MYST

『○●から出た』

2015/04/01 18:38:16
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「未成年者と知っていながら援助交際した罪で、あなたを逮捕します」
「なんじゃと?」
 
 マミゾウは絶句した。
 よりにもよって、この幻想郷。もはや現実的な話をされようなどとは、予想だにしていなかったのである。まさしく、寝耳に水の物語。
 しかも、眼前に佇み、静かに自分を見据えている和装の女は、とても警察だなんて思えなかった。
 
「挑発するつもりはないが、お前さんが逮捕権を行使できるとでも言うのかな?」
「私人逮捕を知らないとは、不勉強ね」
「はてさて、儂はしがない化け狸。人の世の法律など、知らぬことじゃな」
「犯罪者は誰でも、そう言うのよ。『知らなかった』は免罪符にならない」
 
 まことにもって道理である。その理屈がまかり通るなら、大半の犯罪が問題とされなくなる。それはそれで問題だろう。
 しかしながら、身に憶えのないことで捕らわれるのであれば、それこそ冤罪ではないか。マミゾウとて、一方的な言いがかりを認めるほど、お人よし(お狸よし?)ではなかった。
 
「もっともな言い分じゃが、確たる証拠あっての話なんじゃろうな? 事によっては、儂とて名誉毀損で訴えるのも吝かでないぞい。そもそも、お前さんが誰なのかも解らんしな。一方的に非難されてはかなわん。まずは、身分を証明してもらおうかの」
 
 伊達に、人間社会の近くで生き永らえてきたわけではない。それなりに、保身のための知識は得ている狸だった。郷に入りては郷に従う。和を以って友達の輪であるペットントン。
 ドヤ! と鼻息を荒くしたマミゾウに、その女は悠然と微笑み返した。
 
「化け狸に人の道を説かれるとは、恥ずかしいことね。申し遅れた非礼は詫びるわ。私は小兎姫。援助交際の罪状で、下手人 二ツ岩マミゾウを逮捕しにきたのよ」
「それはそれは、わざわざご苦労じゃな。しかし、儂は天地神明に誓って援助交際などしておらんよ」
「白を切っても無駄よ。タレコミがあって、それを元に調査したのだから」
「タレコミとはまた、穏やかではないのう……」
 
 多くの場合、権力側への密告とはライバルの追い落としと同義である。マミゾウは考えた。はたして自分は、誰かの私怨を買っていたものか……と。
 自分に仇なそうとする相手なら、心当たりがないわけでもない。だが、脳裏に浮かぶ彼女たちであれば、他人の手を経るなんて回りくどい真似はするまい。きっと正々堂々、実力行使してくる。それは確信できた。
 
「その、タレコミをした者とは誰なのじゃ?」
「貴重な情報源を、バラすはずがないでしょう。常識的に考えて」
「ううむ。こんな『やった』『やってない』の水掛け論では、埒が明かんのぅ。それならばじゃ、儂が手籠めにしたらしい被害者に、話を聴こうではないか。被害者の側が嘘を吐いている可能性だって、皆無じゃないのだからな」
「いいわ。それで罪を認めるのなら手っ取り早い。ご希望どおりにしよう」
「それでも儂はやってない。潔白じゃ」
「今のうちに泣いて謝っておけば、罪も軽くなったのにね」
 
 やれやれ……と、肩を竦める小兎姫に向けて、んべーっと舌を出して見せるマミゾウだった。
 仮に未必の故意だったとしても、二ッ岩の意地にかけて認めるものかと、心の中で隠神刑部に誓ったほどである。
 
 
    ▽    ▲    
 
 
「おう、ここじゃったか」
 
 二人が訪れたのは、人里にある貸本屋『鈴奈庵』である。
 その店は確かに、マミゾウの巡回コースだった。店番の娘――本居小鈴とも、懇意にしている。ちなみに、マミゾウはいつもの人間装束に変化済みだ。人里に入るときは、特に人間らしく演じる努力を忘れなかった。
 
「ここの看板娘は変わり者じゃが、愛嬌があって可愛らしいぞい」
「やっと、罪を認める気になったのね」
「だーかーらー、儂はなにも知らんと言っておるじゃろう。この、わからんちんが」
 
 なにかと言えば罪人に仕立てあげようとする小兎姫に辟易して、マミゾウは返答もせず店の暖簾を潜った。話せば話すほど、余計に拗れてくる。それならば、いっそ百聞は一見に如かずの諺どおり、現実を見せて説得力したほうが早い。
 
「邪魔するぞい」
「あ! いらっしゃいませー! いつも贔屓にしてもらって、感謝感激です」
「いつもながら愛想がいいのう。うむ、商売の基本は明るい笑顔じゃ。可愛いぞ」
「ですよねー。えへへへ」
 
 そんな二人のやりとりを、一歩下がったところから眺めていた小兎姫の瞳に、確信めいた光が宿る。
 
「これはこれは。本当に、仲がよろしいようで」
「はいっ! この方には、本当によくしてもらってます」
 
 小鈴の明快な返事も、ネガティブな先入観が事実を歪ませる。
 小兎姫の胸裏では、『よくしてもらっている』の一言が、ひどく卑猥な印象として変換されていた。
 それを獣の直感で察知したマミゾウが、どこから取り出したものか大きなハリセンで、小兎姫の頭を強打した。予想外に大きな音で、小鈴がビクッと十センチほど飛びあがった程である。
 
「おかしな詮索も、大概にせんか。儂は無罪じゃと、何度も言っておろうが」
「え? え? な、なんの話ですか一体?」
 
 一人、状況を理解しておらず、目を白黒させる小鈴。
 マミゾウは手をひらひらさせつつ、困り顔で経緯を説明した。
 
「誰に吹き込まれたものか、儂を犯人だと言って聞かないのじゃ」
「およよ……そんなことが」
「本当に、援助交際ではないの? ストックホルム症候群という可能性もあるわね」
「この人は、お店の常連さん以上の、なんでもありません。それは間違いないです」
「疑心暗鬼がすぎるようじゃな、この御仁は。職業病かの」
 
 呆然とする小鈴。釈然としない小兎姫。憤懣やるかたないマミゾウ。
 どこにも解決の糸口が見出せない、状況は三竦みの趨勢に陥りかけていた。
 ところが――
 
「で、でもぉ……」
 
 やおら紡がれた小鈴の囁きが、事態を一変させる。
 
「この人になら私、好きにされても構わないかな……なんて。やだぁ恥ずかしい」
 
 文字どおりの空気を読まない『てへぺろ』に、疑惑の黒い世界は真っ白に白けまくった。
 かと思えば、一点の混じり気もない漆黒に置き換わる。
 
「やっぱり有罪じゃないの!」
「儂は無罪じゃと、何度言えば解るのじゃ、この石頭!」
「け、喧嘩はやめてください、私のために争わないで!」
「あー? なんだか今日は賑やかだな」
 
 もはや当事者だけでは収拾困難な事態に、颯爽と現れたのは紅白――ではなく、白黒の魔法使い、霧雨魔理沙その人だった。ちょっとだけ戸惑いながらも、暖簾を潜ったところで「よおっ」と、右手を振って見せる。
 
「表にまで怒鳴り声が響いてたぜ。こりゃ一体、どういうことなんだ?」
「ああっ、魔理沙さん、いいところに」
「おおっ魔理沙どの! 儂の話を聞け~、五分だけでもいい~」
「あら、奇妙な魔法使い」
 
 三者三様に迫られ、さすがの魔理沙も思わず後ずさった。
 勢いに呑まれては、やられる。病は気から、弾幕は根性から。それを理解する百戦錬磨の魔理沙は、瞬時に気持ちをコントロールして三人と対峙した。
 
「と、とにかく落ち着け。一人ずつ説明しろ」
「じつは――」
「かくかく――」
「しかじかじゃ――」
「よし話は解った! 真実は、いつもひとつだぜ」
 
 聖徳太子や大岡越前も真っ青、まさしく神秘的な能力を、魔理沙は如何なく発揮した。
 一瞬、店内に桜吹雪が舞ったかのような錯覚は、季節柄と言っておこう。
 
「とりあえず、お前」
 
 と、魔理沙は小兎姫を指差し、次いで指先をマミゾウに移す。
 
「こいつと援助交際しろ」
「――は?」
「なんじゃとー!!」
「驚くには値しないさ。利害は一致しているじゃないか」
 
 ビシッとサムズアップする魔理沙に、小鈴が駆け寄った。
 その瞳にはキラキラと星が瞬き、さながら恋する乙女である。
 
「確かに、これなら追って追われて情熱的な関係ですよね。魔理沙さん、さっすがー!」
「いやぁ照れるぜ」
 
 残りの二名は、絶句フリーズしたまま――かと思いきや。
 
「考えてみたら、これってかなりレアなコレクションかも」
 
 いち早く再起動したのは、小兎姫だった。
 やおらマミゾウに向き直ったか彼女は、居住まいを正して、慎ましやかに頭を下げた。
 
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「な、なぬ?」
「もう私は、あなたを生涯逮捕するからね」
「マミゾウ心の一句。ちょっと待て、儂が一体、なにをした」
「あなたは私の大切なものを奪った。私の心です!」
「あああああ、聞きたくなかった! この状況で、そんな名ゼリフは聞きたくなかった! 儂もう四面楚歌チャーミング!」
 
 まったくもって錯綜しきった状況だが、その場でしか生まれ得ない奇跡もまた存在する。
 常識ではあり得ないからこそ、奇跡なのである。
 
「よかったなー。おめでとうだぜ!」
「ハッピーエンドの聖地、鈴奈庵を、これからもよろしくねー!」
 
 かくして奇跡のカップル、マミゾウ×小兎姫(略してマ小兎)が爆誕した。
 魔理沙は通常弾幕の星屑をちりばめ、小鈴は急ごしらえの紙吹雪で、二人を祝福しまくる。
 鈴奈庵では、その後しばらく拍手喝采が止むことはなかった。
 
 
 ……これでいいのか? 
 
 ……これでいいのだ。
 
 
    ▽    ▲    
 
 
「D、A、M、A、騙したっていいじゃなーい♪」
 
 上機嫌で鼻歌を奏でつつ、軽いステップで竹林を進む一匹の妖怪兎。
 誰あろう、幸運の素兎こと因幡てゐ本人である。幸せいっぱい福いっぱい。
 
「あのお姫さまみたいな人、すっかり信用してたっけ。まあ紆余曲折あったらしいけど、結果オーライ? いいことした後は気分も晴れやか、足取りが軽いわ~」
 
 と、今日も明日も確信犯。
 だがしかし、幸せいっぱいでいられたのも、ここまでのこと。
 
「お待ちなさい」
 
 いきなり呼び止められて、てゐはビクッと硬直した。
 自分を制止した声に、聞き覚えがあったからだ。
 
「貴方には、まだお説教が足りないようですね。そう、貴方は少し人を騙しすぎる」
「えええ閻魔様ぁ――!? お、お許しをぉー!」
「真面目に更生しない者には、身体で覚えさせるしかありません!」
 
 
 
 黒い素兎を正すオチは、白黒ハッキリつける御方によるのも、またお約束である。




  ―完―
思いついたままを、そのままに。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
佐乃一
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コメント



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2.14無名のプレイヤー削除
面白いんだけどあなたれいぽぅ被害者に話を聞きに行ったらセカンドれいぽぅじゃないですか
4.14無名のプレイヤー削除
鈴奈庵のマミゾウは綺麗なマミゾウ
神霊廟のマミゾウは…