MYST

雨情の蝶

2015/04/01 12:45:20
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――0――



 桜の花びらが一枚、盃に満ちた虚実の月に落ちる。その様を、幽々子はじっと眺めて微笑んだ。

「ねぇ、紫。ほら、月に花が咲いたわ」

 幽々子がそう、空を見上げて呟いた。すると、桜吹雪に彩られていた月の中央に。ぱくり、と穴が空く。

「ええ、風流ね。私もご一緒させてくださいな」
「へんな紫ね。ふふ、訊ねたことなんか無かったじゃない」
「たまには、そういう気分の日もありますわ」

 紫は扇子で口元を隠しながら笑うと、するり、と縁側に座る幽々子の、隣に座る。そんな紫に、幽々子は、ふっ、と微笑むと、紫に盃を差し出した。

「あら、ありがとう」
「どういたしまして」

 同じ盃に映った月を、二人で飲み交わす。長い年月を生きた妖怪はこの程度で酔うことなど出来ないが、それでも、不思議と二人の身体は温まっていた。

「ねぇ、紫」
「なに? 改まって、どうしたの?」
「昔話を、しても良いかしら? 私が貴女と出会って、そう、ほんの少しした頃の」
「――ええ、良いわよ。聞かせて、幽々子」

 紫は刹那、目を見開くも、幽々子の様子を見て直ぐに眼を細めた。幽々子はそんな紫の表情に首を傾げながらも、柔らかく微笑んで、語り出す。まるで、子守歌でも歌うかのような柔かな口調で、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した――。
















――1――



 ――あれは、そうね、私が貴女に出会ってほんのひとつきほど後のことだったかしら。ええ、そう。まだ妖忌が庭を整えていた頃のことよ。
 そのとき、私はまだ自分の力がどういうものなのか、本当の意味で理解しては居なかった。わかったのは、使い続けると、妖忌が悲しそうに西行妖を眺める、ということだけ。
 え? そうよ。妖忌ったら、私に気が付かれないでいたつもりみたいだったわ。そういうところは、妖夢に似て可愛いわよね。

 こほん。ごめんなさい。話が切れたわね。

 そうそう。それで私は、自分の能力がどういうものなのかよく理解出来ないことに不安はなくとも、不満があったのよ。この能力はとても協力であると言うことと、みだりに使ってはならないと言うことは妖忌から教わっていたわ。でも、それだけ。これで人が死ぬということが、そう“どういうこと”なのか、わからなかったのよ。

 だから、私は自分の能力を知ろうと思ったの。屋敷で座して蝶を放ち、彩り豊かに帰ってくる蝶たちを愛でるなんて真似をせずに、自分の足で“起こして”自分の目で結果を見よう、なんてね。
 どうなったか? ふふ、結末をもう聞いてしまうなんて、紫らしくないわね。
 ――ふふ、そう。その方が紫らしいわ。

 市井に降りたわ。御者も連れず、ふらりふらりと夜の都を散策したの。あか、あお、きいろ。人々は知らぬ間に、色んな色を身に纏って、楽しそうに歩いていたわ。私はその光景を見て、直ぐ、蝶を放してしまおうかと思ったの。でもあんまり派手にやると、また妖忌に怒られちゃう。だからね、ひっそりとやらないとならないと思っていたの。そんな風に考えていたら、いつの間にか雨が降り出してきて、慌てて柳の下に隠れたのよ。
 ――ゆううれいの、しょうたいみたり――なんて、ね。

 それで、どうなった? ふふ、キモはこれから、よ。あら? もったいぶってなんかいないわ。失礼ね。

 柳の下で途方に暮れていたら、書生風の男が私に話しかけてきたの。その時のことは、よく覚えているわ。笑うと右頬にあくぼのできる、笑顔のすてきなひと。彼は私に群青色の傘を差し出すと、確か、こう言ったの。

『雨に濡れていては、風邪を引きますよ。さ、お入り下さい、お嬢さん』

 彼は熟れた動きで差し出した私の手を引くと、するり、と彼の腕の中に私を閉じ込めたわ。籠の小鳥を捕まえたような、そんな瞳でね。あまりにもその瞳が人間らしかったから思わず微笑んでしまうと、彼もまた、嬉しそうに微笑んだの。そして、こうも言ったわ。

『今晩は、泊まっておいきなさい。なに、君の家には使いの者を出そう。だから安心おし?』

 はい、と答えると、彼は無邪気なほどに嬉しそうに笑って、私を連れて行ったわ。ええ、そう、どうも、地主の倅だったみたいなの。
 彼の家は、今時珍しい洋風な作りだったわ。確か葡萄牙? そう、ぽるとがる。そこの商人と渡りがあると言っていたわ。
 親のことを己のことのように自慢げに語る彼の無邪気な表情に、私は何時しか、魅入られていたわ。だから、私はそれから、何度も何度も彼の話を聞いた。私が面白そうに頷くと、彼も嬉しそうに笑ったから。

 だから、だからね。彼が朝まで語り明かさないかと私に訊ねたときに、はい、と快く頷いたの。
 なぁに? 紫。ふふ、大丈夫よ。危険なことなんて無かったわ。心配しないで。え? そうじゃない? 紫? もう、なんなのよ、まったく。

 さて、続けるわね。
 そう、それで、その夜のことだったわ。彼は私の下を訪れると、ふっと柔らかく微笑んで、まるで野良犬のような瞳で私に多い被さったわ。彼は私の着物をまさぐりながら、私に向かって何度も何度も、『一目見たときから』『お慕いしております』と、繰り返したの。その表情が、あんまりにも愛おしかったから、私はふと、思ったのよ。

 ――嗚呼、この殿方のいろんな顔が見たい、と。

 笑う顔。怒る顔。寂しげな顔。情欲に塗れた顔。どれも素敵だったけれど、いまひとつ、足らない。だから私は彼の“いちばんすてきな貌”が見たくて、魅たくて――彼に、蝶を放ったの。

『くるしい』『たすけて』『いやだ』『なんで』『しにたくない』『いやだ』『だって』『ぼくは悪くない』『とうさん、かあさん』『くるな』『いやだ』『しにたくない』『しにたくない』『しにたくない』『たすけて』『人を喚んで』『しにたくない』『しにたくない』『しにたくない』『しにたくない』『しにたくない』『しにたくない』『しにたくない』『しにたくない』『しにたくない』

 ――ほんとうに、すてきだった。

 真っ黒だった蝶は、彼の中から出てくると、きれいな虹の色に変わっていたわ。それが命の色なんだと心の底から理解したとき、私は歓喜したの。だって、そうでしょう? 私の力は――私に“恋い焦がれるもの”をくれるための、力だったのだもの。

 それから? それからは、雨が降ると必ず都に降りたわ。そして橋で、軒先で、柳の下で、時には寺院の影で、私に声をかけてくれる人を待ったの。ふふ、ええ、本当に楽しかったわ。

 だってみんな、みんな、違う貌でわらってくれるのですもの。
















――2――



「私の話は、これでおしまい」
「――今のは、ほんとうのこと?」
「あら、もちろん、本当のことよ。思えばあの時の彼が、私の初恋のひと、だったのかも」

 黙り込んだ紫に、幽々子は柔らかく微笑む。そしてふと、後ろに意識を反らしてまた、笑った。

「――と、言う訳だけど、今日は一緒に眠る? “妖夢”」

 幽々子がそう問いかけると。ばたばたと、誰かの足音が遠ざかる。それに紫ははっと目を瞠ると、直ぐに、眼を細めて幽々子を睨み付けた。

「幽々子、貴女――良い趣味してるわね」
「ふふ、お互い様、じゃないかしら?」
「ええ、ええ、まったく」

 紫はそう言いながらも、どこか安堵を滲ませた表情で立ち上がると、するりとスキマの中に身を潜ませる。そして、残された幽々子に、『せっかくだから今の話、橙にも聞かせてあげるわ』と、声だけを残していった。

 残された幽々子は、ひとり、小さく微笑む。その手に幾匹かの“虹色の蝶”を生み出すと、ふと、右羽の歪んだ蝶を見て微笑んだ。

「本当に、すてきだったわ」

 幽々子は、そう呟くと、蝶を月にはなって笑い声を上げた。
 投稿しようと思ってたのがどうしても見つからなかったので、手直し予定のを手直し前に投下。
 ほら、予定は未定っていうし!

 ぷにれいむの続きは来年書きます。(嘘)
I・B
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コメント



0.70簡易評価
1.14奇声を発する(ry削除
良かったです
2.14無名のプレイヤー削除
価値観の相違ってやつですね
力があれば、生き方が違えば、どうやったってずれは生じるものなんでしょう
今はそれを押しとどめるだけの場所があるから退治はされていませんが
4.33削除
意外とこの手の幽々子は見ないですよね