Coolier - SS得点診断テスト

日々の死

2013/04/01 22:32:36
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「彼女は最後まで何も言わなかった。
 ただ空を見上げた後、私に微笑んでから、空へと消えてしまったのだから」



 長雨を過ぎたころ。暫く顔を出していなかった魔理沙が、私の所へやってきた。
 いつも通りお茶を出して、何気ない時間を過ごす。
 これからまた花見で掃除が大変になるね、なんて話を交わしていた。

 彼女とこのように過ごし始めたのは、いつが最初だっただろうか。
 私は何時の間にか巫女をしていて、彼女も何時の間にかウチに通うようになっていた。
 厳密に、初めを定義する必要が無いから記憶があいまいなのか、定義する事によって崩れてしまうものがあるからこそ、具体性を持たないのか、それは解らない。
 私は彼女を何とも思っていない。
 彼女も私を何とも思っていないだろう。
 そうする事によって保たれているのだと思う。

 愛だ恋だなんて、女同士じゃ虚しいだけだし、彼のお兄ちゃんは生憎、朴念仁だ。
 肌寒く、炬燵を仕舞いたくない、なんて話題を振ると、彼女は苦笑いした。
 そんなに寒きゃあ、上着でも着ろ、なんていう。
 確かに、涼しげな恰好ではあるけれど、これを止めてしまうと、レーゾンデートルというか、個性のようなものが無くなってしまうような気がしてならない。
 アンタも帽子と箒を取ったら、ただの家出人ね、と煽る。

 それが少し、癪に障ったのだろうか。妙な剣幕で怒りだす。
 私も付き合うのが面倒になり、適当にあしらった。
 暫くと怒ったのち、魔理沙が勝手にお茶菓子を食べ始める。
 これで手打ちな、などと軽く笑う彼女が、まあ、嫌いではない。

 そういえばアンタ、暫く顔を見せなかったわね、などと振る。
 魔理沙は少しだけ神妙な顔つきをした後、目をそむけた。
 別に、話したくない事なら喋らなくても良い。何かを強要するような仲じゃあない。
 けれども、私達は自分で思っているよりも、あけっぴろげた仲だ。
 彼女が何かを隠すような事があっただろうか。
 悪巧みなら数知れずだけれど、彼女の雰囲気に似あわない言い淀みは、少しだけ気になる。

 小さく溜息を吐く。
 魔理沙がそれに反応した。
 お前だって、何か隠してるんじゃないのか。
 そう言われると、あまり反論出来ない。
 だから、別に、喋らなくても良い。私も喋らないから。



「後悔して泣き叫ぶ自己満足なんて、不毛なだけだから、止めた方が良い。
 だって私は、お前が笑ってる方が好きだから。お前がこれからも笑える為に私は行くんだから」

 

 長雨は過ぎ去ったと思っていたのに、天気は頗る機嫌が悪い。
 また暫く顔を見せなかった魔理沙が現れたのは、そんな日の夕方だった。
 びしょぬれで上がり込んだ彼女を咎め、手拭を差し出すと、疲れたように笑う。
 何してたのと問えば、また濁された。
 追及するのも面倒で、私は直ぐにお茶を出す。

 この天気の悪さはどこから来ているのだろう、なんて話になる。
 まさか、また天人が適当な事をしてるんじゃないかと言えば、魔理沙は首を振った。
 違うという確証があるのだろう。
 最近顔を見せなかったのは、それを調査していたからかと問えば、沈黙した。肯定だろう。

 面倒で、気にしない振りをして、私は結局魔理沙を追及している。
 どうしてこんなに気掛かりなのだろう。
 もっと私達は適当で良い筈なのに。
 私達が出会ったのは、いつだろう。私達がこうし始めたのは、いつだろう。
 それはずっと続いて行くだろうか。明日もこうしていられるだろうか。
 案外、こんな空気が好き、などと、不覚にも漏らすと、魔理沙に笑われた。

 今日の魔理沙は弱々しい。笑いにも覇気が無い。
 普段、絶対見せないような姿は、観ている此方が不安になる。
 声をかけて貰いたんだろうか。
 優しくして貰いたいのかもしれない。
 互いに一人身、同性同士。面白い話にはならないけれど、知人として、友好は深まるだろう。
 深める意味なんてあるのかと、そう言われる。
 じゃあ、疲れた顔して来るなと、言い返す。

 魔理沙の瞳が少し、きつかった。
 何も怖くない筈の私が、それだけは怖かった。
 口を半開きにして、何も言えず、私は黙り込む。魔理沙は帽子で顔を隠し、小さく首を振る。
 ごめん。
 別に。
 適当にしている今が、一番良い。それ以上は求めてはいけないと、暗に諭されているのだろうか。
 偉そうに、何様になったつもりなのか。
 今を崩して得るものは何だろうか。
 これからもずっとこうしていて、それで、どうなるんだろうか。

 最初が解らない私には、その答えも解らない。
 私達は何処から来て、何処へ向かって行くのか。陳腐ながら、考えさせられてしまう。
 縁側で脚をぶらつかせていた魔理沙が、ふと此方を振り向く。
 明日には雨が上がる、そうしたら、思いっきり空を飛べる、なんて言う。
 そんなに飛ぶのが好きだったかと問えば、小さく頷いた。
 幻想郷において、人が人を超える瞬間は、その重力から解き放たれた瞬間だと言う。
 あまり記憶が無い。ただ私は最初から、そんなものに縛られてはいなかった。
 お前はそういう奴だから、最初から最後までそれで良いと魔理沙が言う。
 魔理沙と私の違いは何だろう。

 雨が上がる。
 魔理沙は重い腰を上げると、箒を立てて意気込んだ。
 空を飛ぶのがそんなに楽しみだったのだろうか。
 夕日を背に佇む彼女の姿が、妙に逞しい。
 ねえ、私も散歩に付き合うわと言うと、魔理沙は首を振った。
 そうしてから、彼女は私に微笑みかけて、そのまま夕日に向かい、空へと消えて行ってしまった。



「正義の味方は、視野狭窄的に支持する人間がいるからこそ成り立つ。
 だから、それで良いんだと思う。あまり広大な視野を持っていると疲れるし、自分の正義がなくなるから」



 ここ一週間はずっと晴だった。そろそろ桜も咲き始めるだろう。
 そしてその一週間、私は魔理沙の顔を見ていない。
 流石に一週間も顔を出さないのは初めてだったので、私は魔理沙の家へと赴いた。

 鍵はかかっていなかった。そして同時に、そこには誰もいなかった。
 生活感そのままに、七日間、何も動いた様子が無い。
 じわりと心の中に、黒い沁みが出来る。
 アリスの家にも赴いたが、期待する返答は望めなかった。

 その足で紅魔館へと向かう。私は焦っていたのだと思う。
 客として入れば良いものの、敵対者として突っ込んでしまった。
 大図書館と一悶着ののち、彼女はボロボロになった裾をめくりながら、幾つかの本を差し出す。

 中身は読めない。日本語では無い。英語でもない。意味は解らなかったけれど、挿絵があった。
 その挿絵はどうも、あまり良い予感はしないものばかりで、私は言葉に詰まる。
 魔理沙はどこへ行ったの。そう問えば、大図書館は天井を指差した。
 ただ、空、と答える。
 何の為にと問えば、大図書館は首を振り、ただ、さめざめと涙し始めた。

 泣いていては解らない。答えて貰わねば困る。
 しかし結局、他の事は何も聞けなかった。私は何も考えられずに、神社へと戻る。

 何が、どうして、どうなったのか。
 そのことの顛末を知るものが居ない。
 何故魔理沙は私に何も言わず消えてしまったのか。
 そんなに、私は信用されていなかったのだろうか。
 それは、おかしい。
 確かに、言うほど仲良しじゃなかったかもしれない。
 戯れにスキンシップするほどでもないし、何か面白い展開になったこともない。
 ただ毎日、一緒に過ごしていた。
 彼女は具合が悪くとも、欠かさず神社に足を運んでいた。
 それを適当にあしらい、お茶を出して、適当に過ごす。
 私という日常を得る事を、好んでいたかのように。
 そしてそれは同時に、私の日常でもあった。
 そのサイクルを、勝手に乱されては、困る。

 私はお湯を沸かして、二人分のお茶を淹れる。
 お茶を飲みながら、ちゃぶ台の前に座っている筈の、彼女の適当な顔を思い出す。
 私は、それほどまでに、どうでもよい人間だったのだろうか。
 互いに何とも、思っていないと、そう考えていたのに。

 彼女が居ないと解って、自覚して、思い出すと、嫌になるほど涙があふれて来た。
 霧雨魔理沙が居ない。
 こんな寂しい事があって良いのだろうか。
 今日は面倒を持ち込まないのか。変な生物連れ込んだり、変な妖怪連れ込んだり、しないのか。
 また変なもの食べて、気持ち悪そうに現れたりしないのか。
 また適当な異変を持ち込んで、また適当に解決に行かないのか。
 どうして何も答えてくれない。何故いない。
 博麗霊夢は、霧雨魔理沙がいなければ、動こうともしないのに。
 アンタがいなきゃ、私は何もしたくないのに。

 私はこれほどまでに悲しくなるのに、お前は、何も悲しくなかったのか。

 そんな筈ない。
 ここ暫くと、ずっと寂しそうにしていたではないか。
 どうして、私は、それに気付いていながら、突っ込んだ話をしなかったのか。
 無理矢理聞いたら、嫌われると、そう思ったからか。
 いなくなられるぐらいなら、嫌われた方がマシだった。
 後悔しても後悔しても、出て来るのは涙ばかりだ。

 好きだったのだろうか。
 違う。
 あの子は家族を捨てたから。
 私はそもそも……何者かすら、解らない、一人身だから。
 肩を寄せ合っていた、とも違う。
 慣れ合っていた、とも違う。
 距離を置きながらも……互いに大事な時間を共有出来る人間であると、認めていたんだ。
 魔理沙。
 小さく漏れる。ただ虚しく消えて行く。
 霧雨魔理沙の居ない幻想郷なんて、寂しくて、静かで、何も面白くないではないか。

 暗い未来を、想像する。
 博麗霊夢は……どう、すればよいのか。
 ふと、何かの気配を感じ取り、後ろを振り向く。
 しかし、そこには何もいない。ただ、壁がある。

 壁に掛けた、カレンダーに目をやる。
 そこには、小さく丸が付けられていた。


「四月一日」


「おい、出てこい、おい」
「――……いや、その……あの……」

 天井裏から顔を覗かせた金髪を、私は掴み取って地面にたたき落とす。

「おい、なんか言え」
「……あの、ですね、霊夢さん。その、私ですね、いや、ほら……私居なくなったらその、霊夢ってどんな感じなのかなーってさ、はは、いやー疲れました、ドッキリこれで終了です。仕込むの大変でした」
「座れ」
「……はい」
「頭が高い」
「はい」

 なんだこれ。この溢れ出る涙はなんだ。
 ああ、私、魔理沙を大事に思っていたんだ――で、済ませれば良いじゃない良いじゃない。

「ねえ魔理沙」
「はい、霊夢様」
「ちょっとさ、この気持ち、整理つけたいんだよね」
「ええ、ごもっともで」
「死んでくれる?」
「え?」
「死んでくれる? そうすればほら、なんか、鬱い感じで終わるじゃん」
「はあ、そう言われましても……」
「――はあ。何でこんな事したの?」

 そういうと、魔理沙が頭をあげ、此方をジッと見つめる。久しぶりに観た顔だ。冗談で良かったと、思ってしまっている辺り、私はダメな人間なのかもしれない。

「だ、だって。霊夢……その、私……何とも、思われて、ないんじゃないかって……不安で」
「……ふン。馬鹿ね。ほんと……何それ……どんだけ心配したと、思って……ううっ……」

 そういって、魔理沙が私を抱きしめる。

「霊夢」
「うん……うん……」
「ほらあれ」

 指差した先には、カレンダー。小さく丸が付けてある。

「四月一日」

 私は魔理沙を思い切りぶん殴り、畳に埋めた。

「ばーか!! 死ね!!」
「いだだだッッ……く、ふふふっ……」

 それが果して、本当に嘘だったのか、照れ隠しでしたのかは……私にも解らない。

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コメント



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2.274636指導員削除
良かった