昼下がり、川辺で釣り糸を垂れている少女がいた。
紫の髪に三日月の髪飾りといえば図書館の魔女が思い浮かぶが、別人である。
その髪は肩にかかる程度の長さで、でかいハチマキのようなリボンから髪が溢れるさまは、なぜだかモヒカンを連想させた。そして身に纏うのはなぜかダンボール製の衣服。
その名は鈴木山 蝶子(ささき リンボクサン)。パチュリー・ノーレッジの妹である。
妹ったら妹である。
「釣れるかい?」
そう声がかかったのは、背後からではなく、蝶子が垂れた釣り糸のすぐそば。水中からである。
ざばぁと顔を出したのは、河童である。しかし、普通の緑色の河童ではない。
衣服も髪の色も真っ赤だった。いわゆる赤河童である。きっと通常の河童の三倍の速度で動けるに違いあるまい。
彼女の名は河城みとり。河城にとりの姉である。
姉ったら姉である。
「なんだ、みとりかぁ。見てのとおりさ、全然釣れないよ」
蝶子はお手上げのポーズをとった。
「餌が古いんじゃないかのう?」
かかってきた声は、今度こそ背後からだった。ただ、ずいぶんと上空のほうから聞こえ、ついでに言えばその声を聴いた瞬間、一瞬であたりが薄暗くなってしまった。
蝶子とみとりが声のしたほうを向くと、雲をも突くほどの巨大な人影が、誰にも気づかれることなく、いつの間にか屹立していたのだ。
「おいサーシャ、無意味に影を出すんじゃあない」
しかし蝶子とみとりはさして驚くこともない。ざばあと水から上がったみとりが、手にした立入禁止の看板で巨大な影の脛をはたくと、すぐにしゅるしゅると影は縮んで、小さな少女の姿をとる。
流れるような蒼い長髪だが、ただ二箇所、髪の毛が重力を無視してまるでツノのように逆立っている箇所がある。
花模様の入った蒼い着物を纏ったその少女の名は左城宮 則紗(さしろみや さーしゃ)。
影を操るだいだらぼっちの妖怪である。こいつは別に誰の血縁というわけでもない。
「すまぬのう。登場には凝りたいお年頃じゃて。それよりおぬしら、知っておるか」
「何をよ?」
則紗の言葉に、二人が耳を傾ける。
「今日はエイプリルフールという、何か嘘をつくべき日なんじゃそうな」
「ほう、嘘をね。そりゃ面白そうだ」
則紗の言葉に、みとりがにやりと笑む。
「そだねえ、姉ちゃんをからかっちゃおうかなあ?」
蝶子もパチュリーが驚く様を想像して、乗り気になってきたのである。
「ではいざゆかん! めくるめく嘘の旅路に!」
「よしきた!」
「がってんしょうち!」
三人は、まずはパチュリーを目当てに紅魔館の大図書館へと足を運んだ。
「おや蝶子様。お帰りなさいませ」
何せパチュリーの妹がいるのだから、門番だって顔パスである。
そうしてやってきた図書館に、もちろんパチュリーはいたが、その他にも意外な妖怪がいた。
「おや、にとりじゃないか。なんでお前までここにいるんだい」
みとりがにとりの姿に驚いて、声をかける。
「おや、姉さんじゃないか。ちと調べものがあったんだよ。魔理沙によると、結構機械にも使えそうな本があるみたいでね。姉さんこそ、なんだって図書館に」
「まぁ、いろいろあってね」
みとりはとりあえずその場をはぐらかした。ちょうど自分の妹までいるのは好都合なんだかそうではないのだかよくわからないが、とりあえずこの場には蝶子の嘘のために来たのである。
「それで蝶子。あなたは何の用事かしら。あなたが図書館に友達を連れてやってくるのはなかなか珍しい出来事よ」
図書館の主であるパチュリーが、やってきた蝶子に声をかける。
蝶子はこれ幸いとばかりに口を開いた。
「姉ちゃん、あたしは姉ちゃんに言っておかなきゃいけないことがあるのよ」
「何かしら?」
パチュリーの促しに応えて、蝶子は言った。
「この前知ったのよ。どうしようか悩んだけど、言うわ。あたしは姉ちゃんの、妹なんかじゃなかったみたい。異母妹ですらなくて、赤の他人だったみたいなの」
「あら、今日はエイプリルフールよ。ダメじゃない。本当のことを言っちゃ」
その瞬間。三人はどこにもいなくなっていた。
パチュリーとにとりの眼前に広がったのは、物悲しさすら感じさせない、いつもどおりの、何もない空間。
「ああ、嘘でも嬉しかったのになあ。私は」
にとりは、最初から姉なんていなかったことを思い出した。最初から何もなかったはずなのに、この寂しさはなんだろう。
「私もそう思うわ。ずっとレミィを見てて、私にも妹が欲しいって思う時もあったもの」
パチュリーもまた、にとりが感じたものを、感じていた。
「別に、彼女たち自身は、悪い妖怪じゃなかったもの。ただ、嘘から生まれた。それだけの妖怪。本当のことを言ってしまって、嘘の魔法が解けてしまった。それだけの妖怪だったのだもの」
言って、パチュリーは紅茶を口に運んだ。
「もう、あの三人には会えないのかな?」
にとりの言葉に、パチュリーはティーカップをまた置きながら答えた。
「きっと会えるわ。きっとまた来年、楽しい嘘が現実になる日に」
紫の髪に三日月の髪飾りといえば図書館の魔女が思い浮かぶが、別人である。
その髪は肩にかかる程度の長さで、でかいハチマキのようなリボンから髪が溢れるさまは、なぜだかモヒカンを連想させた。そして身に纏うのはなぜかダンボール製の衣服。
その名は鈴木山 蝶子(ささき リンボクサン)。パチュリー・ノーレッジの妹である。
妹ったら妹である。
「釣れるかい?」
そう声がかかったのは、背後からではなく、蝶子が垂れた釣り糸のすぐそば。水中からである。
ざばぁと顔を出したのは、河童である。しかし、普通の緑色の河童ではない。
衣服も髪の色も真っ赤だった。いわゆる赤河童である。きっと通常の河童の三倍の速度で動けるに違いあるまい。
彼女の名は河城みとり。河城にとりの姉である。
姉ったら姉である。
「なんだ、みとりかぁ。見てのとおりさ、全然釣れないよ」
蝶子はお手上げのポーズをとった。
「餌が古いんじゃないかのう?」
かかってきた声は、今度こそ背後からだった。ただ、ずいぶんと上空のほうから聞こえ、ついでに言えばその声を聴いた瞬間、一瞬であたりが薄暗くなってしまった。
蝶子とみとりが声のしたほうを向くと、雲をも突くほどの巨大な人影が、誰にも気づかれることなく、いつの間にか屹立していたのだ。
「おいサーシャ、無意味に影を出すんじゃあない」
しかし蝶子とみとりはさして驚くこともない。ざばあと水から上がったみとりが、手にした立入禁止の看板で巨大な影の脛をはたくと、すぐにしゅるしゅると影は縮んで、小さな少女の姿をとる。
流れるような蒼い長髪だが、ただ二箇所、髪の毛が重力を無視してまるでツノのように逆立っている箇所がある。
花模様の入った蒼い着物を纏ったその少女の名は左城宮 則紗(さしろみや さーしゃ)。
影を操るだいだらぼっちの妖怪である。こいつは別に誰の血縁というわけでもない。
「すまぬのう。登場には凝りたいお年頃じゃて。それよりおぬしら、知っておるか」
「何をよ?」
則紗の言葉に、二人が耳を傾ける。
「今日はエイプリルフールという、何か嘘をつくべき日なんじゃそうな」
「ほう、嘘をね。そりゃ面白そうだ」
則紗の言葉に、みとりがにやりと笑む。
「そだねえ、姉ちゃんをからかっちゃおうかなあ?」
蝶子もパチュリーが驚く様を想像して、乗り気になってきたのである。
「ではいざゆかん! めくるめく嘘の旅路に!」
「よしきた!」
「がってんしょうち!」
三人は、まずはパチュリーを目当てに紅魔館の大図書館へと足を運んだ。
「おや蝶子様。お帰りなさいませ」
何せパチュリーの妹がいるのだから、門番だって顔パスである。
そうしてやってきた図書館に、もちろんパチュリーはいたが、その他にも意外な妖怪がいた。
「おや、にとりじゃないか。なんでお前までここにいるんだい」
みとりがにとりの姿に驚いて、声をかける。
「おや、姉さんじゃないか。ちと調べものがあったんだよ。魔理沙によると、結構機械にも使えそうな本があるみたいでね。姉さんこそ、なんだって図書館に」
「まぁ、いろいろあってね」
みとりはとりあえずその場をはぐらかした。ちょうど自分の妹までいるのは好都合なんだかそうではないのだかよくわからないが、とりあえずこの場には蝶子の嘘のために来たのである。
「それで蝶子。あなたは何の用事かしら。あなたが図書館に友達を連れてやってくるのはなかなか珍しい出来事よ」
図書館の主であるパチュリーが、やってきた蝶子に声をかける。
蝶子はこれ幸いとばかりに口を開いた。
「姉ちゃん、あたしは姉ちゃんに言っておかなきゃいけないことがあるのよ」
「何かしら?」
パチュリーの促しに応えて、蝶子は言った。
「この前知ったのよ。どうしようか悩んだけど、言うわ。あたしは姉ちゃんの、妹なんかじゃなかったみたい。異母妹ですらなくて、赤の他人だったみたいなの」
「あら、今日はエイプリルフールよ。ダメじゃない。本当のことを言っちゃ」
その瞬間。三人はどこにもいなくなっていた。
パチュリーとにとりの眼前に広がったのは、物悲しさすら感じさせない、いつもどおりの、何もない空間。
「ああ、嘘でも嬉しかったのになあ。私は」
にとりは、最初から姉なんていなかったことを思い出した。最初から何もなかったはずなのに、この寂しさはなんだろう。
「私もそう思うわ。ずっとレミィを見てて、私にも妹が欲しいって思う時もあったもの」
パチュリーもまた、にとりが感じたものを、感じていた。
「別に、彼女たち自身は、悪い妖怪じゃなかったもの。ただ、嘘から生まれた。それだけの妖怪。本当のことを言ってしまって、嘘の魔法が解けてしまった。それだけの妖怪だったのだもの」
言って、パチュリーは紅茶を口に運んだ。
「もう、あの三人には会えないのかな?」
にとりの言葉に、パチュリーはティーカップをまた置きながら答えた。
「きっと会えるわ。きっとまた来年、楽しい嘘が現実になる日に」