くーりえの掲示板

天狗の落とし文 第六十七回

2014/04/01 23:39:33
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間の悪いことに大雨が降って、山の桜は大概散ってしまった。
騒ぐあてを失ってしまった天狗たちは揃って欲求不満で、隙あらば他人に当たり散らしてやろうと手ぐすねを引いているので、私はつまらないいざこざに巻き込まれるのはごめんだと思って早々に自室を引き払い、少し離れた山の神社でこれを書いている。
ここのことを新聞に書いても良いですかと八坂の神に尋ねると、彼女は意味ありげににっこりと笑って私に顔を近づけ、私の右手を両手で捻り潰さんばかりに握って「もちろん、何でも好きに書いていいよ」と低い声で言った。
そういうことなので、読者の皆様におかれては、是非とも目一杯行間を読んでいただきたい。

巫女が部屋に案内をしてくれて、私が畳の青い匂いを嗅いでいる間に縁側へと続く障子を開けた。
雨のあとの醒めた陽射しが畳を照らして、外には枯れ木のような山桜とししおどしが見えた。
「全部散っちゃいましたね」と言って彼女は笑った。
「ええ」と私も笑った。
こういう、同じ些細な災難に見舞われた者同士の慰め合いは、退屈ながらも悪くないと思う。

今晩来るはずだった信者たちが、何とか雨に耐えた平地の桜で花見をすると連絡を寄越してきて、大きな宴会の準備をしなくて良くなったらしく、彼女は割烹着を放り出してお茶を淹れて部屋に遊びに来た。
私はそれまで新聞の校正をしていたが、まあこんな時期に新聞を撒いたところで花見の敷物にされて働きアリの運動場にでもなるのがオチなので、彼女に付き合うことにした。

彼女くらいの年頃の人間ならば、自分の話がしたくてしょうがないのだろうと勝手に想像していたのだけれど、しかし彼女は私のことを訊いてくる。
共通の知人の話をしてお茶を濁そうとするのだけれど、これがなかなか引き下がらない。
私がかわそうとしているのを見て取ると、頬を膨らませて不機嫌そうな顔をする。
「文さんはたくさん喋るのに自分のことは何も教えてくれないんですね」と言う。

しかし記者というのは、例えるなら灯台や山車というよりは隧道や消化器官の類であって、そのものが何かを表現したりするものではないと思うのだ。
私の饒舌さは他人や現象を語るときにのみ機能するのであって、自分自身のことを喋ろうとすると、深い枯れ井戸に小石を投げ込んだときのように、音はなりを潜めてしまう。
それは別に相手を軽んじているとか自分を隠そうとしているとかそういうことではないのだ。
だけどその時にはそういうまとまった釈明の言葉は出てこなくて、ただその場で彼女を満足させるためだけに途切れ途切れに自分のことを喋ろうとした。
恥ずかしいので内容まで思い出したくはないが、彼女をずいぶん退屈させたのではないかと思う。

そうこうしているうちに日が暮れ始め、二柱がどやどやと私のあてがわれた部屋にやってきて、結局はその部屋で夕餉を取ることになった。
二柱はものの一時間ですっかり出来上がってしまい、しきりに私に飲ませようとする。
二対一だと分が悪いので私は巫女の方にくっついていたのだが、ふと彼女の方を見ると目の周りが隈取のようになって、瞳が据わっていた。
これはまずいと思って恐る恐る声をかけると、彼女は私を睨み付けて「文さん!」と突然叫んだ。
あとは本人も覚えていないだろうし、彼女の名誉のためにも秘すけれども、色々なことを言っていた。
あれで人間というのもなかなか大変なものかもしれない。

うわばみの相手と、下戸の相手と、どちらがよりしんどいかというのは人によって意見の分かれるところかもしれないけれど、まあ同時に両方を経験した身としてはどちらも当分ご容赦願いたい。
酒もしばらく結構だ。
桜はちょっとだけ見てみたいかもしれない。

(射命丸文)
同盟バナーとかブログバトンとか、なんだか鳩尾の辺りに鈍く重く響く言葉ですね。
長久手
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コメント



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7.12345678キリ番ゲット!(核笑)削除
早苗さんかわゆい