アーマードコア２アナザーエイジを早苗さんと神奈子さまが適当に対戦しているのを何も知らない諏訪子さまが見てるだけのお話作者: 鈴木々々

　洩矢諏訪子は暇だった。あまりにも暇だったので、暇つぶしをしようと、早苗を探していた。ためしに早苗の部屋に近づいてみると、部屋の方からなにやら物音がする。どうやら早苗は自身の部屋にいるようだ。

　――カチャカチャカチャ。
　――ピーピーピー。

　聞きなれない奇妙な音だった。
「早苗ー？　何してるの？」
「あ、諏訪子さま」
　見てみると早苗はその手にゲームのコントローラーを持っていた。ゲーム機と繋がったテレビには、諏訪子の見覚えのないロボットが映っている。
「あ、ゲームしてたんだ。……それにしても早苗は、本当にロボットが好きだね」
「ええ、ロボットは女の子のロマンです」
「……まあ、あえて否定することはしないけどさ。……それで、これは何ていうゲームなんだい？」
「よくぞ訊いてくれました！　これは『アーマードコア２アナザーエイジ（通称ＡＣ２ＡＡ）』といいまして、２００１年４月に発売して以来、約１４年間に渡り人々に愛されつづける作品で、特にこのアナザーエイジは対戦が楽しいシリーズとして、今なお大会や対戦会が頻繁に開催される人気タイトルなのです！」
「へ、へぇ……」
　キラキラした瞳でそう語る早苗を見て、諏訪子は「あ、これ触れてはいけない話だった」と早速後悔した。
「あー、諏訪子さまひょっとして疑ってます？　でも本当なんですよ、ほら」
　そう言って早苗は自分のデスクトップパソコンでなにやら検索して、出てきた画面を諏訪子に見せた。ちなみにこのパソコンは幻想郷の最新型で、ＯＳはＷｉｎｄｏｗｓ９８ＳＥでＨＤＤは６ＧＢもあると、先日早苗が自慢していたのを諏訪子は知っている。もちろん、それがどれくらい凄いのか諏訪子にはさっぱり分からない。
　画面に映っているのはＴｗｉＰｌａと呼ばれるイベント告知サイトだった。
「５月１６日神戸ＡＣイベントプレエントリー……本当だ、しかもすでに結構人が集まってる……」
「外の世界では本当に人気があるんですって。ちなみに東京の三鷹では三月にフルリーグの大会が行われたばかりなんですよ。……あ、そうだ。諏訪子さまも暇そうですし、ちょっと触ってみますか？　説明書を読まない諏訪子さまには私が操作方法を教えますし」
「じゃあ、ちょっとだけ――」

　――数分後。

「むーりー！　というかなんでこんなに操作難しいの！　ボタン全部使うとか全然指足りないじゃん！」
「まあ、その辺は自由にキーコンフィグで変えられるので、×でブーストしながらＲ３押し込みのＯＢが使えないようならＬ３に移すとか、左武器の頻度が低い作品なので○にＯＢを移したり、自分にあったように操作もカスタマイズしたらいいかと。まあ私はデフォルトのまま人差し指で○や△を押してますけど」
「いやそれ以前に視点の上下動作とか、旋回と平行移動とか、同時にやること多すぎるよ！」
「あはは……」
　それはよく言われることだった。確かにこのゲームは操作が少し難しい。ただそれは操作の自由度が高いことの裏返しでもある。３Ｄのロボットアクションゲームで、これだけ制約が少ない動きが出来るゲームはそうそうない。ある程度の練習は必要だが、自分が組み立てたロボットを自由に操作できるようになったときの爽快感は、なかなか体験できるものではないと早苗は思っていた。出来ることならあの感覚をより多くの人に共有してほしいと思う。けれどそれを押し付けるのはただの迷惑だ。
　それを理解しているからこそ、早苗は決して押し付けることはしない。引き際を見極めて素直に引く。少しだけ寂しそうに笑いながら。
　そんな早苗の気持ちを知ってか知らずか、諏訪子は率直な感想を言う。
「……まあ、楽しいってのは良く分かったよ。これ自分でパーツを選んで好きなロボットを作れるんだよね。それを思い通り動かせたら、早苗みたいなロボットが好きな子にはたまらないんだろうね」
「諏訪子さま……」
　そんな風に理解を示してくれる諏訪子に、早苗は少しだけ救われた気がした。今の自分が好きなものを好きだと胸を張って言えるのは、たとえそれが女の子らしい趣味でなくてもちゃんと理解しようとしてくれる二人の家族のおかげなのだ、
　そこにふと足音が近づいてくるのを感じる。おそらくはこの場にいないもう一柱の神である神奈子だろうと二人はあたりをつける。
「あれ、二人とも一緒か。二人で何をしているの？」
「あ、神奈子。今早苗にちょっと教わってロボットのゲームを触ってたんだけどね、これが難しくてさ――」
「ああ、アーマードコアか。懐かしいわね」
「ありゃ、神奈子はやったことあるの？」
「まあ、ね」
「というか私にこのゲームを教えてくれたのは神奈子さまなんですよ？」
「早苗のロボ好きは神奈子が元凶か！」
「あはは……いや、こんなに早苗がはまるとは思わなくてね」
「あ、そうだ神奈子さま。久しぶりに対戦しませんか？　実際に見てもらった方が諏訪子さまもどんなゲームか分かりやすいかも知れませんし」
「そうねぇ……じゃあちょっとだけなら」
「ではテレビを取ってきますね」
　そういって早苗が部屋を出て行く。
　それを見て頭の上にクエスチョンマークを出しているのは諏訪子だった。
「……え？　テレビって、ここにあるじゃん」
「あー、このアーマードコアというゲームは普通に対戦しようとすると、分割画面での対戦になって処理低減のためにマップが狭くなったり謎の霧が発生したり、それでもミサイルを撃つだけで処理落ちが頻発するし、そもそも相手の画面が丸見えになったりで、色々不都合があるのよ」
「え、よく分からないけどそれってダメじゃないの？」
「そうね。だから対戦するときはＳＣＰＨ－３００００代以前のＰＳ２二台とｉＬｉｎｋケーブル、テレビ二台にソフトも二枚使わないといけないの」
「ほえー……」
　ヨーグルトの蓋についている美味しい部分みたいな声を出して諏訪子が驚いた。
「対戦するだけでも結構大変なんだね」
「そうね。それでも未だに対戦している人がいるというのは、凄いことなんだと私も思うわ」
　外の世界ではすでにＰＳ４が発売されている中で、ＰＳ２の作品を未だに対戦し続けている人々の熱意は相応のものがある。ＳＣＰＨ－５００００以降はｉＬｉｎｋが廃止されているため、対戦のために旧型のＰＳ２を探し求めるなど、その界隈でしか理解されないような苦労がいくつもある。
「準備が整いました！」
「早っ！」
　気付くと早苗の手によってテレビやゲーム機の接続が完了しており、いつでも対戦できる画面になっていた。
「神奈子さま何使います？」
「んー、最初はグレタンかなぁ」
「じゃあ私はＲＴで」
「……？　……？？？」
「あ、諏訪子さまに説明しますね。神奈子さまのグレタンというのか肩武器のグレネードランチャーを搭載したＤ１Ｓ１というタンク脚部の重量級機体を指します。この場合右手武器はエネルギースナイパーライフル（通称Ｅスナ）であることがほぼ確実となります。見ても分からないかも知れませんが、一応アセンスクリプトもこちらに張っておきますね　&AUGr2cNk0Ios915#」
「ふむ、さっぱり分からんぞい」
「まあ見ているうちに分かりますよ。で、私のＲＴというのはＳＲＲＴという軽量二脚を指します。この脚部の略称なので、機体の細部は場合によって大きく異なりますが、今回は一昨年から世間で流行っている前田システムという機体を使います。アセンスクリプトはこちら　&AsE7OIo00kQci12#」
「当然のように分からないけど、なんのこれしきササニシキ」
「マッチアップとしては、Ｅスナという高命中率で強力な火力にいかに当たらないようにＲＴ側が接近して死角に回れるか、という戦いになります。ただこの前田システムという機体は近年のＲＯＯＫコアを搭載したＲＴと同じく、高ＡＰと高機動を実現したことでＥスナだけで落とすことが極めて難しいため、ＲＴ側のミスに対してグレネードを狙っていくことがタンク側にも求められます。タンクは固いのですが、丁寧にミサイルを当てたりハンドガンで熱ダメージを取っていくと撃破することも出来ますし、体力、このゲームではＡＰと言いますが、そのリードを作ってしまえばタンク側はそうそう自分から追いかけられないので時間切れで勝つことも出来ます。……まあ実際に見てもらったほうが早いですね」
　そういうと二人はメモリーカードからデータをロードして機体を選択して対戦を開始した。
　神奈子の画面を見ると、見るからに重たそうな戦車型の機体がどしりと構えていた。それとは対照的に早苗の機体は軽快に空高く飛び上がり、高高度から相手に接近していく。
「こうして高さを取ってＥスナの射程外を維持しながら真上まで移動して飛び越してから攻撃を開始するのがこちら側のセオリーなんです」
　早苗が対戦しながら解説してくれる。
「こちら側にはいくつかセオリーはあるけど……」
　神奈子はそう言ってデコイと呼ばれるミサイルを誘導する囮を設置して高空からのミサイル攻撃にあらかじめ対処し、Ｅスナを構えるとそのまま上昇を始めた。デコイによってミサイルが封じられ、降下して手武器で攻めようとした早苗に対し、意表をつく形で神奈子の上昇は噛み合って、Ｅスナが２発刺さる。８０００しかなかった初期ＡＰがあっという間に７０００近くまで減らされる。
「え、神奈子のその武器強くない？　そんなに近くなかったのにピーって一瞬で飛んでいったかと思ったら凄いダメージなんだけど」
「強いね。というか作中最強の右手武器だね」
「弾幕ごっこで魔理沙さんとかがレーザー代わりにこれを撃ってきたらクリア不可能なレベルですね」
「だったら早苗もそれ使えばいいのに……ああ、重いから積めないとか？」
「いえ、Ｅスナ自体は軽いですよ」
「何それずるい」
「ただ総火力がないのよ。例えば私の使っているタンクに早苗がＥスナを２０発全部当てても、私のＡＰは５０００くらい残るの。初期ＡＰが９６１０だから半分以上残るわね。その残りをＲＴに積める肩武器で削りきるのは、相当ロケットを上手く使えないと難しいわね」
「ロケットというのはロックオンしてくれない真っ直ぐ飛んでいくだけの原始的な武器ですね。軽くて弾も多くて威力も高いのですけど、まあ当て続けるのは相当難しいですね」
「なるほどねぇ……」
　自分の機体や相手の機体を考慮して、最適な武装を選択する。それもまたこのゲームの醍醐味なのだという。
　――十四年。それほどの年月をかけて対戦され続けながらなお、強いと言われる機体は幾度も移り変わり、未だに最強の機体は決まっていない。
　機体を自由に構築できるゲームであるが故に、最強への道筋もまた複雑に変化する。
　――自分の機体が最強だ。
　――自分の理論が最強だ。
　――自分の技術が最強だ。
　このゲームの自由度の高さは操作だけでなく、対戦内容にまで及ぶ。機体が弱くて負けたのか、戦い方がまずかったのか、それとも操作技術に問題があったのか。理由ははっきりと分からずとも、勝敗という結果だけは常に出続ける。
「まあＥスナが強いのも最初に近づくときだけですよ！　こうして一旦死角に張り付いてしまえば」
「おお、気付けば早苗が一方的に攻撃してる！　……でもその武器１００発しか弾ないのに一発４０ダメージしか減ってないよ？」
「大丈夫です、ほら見てください！」
「ん？　あれ、早苗が弾を撃ってないのに神奈子がダメージを受けてる」
「早苗の持っている１１１ハンドガンは相手に熱を蓄積させることが出来るんだよ。それが一定量、私が何もしてない状態なら七発分蓄積すると熱暴走が起きて熱ダメージが追加で入るんだ。この機体のラジエーターなら２００ダメージくらいだね」
「何だかよく分からないけど凄い」
「このまま普通に動いていても私はどうしようもないから一旦ＯＢで離脱するしかない」
　神奈子はそういってＯＢ（オーバードブースト）で急速離脱する。離脱しながらデコイを撒くことを忘れない。
「もちろん私は追いかけます」
　追撃のミサイルはデコイに吸われたが、それでも早苗は高い機動力を生かして離脱先にあっという間に追いついてしまう。そうして熱暴走が終わったタイミングでまたハンドガンを打ち込む。
「ちっ」
　神奈子は早い判断でＯＢ離脱しようとしたが、結果としてＯＢ発動時の熱で熱暴走してしまう。
「こうして神奈子さまがＯＢすると、ハンドガンを節約して熱ダメージが取れます。これとミサイルのダメージと熱を合わせて撃破を視野に追い詰めていくのが私の基本方針です」
「気付いたらさっきまで２０００以上に広がっていた差が結構縮まってきてるね」
「ＲＴは本当に速いので攻めている間はタンク側もなかなか反撃が出来ません。もちろんこのまますんなりは行きませんけど――」
　早苗の追撃を、ＯＢの機動を途中で変えたことでいなし、ついでに反撃のＥスナでＡＰ差を広げてきた。
「あの一発ですぐ差が広がっちゃうんですよね」
　あのＥスナという武器はＲＴの装甲相手だと一発でＡＰを４００以上減らしてくる。
　それでも早苗はすぐに一旦距離を取り、また上昇して高空からの攻めを開始する。神奈子は射程外からグレネードをノーロックで撃つが、当然のように当たらない。
「ＲＴ相手だと撃ちきれないから牽制ですね。地上にいるときだとあれが案外馬鹿に出来ない感じで当たったりするんですよ」
　そうして何度か早苗が攻めたり、神奈子がＥスナで迎撃したりといったやりとりを繰り返して、互いに残りＡＰ３５００ほど。ようやく早苗がＡＰ差を逆転しようとしたところでそれは起きた。
「チャンス！」
「あっ――」
　強引に近距離でグレネードを構えた神奈子が早苗を捉え、一瞬で早苗の機体のＡＰを１０００以上消し飛ばし、追加の熱ダメージもあわせると１５００ほどのＡＰを奪う。
　――結局その一撃が決め手となり、試合は神奈子が勝利した。
「いやー、途中までいい感じに攻めていたんですけどね」
「そうだね。Ｅスナを途中で焦って外してしまって弾がなくて、グレネードが当たってくれないと勝てないくらいまで追い込まれてしまったから、あそこで運良く当たってくれなかったら負けてたね」
「え、さっきの神奈子のはマグレなの？」
「うーん、狙ってはいたんだけど、何て言ったらいいのかな……グレネードはロックオンサイトも狭いし、距離が近いと速いＲＴを捕捉するのはシステム的に無理があるというか――」
「このロックオンサイトの上下動作や、機体の旋回速度には限界があるので、仮にボタンを押しっぱなしにしていてもＲＴには振り切られてしまうんですよ」
「だから私は早苗の移動先を予測して、最初から移動先の方を見てロックオンサイトを置いていたんだよ」
「私がちゃんと機体の方向を見て逆に動けば良かったんですけどね。あそこでグレネードを狙われるとは思ってなくて、逆転出来そうだからと焦ってしまいました」
「狙ったからって当たる武器じゃない。でも当たったのは完全に運というわけでもない。強いて言うなら勝負事によくある《読み》が当たったって感じかな」
「なるほど……難しいのは操作だけじゃないんだね」
　その後も早苗と神奈子は諏訪子に解説しながら様々な機体を使って対戦していた。
「さっきの前田システムという機体が他のＲＴ機体に対して軒並み有利なのですが、対ＶＡＴや閉所マップでの勝率が――」
「ＲＯＯＫコアガンナー系の機体群はＸＡ/２コアのタンクに勝ち辛く、ミサイルガンナー系にも勝てないのが環境的に厳しくて――」
「タンクはさっきのＲＯＯＫコアの機体よりＸＡ/２コアの方が旋回とＯＢの性能的に安定感はあるけど、ＲＯＯＫコアのタンクと狭いマップで当たると辛くて――」
「ＶＡＴという重量逆関節の脚部は機体構成的にＲＴには有利なので、タンクを倒せるなら先ほどのＲＴよりも戦績が安定するかも――」
「ＳＴＶＭなどの重量二脚は最近見なくなったね。地上ブーストやＯＢスライドを持つ利点より、固くて旋回も高いタンクに使用者が――」
「中量二脚は、ＶＡＴの下位互換的な立ち位置から抜け出せませんでしたね。武装を積もうとすると積載の少なさが足を引っ張って、どうしても中途半端に――」
　そうした二人の解説を聞いているうちに、諏訪子は何となく機体の特徴や戦い方が分かるようになって、二人の対戦を見るのが少しずつ楽しくなってきた。対戦もしてみたいなと一瞬思ったが、さっき触ったときの自分の生まれたての子ヤギのような動きを思い出して、さすがにこの二人の相手は無理だと悟った。
　だからとりあえずは見て覚えて、聞いて覚えて、それから今度こっそり一人で練習してみよう――。

　――そんなことを、楽しそうに対戦する二人を見て、諏訪子は思ったりするのであった。

　

アーマードコア２アナザーエイジを早苗さんと神奈子さまが適当に対戦しているのを何も知らない諏訪子さまが見てるだけのお話

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