世界は、いつも最もわかりにくい方法で世界を守ろうと画策する。
――D・A・ルグウェール
――頭痛がした。
青年は自分の頭に手を当てる。
記憶が混乱していて、自分がほんの一瞬前まで何をしていたのかが分からない。
少しでも情報が欲しかった。頭の痛みに耐えながら、青年はその閉じた目を開く。
見える風景はまだどこかぼやけているが、一つだけ分かったのは今が昼間である、ということだった。
「……まぶしい」
そう思うと、ふと、太陽光を遮るように影が差した。
それは、紅白の巫女服を着た、見覚えのある影――。
「…………小夜――?」
「違うわ。私は霊夢――博麗霊夢。この神社の巫女よ」
その少女は霊夢と名乗る。それを聞いたことで、ぼやけていた視界の焦点が徐々に定まってきた。確かによく見ると、その少女の着ている巫女服は特徴的なデザインをしていた。
記憶の中にあるそれとは明らかに異なっている。
「あんたは?」
少女は訊ねる。
「俺か? ……俺の名前は――」
一瞬考えてしまったのは記憶の混乱のせいだろう。いくら周囲にバカと言われる彼であっても、さすがに自分の名前を忘れたりはしない。青年は痒くもない頭を掻きむしってから言う。
「俺の名前は、玖珂光太郎。――悪をぶっ飛ばす青年探偵だ」
光太郎は霊夢に言われるがままに、神社の建物の中へと案内された。
大き目のちゃぶ台の前に座布団を敷き、そこに座るように霊夢は言ったのでそれに従った。
見慣れない場所、見知らぬ人間となればもう少し警戒してしかるべきかも知れないが、光太郎にはどうにも霊夢が悪い人間であるようには思えなかった。そして何よりも、今は少しでも情報が欲しいのだ。それにどうやら霊夢は光太郎の置かれている状況に関して、いくらかの心当たりがあるらしい。その話を聞かないという選択肢は、少なくとも今の光太郎にはなかった。
しばらく待つと、霊夢はお茶の準備を終えて光太郎の対面に腰を下ろした。
「それで光太郎。あんたはどうしてあんなところで寝ていたの?」
霊夢の言うあんなところというのは、博麗神社の境内のことだった。
「どうしてって……正直言って何も覚えていないんだ」
「何も覚えていない……ひょっとして《神隠し》にでもあったのかしら」
だとすれば、関わってくるのはおそらく妖怪の八雲紫だろう。そして、もしそうであるのなら厄介だと霊夢は思った。紫が何を考えているのかなんて、それこそ誰にも分からないのだから。
しかし、そんな霊夢の予想はどうやら外れているらしい。
「神隠し……というのは無いんじゃないかな」
「……? それはどうして?」
「いや、一応俺って神様も兼業しているっていうか……まあそんな感じなんだ」
――こいつは頭がおかしいに違いない。
霊夢はそう思った。頭がおかしくないにしても、少なくともバカなのだろう。
何も知らない相手にいきなりそんな話をして、一体どんな意味があるというのだろうか。
少なくとも霊夢はそんな妄言を真に受けるような人間ではなかった。
「……それで、どうしてあんたはあんなところで寝ていたのかしら?」
「あれ、俺の発言が無かったことになってないか?」
「そうね。私の親切心よ、感謝しなさい」
「ああ、ありがとう?」
――やっぱりバカだった。
霊夢がそう思った、その時だった。
「霊夢ー、遊びに来たぜー」
魔理沙の声が聞こえた。その言葉の通り、本当にただ遊びに来たらしい。
「また面倒なタイミングで……」
霊夢は頭を抱えるようにして嘆くように言った。
「おお? 見慣れない顔だな」
「そうね。私も今日初めて見た顔よ」
「誰だお前?」
「俺は玖珂光太郎――」
「――悪をぶっ飛ばす青年探偵で、神様らしいわよ」
光太郎の自己紹介に霊夢は割り込むようにして言った。その響きには若干の呆れが含まれている。
「へぇ……私は霧雨魔理沙っていうんだ、よろしくな!」
「ああ、よろしく」
「…………やっぱりツッコミは無いわけ、ね」
霊夢はそう言って嘆息する。
決して確信があるわけではなかった。
それでもなんだか面倒なことになりそうだと、そう霊夢の勘は告げていた。
こういう勘なら外れてくれても一向に構わないけれど、残念ながらこういった勘だけは経験的に外れないものだと、霊夢は知っていた。
「――つまり俺は、幻想郷っていう場所に迷い込んだってことか?」
「その説明だけで、私は三回したんだけど……」
「……私も二回したぜ?」
計五回の説明を経て、光太郎はようやく自分の置かれている状況を理解した。
「それで霊夢さん――」
「霊夢でいいわ、何?」
「なら霊夢――俺は、どうやったら元の世界に帰れるんだ?」
――元の世界。
それは、幻想郷の外の世界のことではない。
話を聞く限り、どうやら光太郎はどこか別の世界から迷い込んだ――正真正銘のストレンジャーらしいのだ。
幻想郷の外に帰るだけならば、外の世界の常識を持つ者に限ってはこの博麗神社から帰ることが出来る。
しかし、完全な異世界ともなれば話は違ってくる。
少なくとも霊夢の手におえる話ではなくなってしまうのであった。
「そんなこと私が知るわけがないでしょ。大体神様ならあんたが自分でどうにか出来るんじゃないの?」
「それが神様っていうのは何が出来るのか、それが俺にもよく分からないんだよ」
周囲から神を倒したことで神になったと言われる光太郎ではあるが、実感を伴った何らかの《力》を得たわけではなかった。しかし一つだけ実感があるとすれば、それは《魔を引き寄せる》ということだった。
光太郎の世界では、その世界の終わりが予言されている。そして世界が始まる事も。
その新たに始まる世界を導く神こそが玖珂光太郎だといわれていた。
誰も彼もが新たな世界に影響を与えようと思っている。世界の始まりには、魔が引き寄せられる。そして魔を引き寄せるから、世界は始まる。
全ては物の見方次第――魔術と魔術ではないは、同じコインの表と裏である。それは万能執事ミュンヒハウゼンの言葉だった。
つまりは魔を引き寄せる人物を作ることが出来れば、それは世界を始めることと同じなのだ。
「だから俺が神になったのは、それを望む人間がそう仕立て上げただけのことなんだ」
そしてそれを望む人間というのは、恐らく祖父の玖珂英太郎である。問題はその目的であるのだが、少なくとも光太郎はその目的を知らないでいた。
「ふーん……よく分からないけど、あんた自身の力じゃ帰れないということは分かったわ。……魔理沙はどう?」
「ん? いや、よく聞いてなかった」
「……まあいいわ。それで、あんたはこれからどうするの?」
「どうするって言われても……あ、そういえば小夜タン!」
突然何かを思い出したように、大きな声を上げた光太郎に霊夢は少し驚くと同時に、その聞き慣れない単語に首をかしげる。
「小夜タン?」
「ああ……黒い髪に赤い髪飾りをしていて、紅白の巫女服を着ている女の子なんだけど」
「なんだか霊夢みたいだな」
「いや、小夜タンはこんなに露出過多じゃなかった」
魔理沙は笑いながら口を挟んで、それに光太郎は正直に答えた。
「魔理沙は黙ってて……それで、その子がどうかしたの?」
霊夢は少し苛立ったようにして、光太郎を睨むように見た。
「今の小夜タンは俺の式神なんだよ。だから定時的に魔力を補給しないと……大変なことになる」
大変なこと――それはあまり考えたくない事柄のように霊夢たちは思った。
「だから早く元の世界に帰らないと!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよこの単純バカ!」
慌ててどこかへと飛び出そうとする光太郎を霊夢は制止する。
「あ、あぁ、……すまん」
「その小夜タンっていうのが式神だっていうなら、つまり幻想郷に来る直前も近くにいたってことよね?」
「そ、そうだけど」
「――だったら、その小夜タンっていうのもこっちに来ているんじゃないのか? ってことだよな?」
魔理沙が霊夢に確認するようにそう言った。
「……そうよ。さすがに式神の居場所くらいは分かるでしょ?」
「ああ、やってみるよ」
そういって光太郎は意識を集中させる。
元々の光太郎は霊感が無く、陰陽道の才能はゼロだった。しかしいくつかの事件を通じて、今ではそれなりに力を扱えるようになっている。
「――いた、あっちだ!」
光太郎は声を上げて方角を指し示す。その方向を確認して、霊夢と魔理沙は息を呑む。
「あっちって確か――」
「そうだな、ちょっと面倒かも知れないぜ?」
二人の言葉の意味が分からない光太郎は思わず訊ねる。
「なんだよ、あっちに一体何があるっていうんだ?」
時を同じくして、一人の少女が目を覚ました。
「ここは、どこ……?」
紅白の巫女服を着た黒髪の少女――結城小夜は周囲を見回すが、しかしそれだけでは満足な答えは得られなかった。唯一得られた情報は、どうやらここは洋館の一室らしい、ということだった。
光の差し込まないその部屋には自分一人しかいないようで、そのことが小夜の不安を誘った。
「光太郎さん……」
無意識のうちに主の名前を呼んだことに気付いて、小夜は一人で恥ずかしがった。
今の小夜は光太郎がいなければ生きていけない体であることは事実である。
だからそれ自体は仕方がない。
それでも、光太郎がいなければ生きていけない心であることは――
「――知っていたけれど、それでも……」
これほどまでに自分の心が光太郎に依存してしまっていることは、今こうして光太郎と離れて――一人になって、初めて知ったのだ。
小夜は、自分が光太郎に好意を持っていることを自覚している。ずっと一緒にいたいとも思っていた。
そして今は光太郎の式神になったことで、結果として一緒にいられるようになった。
しかしそれは、必ずしも小夜の望みが叶ったということではない。
光太郎の式神になったということ――
――それはつまり、光太郎の妻になる資格を失ったということである。
(光太郎さんが私と一緒にいてくれるのは、そうでないと私が生きられないから)
一度は死んだ小夜を、光太郎は自身の式神と融合させることで救った。
それは好意からの行動ではない、と、そう小夜は思っている。それはきっと、光太郎の優しさからの行動に違いない。なぜなら彼の正義には、その愛には限りなんてないのだから。
そんなことを考えたせいだろうか、小夜の心に巣食う不安は大きくなるばかりだった。
――光太郎に、会わなくては。
「……探さないと」
部屋にある唯一の扉に向かう。幸いにもその扉には鍵がかかっていなかった。仮に鍵がかかっていたとしても、光太郎曰く「事務所の鍵を壊しまくるピッキング犯」である彼女にとっては関係のないことではあるのだが。
監禁されていたわけではない――その事実が少しだけ小夜を安心させた。
霊夢に空は飛べるのか、と訊ねられた光太郎は、「飛ぶ必要があるなら飛べるだろう」と答えた。
実際に問題はなく、空を飛ぶ霊夢と魔理沙に置いていかれることもなかった。むしろ光太郎の飛ぶスピードは速すぎるくらいで、先導するつもりだった霊夢と魔理沙を完全に置いてけぼりにした。
「……あれが紅魔館か」
光太郎は眼下にそびえ立つ立派な洋館を見た。
「そうよ。……でもいくら式神の場所が分かるからって一人で突っ走らないで欲しいわね」
「ああ、悪い。急いでいたんだよ」
「そんなの知ってるわよ。ただあんた一人で行っても門番に止められて余計に時間を使うだけなのよ」
「別にそんなのいつものことだぜ?」
霊夢の言葉を聞いて魔理沙はそう言った。
ことあるごとに紅魔館を訪れては興味深い魔道書などを無断で拝借していく魔理沙は、紅魔館の門番に目をつけられているのである。
「あんたはいいのよ、どうでも」
霊夢は魔理沙を軽くあしらった。
「ああ! ちょっと待ちなさい!」
そういって慌てる様に少女が声をかけてきた。その少女は緑を基調とした中国風の衣服を身にまとい、頭にかぶった緑の帽子についた星の飾りには「龍」と一文字だけが刻まれていた。
「噂をすれば……」
「おお? 今日は起きてたのかよ、感心感心」
「人を居眠り常習犯みたいに言うなよ~、ってそうじゃなくて! 揃いも揃って何しに来たのよ?」
雰囲気から察するに、どうやらこの少女が門番らしいと光太郎は判断した。
事情を説明するなら適任なのは霊夢だろう、そう思った光太郎が霊夢を見た。
魔理沙も同じ考えなのか霊夢の方を見ていた――いや、魔理沙は単に面倒なだけかもしれない。
仕方ないわね、と大きくため息をついてから霊夢は口を開いた。
「ちょっと迷子探しに来たのよ。紅魔館の中にいるみたいだから少しお邪魔するわね」
「そういうことならどうぞ~……ってなるか!」
「どうして?」
「胸に手を当てて考えてみたら分かるはずよ」
「……やっぱり大きいわね」
「私のじゃない!」
門番の少女が声を大にして抗議する。
目の前で繰り広げられるコントに、光太郎は笑えるような状況でもなかった。
「……それで結局俺たちは、ここを通ってもいいのか?」
「えっと、私は門番だし、それは困るかな~、というか、あんたは誰?」
「俺? 俺は玖珂光太郎、悪をぶっ飛ばす青年探偵だ。だからもしあんたがここを通してくれないというのなら――」
「――いうのなら?」
「拉致監禁の容疑で逮捕だ、このやろー!」
「ひっ」
突然大声を出した光太郎に門番は驚いたような声を出す。
「ねえ、相手は妖怪なんだけど」
「俺は差別しない主義だ」
霊夢の呆れた声を気にも留めず光太郎はそう言ってのけた。
「……分かったわよ~、通っていいけど中で悪さとかしないでよ?」
「ああ、俺は正義の味方だから悪事には手を染めないさ」
「私も大丈夫よ……多分」
「私だって大丈夫だぜ? 面白そうなものがあればちょっと借りるかも知れないけどな」
「やっぱりあんたは駄目!」
「うわ、なんでだよ」
門番の少女は魔理沙の通過を許可しなかった。
余計なことを言うからだ、と、霊夢たちは呆れた。
「……魔理沙、先行ってるわね」
霊夢はそれだけ言い残すと、魔理沙を置いて光太郎と共に紅魔館へと向かった。
どれほど歩いただろうか。この洋館は小夜の想像以上に広いようだった。正直な話、小夜には元の部屋へと戻る道さえすでに分からなくなっていた。
そして何より、ここまで誰とも出会わないということが不気味だった。
そうして迷うようにして歩き続けると、やがて小夜は大きく開けた部屋にたどり着いた。
「ここは……?」
「なんかお呼びかしら?」
突然声をかけられて小夜は少し驚き、声の主を確認してさらに驚いた。
その声の主は十歳にも満たないような幼児の姿で――
――しかし何より特徴的なのは、その背中に持つ七色の翼だった。
それを理解するのに、魔道兵器として育てられたことで磨かれた勘すら必要なかった。
ただ見れば、それだけで分かる。
――その少女は人間ではないのだ、と。
「あなたは?」
「いつも言ってるけど、人に名前を聞くときは……」
――そうだった。どうにも常識に疎くていけない、と小夜は一人で反省した。
兵器として生まれたが、人として死ぬことを決めたときから人の常識も勉強し始めた小夜。しかし、幼少からその身に刻まれた非常識はいまだに抜けきってはいなかった。
「そうでした。私は結城小夜と申します。よろしくお願いします」
「これはご丁寧にどうも……フランドールよ。フランって呼んでね、小夜さん」
「わかりました、フランさん。……それで訊きたいことがあるのですが」
「うん、何?」
「ここはどこなのでしょうか?」
小夜のそれは、端的な質問だった。しかし端的すぎて、これでは実際に何が訊きたいのかが分からない。小夜がどういった状況に置かれているのかを、フランは知らないのだから。しかしそれも、小夜からしたら仕方のないことだった――
「……? それはこの紅魔館のこと? ……それとも、この幻想郷のこと?」
「幻想郷?」
――何故なら、小夜には分からないことがあまりにも多すぎるのだから。
「……お姉様には会ってないの?」
「お姉様? いえ、見知らぬ部屋で目を覚ましてから私が出会ったのはフランさんが最初です」
「そう、会ってないならそれでいいわ。……そうね、私と遊んでくれたら教えてあげてもいいよ」
「遊ぶのですか? 別に構いませんが、では何をして遊びましょう?」
フランの答えは最初から決まっていたのだろう、悩むそぶりも見せずに即決した。
「弾幕ごっこ」
「咲夜が居ないときに限って……何の用よ、霊夢」
十歳にも満たないような外見の少女は面倒くさそうにそう言った。
その背中に生えた蝙蝠のような翼を見るに、その少女が人間ではない存在であることは光太郎にも伝わった。
名前はレミリアというらしい。
「言われてみれば今日はお客を案内するのが取り得のメイドに会わなかったわね」
「そうでしょうね、私の言いつけで今はちょっと出かけているから」
「出かけるって、何の用事で?」
「ただの買い出しよ? ちょっとブ○ボンの○マンドが食べたくなったから」
「吸血鬼がルマ○ドって……」
「別にいいじゃない。そういうわけで今の私はル○ンド不足で元気が出ないから、用件なら手短に頼むわ」
「そう。それなら訊くけど、ここに黒い髪に赤い髪飾りをしていて、紅白の巫女服を着た少女が迷い込んできてないかしら?」
「来たけど、霊夢が」
「私みたいに露出過多じゃなくて、普通の巫女服よ」
「それを自分で言っちゃうのね……残念だけど私は見てないわ。……あれ、そういえば咲夜が何か言っていた気もするけど」
「なんて言っていたの?」
「さあ……ルマン○で頭一杯だったからよく覚えてはいないわね」
「……使えない吸血鬼ね」
「いきなり押しかけてきて失礼な巫女ね、知っていたけど……」
「人のことを失礼な巫女とは失礼な吸血鬼ね、言うまでもないけど……」
話がそれたことと微妙に険悪な雰囲気になったことを感じて、光太郎は口を挟んだ。
「取り込み中のところ悪いけど、小夜タンの話は結局それだけなのか?」
「小夜タン?」
聞き慣れない単語に首をかしげるレミリア。
「さっき言った迷子の巫女よ」
「ああ……そうね、私は本当に何も知らないわ」
「……らしいわ。信じるかどうかは光太郎に任せるけど」
「いや、知らないなら別にそれでいいんだよ。小夜タンの居場所なら一応分かるから」
「そう……それなら悪いけど、ここから先は一人で行ってくれる?」
「いいけど……どうしてだ?」
「ちょっとこの失礼な吸血鬼に教育を、ね」
「残念ながら、教育係なら間に合っているのだけど」
「あの本ばかり読んでいるだけの知識人は役に立たないわ。私の教育はもっと実践的なのよ」
そう言った霊夢はすでに光太郎のことは眼中にないようだった。
霊夢も意外と短気なんだな、とか、明らかに逆ギレだよな、などと光太郎は思いながらも、小夜のことが気になって仕方がないので霊夢たちのことはこれ以上考えないことにした。
――それでも一度だけ振り返った。
そして眼前で繰り広げられる壮絶な弾幕ごっこを目撃して、やっぱり振り返るんじゃなかったと、光太郎は少しだけ後悔した。
「あはは! こんなに楽しい弾幕ごっこは久しぶりだよ!」
「くっ……」
心底楽しそうなフランとは対照的に、小夜は苦しそうな表情を浮かべていた。
それもそのはず、今の小夜は本調子とは程遠いのだ。その上「光鴉ヤタ」も所持していない。少なくとも一人で満足に戦える状態では、すでに無かった。
ただひたすらに弾幕を避けて、じっと耐えている状態。言ってしまえばそれはジリ貧である。遠からず被弾することは免れないだろうと、それは小夜自身が一番理解していた。
「……はぁ、……この遊びは、いつになったら終わるのですか……?」
「終わりになったら終わるよ!」
――駄目だ、話にならない。
フランの言う弾幕ごっこというのが始まってからというもの、彼女は人が変わってしまったかのように猟奇的な雰囲気を醸し出していた。
言葉を投げかけても返ってくるのは意味の通じない、ただ音としてのそれだった。言葉の形を成していても、会話は成立しなかった。
弾幕ごっこが始まる前のフランからは考えられないような――
――それはまるで、《狂って》いるかのようだった。
そうだ。この少女から発せられるは、狂気。そして、狂気が生むは――破滅。
「――あっ」
そこで小夜の限界が来た。光太郎は魔力というが、小夜は霊力といっているそれが、尽きようとしていた。
つまり小夜には、その眼前に迫る光弾を避ける術などすでになく――
――だからこそ、それを避けたのは小夜の力によってではなかった。
「無事だったか、小夜」
「光太郎……さん……?」
被弾することを覚悟して閉じていた目を開けると、そこには一番会いたかった人物がいた。
――玖珂光太郎。
小夜に与えられた役目を。神を倒し、そして自らが神と替わる前に自決するという役目を奪い――
――その上、小夜の心さえ奪った青年。
光太郎の実の兄である玖珂晋太郎によって殺された小夜を、自らの式神にすることで救った青年。それはおそらく実の兄がやったことに対する罪滅ぼしだと、小夜は思っていた。
そして、それでもいいとさえ思っていた。
しかしこうして光太郎の腕に抱かれて、その体温の暖かさを感じて、そしてそれが嘘だったことに気付いた。
(やっぱり私は、この人のことが――好きなんだ)
そしてこの人にも自分のことを好きになってもらいたい。小夜はそう思わずにはいられなかった。
その気持ちが、どれほどにわがままであるのかは小夜も理解していた。
自分が勝手に好きだからって、自分のことも好きになれというのは脅迫以外の何物でもないだろう。だからその気持ちは、口に出さなかった。
それでももう、その気持ちを抑えることは限界だった。
人類の、もしくは世界の決戦存在――《HERO》と呼ばれる光太郎ではあるが、小夜にとっては小夜だけの《HERO》だった。
光太郎はいつか言っていた。
――正義の味方は、いつも一人だ。
――俺は一人で死ぬつもりだ。
――寂しいとは思わない。
それが光太郎の本心からの言葉かどうかは誰にも、それこそ光太郎にさえ分からないだろう。
それでも小夜には、光太郎が本当は寂しがっているように、苦しんでいるように思えてならなかった。
光太郎の隣を歩きたい――それも式神としてではなく、一人の結城小夜という人間として。
その気持ちを光太郎に伝えるためには、少なくとも小夜は今より少しだけ、自分に素直になる必要があった。
「私の楽しい時間を邪魔したあなたは、誰?」
フランは淡々と光太郎に訊ねた。
「俺は玖珂光太郎、悪をぶっ飛ばす青年探偵だ」
「他人の邪魔をすることが探偵さんの仕事なの?」
「小夜タンを酷い目にあわせた悪党の邪魔をすることなら俺の仕事だ」
光太郎は真っ直ぐにフランを見て言った。
「違う、その子は――」
――悪党ではない。小夜は光太郎に対して、そう伝えようとした。しかしその声を遮ったのは他ならぬフラン自身だった。
「もし私が悪党だったら?」
挑発的にそういったフランの瞳は爛々と不気味に輝いていた。
それはまるで、新しい《遊び道具》でも見つけたかのように――
「――それならお前の選択は二つに一つ。A、ぶっ飛ばされてお縄になるか……B、お縄になってぶっ飛ばされるかだ!」
「つまり――遊んでくれるってことね!」
こうなったフランはもう止まらない。――いや、そもそも小夜はフランを止める手段なんて最初から持ち合わせていなかったのだけれど。
だからもし止めるとしたら、それは光太郎の方だった。
しかし、それさえも小夜には出来なかった。
(怒っている……)
光太郎は単純で頭に血が上りやすい。それが欠点であり、美点にさえなりうるのが玖珂光太郎という人物ではある。今まで遭遇してきた事件においても光太郎は常に怒りをあらわにしてきた。小夜はそれを実際に見てきたから知っている。
――怒っている光太郎だって、止まらない。
光太郎が何に対して怒っているのか小夜には分からなかったが、それだけは確信した。
小夜が安全な位置まで離れるが早いか、対峙したフランと光太郎は瞬時に動き始めた。
フランの放つ光弾は奔流のように襲い掛かり、光太郎はそれら全てをギリギリまで引き付けながら軌道を見切って避ける。
フランの攻撃の激しさは小夜に対してのそれとは比べ物にならないほどの密度を誇っていた。それによってフランが小夜には手加減をして、それこそ文字通り「遊んでいた」ことを小夜は理解した。
「やっぱり悪い子じゃない……」
呟くように小夜は言うが、その声は光太郎まで届かない。
一方で光太郎も、そのフランの弾幕を見て違和感を覚えていた。
それは言語化できるほどにはっきりとしたものではない。
それでも強いて言うなら、「殺意が感じられない」ということになるのだろうか。
一見すれば密度も高く、驚異的な弾幕のように思える。しかし実際には無駄な攻撃も多く、どちらかと言えば見栄えを重視しているかのような、そんな雰囲気があった。
何度か攻撃パターンが変わるものの、その傾向だけは一貫して変わらない。
結局光太郎は疑問をそのまま口に出していた。
「なあお前、どうして本気を出さないんだ?」
「ん? だって私は別にあなたを殺したいわけじゃないの。もしそうなら最初からきゅっとしてドカーンってすればいいし」
きゅっとしてドカーンとは何のことだろうか、それは光太郎には分からない。
「お前の目的は一体何なんだ?」
これまで何度も悪党を問答無用で断罪してきた光太郎も、フランへの違和感から珍しくその理由を訊ねる。
「最初から言っているけど――ただ遊びたいだけよ!」
フランがそう言い、そして――そして誰もいなくなった。
確かに眼前にいたはずのフラン。その姿は闇に掻き消えるようにして見えなくなった。
だからといってフランの攻撃が止んだというわけではなく、むしろ四方八方から激しく弾幕が襲い掛かる。
それを光太郎はただひたすらに避ける。反撃しようにも、そもそも相手がいないのではどうしようもない。だからといってこのままではジリ貧なのも事実で、どうにかして光太郎はフランのこの術を破らなければならなかった。
光太郎自身こういったピンチに陥ることはしばしばあった。そうした場合にあっても、光太郎は様々な幸運によって難を逃れてきた。それは(仲間と呼べるかはともかく)共通の目的を持った人間の協力であったり、もしくは自身にも理解できない秘めたる力などであった。
その秘めたる力というものの一つが「精霊手」である。どういった方法で扱うのか、何故それを扱えるのか、ということは何一つ分からず、故にそれは光太郎さえ無意識のうちに扱っている力だった。
その力が何であれ、結局のところ――ピンチになれば力を発揮する。
つまりは、それが正義の味方ということになるのだろう。
光太郎自身は気付いていなかった。その右手が青く輝いていることに。
――リューンの収束。
そのリューンをぶつけることで、対象を情報分解するというもっとも原始的にして根源的な絶技「精霊手」。
この世に存在する全てのものは様々な情報の集積体である。それは人体さえ例外ではないが、何よりも術式(スペル)に対してこれほどに有効に働く攻撃もないだろう。
「…………っ――そこだっ!」
光太郎の伸ばした右手は、フランのスペルカードが持つ効果そのものの情報を分解し、そして――
「――えっ?」
フランはその肩をつかまれて、驚いたような声を上げる。それもそのはず、スペルカードの効果を真っ向から打ち消すような反則技を目にしたのは495年生きてきて、初めての体験なのだから。
――その喫驚、一瞬の隙。
フランは光太郎にされるがまま、気付けば地面に押し倒されていた。
そして光太郎は静かに口を開く。
「俺の勝ちだな、小夜タンは返してもらう」
「あれ、そういう話だっけ……まあいいか、楽しかったし」
そういってフランは若干腑に落ちないようではあったが、素直に負けを認めた。
しばらくすると霊夢と魔理沙が追いついてきた。
光太郎は二人に事情を説明した。
「ふーん、じゃあそっちにいるのが光太郎の探していた小夜タンなのね」
霊夢はさして興味もなさそうに小夜の方を見た。
反対に興味津々で様子を伺っているのは魔理沙だった。
小夜は二人に対して自己紹介を始めた。
「結城小夜と申します。よろしくおねがいします……それで――」
小夜はそこで言葉をいったん区切り、光太郎の方に向き直って再度口を開く。
「こちらの方々は?」
「霊夢と魔理沙だ。小夜タンを探すのを手伝ってもらったんだ」
(……すでに名前で呼び合うような仲なんだ)
「ん、何か言った?」
「何でもありません!」
小夜は苛立ちを隠すこともなかった。
「それにしても光太郎って意外と強いんだな……あのフランが、普通そうなるか?」
魔理沙は光太郎の背中に張り付いているフランを見やりながら感心したように言った。
「どうしてか知らないけどやたらと懐かれて……いつもはこうじゃないのか?」
光太郎は背中にいるフランに訊ねたが、本人の返事は「ん、知らない」といったものだった。興味のわかないことに対しては、実に淡白である。
(小さい子には甘いんだから……もう少し私のことも心配してくれたっていいのに!)
「小夜タン?」
「だから何でもないと言っているでしょう!」
「……?」
光太郎は首をかしげる。その様子を見て霊夢は呆れ、魔理沙はニヤニヤと笑った。
「まあ用事が済んだなら早いところ神社に戻りたいんだけど……あんたたちをどうやって元の世界に帰すかも考えないといけないし」
霊夢の言葉を聞いて思い出したかのように口を開くのは光太郎。
「あ、それなんだけど……小夜タンを見つけたからか知らないけど、実は帰る方法が分かったんだ。口じゃ説明できないけど、ぐっとしてガガーンみたいな感じで」
「それじゃあ分からないわよ……別に私は知る必要がないからまあいいけど。それじゃあ元の世界に帰れるのね?」
霊夢の確認に光太郎は首肯しながら言う。
「ああ、霊夢と魔理沙には世話になったな」
「……別に。小夜タンを見つけたのもあんたなら、保護したのもあんたでしょ?」
「そうだな、私も特に何もしてないぜ?」
霊夢は肩をすくめ、魔理沙はあいかわらずニヤニヤとしていたが、二人ともどこか照れくさそうだった。礼を言われて悪い気はしないのだ。
「そういうことだから、あの、フランだっけ? ……降りてくれないか?」
「……また遊びに来てくれる?」
そういったフランのその姿は、そのまま別れを惜しむ幼い少女のようで、光太郎はフランを降ろしてから無意識に頭を撫でて言った。
「ああ、また来るよ」
その光太郎とフランの姿を見て、それを小夜は親子の様だと思った。
――そして。
「小夜タン? どうして泣いてるんだ?」
小夜は光太郎に言われて、それが涙であることに気付いた。
「っ……何でも、ありません」
嘘だ。
小夜は想像した。光太郎の未来を。そしてその隣に立つ人物を――それが少なくとも自分ではないということを、想像した。その資格は、すでに失われていることを再確認した。
(光太郎さんが困っている……とめないと)
そうは思うけれど、思うほどに涙は余計にとめどなく頬を伝う。
心配そうな光太郎の顔――錯覚だろうか、その顔がわずかに近づいたように小夜は思った。そして――
「うわ……」
「おお……」
「ん?」
その光景に、霊夢と魔理沙とフランは三者三様の反応を示す。
――光太郎が小夜の額に口付けをした。
「光太郎……さん?」
「ん? おまじないだよ。額に唇を当てると泣き止むんだぜ? チビが言っていた」
チビとはふみこのことであると小夜は理解した。その正体を知らないのはおそらく光太郎だけだろう。
それによって光太郎の行動に深い意味は無いことが分かった。
それは小夜にとってどこか残念で、それでもそれが実に光太郎らしくて安心する。
ふみことは仲良く出来ない――
――そう思っていたけれど、今は少しだけふみこに感謝する小夜であった。
驚きのためか安心のためかはわからないが、小夜の涙はすでにとまっていた。
「それじゃあ俺たちは帰るけど、お礼に一つ、そうだな……何か願い事とか困っていることとかないか?」
「何それ、神様だから願いを叶えてくれるの?」
「まあそんなところかな」
精霊手による情報分解は、イメージによる再構築までを含めてのものである。光太郎がそれを頭で理解しているわけではないだろうが、感覚的に分かっているのだろう。
「へえ。神様っていうのは何でも出来るくせに何もしてくれない、そういうケチな奴のことを言うんだとばかり思ってたぜ」
魔理沙は感心したように、それでいてどこか冗談めかしてそう言った。
「魔理沙は何かないの、願い事」
霊夢は少し困ったように訊く。
「いや、特にないな。それに願い事や困っていることがあっても、それは自分で解決するから楽しいんだぜ?」
魔理沙は笑いながらそう言った。冗談半分ながら、半分は本気といった雰囲気。
「そうねぇ……じゃあ私は、お賽銭があまり入らなくて困っているかしら」
実際はそこまで困っているわけでもないが、といった雰囲気である。
せっかくの厚意を無下にするわけにもいかず、とりあえず捻りだした霊夢の答えがそれだった。
賽銭と聞いて光太郎はピンと来たようだった。
「それくらいなら簡単だな」
光太郎は目を瞑って集中する。
はたから見ていても何か変化があるわけでもなかったが、どうやら終わったらしい。
光太郎はゆっくりと目を開いた。
「終わったよ。……それじゃあ、また会えたらいいな」
「皆さん、ご迷惑をおかけしました」
光太郎は軽く手をあげ、小夜は深々とお辞儀をした。
そうして二人は突然青白い光に包まれて、その光が収まるころにはすでにそこから消えていた。
「さて、それじゃあ私たちも帰ろうか」
霊夢は魔理沙に向き直って言った。
「そうだな……フランがおとなしく帰してくれるなら」
そういって嫌そうにフランの方を見やるが、しかしフランは意外にもおとなしかった。
「今日はもう充分遊んだからいいよ……それにちょっと疲れた」
そんな言葉がフランから聞けるなんて、と、二人は少し驚いた。
「……まあそういうことなら、帰るとするか」
二人の帰路は行きとは比べ物にならないほどに楽なものだった。
紅魔館は去るものを追わないのである。
神社に帰った二人を待っていたものを見て霊夢はしばらく言葉を失った。
「…………これは、一体なにかしら」
「これは俗に言う《賽銭箱》って奴じゃないのか?」
魔理沙は笑いを堪えながらそういった。
「そうね、確かに私の知っているそれによく『似ている』わ」
「いや、そのものじゃないのか?」
からかうような調子の魔理沙を霊夢は鋭く睨んだ。
「……まあ確かにそうね。…………これの、あと百倍くらい小さかったらね!」
目の前にあるのは巨大な賽銭箱。
神社の社務所よりも遥かに大きなそれは、境内において参拝を阻む強大な壁としてそこに鎮座していた。
「……まあ最初から何も期待してなかったけどね」
「はは、何というか流石は――」
「――バカ、といったところかしら」
霊夢はただ呆れたように嘆息しながらそう言った。
「ねえ魔理沙、どうしてあのバカと小夜タンは幻想郷に来たんだと思う?」
「さあ、さすがにそれは分からないな」
「……まあ、そうよね」
「でも――」
「何よ?」
「――正義の味方を自称するくらいなんだから、おおかた世界を救いに来たんじゃないのか?」
魔理沙のいう世界とはこの場合幻想郷のことだろう。
霊夢には魔理沙の言葉の意味は理解できたが、その根拠となる事象に心当たりがなかった。
「幻想郷を救うって……光太郎は別に何もしなかったわよ?」
客観的に見ればただ勝手に式神とはぐれて、そしてそれを探し出しただけでしかないのだから。
「何もしなかったわけじゃないだろ? 結果として『何も起きなかった』という、ただそれだけだ」
そこまで聞いて霊夢には魔理沙の言わんとするところが理解できた。
つまり魔理沙は、光太郎が幻想郷の危機を「未然に防いだ」と、そう言いたいのだ。
幻想郷で異変が起きれば、それを解決するのが霊夢の仕事だった。たまに横から魔理沙などが手を出すこともあるけれど、それだってあくまでも『すでに起きた異変』を解決しているに過ぎない。
そうであれば、確かに事件になる。
しかしもし光太郎が、危機を、異変が起きる前に解決したのだとしたら?
そうであれば、事件にはならない。
ただ「何も起きなかった」ことになるのだ。
「起きてしまったら、その時点でもうどうしようもない異変というのだってあるのかも知れない。光太郎はそれに誰よりも早く気付いて、もしくは気付きすらせずに解決した……そう考えたら、それなりに辻褄はあうんじゃないか?」
魔理沙の意見を考察する霊夢。
「魔理沙の言いたいことは分かるわ。けどそれってただの、結論ありきの辻褄あわせじゃない。それともその結論に至る明確な根拠があるわけ?」
「いや、ないぜ?」
「それだったら――」
結局はただの推論だ。そう言おうとした霊夢をさえぎるように魔理沙は続けた。
「でも、気になることが全くないというわけでもない」
魔理沙の気になること――それには霊夢も心当たりがあった。
「……フランね」
「ああ。もしフランが異変の原因になるのだとしたら――」
――それなら全ての糸が一本に繋がるのではないか?
もし仮にフランのストレスが限界に達していて、そのストレスの発散に光太郎が貢献したのだとしたら。
――いや、この考えはあまりにも仮定が多すぎる。
「だから私だって絶対にそうだって言っているわけじゃないぜ? ただ、そういう考え方も出来るって話だよ」
真実は誰にも分からないことだってある。
霊夢はそれを理解しているからこそ、これ以上何も言わなかった。
光太郎が世界を救ったと考えることは出来るし、何もしなかったと考えることも出来る。
正反対の考えさえ許容される状況にあって、真実を見つけ出すことはおそらく不可能だ。
だったら考えるだけ無駄だろう。これ以上こだわっても仕方がないと、霊夢は頭を切り替えることにした。
――別にどうだっていいじゃない、真実くらい。
今幻想郷が平和であるという事実があれば、それでいい。
「さてと。それじゃあ魔理沙にも手伝って貰おうかな」
「手伝うって、何を?」
「決まってるでしょ? ……表の賽銭箱の、片付けよ」
――そして今日も幻想郷は、平和だった。
――D・A・ルグウェール
――頭痛がした。
青年は自分の頭に手を当てる。
記憶が混乱していて、自分がほんの一瞬前まで何をしていたのかが分からない。
少しでも情報が欲しかった。頭の痛みに耐えながら、青年はその閉じた目を開く。
見える風景はまだどこかぼやけているが、一つだけ分かったのは今が昼間である、ということだった。
「……まぶしい」
そう思うと、ふと、太陽光を遮るように影が差した。
それは、紅白の巫女服を着た、見覚えのある影――。
「…………小夜――?」
「違うわ。私は霊夢――博麗霊夢。この神社の巫女よ」
その少女は霊夢と名乗る。それを聞いたことで、ぼやけていた視界の焦点が徐々に定まってきた。確かによく見ると、その少女の着ている巫女服は特徴的なデザインをしていた。
記憶の中にあるそれとは明らかに異なっている。
「あんたは?」
少女は訊ねる。
「俺か? ……俺の名前は――」
一瞬考えてしまったのは記憶の混乱のせいだろう。いくら周囲にバカと言われる彼であっても、さすがに自分の名前を忘れたりはしない。青年は痒くもない頭を掻きむしってから言う。
「俺の名前は、玖珂光太郎。――悪をぶっ飛ばす青年探偵だ」
光太郎は霊夢に言われるがままに、神社の建物の中へと案内された。
大き目のちゃぶ台の前に座布団を敷き、そこに座るように霊夢は言ったのでそれに従った。
見慣れない場所、見知らぬ人間となればもう少し警戒してしかるべきかも知れないが、光太郎にはどうにも霊夢が悪い人間であるようには思えなかった。そして何よりも、今は少しでも情報が欲しいのだ。それにどうやら霊夢は光太郎の置かれている状況に関して、いくらかの心当たりがあるらしい。その話を聞かないという選択肢は、少なくとも今の光太郎にはなかった。
しばらく待つと、霊夢はお茶の準備を終えて光太郎の対面に腰を下ろした。
「それで光太郎。あんたはどうしてあんなところで寝ていたの?」
霊夢の言うあんなところというのは、博麗神社の境内のことだった。
「どうしてって……正直言って何も覚えていないんだ」
「何も覚えていない……ひょっとして《神隠し》にでもあったのかしら」
だとすれば、関わってくるのはおそらく妖怪の八雲紫だろう。そして、もしそうであるのなら厄介だと霊夢は思った。紫が何を考えているのかなんて、それこそ誰にも分からないのだから。
しかし、そんな霊夢の予想はどうやら外れているらしい。
「神隠し……というのは無いんじゃないかな」
「……? それはどうして?」
「いや、一応俺って神様も兼業しているっていうか……まあそんな感じなんだ」
――こいつは頭がおかしいに違いない。
霊夢はそう思った。頭がおかしくないにしても、少なくともバカなのだろう。
何も知らない相手にいきなりそんな話をして、一体どんな意味があるというのだろうか。
少なくとも霊夢はそんな妄言を真に受けるような人間ではなかった。
「……それで、どうしてあんたはあんなところで寝ていたのかしら?」
「あれ、俺の発言が無かったことになってないか?」
「そうね。私の親切心よ、感謝しなさい」
「ああ、ありがとう?」
――やっぱりバカだった。
霊夢がそう思った、その時だった。
「霊夢ー、遊びに来たぜー」
魔理沙の声が聞こえた。その言葉の通り、本当にただ遊びに来たらしい。
「また面倒なタイミングで……」
霊夢は頭を抱えるようにして嘆くように言った。
「おお? 見慣れない顔だな」
「そうね。私も今日初めて見た顔よ」
「誰だお前?」
「俺は玖珂光太郎――」
「――悪をぶっ飛ばす青年探偵で、神様らしいわよ」
光太郎の自己紹介に霊夢は割り込むようにして言った。その響きには若干の呆れが含まれている。
「へぇ……私は霧雨魔理沙っていうんだ、よろしくな!」
「ああ、よろしく」
「…………やっぱりツッコミは無いわけ、ね」
霊夢はそう言って嘆息する。
決して確信があるわけではなかった。
それでもなんだか面倒なことになりそうだと、そう霊夢の勘は告げていた。
こういう勘なら外れてくれても一向に構わないけれど、残念ながらこういった勘だけは経験的に外れないものだと、霊夢は知っていた。
「――つまり俺は、幻想郷っていう場所に迷い込んだってことか?」
「その説明だけで、私は三回したんだけど……」
「……私も二回したぜ?」
計五回の説明を経て、光太郎はようやく自分の置かれている状況を理解した。
「それで霊夢さん――」
「霊夢でいいわ、何?」
「なら霊夢――俺は、どうやったら元の世界に帰れるんだ?」
――元の世界。
それは、幻想郷の外の世界のことではない。
話を聞く限り、どうやら光太郎はどこか別の世界から迷い込んだ――正真正銘のストレンジャーらしいのだ。
幻想郷の外に帰るだけならば、外の世界の常識を持つ者に限ってはこの博麗神社から帰ることが出来る。
しかし、完全な異世界ともなれば話は違ってくる。
少なくとも霊夢の手におえる話ではなくなってしまうのであった。
「そんなこと私が知るわけがないでしょ。大体神様ならあんたが自分でどうにか出来るんじゃないの?」
「それが神様っていうのは何が出来るのか、それが俺にもよく分からないんだよ」
周囲から神を倒したことで神になったと言われる光太郎ではあるが、実感を伴った何らかの《力》を得たわけではなかった。しかし一つだけ実感があるとすれば、それは《魔を引き寄せる》ということだった。
光太郎の世界では、その世界の終わりが予言されている。そして世界が始まる事も。
その新たに始まる世界を導く神こそが玖珂光太郎だといわれていた。
誰も彼もが新たな世界に影響を与えようと思っている。世界の始まりには、魔が引き寄せられる。そして魔を引き寄せるから、世界は始まる。
全ては物の見方次第――魔術と魔術ではないは、同じコインの表と裏である。それは万能執事ミュンヒハウゼンの言葉だった。
つまりは魔を引き寄せる人物を作ることが出来れば、それは世界を始めることと同じなのだ。
「だから俺が神になったのは、それを望む人間がそう仕立て上げただけのことなんだ」
そしてそれを望む人間というのは、恐らく祖父の玖珂英太郎である。問題はその目的であるのだが、少なくとも光太郎はその目的を知らないでいた。
「ふーん……よく分からないけど、あんた自身の力じゃ帰れないということは分かったわ。……魔理沙はどう?」
「ん? いや、よく聞いてなかった」
「……まあいいわ。それで、あんたはこれからどうするの?」
「どうするって言われても……あ、そういえば小夜タン!」
突然何かを思い出したように、大きな声を上げた光太郎に霊夢は少し驚くと同時に、その聞き慣れない単語に首をかしげる。
「小夜タン?」
「ああ……黒い髪に赤い髪飾りをしていて、紅白の巫女服を着ている女の子なんだけど」
「なんだか霊夢みたいだな」
「いや、小夜タンはこんなに露出過多じゃなかった」
魔理沙は笑いながら口を挟んで、それに光太郎は正直に答えた。
「魔理沙は黙ってて……それで、その子がどうかしたの?」
霊夢は少し苛立ったようにして、光太郎を睨むように見た。
「今の小夜タンは俺の式神なんだよ。だから定時的に魔力を補給しないと……大変なことになる」
大変なこと――それはあまり考えたくない事柄のように霊夢たちは思った。
「だから早く元の世界に帰らないと!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよこの単純バカ!」
慌ててどこかへと飛び出そうとする光太郎を霊夢は制止する。
「あ、あぁ、……すまん」
「その小夜タンっていうのが式神だっていうなら、つまり幻想郷に来る直前も近くにいたってことよね?」
「そ、そうだけど」
「――だったら、その小夜タンっていうのもこっちに来ているんじゃないのか? ってことだよな?」
魔理沙が霊夢に確認するようにそう言った。
「……そうよ。さすがに式神の居場所くらいは分かるでしょ?」
「ああ、やってみるよ」
そういって光太郎は意識を集中させる。
元々の光太郎は霊感が無く、陰陽道の才能はゼロだった。しかしいくつかの事件を通じて、今ではそれなりに力を扱えるようになっている。
「――いた、あっちだ!」
光太郎は声を上げて方角を指し示す。その方向を確認して、霊夢と魔理沙は息を呑む。
「あっちって確か――」
「そうだな、ちょっと面倒かも知れないぜ?」
二人の言葉の意味が分からない光太郎は思わず訊ねる。
「なんだよ、あっちに一体何があるっていうんだ?」
時を同じくして、一人の少女が目を覚ました。
「ここは、どこ……?」
紅白の巫女服を着た黒髪の少女――結城小夜は周囲を見回すが、しかしそれだけでは満足な答えは得られなかった。唯一得られた情報は、どうやらここは洋館の一室らしい、ということだった。
光の差し込まないその部屋には自分一人しかいないようで、そのことが小夜の不安を誘った。
「光太郎さん……」
無意識のうちに主の名前を呼んだことに気付いて、小夜は一人で恥ずかしがった。
今の小夜は光太郎がいなければ生きていけない体であることは事実である。
だからそれ自体は仕方がない。
それでも、光太郎がいなければ生きていけない心であることは――
「――知っていたけれど、それでも……」
これほどまでに自分の心が光太郎に依存してしまっていることは、今こうして光太郎と離れて――一人になって、初めて知ったのだ。
小夜は、自分が光太郎に好意を持っていることを自覚している。ずっと一緒にいたいとも思っていた。
そして今は光太郎の式神になったことで、結果として一緒にいられるようになった。
しかしそれは、必ずしも小夜の望みが叶ったということではない。
光太郎の式神になったということ――
――それはつまり、光太郎の妻になる資格を失ったということである。
(光太郎さんが私と一緒にいてくれるのは、そうでないと私が生きられないから)
一度は死んだ小夜を、光太郎は自身の式神と融合させることで救った。
それは好意からの行動ではない、と、そう小夜は思っている。それはきっと、光太郎の優しさからの行動に違いない。なぜなら彼の正義には、その愛には限りなんてないのだから。
そんなことを考えたせいだろうか、小夜の心に巣食う不安は大きくなるばかりだった。
――光太郎に、会わなくては。
「……探さないと」
部屋にある唯一の扉に向かう。幸いにもその扉には鍵がかかっていなかった。仮に鍵がかかっていたとしても、光太郎曰く「事務所の鍵を壊しまくるピッキング犯」である彼女にとっては関係のないことではあるのだが。
監禁されていたわけではない――その事実が少しだけ小夜を安心させた。
霊夢に空は飛べるのか、と訊ねられた光太郎は、「飛ぶ必要があるなら飛べるだろう」と答えた。
実際に問題はなく、空を飛ぶ霊夢と魔理沙に置いていかれることもなかった。むしろ光太郎の飛ぶスピードは速すぎるくらいで、先導するつもりだった霊夢と魔理沙を完全に置いてけぼりにした。
「……あれが紅魔館か」
光太郎は眼下にそびえ立つ立派な洋館を見た。
「そうよ。……でもいくら式神の場所が分かるからって一人で突っ走らないで欲しいわね」
「ああ、悪い。急いでいたんだよ」
「そんなの知ってるわよ。ただあんた一人で行っても門番に止められて余計に時間を使うだけなのよ」
「別にそんなのいつものことだぜ?」
霊夢の言葉を聞いて魔理沙はそう言った。
ことあるごとに紅魔館を訪れては興味深い魔道書などを無断で拝借していく魔理沙は、紅魔館の門番に目をつけられているのである。
「あんたはいいのよ、どうでも」
霊夢は魔理沙を軽くあしらった。
「ああ! ちょっと待ちなさい!」
そういって慌てる様に少女が声をかけてきた。その少女は緑を基調とした中国風の衣服を身にまとい、頭にかぶった緑の帽子についた星の飾りには「龍」と一文字だけが刻まれていた。
「噂をすれば……」
「おお? 今日は起きてたのかよ、感心感心」
「人を居眠り常習犯みたいに言うなよ~、ってそうじゃなくて! 揃いも揃って何しに来たのよ?」
雰囲気から察するに、どうやらこの少女が門番らしいと光太郎は判断した。
事情を説明するなら適任なのは霊夢だろう、そう思った光太郎が霊夢を見た。
魔理沙も同じ考えなのか霊夢の方を見ていた――いや、魔理沙は単に面倒なだけかもしれない。
仕方ないわね、と大きくため息をついてから霊夢は口を開いた。
「ちょっと迷子探しに来たのよ。紅魔館の中にいるみたいだから少しお邪魔するわね」
「そういうことならどうぞ~……ってなるか!」
「どうして?」
「胸に手を当てて考えてみたら分かるはずよ」
「……やっぱり大きいわね」
「私のじゃない!」
門番の少女が声を大にして抗議する。
目の前で繰り広げられるコントに、光太郎は笑えるような状況でもなかった。
「……それで結局俺たちは、ここを通ってもいいのか?」
「えっと、私は門番だし、それは困るかな~、というか、あんたは誰?」
「俺? 俺は玖珂光太郎、悪をぶっ飛ばす青年探偵だ。だからもしあんたがここを通してくれないというのなら――」
「――いうのなら?」
「拉致監禁の容疑で逮捕だ、このやろー!」
「ひっ」
突然大声を出した光太郎に門番は驚いたような声を出す。
「ねえ、相手は妖怪なんだけど」
「俺は差別しない主義だ」
霊夢の呆れた声を気にも留めず光太郎はそう言ってのけた。
「……分かったわよ~、通っていいけど中で悪さとかしないでよ?」
「ああ、俺は正義の味方だから悪事には手を染めないさ」
「私も大丈夫よ……多分」
「私だって大丈夫だぜ? 面白そうなものがあればちょっと借りるかも知れないけどな」
「やっぱりあんたは駄目!」
「うわ、なんでだよ」
門番の少女は魔理沙の通過を許可しなかった。
余計なことを言うからだ、と、霊夢たちは呆れた。
「……魔理沙、先行ってるわね」
霊夢はそれだけ言い残すと、魔理沙を置いて光太郎と共に紅魔館へと向かった。
どれほど歩いただろうか。この洋館は小夜の想像以上に広いようだった。正直な話、小夜には元の部屋へと戻る道さえすでに分からなくなっていた。
そして何より、ここまで誰とも出会わないということが不気味だった。
そうして迷うようにして歩き続けると、やがて小夜は大きく開けた部屋にたどり着いた。
「ここは……?」
「なんかお呼びかしら?」
突然声をかけられて小夜は少し驚き、声の主を確認してさらに驚いた。
その声の主は十歳にも満たないような幼児の姿で――
――しかし何より特徴的なのは、その背中に持つ七色の翼だった。
それを理解するのに、魔道兵器として育てられたことで磨かれた勘すら必要なかった。
ただ見れば、それだけで分かる。
――その少女は人間ではないのだ、と。
「あなたは?」
「いつも言ってるけど、人に名前を聞くときは……」
――そうだった。どうにも常識に疎くていけない、と小夜は一人で反省した。
兵器として生まれたが、人として死ぬことを決めたときから人の常識も勉強し始めた小夜。しかし、幼少からその身に刻まれた非常識はいまだに抜けきってはいなかった。
「そうでした。私は結城小夜と申します。よろしくお願いします」
「これはご丁寧にどうも……フランドールよ。フランって呼んでね、小夜さん」
「わかりました、フランさん。……それで訊きたいことがあるのですが」
「うん、何?」
「ここはどこなのでしょうか?」
小夜のそれは、端的な質問だった。しかし端的すぎて、これでは実際に何が訊きたいのかが分からない。小夜がどういった状況に置かれているのかを、フランは知らないのだから。しかしそれも、小夜からしたら仕方のないことだった――
「……? それはこの紅魔館のこと? ……それとも、この幻想郷のこと?」
「幻想郷?」
――何故なら、小夜には分からないことがあまりにも多すぎるのだから。
「……お姉様には会ってないの?」
「お姉様? いえ、見知らぬ部屋で目を覚ましてから私が出会ったのはフランさんが最初です」
「そう、会ってないならそれでいいわ。……そうね、私と遊んでくれたら教えてあげてもいいよ」
「遊ぶのですか? 別に構いませんが、では何をして遊びましょう?」
フランの答えは最初から決まっていたのだろう、悩むそぶりも見せずに即決した。
「弾幕ごっこ」
「咲夜が居ないときに限って……何の用よ、霊夢」
十歳にも満たないような外見の少女は面倒くさそうにそう言った。
その背中に生えた蝙蝠のような翼を見るに、その少女が人間ではない存在であることは光太郎にも伝わった。
名前はレミリアというらしい。
「言われてみれば今日はお客を案内するのが取り得のメイドに会わなかったわね」
「そうでしょうね、私の言いつけで今はちょっと出かけているから」
「出かけるって、何の用事で?」
「ただの買い出しよ? ちょっとブ○ボンの○マンドが食べたくなったから」
「吸血鬼がルマ○ドって……」
「別にいいじゃない。そういうわけで今の私はル○ンド不足で元気が出ないから、用件なら手短に頼むわ」
「そう。それなら訊くけど、ここに黒い髪に赤い髪飾りをしていて、紅白の巫女服を着た少女が迷い込んできてないかしら?」
「来たけど、霊夢が」
「私みたいに露出過多じゃなくて、普通の巫女服よ」
「それを自分で言っちゃうのね……残念だけど私は見てないわ。……あれ、そういえば咲夜が何か言っていた気もするけど」
「なんて言っていたの?」
「さあ……ルマン○で頭一杯だったからよく覚えてはいないわね」
「……使えない吸血鬼ね」
「いきなり押しかけてきて失礼な巫女ね、知っていたけど……」
「人のことを失礼な巫女とは失礼な吸血鬼ね、言うまでもないけど……」
話がそれたことと微妙に険悪な雰囲気になったことを感じて、光太郎は口を挟んだ。
「取り込み中のところ悪いけど、小夜タンの話は結局それだけなのか?」
「小夜タン?」
聞き慣れない単語に首をかしげるレミリア。
「さっき言った迷子の巫女よ」
「ああ……そうね、私は本当に何も知らないわ」
「……らしいわ。信じるかどうかは光太郎に任せるけど」
「いや、知らないなら別にそれでいいんだよ。小夜タンの居場所なら一応分かるから」
「そう……それなら悪いけど、ここから先は一人で行ってくれる?」
「いいけど……どうしてだ?」
「ちょっとこの失礼な吸血鬼に教育を、ね」
「残念ながら、教育係なら間に合っているのだけど」
「あの本ばかり読んでいるだけの知識人は役に立たないわ。私の教育はもっと実践的なのよ」
そう言った霊夢はすでに光太郎のことは眼中にないようだった。
霊夢も意外と短気なんだな、とか、明らかに逆ギレだよな、などと光太郎は思いながらも、小夜のことが気になって仕方がないので霊夢たちのことはこれ以上考えないことにした。
――それでも一度だけ振り返った。
そして眼前で繰り広げられる壮絶な弾幕ごっこを目撃して、やっぱり振り返るんじゃなかったと、光太郎は少しだけ後悔した。
「あはは! こんなに楽しい弾幕ごっこは久しぶりだよ!」
「くっ……」
心底楽しそうなフランとは対照的に、小夜は苦しそうな表情を浮かべていた。
それもそのはず、今の小夜は本調子とは程遠いのだ。その上「光鴉ヤタ」も所持していない。少なくとも一人で満足に戦える状態では、すでに無かった。
ただひたすらに弾幕を避けて、じっと耐えている状態。言ってしまえばそれはジリ貧である。遠からず被弾することは免れないだろうと、それは小夜自身が一番理解していた。
「……はぁ、……この遊びは、いつになったら終わるのですか……?」
「終わりになったら終わるよ!」
――駄目だ、話にならない。
フランの言う弾幕ごっこというのが始まってからというもの、彼女は人が変わってしまったかのように猟奇的な雰囲気を醸し出していた。
言葉を投げかけても返ってくるのは意味の通じない、ただ音としてのそれだった。言葉の形を成していても、会話は成立しなかった。
弾幕ごっこが始まる前のフランからは考えられないような――
――それはまるで、《狂って》いるかのようだった。
そうだ。この少女から発せられるは、狂気。そして、狂気が生むは――破滅。
「――あっ」
そこで小夜の限界が来た。光太郎は魔力というが、小夜は霊力といっているそれが、尽きようとしていた。
つまり小夜には、その眼前に迫る光弾を避ける術などすでになく――
――だからこそ、それを避けたのは小夜の力によってではなかった。
「無事だったか、小夜」
「光太郎……さん……?」
被弾することを覚悟して閉じていた目を開けると、そこには一番会いたかった人物がいた。
――玖珂光太郎。
小夜に与えられた役目を。神を倒し、そして自らが神と替わる前に自決するという役目を奪い――
――その上、小夜の心さえ奪った青年。
光太郎の実の兄である玖珂晋太郎によって殺された小夜を、自らの式神にすることで救った青年。それはおそらく実の兄がやったことに対する罪滅ぼしだと、小夜は思っていた。
そして、それでもいいとさえ思っていた。
しかしこうして光太郎の腕に抱かれて、その体温の暖かさを感じて、そしてそれが嘘だったことに気付いた。
(やっぱり私は、この人のことが――好きなんだ)
そしてこの人にも自分のことを好きになってもらいたい。小夜はそう思わずにはいられなかった。
その気持ちが、どれほどにわがままであるのかは小夜も理解していた。
自分が勝手に好きだからって、自分のことも好きになれというのは脅迫以外の何物でもないだろう。だからその気持ちは、口に出さなかった。
それでももう、その気持ちを抑えることは限界だった。
人類の、もしくは世界の決戦存在――《HERO》と呼ばれる光太郎ではあるが、小夜にとっては小夜だけの《HERO》だった。
光太郎はいつか言っていた。
――正義の味方は、いつも一人だ。
――俺は一人で死ぬつもりだ。
――寂しいとは思わない。
それが光太郎の本心からの言葉かどうかは誰にも、それこそ光太郎にさえ分からないだろう。
それでも小夜には、光太郎が本当は寂しがっているように、苦しんでいるように思えてならなかった。
光太郎の隣を歩きたい――それも式神としてではなく、一人の結城小夜という人間として。
その気持ちを光太郎に伝えるためには、少なくとも小夜は今より少しだけ、自分に素直になる必要があった。
「私の楽しい時間を邪魔したあなたは、誰?」
フランは淡々と光太郎に訊ねた。
「俺は玖珂光太郎、悪をぶっ飛ばす青年探偵だ」
「他人の邪魔をすることが探偵さんの仕事なの?」
「小夜タンを酷い目にあわせた悪党の邪魔をすることなら俺の仕事だ」
光太郎は真っ直ぐにフランを見て言った。
「違う、その子は――」
――悪党ではない。小夜は光太郎に対して、そう伝えようとした。しかしその声を遮ったのは他ならぬフラン自身だった。
「もし私が悪党だったら?」
挑発的にそういったフランの瞳は爛々と不気味に輝いていた。
それはまるで、新しい《遊び道具》でも見つけたかのように――
「――それならお前の選択は二つに一つ。A、ぶっ飛ばされてお縄になるか……B、お縄になってぶっ飛ばされるかだ!」
「つまり――遊んでくれるってことね!」
こうなったフランはもう止まらない。――いや、そもそも小夜はフランを止める手段なんて最初から持ち合わせていなかったのだけれど。
だからもし止めるとしたら、それは光太郎の方だった。
しかし、それさえも小夜には出来なかった。
(怒っている……)
光太郎は単純で頭に血が上りやすい。それが欠点であり、美点にさえなりうるのが玖珂光太郎という人物ではある。今まで遭遇してきた事件においても光太郎は常に怒りをあらわにしてきた。小夜はそれを実際に見てきたから知っている。
――怒っている光太郎だって、止まらない。
光太郎が何に対して怒っているのか小夜には分からなかったが、それだけは確信した。
小夜が安全な位置まで離れるが早いか、対峙したフランと光太郎は瞬時に動き始めた。
フランの放つ光弾は奔流のように襲い掛かり、光太郎はそれら全てをギリギリまで引き付けながら軌道を見切って避ける。
フランの攻撃の激しさは小夜に対してのそれとは比べ物にならないほどの密度を誇っていた。それによってフランが小夜には手加減をして、それこそ文字通り「遊んでいた」ことを小夜は理解した。
「やっぱり悪い子じゃない……」
呟くように小夜は言うが、その声は光太郎まで届かない。
一方で光太郎も、そのフランの弾幕を見て違和感を覚えていた。
それは言語化できるほどにはっきりとしたものではない。
それでも強いて言うなら、「殺意が感じられない」ということになるのだろうか。
一見すれば密度も高く、驚異的な弾幕のように思える。しかし実際には無駄な攻撃も多く、どちらかと言えば見栄えを重視しているかのような、そんな雰囲気があった。
何度か攻撃パターンが変わるものの、その傾向だけは一貫して変わらない。
結局光太郎は疑問をそのまま口に出していた。
「なあお前、どうして本気を出さないんだ?」
「ん? だって私は別にあなたを殺したいわけじゃないの。もしそうなら最初からきゅっとしてドカーンってすればいいし」
きゅっとしてドカーンとは何のことだろうか、それは光太郎には分からない。
「お前の目的は一体何なんだ?」
これまで何度も悪党を問答無用で断罪してきた光太郎も、フランへの違和感から珍しくその理由を訊ねる。
「最初から言っているけど――ただ遊びたいだけよ!」
フランがそう言い、そして――そして誰もいなくなった。
確かに眼前にいたはずのフラン。その姿は闇に掻き消えるようにして見えなくなった。
だからといってフランの攻撃が止んだというわけではなく、むしろ四方八方から激しく弾幕が襲い掛かる。
それを光太郎はただひたすらに避ける。反撃しようにも、そもそも相手がいないのではどうしようもない。だからといってこのままではジリ貧なのも事実で、どうにかして光太郎はフランのこの術を破らなければならなかった。
光太郎自身こういったピンチに陥ることはしばしばあった。そうした場合にあっても、光太郎は様々な幸運によって難を逃れてきた。それは(仲間と呼べるかはともかく)共通の目的を持った人間の協力であったり、もしくは自身にも理解できない秘めたる力などであった。
その秘めたる力というものの一つが「精霊手」である。どういった方法で扱うのか、何故それを扱えるのか、ということは何一つ分からず、故にそれは光太郎さえ無意識のうちに扱っている力だった。
その力が何であれ、結局のところ――ピンチになれば力を発揮する。
つまりは、それが正義の味方ということになるのだろう。
光太郎自身は気付いていなかった。その右手が青く輝いていることに。
――リューンの収束。
そのリューンをぶつけることで、対象を情報分解するというもっとも原始的にして根源的な絶技「精霊手」。
この世に存在する全てのものは様々な情報の集積体である。それは人体さえ例外ではないが、何よりも術式(スペル)に対してこれほどに有効に働く攻撃もないだろう。
「…………っ――そこだっ!」
光太郎の伸ばした右手は、フランのスペルカードが持つ効果そのものの情報を分解し、そして――
「――えっ?」
フランはその肩をつかまれて、驚いたような声を上げる。それもそのはず、スペルカードの効果を真っ向から打ち消すような反則技を目にしたのは495年生きてきて、初めての体験なのだから。
――その喫驚、一瞬の隙。
フランは光太郎にされるがまま、気付けば地面に押し倒されていた。
そして光太郎は静かに口を開く。
「俺の勝ちだな、小夜タンは返してもらう」
「あれ、そういう話だっけ……まあいいか、楽しかったし」
そういってフランは若干腑に落ちないようではあったが、素直に負けを認めた。
しばらくすると霊夢と魔理沙が追いついてきた。
光太郎は二人に事情を説明した。
「ふーん、じゃあそっちにいるのが光太郎の探していた小夜タンなのね」
霊夢はさして興味もなさそうに小夜の方を見た。
反対に興味津々で様子を伺っているのは魔理沙だった。
小夜は二人に対して自己紹介を始めた。
「結城小夜と申します。よろしくおねがいします……それで――」
小夜はそこで言葉をいったん区切り、光太郎の方に向き直って再度口を開く。
「こちらの方々は?」
「霊夢と魔理沙だ。小夜タンを探すのを手伝ってもらったんだ」
(……すでに名前で呼び合うような仲なんだ)
「ん、何か言った?」
「何でもありません!」
小夜は苛立ちを隠すこともなかった。
「それにしても光太郎って意外と強いんだな……あのフランが、普通そうなるか?」
魔理沙は光太郎の背中に張り付いているフランを見やりながら感心したように言った。
「どうしてか知らないけどやたらと懐かれて……いつもはこうじゃないのか?」
光太郎は背中にいるフランに訊ねたが、本人の返事は「ん、知らない」といったものだった。興味のわかないことに対しては、実に淡白である。
(小さい子には甘いんだから……もう少し私のことも心配してくれたっていいのに!)
「小夜タン?」
「だから何でもないと言っているでしょう!」
「……?」
光太郎は首をかしげる。その様子を見て霊夢は呆れ、魔理沙はニヤニヤと笑った。
「まあ用事が済んだなら早いところ神社に戻りたいんだけど……あんたたちをどうやって元の世界に帰すかも考えないといけないし」
霊夢の言葉を聞いて思い出したかのように口を開くのは光太郎。
「あ、それなんだけど……小夜タンを見つけたからか知らないけど、実は帰る方法が分かったんだ。口じゃ説明できないけど、ぐっとしてガガーンみたいな感じで」
「それじゃあ分からないわよ……別に私は知る必要がないからまあいいけど。それじゃあ元の世界に帰れるのね?」
霊夢の確認に光太郎は首肯しながら言う。
「ああ、霊夢と魔理沙には世話になったな」
「……別に。小夜タンを見つけたのもあんたなら、保護したのもあんたでしょ?」
「そうだな、私も特に何もしてないぜ?」
霊夢は肩をすくめ、魔理沙はあいかわらずニヤニヤとしていたが、二人ともどこか照れくさそうだった。礼を言われて悪い気はしないのだ。
「そういうことだから、あの、フランだっけ? ……降りてくれないか?」
「……また遊びに来てくれる?」
そういったフランのその姿は、そのまま別れを惜しむ幼い少女のようで、光太郎はフランを降ろしてから無意識に頭を撫でて言った。
「ああ、また来るよ」
その光太郎とフランの姿を見て、それを小夜は親子の様だと思った。
――そして。
「小夜タン? どうして泣いてるんだ?」
小夜は光太郎に言われて、それが涙であることに気付いた。
「っ……何でも、ありません」
嘘だ。
小夜は想像した。光太郎の未来を。そしてその隣に立つ人物を――それが少なくとも自分ではないということを、想像した。その資格は、すでに失われていることを再確認した。
(光太郎さんが困っている……とめないと)
そうは思うけれど、思うほどに涙は余計にとめどなく頬を伝う。
心配そうな光太郎の顔――錯覚だろうか、その顔がわずかに近づいたように小夜は思った。そして――
「うわ……」
「おお……」
「ん?」
その光景に、霊夢と魔理沙とフランは三者三様の反応を示す。
――光太郎が小夜の額に口付けをした。
「光太郎……さん?」
「ん? おまじないだよ。額に唇を当てると泣き止むんだぜ? チビが言っていた」
チビとはふみこのことであると小夜は理解した。その正体を知らないのはおそらく光太郎だけだろう。
それによって光太郎の行動に深い意味は無いことが分かった。
それは小夜にとってどこか残念で、それでもそれが実に光太郎らしくて安心する。
ふみことは仲良く出来ない――
――そう思っていたけれど、今は少しだけふみこに感謝する小夜であった。
驚きのためか安心のためかはわからないが、小夜の涙はすでにとまっていた。
「それじゃあ俺たちは帰るけど、お礼に一つ、そうだな……何か願い事とか困っていることとかないか?」
「何それ、神様だから願いを叶えてくれるの?」
「まあそんなところかな」
精霊手による情報分解は、イメージによる再構築までを含めてのものである。光太郎がそれを頭で理解しているわけではないだろうが、感覚的に分かっているのだろう。
「へえ。神様っていうのは何でも出来るくせに何もしてくれない、そういうケチな奴のことを言うんだとばかり思ってたぜ」
魔理沙は感心したように、それでいてどこか冗談めかしてそう言った。
「魔理沙は何かないの、願い事」
霊夢は少し困ったように訊く。
「いや、特にないな。それに願い事や困っていることがあっても、それは自分で解決するから楽しいんだぜ?」
魔理沙は笑いながらそう言った。冗談半分ながら、半分は本気といった雰囲気。
「そうねぇ……じゃあ私は、お賽銭があまり入らなくて困っているかしら」
実際はそこまで困っているわけでもないが、といった雰囲気である。
せっかくの厚意を無下にするわけにもいかず、とりあえず捻りだした霊夢の答えがそれだった。
賽銭と聞いて光太郎はピンと来たようだった。
「それくらいなら簡単だな」
光太郎は目を瞑って集中する。
はたから見ていても何か変化があるわけでもなかったが、どうやら終わったらしい。
光太郎はゆっくりと目を開いた。
「終わったよ。……それじゃあ、また会えたらいいな」
「皆さん、ご迷惑をおかけしました」
光太郎は軽く手をあげ、小夜は深々とお辞儀をした。
そうして二人は突然青白い光に包まれて、その光が収まるころにはすでにそこから消えていた。
「さて、それじゃあ私たちも帰ろうか」
霊夢は魔理沙に向き直って言った。
「そうだな……フランがおとなしく帰してくれるなら」
そういって嫌そうにフランの方を見やるが、しかしフランは意外にもおとなしかった。
「今日はもう充分遊んだからいいよ……それにちょっと疲れた」
そんな言葉がフランから聞けるなんて、と、二人は少し驚いた。
「……まあそういうことなら、帰るとするか」
二人の帰路は行きとは比べ物にならないほどに楽なものだった。
紅魔館は去るものを追わないのである。
神社に帰った二人を待っていたものを見て霊夢はしばらく言葉を失った。
「…………これは、一体なにかしら」
「これは俗に言う《賽銭箱》って奴じゃないのか?」
魔理沙は笑いを堪えながらそういった。
「そうね、確かに私の知っているそれによく『似ている』わ」
「いや、そのものじゃないのか?」
からかうような調子の魔理沙を霊夢は鋭く睨んだ。
「……まあ確かにそうね。…………これの、あと百倍くらい小さかったらね!」
目の前にあるのは巨大な賽銭箱。
神社の社務所よりも遥かに大きなそれは、境内において参拝を阻む強大な壁としてそこに鎮座していた。
「……まあ最初から何も期待してなかったけどね」
「はは、何というか流石は――」
「――バカ、といったところかしら」
霊夢はただ呆れたように嘆息しながらそう言った。
「ねえ魔理沙、どうしてあのバカと小夜タンは幻想郷に来たんだと思う?」
「さあ、さすがにそれは分からないな」
「……まあ、そうよね」
「でも――」
「何よ?」
「――正義の味方を自称するくらいなんだから、おおかた世界を救いに来たんじゃないのか?」
魔理沙のいう世界とはこの場合幻想郷のことだろう。
霊夢には魔理沙の言葉の意味は理解できたが、その根拠となる事象に心当たりがなかった。
「幻想郷を救うって……光太郎は別に何もしなかったわよ?」
客観的に見ればただ勝手に式神とはぐれて、そしてそれを探し出しただけでしかないのだから。
「何もしなかったわけじゃないだろ? 結果として『何も起きなかった』という、ただそれだけだ」
そこまで聞いて霊夢には魔理沙の言わんとするところが理解できた。
つまり魔理沙は、光太郎が幻想郷の危機を「未然に防いだ」と、そう言いたいのだ。
幻想郷で異変が起きれば、それを解決するのが霊夢の仕事だった。たまに横から魔理沙などが手を出すこともあるけれど、それだってあくまでも『すでに起きた異変』を解決しているに過ぎない。
そうであれば、確かに事件になる。
しかしもし光太郎が、危機を、異変が起きる前に解決したのだとしたら?
そうであれば、事件にはならない。
ただ「何も起きなかった」ことになるのだ。
「起きてしまったら、その時点でもうどうしようもない異変というのだってあるのかも知れない。光太郎はそれに誰よりも早く気付いて、もしくは気付きすらせずに解決した……そう考えたら、それなりに辻褄はあうんじゃないか?」
魔理沙の意見を考察する霊夢。
「魔理沙の言いたいことは分かるわ。けどそれってただの、結論ありきの辻褄あわせじゃない。それともその結論に至る明確な根拠があるわけ?」
「いや、ないぜ?」
「それだったら――」
結局はただの推論だ。そう言おうとした霊夢をさえぎるように魔理沙は続けた。
「でも、気になることが全くないというわけでもない」
魔理沙の気になること――それには霊夢も心当たりがあった。
「……フランね」
「ああ。もしフランが異変の原因になるのだとしたら――」
――それなら全ての糸が一本に繋がるのではないか?
もし仮にフランのストレスが限界に達していて、そのストレスの発散に光太郎が貢献したのだとしたら。
――いや、この考えはあまりにも仮定が多すぎる。
「だから私だって絶対にそうだって言っているわけじゃないぜ? ただ、そういう考え方も出来るって話だよ」
真実は誰にも分からないことだってある。
霊夢はそれを理解しているからこそ、これ以上何も言わなかった。
光太郎が世界を救ったと考えることは出来るし、何もしなかったと考えることも出来る。
正反対の考えさえ許容される状況にあって、真実を見つけ出すことはおそらく不可能だ。
だったら考えるだけ無駄だろう。これ以上こだわっても仕方がないと、霊夢は頭を切り替えることにした。
――別にどうだっていいじゃない、真実くらい。
今幻想郷が平和であるという事実があれば、それでいい。
「さてと。それじゃあ魔理沙にも手伝って貰おうかな」
「手伝うって、何を?」
「決まってるでしょ? ……表の賽銭箱の、片付けよ」
――そして今日も幻想郷は、平和だった。
霊夢と小夜の共通点は結構多いから、
クロスを書いてみたくなる気持ちはわかります。
楽しかったです。
キャラ的にも世界観的にも、式神の城と東方は親和性高いと思います。