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パチュリー

2015/04/01 01:07:59
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 (各々、例のテーマを脳内で再生しつつお読みください)


 喘息体質の改善のため始めたスパーリングは、パチュリー・ノーレッジの隠された才能を顕かにした。
 つまりは、ボクサーである。
 今日も今日とて彼女は紅魔館地下リングでスパークリングに勤しんでいる……はずなのだが。
「お疲れ様ですパチュリー様。お茶をお持ちしましたわ」
「ありがとう咲夜……ッウ、ゲッホゲッホ」
 リングの上にビーチチェアを堂々と置き、まばゆいスポットライトのもとで目を細めながら分厚い本を読む少女こそ、我らがライトフライ級ファイター、パチュリー・ノーレッジである。運ばれた紅茶を啜り、むせている。
 びちゃりと口に含んだ紅茶を足元のバケツに吐き出し、お代わりをもらう。ボクシンググローブは長らく使用されずひび割れ、シューズは本の下敷きになるがままですっかり変形していた。ビーチチェアの上で組まれる脚は真っ白く柔らかく、案よと呼んだ方がしっくりくるかのような有様だった。とてもではないがボクサーには見えない。
「フゥ」
 読み終えた本を置き、テーブルの上に積まれた本を新たに手に取る。古書、その紙の匂いを愛おしげに嗅ぎ取った彼女は、そしてまた埃でむせた。紅茶で口をゆすいでバケツにびちゃりとまた吐き出す。それを片付けるのが咲夜だった。
 どうして、信じることができようか。彼女はほんの数年前まで、年間獲得賞金総額で、ライトフライ級のトップだったのだ。とはいえ無論、ライトフライ級の額など高が知れてはいるのだが。ともかく彼女は賞金女王だった。それが、ある日はたと面白い本に出会うや、三日三晩本漬けになり、いつしか元のノーレッジに逆戻りしていたわけである。
「才能はあるのに。それを伸ばそうとしない」
 コーチをしていた美鈴は、最初の内こそパチュリーに期待を寄せ熱心に彼女を教えていたがあれやこれやと理由をつけて低きに流れる彼女に見切りをつけて、今日も門の前で妖精たちに太極拳を教えている。
「…………」
 しかし、パチュリーにだって、未練がないわけではないのだ。
 対戦相手の頭の芯を捉えた時の、拳にかかる充実感。飛び散る汗の誇らしさ。血の味すらも甘美だった。それを、忘れてしまったわけではない。だが再びリングに立とうとするには、パチュリーという魔法使いにはどうしても足りないものがあった。
 ごーん、と丑三つ時を告げる、時計塔の鐘の音。彼女にとって、それはスパークリング終了の合図であった。
 よいしょ、とチェアを片付けて、読み切った本を右手に、読み切れなかった本を左手に地下リングを後にする。そして自らが住居ともする図書館に戻り、受付カウンタにどさりと本を置く。
 ベルなど鳴らさずとも、すぐに駆けつけてくる小さな存在があった。
 小悪魔である。
 この図書館で司書として働く彼女は、無口で恥ずかしがり屋で、あまり人と馴染もうとしない。パチュリーにしても、いつからこの図書館にこの小さな悪魔が住み着いたかは定かでないものの、徐々にその存在を互いに認める様になるにつれ、孤独なもの同士だからだろうか。こうして僅かばかりに言葉を交わすだけとはいえ、いつしかかけがえのない存在になっていた。小悪魔の方でもそう思っているかどうかは、怪しい所だったが。
「貴女がオススメしてくれた本、良かったわ」
 そう言ってパチュリーが取り上げたのは、東洋占術に関する本であった。小悪魔はというと、僅かに頬を赤らめて俯いて、小さな声でぼそぼそと答えるばかりだ。なにを言っているのかは聞こえない。だがパチュリーは作り笑顔でどうにか安心させ会話を引き出そうとする。
「またオススメがあったら教えて頂戴ね」
 その言葉ばかりには、コクコクと何度も頷く姿が見られるあたり、目がないわけではないのだろう。そう思うことで、今日もパチュリーは一日、楽しく過ごせるのだった。


 さてここにボクサーがもう一人いる。
 皆様ご存じ、フェザー級世界王者、霧雨 魔理沙である。
 間違えないで欲しい。幻想郷のエリアチャンピオンではない。世界王者である。世界一である。
「幻想郷の建国100周年記念試合の相手が、ケガで試合に出られなくなったんだぜ。困ったんだぜ」
「あらあら、大変ねえ」
 おばあちゃんでありトレーナーでもある聖白蓮がどさどさと運んできた資料をためすつがめつしつつ、魔理沙が大きくため息を吐く。
「こいつなんかどうだぜ? 竹林のラフ・ファイター藤原妹紅」
「血みどろは、お洗濯が困るわねえ」
「じゃあこいつにしよう、天界のピーチ・ブリック比那名居天子」
「一部の層には受けがいいでしょうけど、大衆受けはしなさそうよ」
「あ! いいのを見つけた。道教が産んだ聖徳ボクサー、豊郷耳――」
「魔理ちゃん。ソイツをぶちのめすのは、おばあちゃんの役目よ」
「は、はい……解ったんだぜ……」
 聖おばあちゃんが突如見せた激しい感情の渦に身を震わせる魔理沙。この聖白蓮という女性もまた、かつて魔界のヘビー級王者の座を争っていた往年の名選手なのだ。
 魔理沙が鉛筆くわえてうーむむと唸る。やがて見つけた。
「……これだ」
「どれどれ?」
 魔理沙が手に取ったのは、一時期は名を売っていたが、今ではすっかり聞かなくなった、落ち目のボクサー……すなわち、パチュリー・ノーレッジの資料であった。
「見てよ、これ。『図書館の種馬』だぜ? イカス異名だ」
「だけど、無名じゃないの」
「いいや、だからいいんだぜ。幻想郷は格差社会が固定されすぎなんだぜ。無名選手に一発逆転のチャンスを与える。ワナビの幻想少女たちに大ウケ間違いなしなんだぜ……そうと決まれば、さっそくセッティングだ!」
 魔理沙はそのままあちこちに電話をかけまくり、あっという間に座組みを済ませてしまった。

 世界王者と、無名の読書オタクの対決は、こうしてパチュリーのあずかり知らぬところで、その歯車を回し始めた。


「えっ……魔理沙と?」
 大抵のフィクションには不意を突かれたりすることのないパチュリーだったが、これにはさすがに度肝を抜かれた。まさか自分のような三流ボクサーの元に、そんなビックマッチが転がり込んでこようとは。
「どうしましょ……え、どうすればいい?」
 いつものように紅茶をくちゃくちゃペッしていたところに、この報せである。戸惑い任せに隣の咲夜に尋ねるも、
「私に訊かれましても……」
 と瀟洒な返事。それもそうである。プロモータの河城にとりは多額のファイトマネーをちらつかせて去っていった。
 ひとまず、答えは保留にしたが。一体どうすればいいのか、パチュリーには解らなくなっていた。
 正直、恐ろしさ、恐怖が先に立っていた。
 だが、それと同時に、再びリングに上がるチャンスが来たのだと思うと、震える心があるのも確かだった。
 結局。本をほとんど読まないまま返却カウンターに来たパチュリーの、その異変に小悪魔が気付く。
「どうしましたか……元気……なさそうです」
 お前の方がよっぽど元気なさそうだよ、とパチュリーが言いたくなるほど消え入りそうな声で小悪魔が話しかける。そうね、ちょっと悩み事がね、と話すうち、つい口が滑ったパチュリーは魔理沙との試合を持ちかけられたことを打ち明けてしまう。
 劇的な変化が、小悪魔に生じた。
「すごい」
「え?」
「すごいです。世界王者と闘うなんて」
 その純粋な尊敬に、パチュリーの心が動いた。
「そこまでいうなら。やってみましょうか」
 かくして。
 パチュリー・ノーレッジの挑戦が始まった。

 ことを聞きつけた紅 美鈴が図書館を訪ねたのは、その翌日だった。
 漫画の返却だった。続きを借りて、また門番に戻って行った。てっきり、再コーチを申し出てくるものかと思っていたパチュリーは拍子抜けしてしまうが、小悪魔が『ジパング』と『僕はビートルズ』の間に挟まっていた、練習メニューのメモを見つけたことで、パチュリーは奮起しトレーニングに打ち込み始めた。
 ……最初のうちは、勘を取り戻すのに苦労していたが、一週間も走り込みを続けるうち、瞬く間に体軸は安定し反応速度は往時の十分の一にまで短縮された。体重は筋肉量と共にめきめきと増え続け、魔理沙のいるフェザー級も到達できる視野に入ったころ、パチュリーの元に旧友であり大家であるレミリアがやってきた。
「聴いたわよ、パチェ。いいトレーニングがあるわ」
 そう言って彼女が案内した場所こそ、紅魔館地下の食料貯蔵庫……大量の食肉がぶら下げられた冷蔵倉庫だった。
「叩いてごらんなさい」
 半信半疑のまま、一撃。拳を叩き込んだ時には、すっかり夢中になっていた。かつて守矢神社で信州牛の血液を饗されてからというもの、レミリアは牛肉を紅魔館の食卓から欠かしたことがない。叩く肉は、いくらでもあった。
 たるんでいた腹部が、内側から盛り上がってきた腹筋により様相を変え、真っ白い足は走り込みによる日焼けで黒く、そして筋肉で硬く節張り、撫で肩気味だった体型は見る間にボクサーのそれへと変貌していった――その、変化は、一体なにに後押しされたものだったろう。
 ……その、自分自身を突き動かす動機。
 あるいは、いままで自分自身を偽ってきた理由。
 パチュリーがそれに気づいたのは、博麗神社を駆け上がっている最中のことだった。
 言うまでもないことだが、ボクサーに限らずあらゆる競技人はそのトレーニングに過酷以上の過酷を要求する。全く穿った言い方をするようだが、それに彼女らが耐えられるのは……自分のためだからだ。左様、スポーツマンというのは、自分の、自分自身のことが大好きで大好きでたまらない連中のことを言うのである。自分のことが大好きだから、辛さにも耐えられる。
 翻って、パチュリーはどうだろう。
 息をせき切らせ走り、痛みを訴える筋肉に鞭打ち、軋みを上げる骨格をいじめ抜き、酸素を要求する内臓を無視し続ける彼女に、それをさせているのは、なんであろうか。自己愛だろうか? そんなわけはない。パチュリーが一番嫌いなのは、自分自身だ。嫌いな自分自身から目を背けるために活字を追い、物語に逃げ、本の山に自分自身を隠してきた。
 だが今、彼女は鍛えている。走っている。それを可能にしたのはなんであろう。
 小悪魔という、伴侶の存在だった。あるいは、レミリアや、美鈴や、咲夜といった、彼女の家族たちだった。
 孤独ではない。自分を愛してくれる存在こそが、パチュリーに、自分自身に打ち勝つ、苦痛を克服する術を与えていたのだった。
 やがて神社が見えてくる。陽が昇り始める。
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……ハッ! ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
 足の回転を速める。
 もうできないと思っていた以上の運動を課し、これを実現させていく。
 あと十歩。あと五歩。あと一歩……。
 パチュリーのシューズが、神社の石畳を捉えた。
「……ハアッ……ハァッ……ハァッ……。……やった……。やったぞーーーー!!」
 両手を掲げ、朝日に声を上げる。
 パチュリー・ノーレッジ。彼女は魔法使いである。
 だがそれ以上に、この瞬間。彼女は一人のボクサーだった。

 文々。新聞が取材に来た。どっから来たとかどういう装備できたとかは、割とどうでもいい。とにかく来たんだよ。
「パチュリーさん、変わったトレーニングをされているそうですね?」
「ええ……はい」
 おまえの変則オナニーほど変わったことはしてねえよ、とはカメラの前なので言わないでおいた。容赦のないことで有名な紅魔館の住人達にも、その程度の優しさはあった。
「見せてくださいますか?」
「ええ……はい」
 やおら肉を叩きはじめるパチュリー。瞬く間に拳が血で染まり、どしどしという生々しい音が響く。
 軽くドン引きした射命丸記者が、ひきつった笑顔でレポートを打ち切った。
 ……さて、それをテレビで見ていたのが、白蓮おばあちゃんである。
「魔理ちゃん。ちょっと、魔理ちゃん」
「あー? 今忙しいんだぜ。会場のオープニングの素案を作っているんだぜ」
「魔理ちゃん。観たほうがいいわ。こいつは……」
 だが魔理沙はそれを一顧だにしなかった。
 左様。おばあちゃんは危惧しているが。
 未だ、優勢なのが魔理沙であることには、何ら変わりはないのだった。

 さて、時は流れて決戦前夜である。
 パチュリーはこの大事な時間を小悪魔と過ごすことに決めていた。なんでってそりゃおまえ、なんででもだよ。そういうもんだよ。
 この三週間。できる限りのことはやってきた。だがそれで魔理沙に勝てるかというと……自信など、あろうはずもない。勝ちや負けを意識してここまでやってきたわけではない。だが、どこにモチベーションを置くべきか。
 試合を明日に控えたパチュリーがそう考えてナーバスになってしまうのも、致し方のないことだった。
 ベッドの中で、小悪魔と抱き合いながら、パチュリーはその胸の内をぶちまけた。
「きっと。私は、勝てないわ」
「パチュリーさま……」
 しかし。しかしだ。
 パチュリーはもはや、自分自身から逃げ続けていた彼女ではない。
 魔理沙には勝てないだろう。だが、いまひとり。勝てる相手がいるはずだ。
「だけど――もし。15ラウンド、戦い抜くことができたなら。
 私はきっと、今までとは違う人生を歩めると思うの」
 身を起し、ドアを開ける。小悪魔を残して、パチュリーは試合会場へ向かった。最終チェックをしていたプロモータの河城にとりがその姿を見つけ、はやく寝ろ、明日があるぞと言った。


 試合は魔理沙優勢から始まった。
 軽快なフットワークを活かしてパチュリーを翻弄する魔理沙。エンタテイナーの素養を発揮し、挑発を交えてパチュリーのパンチを引き出そうとする。その余裕が、隙を生んだ。
「フッ!」
 鋭い呼気と共に繰り出されたパチュリーの左ブローが、吸い込まれるように――魔理沙の脇腹に、命中した。
 軽く足が浮き上がるほどの衝撃。腹筋のガードがあってなお、五体に走る電流。
 チャンピオンが、膝をついた。
 慣習が静まり返り、一拍置いて大喝采が巻き起こった。
 セコンドに立った美鈴が叫ぶ。
「打て! 打ち続けろ!」
 チャンピオンが立ち上がった。その表情からは、もはや余裕が消え失せていた……笑顔も。そして、油断も。
「ッシャァオラ!」
 雨あられと降り注ぐジャブに、パチュリーの口が切れる。血で顔面が染まり、徐々に意識も朦朧とするが、それは魔理沙にしても同じことだ。一瞬でも足を止めれば、またあの戦艦の主砲がごとき右ストレートがボディに打ち込まれないとは限らない。
 そして、幾度か放たれたストレートは、確実に魔理沙の筋肉を傷め、体力を削り取っていた。
「フゥオオアッ!」
 第7ラウンド。開始と同時に、一足でパチュリーが踏み込んだ!
「ッダコラ!」
 膝を出し気勢を削ごうとする魔理沙。だが無駄だ、身体ごとロープまで弾かれ、一瞬、身体がその反動に制御を失う……パチュリーの、猛攻が始まった。
「ッラァ! ラッラッラッラァ!」
 歯を食いしばる魔理沙。どうにか頭をガードするが、予想をはるかに超えてパチュリーの一撃が重たい。
「!!」
 ついに、左腕が一瞬力を失くし、ガードが緩む。咄嗟に頭を引くが遅かった。
 ぱん、と会場全体にまで響きそうな快音があり、魔理沙の顎が天井を向いた――ぐるりと、視界が入れ替わる。
 前後不覚の中、魔理沙はカウントを聞いていた。今いくつなのか、知る由もなかったが――ああ。
 根性だ。ど根性ではだれにも負けない霧雨魔理沙が、いま8カウント目にして立ち上がった。
「どうしたの、チャンピオン。私をボコボコにするんじゃなかったの!」
「うるせえや。これから、嫌ってほどチャンピオンのコブシを味わわせてやる」
 ゴングが鳴り、コーナーに下がる。魔理沙もまた、血だらけだった。口をゆすぎ、マウスピースをはめ直す。となりで白蓮おばあちゃんがフットワークを生かせ、と怒鳴っていたが、魔理沙は解っているのかいないのか、頷いて第8ラウンドに挑んだ。
 そして、宣言通り。
 魔理沙は、パチュリーを滅多打ちにした。
 元より技術に雲泥の差がある両者である。パチュリーのシャープなストレートは、魔理沙の頭から一切合財余計なものを弾き飛ばし、闘争に必要なものだけを残していた……経験と、生来から備わるケンカ感覚。それが魔理沙の武器だ。パチュリーは打たれるがままとなった。
 しかし、パチュリーもまた倒れない。
 これには、誰もが驚いた。
 確かに、パチュリーは重量もそれほどではない、決して打たれ強く見えるタイプのボクサーではない。むしろ巧みな位置取りで試合を局面で制する頭脳派だ。距離を取りたがる傾向は、かつてから指摘されていた……それが、いまは、どういうことだろう。
 並のボクサーならば等に精根尽き果てるほどの打撃を受け、もう汗と血で濡れていない場所などないまでにパンツとシャツをぐしょぐしょにしながら、それでもパチュリーは向かっていった――最終、15ラウンドを迎える。
 両者の顔面。
 その有様は筆舌に尽くし難い。
 だがその瞳には、未だ変わらぬ闘志と、勝利への執念が光っていた。
 最終ラウンドが始まる。
 ふたりはグローブを突き合わせた。まるで友達のように
「よくやった、パチュリー。認めてやるぜ」
「そいつぁ、どうも」
「だから、もう。ここらで、おネンネしとくのがおまえのためだぜ!」
 魔理沙、すり足で距離を詰める。パチュリー、逃れずこれを迎え撃つ。インファイトの体勢の中、ついに最後の打ち合い、その火ぶたが切って落とされた――魔理沙の方が早い。
 めきり、と筋肉のへこむ音。無数の打撃音。パチュリーの拳が空を切る風圧。最前列で観戦していた少女たちは、みな一様に
魔理沙とパチュリーの汗を浴びていた。凄まじい戦いだった。
 魔理沙が懐に潜り込む。パチュリーがハングしようとするが、これを抜け、ボディに一撃を見舞う。
 よろめくパチュリー。止めを刺しに、踵を翻す魔理沙。
 そこで、魔理沙は信じられないものを見た。
 大歓声の、パチュリーコール。
「ばけものか、こいつ」
 パチュリーは……ガードを捨てていた。止めを刺しに来る魔理沙の動きを察知して、自らの攻撃圏内に魔理沙を迎え入れるために、あえて腕を開き、チンを晒していた。
 速度が乗っている。
 もはや魔理沙も止まれない。
 そして両者の拳が交錯し、ほとんど同時に、互いのチンを捉えた。
 クロスカウンター。
 両者ともにダウン。
 カウントが始まる。
 パチュリーは、自分の足が、腕が、なにを掴み、なにを押しているのか、まるで解らなかった。耳も聞こえない。腫れあがり、目も見えない。ただ、声だけが聞こえた。パチュリー、と叫ぶ、小悪魔の声だった。
 気が付けば、審判に向け、拳を突き合わせていた。
 立っていた。そして、それは魔理沙も同じだ。
 試合終了のゴングが鳴る。勝敗は、判定にもつれ込んだ。
 マスコミが押し寄せて、思わぬ大健闘を果たしたパチュリーを取り囲む。 
 しかし……パチュリーには、もはやそれは、関心の外のことだった。
 彼女が探しているのは、彼女が求めているのは、左様、もはや一人しかいない。
「エイドリアン!」
 名を呼んだ。
「エェェエェイドリアァアァァァァァン!」
「パチュリー!」
 応えたのは、そう。小悪魔である。リングに上がった小悪魔――本名をエイドリアンという――は、パチュリーと抱き合った。
 試合結果が読み上げられる。際どい判定の末、軍配はチャンピオンに上がった。
 血を吐き、おばあちゃんに介抱されながら、魔理沙が忌々しげに、そして楽しげに、なによりも、清々しく言い放つ。
「おまえとは、二度とやらねえ」
 大声援のなか。負けない声で、パチュリーが叫んだ。
「愛してる、エイドリアン」

 こうして一人の少女は、新たな道を歩み始めたのだった。






続編制作決定。
保冷材
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コメント



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1.14青段削除
正直滅茶苦茶熱かったけど!エイドリアンかよ!わけわからん!けど面白い!
2.14鈴木々々削除
筋肉で5階級(8キロ)ふやそうとしたら大変な気もするけど、元々減量しなければそれくらいの体格だったとすれば分かりやすい
3.14無名のプレイヤー削除
生卵でも飲んでろ!
4.33削除
たたけ たたけ たたけー
5.14無名のプレイヤー削除
聖へのおばあちゃん呼ばわりが地味にジャブのように効いてきて、最後のエイドリアンで吹いてしまった……