香にさせた。
 好事家の多くはこういったことに目がなく、青娥は芳香の自慢がしたくてたまらなかった。その利害の一致が、この催しを支えていた。

「青娥、死ぬのは駄目だ」

 帰路の中、芳香は突然思い出したように言った。

「ふりよ、ふり。大体あなた、死なないじゃない。せっかく死なない身体なんだからもっと好きにしていいのよ」

 青娥にはこのやり取りが何度目になるか、もうわからなかった。

「ねえ、やってみたい死に方とかないの」
「ん? んん……」
「なんて、あるわけないわよねぇ」
「……あぁ、ある、あるぞ! あの死だけは覚えてる! だからもう一度やってみたい」

 青娥は思わず芳香を見つめた。とても信じられなかったのだ。
 しかし芳香はその視線の意味に気づくことなく、笑顔で答えた。

「心中」

 その言葉を理解する前に、青娥の身体はすさまじい速度で地面に吸い寄せられた。
 青娥はもがこうとしたが、芳香の怪力の前ではなんの意味もなかった。

 爆発がやってくる。もうすぐだ。



67.紳士的ロリコン氏
 ちょうど、私がお嬢様の暮らしをおやすみからおはようまで見守る業務に従事していたとき、館のどこかで轟音が鳴り響いた。
 妖精メイドが厨房でなにかやらかしたのか、それともパチュリー様が飽きもせずに量産し続けている如何わしい薬品の調合で爆発事故を起こしたのか、様々な原因が脳裏をよぎるが、当然無視である。
 お嬢様の寝顔はこの世のなによりも優先されるというのが、紅魔館の常識であり、秩序であり、法なのだ。法というからには守らなければならない。守りたい、この寝顔。
 決意を新たにお嬢様の無防備なロリフェイスを堪能しようと視線を向けると、ばっちり目があってしまった。

 やべ、起きてらっしゃる。

 だが慌てない。
 時間を止めて、すみやかに移動する。
 ここでただのメイドなら逃げるように部屋から出ようとするが、一流のメイドはあえて留まり、クローゼットに身を隠して職務を遂行する。どんな状況でも仕事を続けようとするその姿勢は、片時も幼女成分を摂取しなければ発狂してしまう末期のロリコンでしかないが、それらをオブラートに包み、メイドの鑑だと自負することで面倒な意識を感じないようにしている。
 まあ、後日お嬢様に問い詰められたところで、「私もふと目が覚めたときにお嬢様が眼前にいらっしゃいました。お揃いの夢ですねうふふ」と言っておけば追及は免れるので問題ない。
 ただし、これをやるとお嬢様が就寝されるとき、寝室のトラップの数が二倍になる諸刃の剣。素人にはおすすめできない。



68.長久手氏
ぱしんと紙風船を破裂させたような鋭い音が響いた。
私が振り返ると、同居人の名も知らぬ猫が、畳にへばりついたコオロギをつつきまわしていた。
この小屋が竹林に囲まれているせいか、猫はエサに困っていないようで、このように部屋に入り込んだ虫をよく捕えては食べていた。

押し潰されたコオロギは、遠目から眺めていると畳の焦げ跡のようにも見えた。
猫がまたもぱしんと畳を叩くと、焦げ跡はやや大きくなった。
あの柔らかそうな肉球には、いくらか火薬が詰まっているのかもしれない。
ばりばりとコオロギを噛む猫を見つめながら、私はそんな考えに耽っていた。

猫がすっかり食事を終えると、畳はもう爆ぜた跡をなくしていた。
代わりに、コオロギの足が何本か残っている。
針のように細いその足を指でつまみあげると、猫はうなあと一声鳴いた。
ぎくりとして、鳴き声の主に顔を向ける。
猫はなにか心得たような表情をして、私をじっと見つめていた。
私はしばらく情けなく固まっていたが、好意を無碍にするわけにもいかず、やがて絞り出すようにして言った。

「い、いただきます」

猫が見守る中、コオロギの足を口に運んだ。
髪を食むようだった。



69.保冷剤氏
 バクハツとは地底全域に棲息する四足獣の一種である。
 体長および体重は不定だが、全身は決まって黒く、かげろうのように揺らめきながら移動する。走行速度は実に時速千二百キロに達すると言われ、地底でこれに追いつける生物はいない。
 一般に好気性で、一区間での酸素の急激な減少はバクハツの存在を判別するのに有効な特徴の一つである。また、常に皮膚表面を微細に振動させることで空気を取り込んでいるため、轟々と唸る旋風のような音をさせる。
 性質はきわめて獰猛で、生活圏の重なる他種の生物を襲う傾向がある。バクハツが吐き出す圧力変動波に触れた場合、まず頭髪と眼球、次に表皮と肺の順に焼けただれ、最後に肉が剥がれ、体は原形を留められなくなる。
 地底に住むならば、このバクハツから如何にして逃れるかを念頭に置いて行動する必要がある。

 なお、バクハツはある一定の生体強度値を持つ妖獣から産み落とされるもので、これらの母体は爆弾と称される……



「……うぼぁ」
「どしたん、みっちゃん」
 謎の鳴き声に、雲居 一輪が頭巾のかぶり具合を直しながら、隣を見やった。
 視界が悪い洞穴の中でも、妙にはっきりと浮き上がる青白い肌が、そこにはあった。
 セーラー服の少女、村紗 水蜜は、『これから地底生活を始めるあなたへ』とMS明朝体で書かれた薄い冊子から顔を上げた。
「いやね、ほら。見てよここ」
「えー、よくある死因。あ、なに。なんで生活ガイドでいきなり死を覚悟させられるの? 地底って修羅の国なの?」
「バクハツだってさ。私、絶対襲われるわー……マジ震えてきやがった、怖いです」
「なんでもう覚悟してんのよ」
「私って昔から犬とか猫とかさぁ、動物にやたらと嫌われてるっていうの? なんか警戒心むき出しで吠えられたりするんだよね。やたらと」
「そりゃあんたの"今そこで三人刺してきました"って顔に、身の危険を感じてんでしょ」
「いっちゃんの冗談はいつ聞いても最高だねー。笑えないって点を除けばよオォー!」
 騒ぎ立てる村紗の唇に、一輪は指をあてた。
「うるさくしないの。私ら、逃亡者なのよ」
「よりにもよって地底に追いやられた、ね」
 フン、と一輪はつまらなそうにうなずいた。
「姐さんのいない地上よりはマシ」
「だよねー。でも――地底かぁ」
 言って村紗は、長い長いため息を吐く。
 肩を並べて歩く彼女たちの去ったあとには、裏表紙に地霊殿広告部発行とそっけなく書かれた無料配布の冊子が捨てられていた。


********************

 爆弾のような彼女たち -Like Toy Chimera-

≪主な登場人物≫

雲居 一輪    ……いっちゃん。地底の新参
村紗 水蜜    ……みっちゃん。  〃
封獣 ぬえ    ……鵺。地底の古参

霊烏路 空    ……地獄烏。爆弾
古明地 さとり  ……覚り。空の保護者

チャック・ノリス ……人類最強の異名を持つ男。爆弾がバクハツを産み落とすのは、彼がこの世に存在することへの防衛機制。

********************



70.水上 歩氏
 爆薬を扱うものとしては、やはり爆発にもこだわりたい。
 そういったところにも気を配ってこそ、真の人形使いだと思う。普段は見えないところにもおしゃれ心を忘れてはいけない。それが乙女のたしなみなのだ。
 それに――もしも洗練された可愛らしさを持つ私の人形が、ただうるさいだけのヤンキーみたいな爆発をしたらどうだろう。
 マア、宅のお人形はまるで汚い花火ねぇと嘲笑されるのは間違いない。
 そんなことになったら、これから弾幕ごっこのときにどんな顔をして人形を投げつければいいかわからない。私はなんとしても、誰からも愛される可愛い爆発を見つけなければならないのだ。

「つまり、そういうわけなの」
「……うん、ごめん、アリス。何言ってるのか、ぜんぜんわかんない」

 メディスンは未知の言語を話す生物を見るような目で、私を見ていた。
 心外だ。とてもわかりやすく、丁寧に説明できたと思ったのに。



71.逸勢氏
新人新聞記者、姫海棠はたての朝は、ゴミのように山積みにされた業務でゴミのようにボロボロになった体にゴミのように溜まりきった恨み辛み妬み嫉み痛み苦み蔑み苛み悩み弱みを爆発させることから始まる。
トイレにこもり、「仕事行きたくない、行きたくない、行きたくない、うぉう、うぉう、うぉう、オエ」と顔中の体液を垂れ流してなんとか自分を慰めることで、ようやく一日がスタートする。毎日こんなことをしていれば肉体的にも精神的にも確実に寿命が縮まるであろうことは、はたて自身も気づいていたが、やめられないしとまらないのだから仕方ない。やめられないとまらない。つまり、仕事と一緒なのだ。そう考えると、どこにいても何をしても仕事をしているような錯覚に陥り、気狂いになるのも秒読み段階だと他人事みたいに考えている。
実際にこう考え出した時点ですでに手遅れである場合がままあるのだが、自覚症状のないはたてがそれを知る由はない。

ガソリンの味がするコーヒーを胃袋に流し込むと、はたてはのろのろ家を出たが、太陽は今日も新品の蛍光灯みたいにピカピカと景気よく光っていて、空が晴れ渡っていることに苛立ちと眩暈を覚える。なぜだろう。幼い頃は、「わあ今日もいいお天気!」と素直に感受できたというのに、大人になるとそういう穏やかさを感じる脳の部分が麻痺するものなのだろうか。
試しに「わあ今日もいいお天気!」と今の自分に死ぬほど似合わない言葉を口に出してみると、そういう自分一人だと思っていたときに限ってなぜか通行人がいるもので、その通行人がぎょっとしてなにか信じられないものを目の当たりにしたような視線をこちらに向けてくるので、はたては今すぐ家に帰って布団をかぶりたい欲求に駆られた。
だが、件の通行人に妙な引っかかりを覚えたはたてはまじまじと相手を見つめ、その相手があの憎き射命丸文のお気に入りと噂される白狼天狗であり、しかも文の名前が刻まれた首輪をつけていることに気づき、ぎょぎょっと仰天しながらも嘲笑と哄笑と冷笑と失笑と苦笑を織り交ぜた笑みを口元に浮かばせた。
しかし、こういった場合はほぼ間違いなく相手も同じようなことを考えているもので、はたても自分が先ほど痴態を演じたという過去を思い出し、相手の視線が自分と同種のものだと理解した後、ちっぽけな羞恥心を盛大に爆発させたのである。



72.yunta氏
 紫様が「藍、わたし結婚したいわ」などと妄言を放たれたときには腹の底から笑いを爆発させたし、「藍、わたしと結婚しましょう」と乱心されたときには悲鳴を爆発させて割と本気で心配してしまった。
 このように、私を爆発させるのはたいてい紫様なのだ。
 だというのに。

「藍、わたし結婚したの」

 絶句。
 頬をわずかに赤く染めながら、幸せそうにそんなことを言う紫様を前に、私の爆弾はうんともすんとも言いやしない。
 おい。どうした八雲藍。お前の主人だろ、早くなんとかしろよ。



73.公ノ入氏




【ふらんのーとの つかいかた】
  • こののーとに なまえをかかれたものは ばくはつします


  • ぐたいてきに なにをばくはつさせるかもかくと こうかてきです

    おなかがへったときに くーふくをばくはつさせたり

    すきなあのこのなみだをばくはつさせて えがおをとりもどせます


  • ただし だれかがおおけがするようなことは だめです

    やりすぎると ばつとして きゅっとしてどかーんします

    そのへんは りんきおーへんに おねーさまがはんだんします


  • とりあえず ひろったら なにかかいてみてください

    これをつかって おもしろおかしくすごしましょう

    いまは あくまがほほえむじだいです








74.青茄子氏
「うわああああああああああああああああああああ!!!」
「慧音!?」

 腹の中の昼食がそろそろこなれてきたかという頃。もくもくと読書していた家主がとつじょ悲鳴を爆発させたので、妹紅は畳に横たえていた体をぐんと起こした。

「どうしたの、慧音!? 自分の帽子が実はダサイんじゃないかってことにようやく気づいた!?」
「ぐわああああああああああああああああああああ!!!」
「しまった、さらにショックを受けてる! …ていうか、まだ気づいてなかったのか」

 人様の傷口に塩をたんまりと塗りこんでしまったことを妹紅は後悔しつつも、ああいう帽子ってどこで売ってるんだろうと考え込んだ。そうしているうちに、慧音はすっかり気を落ち着けていた。

「ひどいぞ、もこたん」
「もこたん言うな。それにしても、どうかしたの? いきなり絶叫しちゃってさ」
「ああ、驚かせてすまなかったな。実は、さっき妹紅の歴史をつまみ食いしていたんだが」
「いい加減、人の歴史を小腹のあてにするのやめろよ」
「まあまあ。それでな、ほら、たまにあるだろ? 食べているときに間違って口の中を思い切り噛んだりすること」
「あー、あるねえ。なんだい、それでさっき噛んじゃったの?」
「いや、間違えて自分の歴史を噛んでしまった」

 自分で自分の歴史を食べる。すごいね。究極の自給自足だね。これで食糧問題も解決だね。
 問題は慧音以外にはできないことだ。

「…器用な真似をするね」
「しかもだ。あまり思い出したくないというか、永久に忘れたかったという類の、いわゆる黒歴史を食べてしまった。もう苦いやら酸っぱいやらで」
「あ、やっぱり味あるんだ。というか、慧音の黒歴史ってどんなのなの?」
「むう、気になるか。まだ咀嚼途中で飲み込んでないから見てみるか? 他ならぬ妹紅の頼みだ。さあ、見てみろ」
「人と話をするときは、口の中のものを飲み込んでからにしようよ」

 口を開けてみせる慧音に注意しながらも、やはりその歴史の内容が気になる妹紅。しかしその口の中にはなにもなく、慧音の歯並びがきれいだなということしかわからなかった。

「ちょっと慧音。なにもないじゃな…」
 
 妹紅が文句を言いかけたとき、その脳裏に強烈なイメージが流れ込んだ。そこには真剣な表情で歴史書を読みながら、『コロンブスの卵? このオッサン、卵生なのか…』とうなずく慧音の姿が!

「…おお……おお…」

 妹紅は思わず二度うなった。



75.ばかのひ氏
 あれは私が妹様のランチのリクエストでビーフ・スト……ビーフ・ガノ……あれ、なんだったでしょうか。もう喉まで出かかってるんですけど。
 えぇと、ビーフ・スロノ……違う。ビーフ・ドロワガノフ……いや、そんな滾るような響きじゃない。ビーフ・ガノン、ドロフ……あ、これだ。ビーフ・ガノンドロフ。
 悪魔というか、魔王的な雰囲気が漂っているところなんか、いかにも妹様好みですし。
 それで、そのビーフ・ガノンドロフを作りながら私はお嬢様の可愛らしいプリケツを思い描いていました。
 お嬢様のおしりは最高級の桃を思わせるような形と肌触りと味をしているので、お鍋をかき混ぜている間などの暇な時間によく想像して楽しんでいるのです。
 頭の中でお嬢様のモッチモチのやわらかおしりを堪能していると、その犯罪的な感触につい時間を忘れてしまい、手元もおろそかになってしまいます。そのため、ビーフ・ガノンドロフを煮詰めていた鍋があまりの熱さに弾けて飛んでしまったのも仕方ないと言えるでしょう。
 つまり、厨房が爆発したのはお嬢様のおしりのせいです。きっとそうです。反省してください。

 と書かれた報告書を読み終わったレミリアは、今すぐこの邪知暴虐のメイドの部屋にバッドレディスクランブル訪問することにした。



76.ことやか氏
─パアァン─
 するどい破裂音が山一帯に響き渡った。
 その音は麓にいる霊夢と魔理沙にも当然聞こえていた。二人は、ほとんど同時にお互いの顔を見合った。
「これだ、霊夢。私が前に聞いて、そのあと散々な目にあった嫌な音っていうのは」
「見張りの天狗どもに騒がれたのは魔理沙の日ごろの行いでしょうに。嫌な音ってところは同意見だけど」
 霊夢は痛む耳をなだめるように手でさすった。
「銃声みたいだけど、なにか違うような気もするわね。いったい何の音なのやら」
「方角、わかるか?」
 魔理沙はキョロキョロと辺りを見回す。
「多分、あっちね。行くわよ」
 そう言うと霊夢は、雪解けを迎えてあらわになった獣道を駆けていった。
 魔理沙もそのあとを追った。

 二人は音のあった場所を探しながら山の中を進んでいく。
 そのとき、ふと霊夢が足を止めた。
「どうした、霊夢。何かいたか……って、うわ!」
 魔理沙が霊夢の視線をたどっていくと、そこには肉や内臓を生々しくまき散らした、小さな獣の死骸があった。
「なんだこれ。ネズミか?」
「ヤマネよ。猟師が仕留める獲物でもないし、さっきの音はこいつを仕留めた妖怪の仕業かしら」
「違いますよ」
 突然の第三者の声に二人が驚いて振り返ると、そこには哨戒天狗の犬走椛がいた。椛は剣の構えを解いて二人を、正確には魔理沙をじろりと睨みつけた。
「またあなたですか。ここより先は天狗の領域。今すぐ戻るか帰るかしてください」
「どっちも同じじゃないか」
 ふてぶてしく魔理沙は椛に言い返した。
「これ以上進むなって言ってるんです。まったく、近頃の人間はせっかくの山の警告も無視するんだから」
「警告?」
 椛の言葉に、霊夢は首を傾げる。
「先ほど鉄砲のような音が聞こえたでしょう。あれですよ」
「なんだ、ただ天狗が威嚇していただけだったのかよ。あの音は」
「そんなわけないでしょう。どうして天狗が、わざわざ人間のためにそんなことをしてやらなきゃいけないんですか」
 音の正体に納得しかけた魔理沙は、椛の否定のせいでますます分からなくなった。
「おいおい。わかるように話してくれよ。じゃあ、あの音はだれの仕業だっていうんだ?」
「だれって……目の前にいるじゃないですか」
「目の前?」
「それってつまり……」
 霊夢と魔理沙はそろって、足元に広がる悲惨な獣の死骸に目を向けた。
「まさか、このネズミが自分で爆発したってことなのか?」
「ああ、そっか。なるほどね」
 霊夢は一人納得してうなずいた。

「こいつ、小玉鼠ね」
「ええ、そうです。なんだ、わかってなかったんですか」
「小玉鼠?」
 自分はまだわかってない、と言いたげに魔理沙は聞き返した。
「小玉鼠は、山の神が不機嫌なときを知らせる妖怪です。自分の体を膨らませて爆発することによってね」
「その破裂音がしたときに山にいれば災難にあうのよ。不猟はもちろん、いろんな災害に巻き込まれてしまうわ」
 霊夢と椛の話を聞いて、魔理沙は眉をひそめた。
「自爆して危険を教えてくれるのか?なんとも変な妖怪だな」
「元はある流派のマタギの集団でしたが、山の神の怒りに触れたせいで小玉鼠の姿に変えられたんですよ。体を弾けさせるのも、山の神の罰のせいか、あるいはその恨みからほかの人間を祟るようになったためでしょう」
「祟りか。なんだかおそろしい話だな……」
「気をつけないと魔理沙も祟られて、小玉鼠にされちゃうかもよ」
 霊夢はなんとも愉快そうに、魔理沙の方に顔を向けた。
「なんだよ、それ。なんで私だけ」
「だって、魔理沙はあっちこっちで盗みを働いているじゃない」
「何言ってるんだ。私は借りてるだけだって」
 魔理沙が反論するも、それを断ち切るように椛が割り込む。
「なるほど。泥棒鼠は同じ鼠同士、仲良く祟られてしまうかもしれませんね。こうやって山に頻繁に侵入していたら、そのうち爆発してしまいますよ?それが嫌なら、もう山に忍び込むような真似はやめることですね」
 そう言って、椛はニヤリと笑ってみせた。



77.イセンケユジ氏
 その爆発じみた感情が、他人ではなく、彼自身に向けられたものだということを、少女は知っていた。
 人は産まれ落ちた頃から、この爆発を抱いている。
 自分のものであると盲信していた価値を失うのではないかという恐れが、生命の内で蠢いたとき、衝動は爆風となって、精神の均衡を根底から打ち崩す。

 少女は知っているのだ。
 その爆発こそ、人が嫉妬と呼ぶものだと。



78.シンフー氏
 みんなが笑いあう中で、大きなおおきなシャボン玉のこわれたような音がきこえた。
 そのなかに風がたっぷりつまっていたみたいに、なにかが胸のところをびゅうんびうんと、すごいはやさでとおっていった。
 するときゅうに、どこかへはしっていくこの風が、わたしのせなかをぐんとおして、空のむこうへ飛んでいけたら、と考えたくなった。
 そうすれば、『ジンシュ』とか『トクベツ』ってことばも、水たまりをひょいとまたぐように、かんたんに飛びこえられるんじゃないか。テストは苦手だけど、この問題だけは満点をとれる。そう、思った。
 阿求は顔をくしゃくしゃにさせて笑ってる。それが、ドン太の九九のプリントみたいでおかしかった。
 でも、きっとわたしもそんな顔をしてるんだろうな。
 そう思うと、なんだかうれしくてしかたなかった。



79.飛び入り魚氏
「もー! 姉さんはいつになったら私になびいてくれるの!? リリカとはラブしてるのに、私とは何のイベントも発生しないなんて! ……もしかしてフラグ? フラグが立ってないせいなの? 直前の選択肢からやり直す親切設計ボタンはどこなのー!?」

 メルランの叫びがプリズムリバー邸に爆発した。いつものハイテンションを通り越した暴走気味の精神状態は、ハッピーターンの粉をキメすぎた末期の中毒患者のようだった。
 ルナサはそんなメルランの様子を見るや、すぐに警告した。

「いけないわ、メルラン。あなたのその爆発的な躁状態は危険よ」
「別にいいじゃない。ストレスを溜めるとお肌に悪いんだもの。爆発させて発散させないと」
「その考えが駄目なのよ。世の中には、爆発したくても爆発できない、爆発したと思っていても実際には爆発を起こせていない、ダメ不発弾が存在しているんだからね!」

 ルナサは高らかにそう断言した。
 また何か始まったな、と部屋の隅で譜面を読んでいたリリカが話に加わる。

「でもルナ姉。不発弾って一体どんなのがあるの?」
「そう言われると思って具体的な例を用意しておいたわ」

 そう言って、ルナサはどこからともなく白板を取り出した。

・ボムを使ったと思ったのに実際には間に合わずボム不発ピチューン。
・要所で不発におわる命中率90%。
・覚醒が早すぎたせいでプロトンビーム二発撃って絶命した不発人工生物兵器。漫画版のクシャナ様の可愛らしさも劇場版ではやや不発。
・安打製造機と呼ばれるより一発のホームランを打ちたい不発クリエイター。

「世間にはこうした不発弾が数多くあるのよ。そして、今のメルランにしても本人はテンションを爆発させてるって思ってるけど、根本的な問題の解決にはなってないわよね? つまり、結局ストレスは溜まったままということ!」
「じゃあ、相手してよ姉さん。私とラブってコメろうよー」
「前向きに検討します」
「それ断ってるも同然じゃないですかーヤダー!」

 どうしてもラブコメしたい方はメンタルへ!



80.大崎屋平蔵氏
 ある朝のこと。魔理沙は箒を片手に家を出ようとしていた。
 今日はどこに行こうかと考えながら、扉に手をかける。

「霊夢のところにでも……」

 魔理沙が云い終える前に、扉はいきなり爆発した。


「助けてくれ、霊夢」
「話はわかったから、私に近づくんじゃないわよ」
「面と向かってそう云われるとショックなんだが」

 触れたものが爆発するようになってしまうなんて、一体どういうことだろうか。
 霊夢のもとへ向かう間にも色々と試してみると、触っても爆発するものとしないものがあった。
 たとえば、自分の体や箒は触ってもなんともない。だが、そこらにいた妖精なんかは、触った瞬間に爆発が起きる。そして、爆発は妖精を吹き飛ばしたが、魔理沙自身には影響しなかった。

「まぁ、なんとなく予想はついたけどね」
「わかったのか!? なら、早く教えてくれ!」

 魔理沙は安堵の表情を浮かべ、霊夢に詰め寄った。

「ねぇ魔理沙。あんた、最近弾幕ごっこの腕が大分上がったんじゃないの?」
「あ? あぁ、結構あちこちでやりあってるからな。でも、それがどうしたって云うんだ?」

 さっぱりわからないといった様子の魔理沙に、霊夢はやっぱりと頷き、それから答えた。

「癖になってるのよ」
「癖?」
「あんたのそれ、喰らいボムだから」
「……はっ?」

 沈黙が辺りを漂った。
 魔理沙は手をさっと突き出し、霊夢に触れてみた。
 次の瞬間、妙にかん高い鳥の鳴き声みたいな音をかき消すように、盛大な爆発音が神社の境内に響き渡った。



81.はつ♂氏
 心臓はもう何度爆発したかわからない。
 限界を知らない吸血鬼の胸の鼓動は、雨のように音を刻む。
 レミリアの奥底からせり上がる興奮を抑えながら、鋭い牙を霊夢の首筋にそっと突き立てる。
 肌の白さがより眩しく見えるような赤い血液が、喉に流れ込む。
 血と乳の香りがレミリアの鼻腔をくすぐった。

「はっ、あ……レミ、リア」
「……なに、霊夢? 疲れたかしら、もうやめる?」
「ううん、違うの。その、えっと……も」
「も?」
「……もっと、強く、して」

 祝福のファンファーレを奏でるレミリアの心臓は、今まさにその絶頂を迎えようとしていた。



82.こうず氏
 その爆発を知ったとき、少女は胸が衝かれるような気がした。

 それまでは、蛆(うじ)の湧いた屍体のやわらかいところを塗り込めたような赤色が、少女の“手の目”の爆発だった。
 しかし今このときのものとは全く違う。血肉を咀嚼してから、ぷゥーッと吐き出す、あの獣はどこにもいない。
 吸血鬼の冷たい肌の上を、熱っぽい臭気が走っていくとき、少女は決まって神秘を感じる。生殖にある美しさが、皮膚を通じて幼い精神に奇妙な昂奮をもたらす。
 それが、今ある肉体の疼きと、同じように見ることができなかった。

 下腹部が鉛のように重い。トロトロと蜜のような液が、少女の体内から流れ出ている。
 スカートの下を覗きこむと、そこにやはり爆発はあった。
 果実が真っ赤に熟れている。



83.鬼灯氏
 ――……そして、女の子は扉に手をかけました。ガチャリと扉が音を立てたとき、彼女は自分の心の殻が砕けたことに気づいたのです。


 私は、読んでいた『紅い館の核爆弾』から顔を上げた。
 妹様がパチュリー様と楽しそうに話している。
 私達と過ごすようになってから、妹様も以前ほどあの破壊的な爆発を起こすことはなくなった。
 だけど、ときどき――……。

「そういえば、少し髪を切った?」
「う、うん! うん! ちょっと毛先をそろえた程度だけど……」
「そうなの。でも素敵よ」
「そ、そう? 似合ってる? 似合ってるかな?」
「ええ、とても可愛いわ」
「……~~っ!」

 妹様の頬がほんのり赤くなる。
 こんなふうに、妹様はときどきポンと顔を爆発させて。
 紅い館の愛らしい爆弾になっている。



84.完熟オレンジ氏
 寝息が頬にあたって少し生温い。私――霧雨魔理沙はそう感じていた。
 時刻は正午を回り、とろりとした陽光が程良い眠気を誘いだす頃。
 しかし、この目はしっかりと開かれ、眠気が目蓋を重くすることはなかった。私の目の前で無防備に眠るこの巫女――博麗霊夢のせいで。

 霊夢は畳に手足を投げ出して、折った座布団を枕にしていた。真っ赤なスカートはだらしなく捲くられ、私がこうして霊夢のそばまで近寄ったのも、その服の乱れを直してやろうと思ったからだった。
 そのはずだった。
 なのに、どうして私は霊夢に顔を寄せているんだ。どうして静かに眠る霊夢を正面からじっと見つめているんだ。どうして私は――動くことができないんだ。
 息の触れる距離だった。だけど、体はぴくりとも動かせない。そこから一歩も踏み出せないのは、私の意志がそう命じたからだ。
 ここで止めろと。気のいい友達でいいだろうと。
 その通りだ。私にはそれを振り切るものがない。こうして、花を愛でるように、霊夢を見るのが精いっぱいだ。だからいい。これで――。

「……ぁ」

 そのとき、目に映ったものを生涯忘れることはないだろう。
 霊夢の赤い唇。ぷっくりと膨らんだその花弁が僅かに開き、隙間から蝋のように白い歯が覗いた。
 歯は唾液に塗れ、てらてらと輝いていた。その光に、私の内の爆発を見た。自分の心の奥底でうずくまっているものが、ぱぁんと音を鳴らして解き放たれた。
 距離が縮まる。
 視界が霊夢でいっぱいになっていくのをどこか遠くで眺めるように感じながら、私はこの爆発を一生手放さないと心に決めた。



85.鳩氏
 香霖堂の開かれた窓から、爆風が吹きすさんだ。爆発は何の前触れもなく、僕の預かり知らぬところで起こったのだ。
 もっとも、貴方の店の近辺で爆発が起きますと事前の通告がなされたところで、結果は変わらなかっただろう。商人である僕に出来ることと言えば、精々その爆発が起きた後の始末をつけるくらいだった。
 目下のところでその始末といえば、店の入り口で立ち尽くしているお得意様を店主として出迎えることだろう。
 数少ない上客である紅魔館のメイド、十六夜咲夜は大きな目をさらに丸くさせていた。せっかくのお客が帰ってしまわないうちに、僕はなんとかこの事態を説明しようとしたが、それよりも先に彼女の方が口を開いた。

「過剰な顧客サービスよりも、いつもの下手な接客の方がよろしいかと」
「君を出迎えるためだけに、あんな騒々しい呼び鈴を取り付けた覚えはないんだけどね」
「あら、間違ってました?」
「生憎、そんな予算はないんだ」
「とても説得力のあるお答えですわ。商品の説明も、それくらいシンプルでわかりやすくしてみては?」

 余計なお世話だ。



86.真坂野まさか氏
彼女が私の体にボムを撃ち込む。
グレイズでは済まない、強い刺激が私の全身を駆け巡る。
体からとろとろと流れていた粘液が、勢いよく噴き出し、視界は真っ白に染まった。
荒い息をつく私を見て、彼女は妖しく身震いすると、もう一度ボムを撃とうとした。
すかさず、こちらも弾幕を再び放ち始めると、彼女は欲を出して、ボムを撃つまでの間を少しでも先延ばしにしようとする。
私のゆらゆらと落ちる弾が彼女の死角からそっと近付き、その肉体を貫いた。
彼女の二ボムは容赦なく奪われ、抱え落ちに涙をこぼした。



87.電動ドリル氏
 どう見ても恋人同士なのに肝心の本人たちにその自覚がない、無自覚バカップルは爆発しろ。
 紫のもとへ遊びに行く天子を見るたびに、衣玖はそう願わずにはいられなかった。

「聞いてよ、衣玖。今日ね、紫がとつぜん爆発なんて起こしてさー」

 そして、願いはかなった。

「なにがあったんですか、総領娘様」
「それがさ、紫と散歩してたんだけどね。私が今日は風が強いわねって言ったら、なにか考え出してそれからいきなり後ろで爆発を起こしたのよ」
「本当になにがあった」
「驚いて紫の方を見たら、私をじっと見てくるの。それで、なんで爆発を起こしたのか聞いてみたら、可愛いわよレースの黒! とか言い出すから要石をぶち込んでやったわ」
「なにその思春期の子供じみたイタズラ」
「ほんと、ふざけてるわよねー……見たいなら見たいって言ってくれたら、一瞬くらいなら見せてあげてもいいのに、紫のバカ……」
「そっスね」



88.譎詐百端氏
「ところで、僕の耳が狂ってなければ、今しがた背後で爆発音が聞こえたように思うんですがね」
 鬼人正邪はそう言って、辺りを見渡した。
「爆発ですって!」赤蛮奇がいち早く席を立ち、甲高い声をあげた。「すぐ近くだ。……何をやっているんです!」彼女はテーブルにかぶさるように顔を突き出し、一同を睨みつけた。「早く避難しなければ! 危険じゃないですか!」
「そこがきみの浅はかなところさ」正邪は目を細め、この愛すべき若者をたしなめた。「なぜこの場からこそこそと逃げ出す必要があるのか、僕にはさっぱりわからないね。危険だって? きみは今、危険と言ったのか? え? 爆発が僕らにとって――市井の喧騒が君にとってそうあるように――脅威だと言うわけか。それは見当違いというやつだぜ、きみ。爆発は単なるエネルギィに過ぎないんだ。それを危険とするかは、観察している者の認識の問題だよ。もちろん、きみが危険だと騒ぎ立てるのは自由だが、僕らを同輩と決めつけるのはちょっと品がないんじゃないかな」
 そこで一同はこらえきれず、げらげらと笑いだした。
 赤蛮奇の顔は瞬時に真っ赤になった。彼女は舌打ちをすると、拳でテーブルを強く打った。




89.Pumpkin氏
「火事だ! 爆発するぞ! 逃げろ、逃げろ、すぐ逃げろ!」

 ここは人間の里。普段なら活気でにぎわう通りも、今は悲鳴と怒号が飛び交っています。それというのも、先ほどから火事だ爆発だと騒ぎ立てる、少女のたくらみにあったのです。
 少女の名は正邪。ひよわでのろまな我らがあまのじゃく、その子です。
 正邪は、跳ねるような足取りで、里の中を駆けまわります。そこには、いつものおどおどと周囲を探るような様子はありません。生意気ですね。

「ようし、もういいだろう。逃げ出した奴らも、そろそろ自分の間抜けさに気づく頃だぞ……だが、遅い遅い。もうそのときには私は逃げ出した後なんだ」

 正邪は、なんとも得意げな顔で、自分のたくらみを確かめるように口に出しました。
 そうして、忘れた頃にまた同じことをしてやる。何度も繰り返して、そのうちもう騙されないぞと、間抜けが間抜けなりに学習したところで――本当に爆発を起こしてやる。考えるだけでも、笑いがとまらない。
 正邪はそう思いながら、さて逃げ出すかなと足取りを変えた――そのときです。
 ぼがん、と気味の悪い音が響き渡りました。
 正邪が慌てて振り返ると、里の中で火柱がゆらゆらと立ってました。稀に見る間抜け面を晒しながら、それを眺めていると、そのうち避難していた人々がわっと戻ってきます。
 口々に、「助かった」だの「火事を報せてくれた子のおかげよ」だのといった言葉が耳に入りました。
 くそ、と正邪は地団駄を踏みました。絶対に許さない。この私に人助けなんてさせやがって。あの爆発にはきっちりと仕返しをしてやる。正邪は、頭をかきむしって、爆発を起こした何某かをこらしめようと心に決めました。
 これはそれだけのお話です。



90.白衣氏
 背後からの凄まじい衝撃に、魔理沙が振り返ることはなかった。
 だが、それは黒衣の魔女がその名の通りになろうとしているのではない。魔理沙の口元に浮かんだ笑みは、諦めとは程遠い獰猛さに満ちている。

「さあ行くぜ! 止めたいんならしっかり受け止めてみせろ!」

 吼える魔理沙に応えるように、爆風が吹き荒れる。地上入射波と合わさって倍近くにまで圧縮された空気が、魔理沙の背中に途方もない速度で押し寄せた。
 すでに背後に展開されたオプションスレイブは耐熱防御陣の動作処理を終了させ、魔理沙の輝かしい金髪のキューティクルを爆炎から完璧に保護する。
 だが、爆風そのものは別だ。
 空気の層に叩きつけられた魔理沙の肉体は、瞬く間に吹き飛ばされる。丹で身体の強化をしていなければ、全身の裂傷と臓器の破裂は免れなかっただろう。
 それでも、飛行の制御は困難を極めた。激しく揺れ動く箒を屈服させるように力強く握りしめ、魔理沙は挑むように突き進む。
 この爆発こそ、追い風だ。周囲の全てが霧雨魔理沙を押し上げる。
 今や、魔理沙の流れる金色の髪は爆風の暴力的なアシストによって、星のきらめきと化していた。
 笑いたくなる衝動を抑えて、魔理沙は八卦炉に蓄えられた魔力を解き放つ。

「有象無象の区別なく」

 術式発動――オプションスレイブ全基展開、コモン・ブースター形成、イグニッション・シーケンス……完了!

「弾頭の私は許しはしない、ってなぁ!!」

 彗星『ブレイジングスター!』



91.RingGing氏
「繋がり方って、人によって違うと思うの。赤い糸、なんて言葉があるけど、本当に、私達のそれぞれが何か見えないもので結びついてるんだって。魔理沙とも、橙とも、藍、あなたとも。でもね、紫とはそういう結ばれてるって感じがしないのよ。なんて言ったらいいかちょっとわからないんだけど。……うん、そうね、導線ってあるじゃない? 火薬とかに使う。紫と私の間には、その線があるの。私の中に導線の先が埋められていて、それが紫に繋がってる。導線って熱を食べるでしょう。紫とお茶を飲んだり、話したり、一緒にいるとね、あたたかい気分になれるの。導線のぽぽぽって燃える音も聞こえてきて。近づくだけで、気持ちに火が灯るのよ。
 でもね、それが怖くなるときもあるの。導線は、火が最後までたどり着いたら爆ぜてしまうでしょう。じゃあ、私と紫の場合は? 私の中には火薬なんて詰まってはいないけど、もっと大切なものがしまってあるんじゃないかしら。紫も、きっとそう。だからね、紫とはずっと一緒にいたいけど、どこまで近づいていいか、わからないの。繋ぎ止めているものが、全部燃えるまで近づいたら、繋がれていたものはどうなってしまうのかしら。もう一度繋ぎ直せるかもしれないし、もう二度と繋がりが持てなくなるかもしれないわ。私にはそれがわからない。
 ねえ、藍。あなたは、わかる?」



92.inuatama氏
 そのときの感覚の一切を、今もはっきりと覚えている。
 あの味をはじめて知る者にとってそれは、自分の魂の中を覗きこんだ、という漠然とした自覚だ。頭はくらくらして、目が眩むのを堪えるように首を振ったが、内部の爆発は止まなかった。胃の腑の中が、爆ぜたように熱かった。今まで見えていた視界の周囲が、大きく取り払われたように思えた。
 人間というものの意味に心が向かったのは、それからだ。
 ふと、自分の手が目に入った。土気色の指はもう乾いていて、長い爪には誰かの皮膚が詰まったままだった。その手で口を覆い、ゆっくりと息を吸った。
 厭な臭いが、肺に落ちた。



93.榊氏
 近頃の太子様には火薬でも詰まっているようだ。そう、布都は思わずにはいられなかった。

「こころぉぉぉぉ!?そんな見た目だけ取り繕った媼には素直なのに、どうして私の言葉は聞けないと言うの――――ってうわっ、聖!なにをするんだ、危ないじゃないか!いやいやちょっと待て!落ち着いて!拳をおろして話し合おう!」

 神子の悲鳴が爆発した。二度目、三度目、と布都は、仙界と博麗神社を結ぶ直通路から聞こえるその叫び声を数えた。
 それから卓に置かれた湯飲みに茶を注ぎ、対面に座る屠自古に話しかける。

「あの面霊気が霊夢殿のもとへ預けられてからというものの、命蓮寺の尼公殿との衝突が絶えぬな。太子様もあれでなかなか負けず嫌いの気があるしのう」
「ん、ああ……そうだな」

 布都が朗らかな調子で言葉を投げかけるも、屠自古は歯切れの悪い返事をよこすばかりだった。
 その沈んだ面持ちが、博麗神社に神子が入り浸るようになり、こころに構ってばかりいることの影響だと布都にはわかっていた。だが、それでもこの気丈な娘が、こうして寂しがる様子を表に出すことには少々驚きを感じていた。

 屠自古の火薬にもいずれ火がつくやもしれん、そうなれば――――

 自分のそばに、危うい爆弾がいたことに気づき、布都はため息をつく。火を放つのは手慣れたものだが、燃えないように、爆発しないように処理をするとなると……。
 頭が重くなる問題だった。



94.deso氏
 庭師の少女が、枝の切り方一つにも小一時間思い悩むように。
 また、魔法使いの少女が、見た目や行いからも魔法使いらしくあろうとするように。
 あるいは、騒霊姉妹の次女が、渦巻きや螺旋といったぐるぐるしたもの全てを無性に愛するように。
 幻想郷の住人は、それぞれのこだわりを持っている。それは、好みというよりは信条とでも言うべき、譲れない一線なのである。

 こうした様々なこだわりは、他人に理解されないことがままあるものだが、その中でも特に変わったこだわりといえば、古明地こいしの爆発フェチだ。
 爆発とは物騒な、と思うかもしれないが、彼女のこだわりはもっと広い範囲にある。
 たとえば、朝は自分の髪を寝ぐせで爆発させ、そのはね具合に興奮している。また、ゆで卵を作っては爆発させ、キャンバスに絵の具をぶちまけては芸術を爆発させる。手紙の書きだしはいつも『拝啓(爆)』から始まるし、音の響きそうな場所を見つけては声を張り上げて声量の爆発に耳を傾ける。
 彼女のこだわりは自分だけにとどまらず、姉の髪までも爆発させ、『地霊殿の主はくせっ毛少女』という認識を世間に定着させた。
 これに対し、姉はこいしに、どうしてこんなことをしたのかと理由を問いただした。
「幸せのおすそ分けだよ?」
 このこいしの答えに、姉の表情はさらに険しくなった。逆にこいしの微笑みはその度合いを増した。

「おー、いいね、お姉ちゃん。その顔、怒り爆発だね!」

 直後、姉が怒声をも爆発させたのは、誰もが想像できたことだろう。



95.柚季氏
 桶の前に屈んで顔を洗う、一輪の背をじっと見つめる。
 藤色の髪から覗く白いうなじに、私は目まいを覚えていた。そのか細い首が、触れたばかりに手折る花の茎に思えてならない。傷ひとつない肌に、美しい首筋だ。その全部を私の手の中にしまい込みたい。私だけが見ていたい。そうした思いが頭をぐるぐる駆け巡った。

 誰もが胸のうちに海を持ち、心はそこで溺れている。
 一輪と出会って、私は自分が溺れていることに気がついた。そして、その欲望はそのときに奥底へ沈めたはずだった。だが、決して消えてなくなったわけではない。私の欲望は、底でじっと死んだように動かない。ぷくぷくと小さな泡を吐き出し、ただそこにあるだけ。それだけのはずだった。

 ぱしゃ、と水のはねる音がして、私はさっと顔をあげる。
 一輪はもう手を伸ばせば届く距離にいて、いつの間にか彼女に歩み寄っていた自分に気づく。

「村紗?」

 背後の気配を感じ取ったのか、一輪が私の名を呼んで振り返ろうとする。ぽたりと髪からは水滴がこぼれ、唇はしっとりと濡れているのだろう。想像する彼女の姿に、何か抗いがたいものが、身のうちからせり上がっていくのを感じた。
 沈めたはずの私の心が、ごぽりと泡を爆発させた。
 振り返った一輪の澄んだ目が、こちらを見る。睫毛についた滴が、日の光を受けてきらきらと輝いている。そのきらめきは、光なんて届くはずのない私の底を照らしてみせた。
 気がつくと、私の両手は慈しむような手つきで、一輪の首に触れていた。



96.道楽氏
 爆発音はちょうど、自分たちの背後から聞こえた。
 その事実が、レミリアの眉を持ち上げた。

「まあ!? ちょっと咲夜、今の音が聞こえたかしら」
「はい、しっかりと」
「そうね、聞こえたに決まってるわよね。だって、とても愉快な音だったもの! なんて楽しげなのかしら。傘を捨てて雨の中を踊る自由者のよう。いえ、いえ、もっとステキな喜びの音だったわ。きっと、求愛よ。最大級の愛を告げる表現をした結果なのよ! 何故なら、素直は愛を驚かせるから。愛情の伝播は、虚飾をまじえ、罪のないうそを添えなければいけない。ただ言葉にするだけでは愛を確立するための基礎的な雰囲気は作りだせないわ。だから、愛の告白にはこうした、一見して突飛な手段が使われることもあるのよ。でも、なにもおかしなことはないわ。愛は真面目な仕事なのだから。霊魂と精神と、そして心臓に、感情の若さと熱烈さを伝達する苦役こそ、この世で最も尊いものだわ。さぁ、さっさと退散しましょう。誰だって馬に蹴られたくはないものね」

 一息に語り終えて、レミリアは満足げに口を閉じた。
 そうして、彼女が振り返ることは最後までなかった。



97.うぶわらい氏
 街の散策は京都に移り住んでからの習慣となっていた。見知らぬ土地に早く馴染めるようにと始めたことだが、ここの街並みは不思議と私を飽きさせず、新居の周辺の地理を十分に把握できるようになってもやめることはなかった。街路は日ごとにその表情を微妙に変化させている。大学へ向かう最中にふと足元を見やり、赤褐色のガードレールの低い位置に張られた蜘蛛の巣が、陽光を浴びて絹のようにきらめく美しい幾何学模様を晒していることに気づいたときなど、妙に心がくすぐられたものだった。一緒に歩いていたメリーにこのささやかな発見を打ち明け、小難しい顔を向けられたことは今でも覚えている。
 そうやって散策を続けるうちに、そこらの通りに何気なく点在する、狭く、薄暗い路地へ入り込む楽しみを知った。見慣れた道からでも一たびそこに飛び込めば、風景が切り替わるのと同時に空気は一変し、自分がまったく別の土地にいるような心持になる。私にはそれが快かった。
 京都で二度目の春を迎えた頃、私は変わらず路地を求めていた。秘封倶楽部の活動予定で埋められなかった休日は、専らこうして過ごしていた。昼前で活気を見せる街路も、無骨な角を一つ曲がるだけで、喧噪は切り取られたように消えうせる。ここにしよう、と決めて入り込んだ路地は、例にもれず、自分一人だけが立っているように思え、変にくすぐったい気持がした。道幅はとても狭く、人が互いにやっとすれ違えるだろうという有りようだった。四月の陽射しは並び立つ家屋に遮られ、影がのっぺりと一面に広がっている。
 路地の半ばまで行ったところで私はおやと不思議に思い、足を止めた。そこに、ひっそりと縮こまるような佇まいの、小さな店があったのだ。家屋だとばかり思っていたが、真っ白に縁取られたガラス扉の取っ手にOPENの札がかかっていたので、どうやら店らしいと窺えた。見上げると、扉のすぐ上にも看板が取り付けられてることに気付いた。これもまた真っ白に塗られたもので、ただ「十六夜」と素っ気なく書かれてあった。ほかに看板らしいものはなく、ガラス扉を覗いてみると、あまり目にする機会のない振り子時計が所狭しと並べられていた。店の中に人影はなく、色あせた時計の振子だけが忙しなく動いている。その品の物珍しさからか、私は興が乗り、すっかりこの店に寄るつもりになった。入口の取っ手を引くと、ちりんちりんとこぼれるような音がした。事態はそのすぐ後に起こった。
 どっと風に叩かれた気になった。爆発だ、と頭が理解するより前に私の右手は取っ手を手放すと、すぐに体を下げた。ガラス扉が音を立てて閉まりきるが、振り子時計の群れはまだ正午を報せようと、声を張り上げているのがわかった。私はなんだか急に自分が情けなく思え、しばらくの間、のっそりと立ち尽くした。ぼーん、ぼーん、と時計が鳴り響くのを、ガラス一枚を隔てたところでぼんやり眺めた。
 すると、なんの前触れもなく扉がさっと開いた。思わず体が強ばるが、あの爆発的な音はもう止んでいた。ほっとしてその扉に目をやると、影から若い女性が現れた。女性は、どこか薄ら寒さを感じさせる声音で「いらっしゃいませ」とだけ言った。



98.がいすと氏
 ぐるぐるぎゅごーんって音がして、夜の墓場はいっぺんに明るくなった。
 私がくるりと首だけ曲げると、お寺をまるごと使ったキャンプファイヤーの光景が目に映った。

「まるごとかー」

 豪勢だ!
 せっかくなので見学していく。
 時折飛んでくる火の粉が私の肌をちろちろ舐めてきてくすぐったいけど、そこはきっちり我慢した。
 芳香はやればデキる子です!

 すると、焼けた油の臭いを嗅ぎつけたのか、息を切らした物部様がいつの間にか現れていた。
 目は爛々と輝いていて、星のきらめきがそこにある。
 私のお腹をまさぐるときのせーが様みたい。

「ず、ずるい! 我も混ぜよ!」

 遊びに乗り遅れた子供の足取りで、両手の松明をかかげながら物部様は炎の中へ飛び込んだ。
 あまりに楽しそうだったので私も一緒に飛び込もうとしたけど、燃えるお寺はお肌に悪そうだからやーめた!



99.本質氏
 定期報告のために、大天狗のもとを訪れた犬走椛。

「報告は以上です」
「ご苦労さま。それにしても、最近は何事もなくて退屈ねー」

 妙齢の女性、大天狗は眠そうな目つきで受け取った書類の束を雑に放った。

「平和でなによりじゃないですか」
「まあそうなんだけど…でもたまにはもっとこう、心躍るようなイベントがあってもいいじゃない」
「血沸き肉踊るような?」
「モミちゃん、今なんでわざわざ言い直したの。私ってそんなにガツガツしてる印象ある?」

 大天狗の問いに、椛は首を縦に振った。

「毎回合コンに行かれては次の日に、あそこで右ストレートを出してたらなーフックだったからなーとか愚痴をこぼしてらっしゃるじゃないですか」 
「いやいや、合コンでなにすればそんな愚痴が飛び出すのよ…えっ、言ったの私?」
「十日前でしたかね」
「やばいわ、全然記憶にない…でも、気にしても仕方ないわね。終わった恋より新しい恋に目を向けないと」
(終わるどころか、始まってもいないのでは?)

 思わず言いそうになったことをなんとか口の中にとどめる。

「そもそもこんな美人相手に男の方から寄ってこないってのが不思議なのよ。もはや異常事態といってもいいわ。そこでふと思ったんだけど」
「はい」
「私が気づいていないだけで、実際にはもう誰かが私にお付き合いを申し込んでるんじゃないかなって。さり気ない形で」
「…」

 椛の視線がどんどん冷たくなってることに気付き、大天狗はあわてて弁明する。

「ちがうのモミちゃん! べつに現実逃避とかじゃないから! 考えてもみなさいよ。この私がこれだけ周りにアピールしてるのに、良い男が一人も見つからないなんておかしいでしょ?」
「はぁ…」
「だから私は思いました。大天狗の地位と私の美貌にどうしても遠慮してしまった相手が、だけど想いを諦めきれずに、さり気ない形ですでに私に求愛してるんじゃないかとね」
「すごい発想ですね。まあ、言いたいことは一応理解できましたけど」

 恋文のようなやり方をもっと消極的にした方法で告白されているから、今も気づけていないのだと言いたいらしい。

「思い返すと、心当たりはあるのよね。昨日、外出しようと思ったら降ってた雨が急に止んだし」
「それ、絶対気のせいですよ」

 ちょうど椛が言いおわったそのとき、遠くからドオンという鈍い音が聞こえ、地響きが立った。
 二人は同時に屋敷の外を見た。

「今のはいったい」
「なにか爆発したような音だったけど。あっ、もしかしてこの爆発音も私への求愛なんじゃないかしら。ちょっとモミちゃん、様子を見てきてよ」
「爆発させて告白ってまったくさり気なくないじゃないですか。見には行きますけど」
「私に惚れてるシャイボーイがきっと現場にいるだろうから、イケメンだったら持ち帰ってきてね」
「大天狗様の好みでなかったら?」
「斬り捨てといて」

 即答する大天狗に、椛は一礼してから急ぎ足で部屋を出た。



100.智弘
 爆発はちょうど一輪の背後からやってきた。
 群衆は割れるような歓喜の声をあげ、その活気が爆風となって彼女の耳の奥に滑りこんだ。
 こらえながらも彼女が振り返ると、そこに全裸の白蓮がいた。
 白蓮は辺りの興奮がおさまるのを待ってから、ゆっくりと歩き出した。
 人々は全裸超人の前に立つことはせず、一様に顔を伏せ、跪いた。聖白蓮の裸体には、なにかおそろしく清らかで神聖なものがあったに違いない。全裸がもたらす妖しい身震いは、抗いがたい力となって彼らの頭を押さえつけていた。
 一輪はしばらくの間、白蓮の下腹のぴっちりとした皮膚の張りから目が離せなかった。彼女は白蓮の全裸にいやらしさや美しさを感じず、ただそこに、ひとつの安らぎを見たのだった。
 白蓮はそんな一輪に微笑み、静かに教えを説きだした。

「服を捨てよ、町へ出よう」

 不特定多数を敵に回したような悪感が一輪を襲った。



101.門司柿家氏
 昼下がりの柔らかい日差しを背負って、里の通りをとろとろと歩いていると、背後からどおんと景気の良い音が耳に入った。
 霊夢は露骨に顔をしかめ、ひたと歩みを止めた。まず面倒事に違いない。確かなので振り返りたくなかったが、このまま立ち去るのも逃げるようで片付かない。
 そのうち男衆が「エッヒャッヒャッ」と言いながら立ち尽くす霊夢を追い抜くが、途端にぐるりと振り返った。一同は霊夢を見るや、にわかに顔をギョッとさせ、それから全力で駆けだした。
 たちまち霊夢の心は決まり、すぐに揺れる背中を追いかけた。



102.しょこらふれんち氏
 太陽が話好きであることは周知の事実だが、彼の発音の悪さには誰もが辟易したことだろう。だが、ここで彼を責めてはいけない。彼(ところで彼と太陽の性別を決めつけていることについての言及はご容赦願いたい。それは話の本筋とは関係ないのである)の仕事は燃えることであり、そのため常に爆発し続ける運命にあったからだ。
 フレアと言葉を交互に噴き出す太陽との会話を立派にこなせるものはそういない。いるとすれば、そう、君も知ってる通り、古明地こいしくらいだった。

「やあ……お嬢……ん…………」
「あらお天道様。今日もお元気そうですね」

 どうだろうか。この見事な切り返しは!
 もちろん、こいしも太陽の一言一句を聞き取れたわけではない。太陽は相変わらず咳きこむようにドッカンドッカン爆発をかましてるので、当たり障りのない言葉で華麗にお茶を濁したのだ。こうした処世術なぞ彼女にとっては、人様の目を濁すことよりも簡単なのである。

「元気……? とんでも……! …………」

 ところが、太陽はまたもや爆発を続けながら、具合が悪そうな口ぶりをみせた。世の中には例外というものが存在するので、こいしが太陽の健康状態を見誤ったのも仕方のないことなのかもしれない。
 しかし、地上は快晴で雲ひとつないというのに一体どこが悪いというのか。頭?頭なの?頭だよこんな奴の悪いところなんてのは、とこいしの表情は次第に遠慮のないものになった。



103.図書屋he-suke氏
 我慢などできるはずもなかった。
 ナズの甘い匂いに包まれて、息をするのも忘れてしまう。ドクドクと血液の流れる音で、ワタシの頭はさらにうるさくなった。
 もう一度距離を縮める間、ナズは少しも目をそらさなかった。

「…っ」

 声がもれた。それがどちらのものかすら、もうわからない。ワタシとナズの間でカチリと硬い音が何度か鳴った。
 ワタシの意識はもうほとんど燃え尽きていた。ナズの吐息の熱さが、唇の赤さが、その柔らかさが、ワタシのアマノジャクに火を灯す。
 体の奥底にある爆弾のような本能は、ワタシをいっぺんに爆発させた。



104.haruka氏
「はぁ~……幸せっ! 今の私、幻想郷で一番幸せっ!」

 里の甘味処でスペシャルあんみつを味わいながら、幸せの絶頂にいるのは、『スイーツ仙人』の名が定着したあまりほとんどの人が本当の名前を知らずにいる仙人、茨木華仙こと華扇ちゃん。
 人体の70パーセントは水分であり、女の子の70パーセントは糖分だと信じてやまない彼女にとって、行きつけのお店でスイーツを楽しむ時間はまさに至福の一時である。
 この時間がずっと続けばいいのに――そう思いながら、華扇は目の前の甘味に夢中になっていた。
 すると、その時。

「ああ、茨華仙さま! やはりこちらにいらしたのですね!」

 店内に爆発させたかのような大音声が飛び込んだ。
 何事かと振り返った彼女の目に入ったのは、青い邪仙、霍青娥。
 残念美人と(華扇ちゃん界隈で)名高い彼女の登場に、華扇は『やっぱり幸せって儚いものね……』と考えながら、白玉の上にトッピングされた、溶けかけのクリームを口にした。



105.平田凡斎氏
 閃光と轟音が咲夜を遥か後方から一瞬で追い抜いた。続いて莫大な熱量が爆風を引き連れ、紅魔館名物三町廊下を圧倒的な速度で駆け抜ける。
 咲夜は振り返ることなく、魔理沙の五指から伸びる青いレーザーの隙間を縫ってナイフを投げ続けた。爆発の衝撃は咲夜の背中に届くことなく、彼女が膨張させた空間の時間経過に押し潰された。
「何度やっても同じよ。この館で私に敵うと思っていたの?」
「わかったわかった、認めるよ」魔理沙が笑った。
「今回はもう駄目だな。続きはまた今度にしようか」
 魔理沙は縁に無数の切傷がつけられた帽子を押さえ、箒の高速飛行に備える。柄を掴む手から魔力を通わせ、穂先は異様に逆立った。
「わかっていないようだから、教えてあげるけど」咲夜は一本のナイフを構え、流れるような動作で魔理沙に投げつけた。
 魔理沙が瞬く間に、一本だった小さなナイフは無数の刃先へと変貌する。通路を埋め尽くす銀色の幕は、咲夜の鋭い声音だけを通した。
「あなたに次はもうないわ」



106.手負い氏
「うわあああああ太子様の角みたいなアレを爆破してしまったああああああ!!」
「お前ふざけんなよ、またじゃねーか!」

 早朝、物部布都の再犯が発覚したので、蘇我屠自古は自慢のイナズマキックで迎え撃った。

「うぐ……屠自古、いきなり何を!?」
「それ、こっちの台詞だからな。この前切り落としたくせにまたやったのか」

 生まれたてのバンビも道を譲るほどに足を震わせる布都に対しても、屠自古は容赦なく追及する。
 屠自古の言葉に、布都はがっくりと項垂れた。

「すまぬ……日課の太子様寝顔ウォッチングをしていたら、またしても虫めが……」
「日課の件は面倒だから無視するけど、それがどうやったら髪を燃やす事態に発展するのよ」
「うむ、確実性を重視した結果と言えばお主にもわかるかな?」
「何で得意げなのか微塵も理解できないし、もっと他に重要視するところあるだろ」

 ドヤ顔させたら一等賞と道教の弟子たちからも評判の布都の笑みに、屠自古の握力は急激な上昇を見せた。

「とにかく太子様がまだ寝てる内に何とかしてくれ。屠自古しか頼れるものがおらんのだ」
「……はあ、まったく仕方ないな。そこまで言われて黙ってるわけにもいかないね。よし、私に任せてみろ。やってあんよ!」
「うう、感謝するぞ屠自古。だが、失った足への未練が断ち切れないことを何もこんなときに主張しなくとも」
「噛んだだけだよ! そこはスルーしろよ! 本当に気にしてるみたいになっちゃうだろ!」
「なんだ、では気にしてないのだな。よかったよかった。ほれ、何をやっておる。とっとと行くぞ」
「お前、今日から夜道には気をつけるといいよ」



107.じょにーず氏
あらすじ

 by ハドソン





 ボンバー ボンバー

 ジェラシーボンバー

 今日もあの子は嫉妬する


「まったく皆どうかしてるわ。あんなに見せつけなくてもいいじゃない」


 地底の橋のお姫様

 誰も彼もがうらやましくて

 今日も今日とて妬いている


「キスメとヤマメはいつでもどこでも、二人一緒のなかよしこよし」


 釣瓶落としと土蜘蛛二人

 毎日橋へとやってきて

 ニコニコ笑っておしゃべりタイム


「勇儀とさとりも楽しそう。いつも宴や晩餐会」


 酔って楽しい鬼の宴

 お前も来いと手を引っ張る

 豪華絢爛覚りの会食

 あなたも来てと手を握る


「空と燐はいつも明るい。毎日が充実してるから?」


 地獄の鴉と火車の猫

 普段は遊んでいるけれど

 愛する主人のためならば

 働きものに早変わり


「眩しいわ。皆が眩しい」
「地底なのにね」
「あら、こいし」


 橋姫様のひとり言

 お返事返してふたり言

 誰かと思えばさとりの妹

 いつの間にやら隣に佇み

 水面のような目を向ける


「でも、眩しいのはあなただけじゃない」
「ほかに誰か?」
「皆よ」


 ボンバー ボンバー

 ジェラシーボンバー

 今日もあの子は嫉妬する

 皆もあの子に嫉妬する


「こんなに可愛いお姫様が、眩しくないはず、ないじゃない」



108.青段氏
「おや、爆発するぞ」

 藍さんのその言葉が聞こえるや否や、僕は大音量の波にさらわれた。
 霞む空に若葉がぱらぱら飛び散っているのが見える。

「君、大丈夫かい?」

「はい」
 
「そうは見えないな」

 藍さんの横顔から覗く瞳の輝きに、僕は居心地の悪さを感じ出した。

「今の音は何です?」

「ああ実はね、私の尻尾が爆発した音なんだ。左端のやつがね」

「はは、上手いですね」

 笑って、藍さんの冗談を褒めた。
 意外に思えるけど、藍さんは機会をうかがっては面白おかしくとぼけるよう努めてる。

「うん、ありがとう。でも今言ったことは本当なんだ」

「え、そうなんですか」

「生え替わりの時期はいつもこうだよ」

 藍さんのため息が聞こえた。
 尻尾がこんなに多いから特に大変なんだろう。

「それで、一つ言っておきたいんだけど」

「何でしょう」

「次は君の番なんだ」

 僕の番。
 そう考えた途端、なんだか体がむくむく伸びていくのがわかった。



109.皮氏
 初めに夜が裏返り、次に果てしなく引き伸びる空気の擦過音が、瞬時ごとに穴から這い出る悲鳴のように高まった。
 巨大な黒瑪瑙の断面を映していた空は恐ろしく巨大な亀裂を走らせ、中を満たしていた濃い橙色の揺らめく影に覆われる。
 爆風が髪をなぶるに任せた彼女の双眼は逆行する世界の不可思議な色彩に捉われ、振り返ることなく立ち尽くしていた。



110.Cabernet氏
 宙を彷徨っていたナイトの動きが止まったので、ドレミーは顔をあげた。「うるさかったですか」
 サグメは書斎の一面にある背の高い窓を眺めていた。窓には無数の雨粒が打ち付け、筋を残しては消えていく。あちらこちらに散らばる雨音は、時折一斉に重なって室内を通り過ぎていった。
「うるさくはないわ」サグメは視線をチェス盤に戻した。「不思議だと思っていただけ」
 手番がいくらか進んでから、獏は訊ねた。
「雨がですか」
「そう、雨が――雨音が」
「気になるようなら止めて、晴れにでもしますけど」
「違うちがう」サグメは困った調子で云った。「水音はささやきのようなものなのに、こうなると燃えているみたいで……」
 サグメは再び、窓の向こう側に耳を傾けた。潤いの音が何重にも合わさり、大挙して胸に迫るようだった。
「滴が破裂すると、こんなにも大きな音になるのね」
 ドレミーは尻尾を一振りして、相手のクイーンの動向を見守った。それから対面のサグメと視線を交わした。形の整った眉が微かに震えているように思えた。
「あの、……止めましょうか?」
「このままで好いわ」サグメは愉快そうに目を丸くした。「〝不思議だと思っていただけ〟ってさっき云ったじゃない」
 ドレミーは曖昧に唇を曲げた。手持ちの表情の乏しさを露呈している気がして、ひどく落ち着かなかった。




111.緩衝材氏
『後ろで爆発音がしても振り返らない! 私、マエリベリー・ハーン!』


私、マエリベリー・ハーン! 残機はあと2つ!

振り返らなかった結果がこれよ!

隣に居るのは、相棒の宇佐見・美少女・蓮子。

美少女だからトイレにだって行かないわ。すごいでしょ!

「メリー、ちょっとおトイレ行ってくるね」

……フェイントよ!

美少女だって体内でお茶やチョコレートを生成する生き物なの。常識でしょ!

まあ立ち話もなんだからここに座りましょうよ。お茶でも飲んで……お話でもしましょう……。

あ、そのお茶、お砂糖はもう入ってるから。



112.火男氏
 闇が身を捩る。白光の苛烈な煌めきが指向性を伴わずに散り乱れ、女は咄嗟に瞼の裏側に籠った。
 視界の断絶の間に、空間の歪む鳴りは止むどころか弥増さり、彼女の耳朶を揺さぶり続けた。
 喘ぐ唇が薄く開き、口蓋に溜まった不穏の弾みは剥きだした門歯の隙間をシュウシュウと縫っていた。



113.あめの氏
 ぽおんと空気の破裂する音が、立ち昇る白煙と共に、山の木々に縁取られた茜色の空へ吸い寄せられていった。
 栗に切れ目を入れていた妹紅は短刀を置いた。椛はその刃に、自分たちが囲む炎が映り込んでいるのを見た。火が揺らめくたびに刃はきらめき、短刀が呼吸しているように思えた。
 妹紅はたき火から底に栗の敷かれた古い手鍋を取り上げ、乗せていた盾を椛に差し出した。

「ありがとう、助かったよ。蓋を忘れていたから」
「別にいい。それより、早く帰ってくれ。いつまでもお前に構っていられるほど、我々は暇ではない」

 椛の険しい目つきを前にして、妹紅は臆することなく再び座り込んだ。

「天狗はどうもせっかちでいけない。分けてやるから一緒に食べようじゃないか」
「今食べなくてもいいだろう」
「味を見てから持ち帰ることにしてるんだ」

 妹紅が一人で食べ始めたので、椛は仕方なく傍に寄り、縦に割れ目の入った栗をつまんだ。濃い黄色をした身はほくほくしていて柔らかく、口の中でほろりと崩れた。

「よく焼けてるだろう?」
「ああ、いい塩梅だ」
「今日はなかなかの土産ができるよ」

 妹紅の輪郭が穏やかな丸みを帯びていくのを、椛は横目で認めた。それは栗の甘みによるものでなく、その熱を通じて瞼の裏に誰かを思い描いているからだろう。
 椛は栗をまた一つ手に取った。確かめるように味わったが、なんだか妹紅の栗の方がうまそうに思えた。



114.真下氏
 小さなナイフで優しく裂くような声が背中に当たる。
 こいしのささやきが私の内を夢のように巡り、最後にほの暗い底にたどり着くと、それは爆ぜたようにいっぺんに膨らんだ。まるで風に吹かれる種子が芽吹きの地にようやく降り立ち、ただ一つの蕾となって今まさに開花の時を迎えたように。

 振り返ったとき、あいつの姿はどこにも見当たらず、箒の手ごたえは味気ないほど軽くなっていた。ただ、微かな薔薇の匂いが名残のように漂っている。あの薔薇色を唇に灯した小さな蕾は、開花と同時に失われた。
 突然、記憶の片隅にあった遠い異国の話を思い出した。死の淵にあり、「薔薇の蕾」と言い残してこの世を去った男の話。それは彼が幼少時代に遊んだソリの名で、生涯の底に埋もれた夢の残骸だった。彼が最後に縋ったものは、子どもの頃に残した幸福の象徴であったのだろうか?

 私はあいつを置いていく。きらめく夜空の夢に照らされた、こちらの思惑を見透かすようなあの微笑みを見ることもできなくなる。だけど物語の彼のように、私の時間が果てに辿りつくその瞬間であろうと、いつか再び少女時代の花開く音を思い出すときが来るかもしれない。
 もしもそんなときを迎えられたら。
 愛らしく生意気なお前の名を、私は恋焦がれるように呼ぶだろう。



115.ナイスガッツ寅造氏
 いい爆発音でしょう。余裕の残響だ、火薬が違いますよ。

 クリケット専用スタジアム『どら焼きドラマチックパーク』の関係者各位がそのように考えたかは定かではないが、およそ紅魔館1個分の面積を誇るここで…これは現在の価値に換算しておよそ紅魔館1個分の面積に当たるのだが、とにかくこの広大な会場の一角で盛大な爆発が起こった。
 尾を引く炸裂音が一帯に響く中、射命丸文と犬走椛の解説実況が負けじと声を張り上げる。

 「でたーッ! 9回表のこの土壇場でついに、ついにッ、ピッチャー・フランドールの切り札が切られたァーー!! いやーやはり奥の手を出してきましたねェ、椛さん」
 「ええ、フランドール選手の決め球キラークイーンですね。破壊の目をわずかに弄り、爆弾と化したボールでバッティングの衝撃と同時に打者を葬るという、残虐行為手当必至、なさけむようの魔球です。これは乱闘待ったなしですね」
 「ヨッシャオルルァアーーー!!!! 乱闘だ乱闘だ君と殴り合う時間だオラァ! ちょっと酒持ってきて酒!」
 「近頃じゃ私、これだけが楽しみですよ」

 乱闘が始まるとわかった途端、この瞬間を待っていたんだ! と言わんばかりに瞳を輝かせ、血と暴力に舌舐めずりをし出す文と椛の様子は、妖怪の地が大いに露出している。
 一方、爆発を引き起こしたフランドールは、粉塵の舞うバッターボックスに背を向け、高らかに勝ちどきをあげた。

 「フフン、ワラキア投球術は最強のシステム! ってお姉様が言ってた!」
 「ところがどっこい!」
 「なッ!?」

 勝利の余韻を堪能してる中、突然冷や水を浴びせられ、フランドールは振り返った。
 そこには爆発で巻き上げられた土埃にまみれながらも、不敵にバッターボックスにたたずむ火焔猫燐の姿があった。

 「残念だったなぁ…トリックだよ」
 「ゲエーッ!? そんな、私のキラークイーンが仕留め損ねるなんて…これじゃあ今夜は熟睡できないよ…」
 「ハッ、どうやったか教えてほしいかい? お前さんの物騒な魔球には致命的な穴があるのさ」
 「穴!」

 そのどこか蠱惑的な響きにフランドールは胸の高鳴りを覚える。思春期だからね。

 「そう、それはバットに当たらなければどうということはないッ! ということ! フフフ、ところであたいの見逃したボールが一体どこに行くか…わかるよなァ?」
 「ま、まさか!」

 燐が視線で促した先を、フランドールも目で追う。
 粉塵がようやく静まったバッターボックスの奥、そこにパチュリーは倒れていた。
 爆心地と化したパチュリーはまさに動かない大正捕手。はははこやつめ、などと笑いをかます余裕はフランドールには一切なく、怒りのみがその体に満ちていく。

 「パチュリィィィー!! やってくれたわね! よくも、よくもパチュリーを!」
 「いや、やったのはそっちだから」
 「言葉は不要! キャッチャーがいなくなった今、私のボールは行き場を求めて唸りをあげるの! 潔く食らって四散して!」

 フランドールの無茶なオーダーに、当然頷く燐ではない。
 先ほどから切れそうで切れない、でもちょっと切れていた両者の闘いの火蓋は、今ようやく完膚無きまでに切られたのだった。



116.3氏
 もうすぐ、後ろで大きな爆発音がしますよ。だけど、あなたは決して振り返ることなどできないのです。

 まあ、落ち着いて聞いてください。あなたが知るべきことを教えて差し上げましょう。つまり、私に関わるこの呪わしき事態についてです。
 いいですか。私はもう何度も奴らに痛めつけられているのです。
 奴らには良心というものがありません。私に乱暴をはたらき、その様を眺めて笑いものにしてるのです。
 特に木端微塵に吹き飛ばすような派手なやり方を好んでいて、その度に私は生死の境をさまよい、ぼろぼろになりながらも何とか生きてきました。

 ですが、もう我慢なりません。奴らに私を好き勝手にする権利が一体どこにあると言うのですか?
 私は奴らにわからせてやりたい。殴れば、殴り返されることを教えたい。報いという言葉の正体を指し示してやりたいのです。
 こう考えるのは身勝手でしょうか。忍耐と寛容の意味を、私こそ知るべきだと思いますか?
 それともここまでの話を聞いて、私の身の上を哀れに思ってくれますか? 奴らこそが許されざる者たちだと?

 ああ、ありがとうございます。もちろん、信じておりました。
 あなたはまことの良心の持ち主です。
 素晴らしい人格者、理性の灯りに縁取られた影、正しい怒りをふるえる正義のお方だ。
 そんなあなただからこそ、奴らを打ち倒すことができるのです。どうか、お願いします。あなたの力をお貸しください。

 いえ、いえ、何も難しいことを求めるつもりはありません。
 ただ、私のもとへ来てくださればいいのです。本当にそれだけですよ。あなただって、少なからず興味がおありのはずでしょう?
 こちらに来てください。そう、こちらへ。奴らに天罰をくだす時だ。そのためにあなたが必要なのです。
 もちろん、あなたはここのルールについてご存知でしょうね。ですが、心配は無用です。相互の同意があれば、自然と道は開けるのです。
 今、あなたの意識はここにある。こうしてお話できていることがその証拠です。
 思い出しましたか?
 私の話を聞くことができる限り、あなたは確かにここにいるのですよ。

 そのうち、奴らはまた私を爆発させるでしょう。それは避け得ぬ悲劇なのです。
 何故そう断言できるのか、ですって?
 ハハハ、ご冗談を。爆発が最後に必ず訪れることを、あなたはよくご存知のはずだ。
 ですが、今回は違います。こうして私の中に、あなたをお招きできたのです。
 奴らの内の一人であるあなたをね。
 おわかりですか? 無自覚なあなたの優しさは、あなた自身をここまで運んだのですよ。
 そして、奴らは思い知ることになるでしょう。自分たちの爆発が、時にはわが身に届くかもしれないということを!
 そのためにあなたが必要だった。
 ねえ、喜んでください。あなたの犠牲が、私の虐げられる日々を終わらせるきっかけになるのです!

 初めに言いましたね。
 もうすぐ、後ろで大きな爆発音がします。だけど、あなたは決して振り返ることなどできやしない。
 私の中に閉じられていることを、あなたはもう知っているのですから! 私と共に無残に散らばり、悲惨の描写を奴らの胸に刻みつけてやりましょう!

 なんですって? お前は一体誰なんだ?
 おや失礼、申し遅れました。
 私は紅魔館。幾度となく寄こされてきた爆発を、あなたにお返しするものです。



117.むーと氏
 突然、館内に爆発音が響き渡り、パチュリーは手元の本から顔をあげた。

「なにかしら?ひょっとしてフランが……」
「あなたもそう思う?パチェ。これはおそらくあの子の、フランの……」

 パチュリーの危惧に対して、その隣の席で微塵も慌てる様子を見せずに答えるレミリア。
 会話をすれば一分間に七回はフランドールの名を口にするとメイド妖精たちに噂されている――真実はその倍を超える――大変に残念な親友だが、今はいつになく真剣な眼差しを見せている。
 その真面目な表情に、またレミィがフランに度しがたい愛情表現でもしたのか、というパチュリーの中にあった疑いはほんの少しだけ、小人の爪の先ほど消えた。

(信じても……信じてもいいのね、レミィ……)

 パチュリーの切なる願いに呼応するように、レミリアは静かに頷き、重々しい口調で言った。

「フランの可愛らしさが過ぎるあまり、ついに爆発を引き起こしたんじゃないかしら。この前もこっそりフランの使ってる枕を抱きしめたら、全身があの子に包まれた気分になって胸の動悸が止まらなくて心臓が爆発したかと思ったし。ねえ、パチェはどう思う?」
「どうかと思うわ、あなたが」



118.さとうとしお氏
 どうも少し前から、耳鳴りのようなものに悩まされている。時折、とても小さい独楽が回転しているような奇妙な唸りが聞こえてくるというものだ。それも耳にするたびに、その唸りは大きくなり、まるで音源がこちらに近づいてくるような気分になる。
 まあ、どうせすぐに止むのだし、あまり心配しても仕方ない。続くようならそのうち医者に診せればいいのだから。
 私は気を取り直し、幻想郷縁起の編纂のため、先日に記した資料の一枚に目を通した。
 
『巫女が暴れまわって八面六臂の働きで月の都を救った、先の異変の関係者において、博麗の第一の餌食となった月の兎と直接話をする機会に恵まれた(※1)。
 ここに覚書として、月の兎である清蘭氏のあれやこれやあることないこと(※2)を記す。

 ・外見について

 頭部から生えた大きな兎耳を除けば、一般的な少女の姿形をしている。しかし地上の妖怪兎と違って、その耳には黄色い装飾具らしきものがついている。これについてたずねると次の回答が得られた。
「これ? 遠くにいる部隊の皆と頭の中で話すときに必要なの。今はもう通じないけどね。ああ、早く月に帰りたい」
 どうやら仲間と離れた彼女は、寂しさのあまりに少々混乱しているようだ(※3)。

 ・能力について

 彼女は異次元から弾丸を飛ばすことができるそうだ。異次元とは一体何か。本人の弁によるとそれは現世の外側のことらしい。
「こちらからは触れることもできないところよ。わかる、地上人? あんたの背後、足元、頭の裏側、そういう場所を指すの」
 異次元の弾丸はこちらからは干渉できず、そのくせ弾丸側は相手を打ち抜くという。何とも疑わしい話だ。
 実際に弾丸の飛ばすところを見せてほしいというこちらの求めに(※4)、彼女は突然右手を親指と人差し指のみ伸ばした形にしてこちらに向けた。
 しかし、その手は一瞬震えたかと思うと、後はなにも変わらず、本人もそれで終わりだと言うではないか。
「あんたがやれって言ったからやってあげたわー。感謝してよね。わかりやすいようにゆっくり飛ばしてあげたから」
 やはり彼女の能力とやらは、信用性に欠けるものがある。おそらく、こちらが確かめられないのを良いことに好き勝手に言ってるのだろう。

 以上の結論に至り、清蘭氏に関する記述はもう十分だと言えるだろう。
 最後に彼女は私の胡乱な目つきを察したようで、頼りない逃げ口上を残して(※6)こそこそと去っていった。


 ※1 迷いの竹林の入口付近をぐるぐる回っているとの報せがあったので赴いたところ、まだやっていた。妖精か?
 ※2 幻想郷縁起の資料にするため、そして私が書の編纂をする身であることを若干の誇張を含めて説明した。
 ※3 部隊とは彼女の想像上の存在ではないだろうか。頭の中って。
 ※4 丁重にお願いしたにも関わらず、彼女は渋々といった様子で、月の兎はずいぶん無教養のようだ。
 ※5 曰く、「生意気な目ね、地上人。だけど、あんたのご立派な頭は私の力を嫌でも思い知ることになるわ。必ずね」だそうだ。 』



119.アラツキ氏
 早苗が再び文のもとを訪ねると、通された部屋はやはり爆発したかのような有様で、今度は呆れの声も出なかった。
 脱ぎ捨てたままの衣類、黒い紐で綴じられた冊子の山、正体不明のガラクタ。それらの雑多な散乱物の隙間に、床が場違いの体で覗いている。
 そこへそっと足を踏み入れ、この部屋で唯一腰を下ろせるソファを目指す。でたらめに打たれた飛石を渡るように、ゆるゆると歩を進めた。
 いつもはもっと片付いてるのよ、という文の釈明を思い出す。どうやら彼女の”いつも”の中に、自分の来訪は勘定されてないらしい。
 よく見回すと変わらず散らかっているくせに、物をあれこれ動かした形跡が見えた。
 ひょっとしたら、文は掃除をしたつもりなのかもしれない。……これで。
 整頓が下手っぴなのかしらん。と、いつも取り澄ました彼女の姿に、思わぬ弱みを見つけた気になる。
 ソファに転がり込んでから、くふくふとほくそ笑んだ。



120.藍田真琴氏
 フランドールが右手を握ると、壁際にいた分身体は一瞬震えた。
 直後、それの胸元は爆発した。身体の中心は、スプーンにくりぬかれたプティングのように、丸いくぼみを拵えた。
 びちゃ、と湿った音とともに、分身体は壁に寄りかかる形で倒れた。噴き出した血が、天井と床に手をかけるように壁を濡らした。肉片がべっとりとこびりつき、死体の背景は異様につやだって見えた。



121.蕗氏
 ドンッ、という爆発音が私の背を叩いた。とんでもなく大きな音‥‥いや、音なんて生やさしいものじゃない。耳元で何か爆ぜたみたいに、凄まじい衝撃が私の頭を揺さぶっていた。
 だけど、振り返らずにひた走る。辺りは薄暗く、どこを向いても樹木と先の見通せない暗夜があるばかり。掻き分ける草が脛に纏わり、足は重くなる一方だ。
 まずい! このままだと――――

「追いつかれる‥‥!」
「そうねぇ、蓮子」

 メリーの声がした。しかも近い。背後に迫るその声を少しでも遠ざけようと、私は必死に地を蹴った。

「でも、残念。もう貴女に追いついてるのよ」
「!?」

 思わず振り返ったのがダメだった。
 メリーのうっとりした顔が、視界いっぱいに映った。

「それじゃあ、蓮子」
「‥‥あ」
「いただきまぁす」

 ざくっ、とタルトのクッキー生地を噛み砕くような音をさせて、メリーは私の頭に噛り付いた。


*******************


「おふぁよ、れんこ」

 目を覚ますと、隣にいるメリーが言った。口をもごもごと動かしながら、にっこりと器用に笑ってみせる。
 この腹ペコ妖怪め。
 愛らしく、同じくらい憎らしいその顔に、私は枕を投げつけた。



122.近藤氏
 静寂を数発の炸裂音が切り取り、花火は鮮やかに開かれた。夜が蒸発し、阿求の白い頬を赤く染めた。それから立て続けに青、黄、緑と移り変わった。
 阿求は隣にいる妹紅の手を取り、か細い声でこう言った。
「私が、今の私の時間を生き抜こうとするなら、いつか妹紅さんの時間と交わるかもしれない」
 妹紅は隣に顔を向けた。濡れた瞳が妹紅を真中に捉えていた。
 阿求が目の端に涙を湛えて、妹紅に訊ねた。
「そう考えるのは、いけないことですか」
 強い口調だった。
 妹紅は口を開いたが、それは何の役にも立たなかった。何も答えられなかった。握り返す手の中に、阿求の指の痩せた感触だけがあった。



123.みく氏
 ふくらんだ紙袋を叩いてつぶしたときのような音がしました。振り返るまでもなく、巫女がやられたのだとわかります。私たちより後方に配置されたメイドの子たちが、きゃあきゃあとはしゃぐ声が聞こえますもの。
 それでも私は振り返ります。どんなにわかりきったことでも指さしで確かめなければ、それは本当のことだとは言えないのです。咲夜様がそう教えてくださいました。おかげで、紅茶を淹れた後の片付けを忘れることもなくなりました。
 そうでした。まだ後片付けがあるのです。楽しげに声を上げるメイドの子たちは、どうやら片付けのことなど頭にないようです。
 撃墜された巫女はうらめしい目つきで、その子たちをにらんでいます。ちょっと怖いのですが、放っておけば野蛮な巫女は何をするかわかりません。意を決して「あの」と声をかけます。

「もう一度よ! まずはあいつらをやっつけてやるわ」

 巫女は待っていたように宣言しましたが、それはルール違反です。紅魔館の異変で「待った」は三回まで。今の撃墜で「待った」を使い切りました。
 そのことを伝えると、巫女の顔がどんどん怖いものになりました。フランドール様の顔に似ています。お嬢様の好みと取り違えて、たっぷりのシュガーを入れた紅茶をお出ししたときのフランドール様の顔と。
 あのときと同じように「一回休み」にされたくはありません。私は黙って、巫女が大人しく帰ってくれるのを待ちます。
 巫女は拗ねた声音でむんむん言ってましたが、間もなく飛び立って紅魔館から出ていきました。
 なんだかとても疲れました。けれど何に対してかわかりません。こうして巫女が来るたびに延々と同じ弾を撃つことにでしょうか。弾の動きを覚えようとしない巫女自身にでしょうか。
 それとも――飽きもせずに続けられるこの霧の異変自体にでしょうか。
 同じことを繰り返す弾幕ごっこに、私はもやもやしたものを感じています。



124.スポポ氏
 街にはビルの燃え殻と咽かえるような熱気、そして恐怖があふれていた。

 黒煙の長い柱が曇天を支えるように立ち並び、風が埃を巻き上げるたびに危なげに揺れている。

 アスファルトの路面は十分に耕され、無数の出来そこないのクレーターが白い輸送車の隊列を足止めしていた。

 十階建ての廃ビルは灰皿の上に横たわるタバコのように曲がっていたが、炎のオレンジがまだ灯っていた。

 私は無性にタバコが吸いたかった。



125.ギョウヘルインニ氏
「…………ねえ、咲夜。今、何か聞こえなかった?」

「お嬢様、何かとはつまり、どのような何かでしょうか?」

「それはこう……破裂したような何かよ」

「具体性に乏しいですね」

「とにかくこの何かが何なのか、考えるのはあなたの仕事よ」

「考えるのはパチュリー様の仕事ですよ」

「そうね。でも何かが何なのかを考えるパチュリーに考えさせるための何かを考えるのはあなたの仕事よ」

「本当ですか?」

「そうよ。何、咲夜は自分の仕事もわかってなかったの?」

「いえ、滅相もない。メイド長ですので把握してますよ」

「よろしい」

「メイド長ですので」

「わかったから」

「メイド長ですので」

「自慢したい年頃なのね」

「……えへ」



126.めるめるめるめ氏
 全てを揺るがす轟音が、チョコバナナの意識を強引に目覚めさせた。彼は砲塔から射出されて、ようやく覚醒を迎えたのだった。
 一般的にチョコバナナといえば、洗礼においてカカオによる浸水の時点で自我が芽生えると考えられているが、この射出されたチョコバナナは正義感の強い持ち主で、その青臭さのために食べ頃にまで熟していなかった。そのために、意識の獲得が遅れたのだった。
 しかし今や彼は、自分というものを手に入れていた。各々が美味しさの塊であるチョコとバナナを合わせることでさらに美味しくなるのでは、という純粋すぎる思考法に基づいたその産物は、実際美味しいので実力に裏打ちされた絶大なる自信を携えている。彼は気高き戦士であり、チョコとバナナを嫌う異教徒どもを絶滅させるというチョコバナナ族唯一の標を目指す意志のもとに、まだ見ぬ敵へと超高速で飛行していた。
 天狗に勝るとも劣らないと言われるチョコバナナの速度は、わかりやすく説明すると霧の湖を跋扈するティッシュペーパーめいた何かの飛行速度に等しかった。ティッシュペーパーめいた何かは白く四角い外見をはためかせる謎の飛行体で、その形体でありながらなぜ高速飛行が可能なのかを空気力学的に考えると吐き気を催すと評判であった。
 なお、このティッシュペーパーめいた何かに触れるとたちまち爆発四散するので、近隣住民は霧の湖には近づかないようにしよう。飛んでいたチョコバナナも、さっきこれで爆散した。



127.空音氏
 不意に、神経にさわるような閃光の衝撃が私の背を突いた。
 振り返った私は、閉じたドアの向こう側に存在していた空間が消滅の最中にあることを知った。扉の隙間からはあらゆる熱と光と色とが零れていた。いや、ほとんど放出する勢いだった。編み込まれた夢の世界が眩い粒子に次々とほどかれていくように見える。ドアに区切られた先の一室が不定さの内圧に耐え切れず、無秩序を破裂させる様を私は思い描き、何の根拠もなしにそれを事態の輪郭に当て嵌めた。
 私はドレミーの方へ向き直った。彼女の口元は曖昧に曲がっていた。不透明なその微笑みには極めて複雑な言語が包括されている。この頃の私は、付随する仕草にこそ注視しなければならないことを学び始めていた。しかしドレミーはそのままじっとしていた。いくらか待ってみたが、結果はまったくの無駄だった。そして落胆が過ぎると、決心が固まるのも早かった。
「ねえ、今のは……」
 私が口を開いた途端に、ドレミーは降参の意を示すように手を上げ、さらに肩をすくめてみせた。
「私に尋ねても仕方ありませんよ」
「でも、だって、ここはあなたの管轄でしょう?」
「私はキャンバスと額縁を提供するだけです。そこに好きな絵を描く権利は貴方の方にあるのですよ」
 今度のドレミーは判読可能の笑みを浮かべた。唇が意地悪く歪んでいた。




128.カワセミ氏
 涙が塩辛いのは心に海があるからだ。
 ちっぽけな体の中には果てのない青色が満ちている。そこでは心だけが航海を許される。そして時折、自分という指針を見失うのだ。
 私の舟は水底を渡っていた。長い間、何もかもが蹲っていた。
 あのとき、暗く冷たいその場所へ、人の手が一条の光のように射しこんだ。
 すがるように手を掴むと、私はもう聖の腕の中にいた。彼女の体温が、水のように沁み込んできた。
 途端に、何かが突然噴き上がった。堰を切ったように、留処なく流れるものがあった。唇が湿り、塩辛さに舌がしびれた。
 潮の味だ。私を満たしていた水の味。けど、今の私にあるのは人のぬくもりだけだった。
 だから、私の海が溢れているのだ。



129.柊正午氏
 誰かに肩を小突かれるような予感がして、わたしの体が振り返る。
 わたしは海を見た。確かにそう見えた。一色に繋がる空と海。
 車のエンジン音と東京湾の眺めを思い出していた。私がまだ眼鏡を必要としていなかった頃の光景。それが目の前に重なり、すぐにかき消される。
 打ち寄せる波がわたしに迫る。波は赤く、飛沫は血のように泡立っている。海はどこまでも膨らんで燃え盛り、空気の熱さに喉が詰まった。
 白い染みのようなものが、わたしの前を過ぎた。
 目を凝らすと、赤々と煙る空に一羽の鷺が飛んでいる。片翼の白鷺。その黒いくちばしが、近づいてくる地獄を飲み込もうとするみたいに大きく開いた。
 波は引いていった。初めから、そう決まっていたように。
 わたしは縮んでいく空を見上げた。鷺がくちばしを盛んに動かし、何か言葉を話している。よく聞き取れなかった。ただ、声は女性のもののように思えた。

 目を開けると、まだ薄暗かった。壁にかかった時計の針は右に伸びている。じっとしていると、シンクがステンレス製の口を開けてガラガラと水を飲み込むような音が、窓の外から聞こえた。
 わたしはふたたび目蓋を閉じた。すぐに眠りがやってきて、わたしを夢へと連れ去った。
 あの海を見ることはもうなかった。



130.茨木春氏
 霊夢は縁側に座って素知らぬ風を装っていたが、早苗がじろじろ眺めていると、次第にその頬に熱が灯った。
 やがて、ぽぷんっ、と小さく爆ぜたように、霊夢は真っ赤な顔を横に反らした。

「見ないでよ」
「自分で切ったんですか? 前髪のところ」
「失敗したのよ」
「いや、かわいいですよ。ちょっと、ちゃんと見せてください」
「ちょ、ばっ、やめろ」

 音もなく詰め寄る早苗に、霊夢はわたわたと手を振った。
 前髪の毛先は眉にも届かず、気恥ずかしげな表情を明かしている。

「うんうん。かわいいじゃないですか」
「見るなって言ってんでしょ」
「てれんなよ」
「てれてねえし」
「てーれーんーなーよー」
「うっさい、ばか」

 朱色の頬は冷めそうにない。



付録1.没作そのいち
 爆弾は地獄が産んだ卵です。
 それが地上で孵るときの産声を、覚えているならおわかりでしょう?

付録2.没作そのに
 その感情は、足元より出でて背骨を伝い、脳天に到達すると、明確な怒りとなって弾けた。
 私は爆発した。

付録3.没作そのさん
 震えが背筋を、導火線を食む火のように昇った。
 あたたかく湿ったものが、脇から胸元へと這い回り、それから喉の部分を丹念に濡らした。全身に汗と唾液の粘つく感じが纏わる。
「霊夢……ねえ、霊夢、霊夢……れいむ、ああ、れいむ、れいむ」
 くぐもった声が肌に呼びかける。
 私は聞こえないふりをした。
あなたの書いた話は私にとって、歓び以外のなにものでもありません。これらはそれを伝えるための試みであり、「面白かったです」をより明瞭にするための一つの表現です。
すべて作品は、語られる内容とそれを語ることばの奇跡的な一致を成し遂げて世に送られます。
そのようにして書かれたあなたの類い稀な物語を読むことができたことに、またその限られた機会を共有することのできるこの場に、あらためて感謝いたします。

これが私の総決算です。ありがとうございました。


-4月4日追記-
藍田真琴氏の作者名に誤記がありましたので訂正いたしました。
本当に本当に本当に申し訳ありません。
智弘
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.40460簡易評価
2.2890奇声を発する程度の能力削除
凄い
4.2890ダンボールの中のプチプチ削除
お前がナンバーワンだ
5.2890一本の蝋燭削除
お疲れ様です!毎回楽しみにしていました。久々に色々読み返そうかな。
8.2890一本の蝋燭削除
さらさらと眺めていたら自分の名前が在って変な声が出ました。
ありがとうございます。ビックリしました。
9.2890一本の蝋燭削除
これは……平伏以外に何ができましょう
あえて名前は揚げませんが色々読み直したくなってきました
10.2890一本の蝋燭削除
ここに名前を書いてもらえるのは、本当にうれしいです。
また書いてもらえるように、作品を生み出さなければ。
11.2890一本の蝋燭削除
よくぞ……ここまで……!!
12.2890一本の蝋燭削除
これだけの数を書くだけでも大変だろうし、
ただ真似てるだけじゃなくて読めるものにもなっている。
すごい。
14.2890一本の蝋燭削除
寂しいことをいってしまえば、ああ誰々さんいたなぁ、面白かったなぁと同窓会的な気分に浸れもしました。
19.2890今は遠き混ぜ人削除
作者の眼前で丸見えになってもよいぞ。
22.2890一本の蝋燭削除
こちらこそ感謝ですわ
また書きたくなるねぇ
25.2890一本のdeso削除
毎度本当スゴイと思います。ありがとうございます。
26.2890音遠削除
各物書き様への愛を感じる素晴らしい作品でした。
27.2890一本の蝋燭削除
わーい
28.2890一本の蝋燭削除
来年こそパロッてもらえるように作品を書こう
毎年そう思っているのに投稿しなくなって数年が経ちます
この作品は他者のモチベになるという意味で類を見ないシリーズと化した