『ゆかれい夢十夜 第一夜』
スキマ越しに顔を会わせる度に、紅白の巫女が冷たい声で『胡散臭い、信用ならない』と云う。
明確な拒絶の意思表示、到底デレそうには見えない。
その日も巫女は冷たい声で『早く消えてよ』とはっきり云った。
やはりデレは期待できないのかと思った。そこで、なら帰るけど、本当は寂しいんじゃないの、と上から覗き込むようにして聞いてみた。
巫女の真っ赤な唇が、美しい微笑みを見せた。『いいから消えろ』と云いながら、巫女はぱっちりと眼を開けた。
真っ黒な瞳に、私の姿は映っていない。
巫女の黒眼の色沢を眺めながら、もういっそ死んでやろうかと思った。
それでも諦め切れず後ろから抱きしめる様にして、そんな事言って、ほんとは寂しい癖に、とまた聞いてみた。
すると巫女はいかにも面倒臭そうに、やっぱり冷たい声で、『百年あんたの姿を見なかったら、少しは寂しく思うかもね。そんな事より、さっさと消えろ』と云った。
心ばかりの抵抗の証として、スキマを使わず、何度か振り返りながらゆっくりと歩いて神社を後にした。
やはり巫女とは一度も目が合う事はなかった。
引き籠ってやる。もうデレるまで逢ってやらないんだから。
私はお日様の匂いのする布団に潜り込んだ。
スキマ越しに巫女の様子を眺めながら、ひたすら『私、貴女がいないと寂しくて死んじゃう。逢いたいよぅ』と云うのを待った。
春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎた。それでも、巫女が寂しがっている様子はない。
巫女が友人と笑い合う姿を眺めながら、もう自分に対するデレは望めないのかと思い始めた。
今年の冬は本気で冬眠しようと心に決めた。
眠りに入って暫く経った日、博麗大結界の綻びを感じた。
それは段々と大きくなり、終に結界に穴を空けた様だった。
大切な結界に何て事を、心地良い眠りを妨げるのは誰だ、と怒りのままに私は穴の元へ向かった。
スキマを抉じ開け身を乗り出すと、待ち構えていたかの様に鴉羽色の髪が私の胸のあたりまで来て留まった。
そのまま巫女は力なく私にもたれ掛り、しかしどうしても離れようとはしなかった。
柔らかな髪が頬を撫でる。どこか懐かしい、幼子の様な甘い匂いがした。
色鮮やかな紅のリボンが、私の鼻先で小さく震えていた。
髪を梳いてやる度に、ぽたりと露が落ち、地面を濡らした。
そっと顔を上げさせると、黒眼の色沢に私の姿が揺らいで見えた。
瞼が下りてなお、その瞳は私を映したままだった。
不意に訪れた衝動の後、私はより強く巫女の鼓動を感じる事ができた。
私が顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。
「百年は……デレはもう来ていたのね」と、この時始めて気がついた。
式の声が遠くに聞こえた。『もう春になりましたよ』と、そう言っていた。
夢だった。
スキマ越しに顔を会わせる度に、紅白の巫女が冷たい声で『胡散臭い、信用ならない』と云う。
明確な拒絶の意思表示、到底デレそうには見えない。
その日も巫女は冷たい声で『早く消えてよ』とはっきり云った。
やはりデレは期待できないのかと思った。そこで、なら帰るけど、本当は寂しいんじゃないの、と上から覗き込むようにして聞いてみた。
巫女の真っ赤な唇が、美しい微笑みを見せた。『いいから消えろ』と云いながら、巫女はぱっちりと眼を開けた。
真っ黒な瞳に、私の姿は映っていない。
巫女の黒眼の色沢を眺めながら、もういっそ死んでやろうかと思った。
それでも諦め切れず後ろから抱きしめる様にして、そんな事言って、ほんとは寂しい癖に、とまた聞いてみた。
すると巫女はいかにも面倒臭そうに、やっぱり冷たい声で、『百年あんたの姿を見なかったら、少しは寂しく思うかもね。そんな事より、さっさと消えろ』と云った。
心ばかりの抵抗の証として、スキマを使わず、何度か振り返りながらゆっくりと歩いて神社を後にした。
やはり巫女とは一度も目が合う事はなかった。
引き籠ってやる。もうデレるまで逢ってやらないんだから。
私はお日様の匂いのする布団に潜り込んだ。
スキマ越しに巫女の様子を眺めながら、ひたすら『私、貴女がいないと寂しくて死んじゃう。逢いたいよぅ』と云うのを待った。
春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎた。それでも、巫女が寂しがっている様子はない。
巫女が友人と笑い合う姿を眺めながら、もう自分に対するデレは望めないのかと思い始めた。
今年の冬は本気で冬眠しようと心に決めた。
眠りに入って暫く経った日、博麗大結界の綻びを感じた。
それは段々と大きくなり、終に結界に穴を空けた様だった。
大切な結界に何て事を、心地良い眠りを妨げるのは誰だ、と怒りのままに私は穴の元へ向かった。
スキマを抉じ開け身を乗り出すと、待ち構えていたかの様に鴉羽色の髪が私の胸のあたりまで来て留まった。
そのまま巫女は力なく私にもたれ掛り、しかしどうしても離れようとはしなかった。
柔らかな髪が頬を撫でる。どこか懐かしい、幼子の様な甘い匂いがした。
色鮮やかな紅のリボンが、私の鼻先で小さく震えていた。
髪を梳いてやる度に、ぽたりと露が落ち、地面を濡らした。
そっと顔を上げさせると、黒眼の色沢に私の姿が揺らいで見えた。
瞼が下りてなお、その瞳は私を映したままだった。
不意に訪れた衝動の後、私はより強く巫女の鼓動を感じる事ができた。
私が顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。
「百年は……デレはもう来ていたのね」と、この時始めて気がついた。
式の声が遠くに聞こえた。『もう春になりましたよ』と、そう言っていた。
夢だった。