「ねえ、フラン。私に何かしてほしいことない?」
私が本を読んでいる横で、こいしが不意にそんなことを言ってきた。
「暇なら何か読んであげようか?」
本に栞を挟みながらそう言う。ちなみに、先ほどまで読んでいたのは魔法に関する本だから、朗読するような代物ではない。こいしが聞きたいって言うなら、読み上げないこともないけど、頼まれることはないと思う。
私たちはよく顔を合わせはするけど、一緒に何かをするということは少ない。大抵の場合、私は本を読んでいて、こいしはそんな私に寄りかかってぼんやりとしている。そして本を読むのに疲れたり、そういう気分でないときは、本当に他愛のない会話をするか、私もぼんやりとして、たまに気が付けば一緒に寝てしまっていたりする。
もし、何かする場合は、こいしに手を引かれて外に連れ出されたり、面白い本を見つけたら読むのが面倒くさいというこいしのために朗読してあげたりするくらいだ。
だから、私の方から暇つぶしの手段を挙げるとなると、朗読をしてあげるということくらいしか出てこない。
「別に暇なわけじゃない。今までフランには色々としてもらったから、恩返しみたいなことをしてあげたいなぁ、と」
そう言いながら、私の肩の辺りから頭を転がり落とすようにして、腿の辺りに頭を乗せる。本はこいしの頭が乗る前に脇にどけておいた。最近はこうして甘えてくることが多いから、なんとなくタイミングを覚えている。
ちなみに、私たちはベッドに腰掛けて、こいしは私に身体を寄りかからせていた。途中で私が背中を伸ばしているのに疲れて横になるとこいしがお腹の上に頭を乗せてくるのはよくあることだ。それでも、ここに座るのはこいしがこちらの方がいいと言ったからだ。
「それで、何かない?」
「突然そんなこと言われても、特にしてほしいことなんてない」
突然でなくても、特に思い浮かんでくるとは思えない。日常の細々としたことは大体咲夜がやってくれるから、わざわざこいしに頼むようなことはない。まあ、こいしが言っているのはそういうことではないんだろう。けど、こいしにだからこそしてほしいこととなると、なおさら何も思いつかない。
「フランのお願いならどんなに不条理なことでも聞くよ。私の死体を飾りたいって言うなら今ここで死んでもいいし、ペットがほしいなら私がなってあげる」
「……なんで例で上がってくるのが、そんな妙なのばっかりなの?」
「それだけ何でも聞くってこと。さあさあ、遠慮せずに言って」
翡翠色の瞳でじーっとこちらを見上げてくる。何もない、なんて言っても納得してくれそうになさそうなくらいの真剣な色が見える。
とはいえ、本当にしてほしいことなんて何一つない。私はただ一つのことを願うだけ。
「じゃあ、いつまでも私と友達でいて。私は、こいしとこうやって平穏で平和な時間を過ごせるだけで十分だから」
こいしに対するただ一つの願いを口にする。本当にそれくらいしか浮かんでこない。
「ぐぬぬ……、そんな笑顔でそんなこと言うなんてずるい……」
こいしの頬が若干赤く染まる。こうした反応も、慣れてくるとだいぶ冷静に受け止められてくる。
こいしがこの感情を手放してくれたら、もうほとんど理想的な形となるのだけれど、言ってどうにかなるなら、最初から今のようななんとも言えない関係にはなっていなかったはずだ。
「……前半は聞き入れられない」
露骨に不満そうな視線を向けられる。応えられないことはちゃんと伝えてあるはずだけど、結構諦めが悪いらしい。
私もこいしのその言葉を聞き入れるつもりはなかった。だから、特に反応らしい反応はしない。
「……後半は私も同意するけど、フランからもらったものだから、恩返しにならない」
「私もあげたつもりはないよ。気が付いたら手元にあった。同時にかけがえのない大切なものになってた」
出会いはただ唐突で、一見すれ違うだけのものかと思った。けど、私は何かに引かれ、そこで看過できないことを見て、好き勝手やっているうちに唯一無二の友達ができていた。
このこいしが大切だという気持ちは言葉だけでは伝わらないような気がする。だからといって、どうするのが適切なのかわからず、なんとなしにこいしの頭を撫でることくらいしかできない。
「私はこいしと過ごすこの間延びした時間が好き。何もないからこそ、愛すべき時間なんだって思える」
私たちの間にも、私たち自身にも色々とありすぎた。
だから、平穏なる日常こそこんなにも大切なのだと思うことができる。
「……やっぱり、ずるい」
こいしはそう言うと、胸の辺りを押さえて、ゆっくりと深呼吸を始める。少しずつ反応が顕著なものになってきている気がする。
「えっと……、だいじょうぶ?」
「恋しさで胸が張り裂けそう。……というか、私が恩返ししたいのに、なんで私の方が余計に色々と貰っちゃってるの」
顔を赤くしたまま不満そうな表情を浮かべて、こちらを睨んでくる。私もそうしたくてそうしてるわけじゃないから、そんなことを言われても困る。
「……それだけ充足してるってこと?」
少し考えて、そんな返しを思いつく。そして、それから言葉を続けていけば、諦めさせてあげられるんじゃないかなと考えつく。
「だから、こいしは余計な気を回さなくていいよ。こうして私の近くにいてくれれば、私は幸せ」
穏やかな心持ちは幸福の根拠。自然と浮かぶ笑顔は幸福の証。これにて、Q.E.D.
「……」
こいしは私の顔を見て完全に動きを止めてしまっていた。
思いの外、私の言動はこいしの深い部分へと届いてしまったようだ。……私はどうすればいいんだろうか。
「えーっと、……こいし?」
おずおずと声をかける。それがきっかけとなったのか、はっと我に返る。そして、徐々に顔を染めていく様子を見せながら、顔をそらされてしまう。
「……」
「……」
二人して黙り込む。こいしがすぐさま何か言ってくるかなぁ、と思っていたけどそんなことはなかった。やたらと気まずい。
私はその気まずさを紛らわせるように、こいしの頭を撫でることに意識を向ける。
「……その幸せは、私があげたものだって思っていいってこと?」
しばらくして、こいしが明後日の方を向いたままそう聞いてくる。
「うん」
「……そっか」
残念そうに、けど同時に嬉しそうに呟く。
そうした複雑な心境は理解できる。そんな私にできるのは、気にしなくてもだいじょうぶと、あやすようにして頭をぽんぽんと優しく叩いてあげるだけ。
「……子供扱いしないで」
「そうやって、思い通りにならなかったからってちょっとふてくされるところが子供っぽい」
ちょっぴり笑いを混ぜ込みながらそう言う。
「むー……」
「よしよし」
不満そうにしているから、丸め込んでみようとしてみる。
「うがー」
余計に不満を募らせてしまったようだ。でも、気にせずあやしていると大人しくなる。
そうして今日も何も起こらないまま一日は過ぎ去って行くのだった。
Fin
私が本を読んでいる横で、こいしが不意にそんなことを言ってきた。
「暇なら何か読んであげようか?」
本に栞を挟みながらそう言う。ちなみに、先ほどまで読んでいたのは魔法に関する本だから、朗読するような代物ではない。こいしが聞きたいって言うなら、読み上げないこともないけど、頼まれることはないと思う。
私たちはよく顔を合わせはするけど、一緒に何かをするということは少ない。大抵の場合、私は本を読んでいて、こいしはそんな私に寄りかかってぼんやりとしている。そして本を読むのに疲れたり、そういう気分でないときは、本当に他愛のない会話をするか、私もぼんやりとして、たまに気が付けば一緒に寝てしまっていたりする。
もし、何かする場合は、こいしに手を引かれて外に連れ出されたり、面白い本を見つけたら読むのが面倒くさいというこいしのために朗読してあげたりするくらいだ。
だから、私の方から暇つぶしの手段を挙げるとなると、朗読をしてあげるということくらいしか出てこない。
「別に暇なわけじゃない。今までフランには色々としてもらったから、恩返しみたいなことをしてあげたいなぁ、と」
そう言いながら、私の肩の辺りから頭を転がり落とすようにして、腿の辺りに頭を乗せる。本はこいしの頭が乗る前に脇にどけておいた。最近はこうして甘えてくることが多いから、なんとなくタイミングを覚えている。
ちなみに、私たちはベッドに腰掛けて、こいしは私に身体を寄りかからせていた。途中で私が背中を伸ばしているのに疲れて横になるとこいしがお腹の上に頭を乗せてくるのはよくあることだ。それでも、ここに座るのはこいしがこちらの方がいいと言ったからだ。
「それで、何かない?」
「突然そんなこと言われても、特にしてほしいことなんてない」
突然でなくても、特に思い浮かんでくるとは思えない。日常の細々としたことは大体咲夜がやってくれるから、わざわざこいしに頼むようなことはない。まあ、こいしが言っているのはそういうことではないんだろう。けど、こいしにだからこそしてほしいこととなると、なおさら何も思いつかない。
「フランのお願いならどんなに不条理なことでも聞くよ。私の死体を飾りたいって言うなら今ここで死んでもいいし、ペットがほしいなら私がなってあげる」
「……なんで例で上がってくるのが、そんな妙なのばっかりなの?」
「それだけ何でも聞くってこと。さあさあ、遠慮せずに言って」
翡翠色の瞳でじーっとこちらを見上げてくる。何もない、なんて言っても納得してくれそうになさそうなくらいの真剣な色が見える。
とはいえ、本当にしてほしいことなんて何一つない。私はただ一つのことを願うだけ。
「じゃあ、いつまでも私と友達でいて。私は、こいしとこうやって平穏で平和な時間を過ごせるだけで十分だから」
こいしに対するただ一つの願いを口にする。本当にそれくらいしか浮かんでこない。
「ぐぬぬ……、そんな笑顔でそんなこと言うなんてずるい……」
こいしの頬が若干赤く染まる。こうした反応も、慣れてくるとだいぶ冷静に受け止められてくる。
こいしがこの感情を手放してくれたら、もうほとんど理想的な形となるのだけれど、言ってどうにかなるなら、最初から今のようななんとも言えない関係にはなっていなかったはずだ。
「……前半は聞き入れられない」
露骨に不満そうな視線を向けられる。応えられないことはちゃんと伝えてあるはずだけど、結構諦めが悪いらしい。
私もこいしのその言葉を聞き入れるつもりはなかった。だから、特に反応らしい反応はしない。
「……後半は私も同意するけど、フランからもらったものだから、恩返しにならない」
「私もあげたつもりはないよ。気が付いたら手元にあった。同時にかけがえのない大切なものになってた」
出会いはただ唐突で、一見すれ違うだけのものかと思った。けど、私は何かに引かれ、そこで看過できないことを見て、好き勝手やっているうちに唯一無二の友達ができていた。
このこいしが大切だという気持ちは言葉だけでは伝わらないような気がする。だからといって、どうするのが適切なのかわからず、なんとなしにこいしの頭を撫でることくらいしかできない。
「私はこいしと過ごすこの間延びした時間が好き。何もないからこそ、愛すべき時間なんだって思える」
私たちの間にも、私たち自身にも色々とありすぎた。
だから、平穏なる日常こそこんなにも大切なのだと思うことができる。
「……やっぱり、ずるい」
こいしはそう言うと、胸の辺りを押さえて、ゆっくりと深呼吸を始める。少しずつ反応が顕著なものになってきている気がする。
「えっと……、だいじょうぶ?」
「恋しさで胸が張り裂けそう。……というか、私が恩返ししたいのに、なんで私の方が余計に色々と貰っちゃってるの」
顔を赤くしたまま不満そうな表情を浮かべて、こちらを睨んでくる。私もそうしたくてそうしてるわけじゃないから、そんなことを言われても困る。
「……それだけ充足してるってこと?」
少し考えて、そんな返しを思いつく。そして、それから言葉を続けていけば、諦めさせてあげられるんじゃないかなと考えつく。
「だから、こいしは余計な気を回さなくていいよ。こうして私の近くにいてくれれば、私は幸せ」
穏やかな心持ちは幸福の根拠。自然と浮かぶ笑顔は幸福の証。これにて、Q.E.D.
「……」
こいしは私の顔を見て完全に動きを止めてしまっていた。
思いの外、私の言動はこいしの深い部分へと届いてしまったようだ。……私はどうすればいいんだろうか。
「えーっと、……こいし?」
おずおずと声をかける。それがきっかけとなったのか、はっと我に返る。そして、徐々に顔を染めていく様子を見せながら、顔をそらされてしまう。
「……」
「……」
二人して黙り込む。こいしがすぐさま何か言ってくるかなぁ、と思っていたけどそんなことはなかった。やたらと気まずい。
私はその気まずさを紛らわせるように、こいしの頭を撫でることに意識を向ける。
「……その幸せは、私があげたものだって思っていいってこと?」
しばらくして、こいしが明後日の方を向いたままそう聞いてくる。
「うん」
「……そっか」
残念そうに、けど同時に嬉しそうに呟く。
そうした複雑な心境は理解できる。そんな私にできるのは、気にしなくてもだいじょうぶと、あやすようにして頭をぽんぽんと優しく叩いてあげるだけ。
「……子供扱いしないで」
「そうやって、思い通りにならなかったからってちょっとふてくされるところが子供っぽい」
ちょっぴり笑いを混ぜ込みながらそう言う。
「むー……」
「よしよし」
不満そうにしているから、丸め込んでみようとしてみる。
「うがー」
余計に不満を募らせてしまったようだ。でも、気にせずあやしていると大人しくなる。
そうして今日も何も起こらないまま一日は過ぎ去って行くのだった。
Fin
ナイス番外
あなたのシリーズ作品がこんなところでお目にかかれるなんて。これだけでも、今日エイプリそそわに来てよかった!!
あなたの作品はいつもとても良いです。楽しく読ませていただいてます。ありがとう。