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輝子の部屋

2013/04/01 01:47:06
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「おはよう、輝夜」
「あら、おはよう永琳。随分長く眠ってたわね」
「ええ。沢山夢を見たわ。色とりどりの夢だったわね」
「ふぅん、どんな夢だった?」
「そうね、例えば、それは薄暗くて息苦しい世界に生きる少女が、姉の揺りかごから逃げ出そうとして、結局逃げられない夢。法を説き業を裁く人が、自らの振るうべき白黒とは全く違う色で塗られた両手を呪う夢」
「叙事的ね」
「太陽と月よりも遠い所に、きっと消えない二つのタイムカプセルを埋める夢とか。雲の切れ間に、心が別れを浮かべる夢とかね」
「悲しい夢ばかりじゃない」
「悲しい記憶のほうが頭に残るでしょ。そうでもないのは、何でもない日常の、少しだけ苦かったり甘かったりする夢とか。孤独と孤独が、風味豊かな温もりで、永遠の絆になる夢とか。可愛らしいお姫様が、女王様ごっこをして遊ぶ夢とか。仲のいい女の子たちの、いい香りがする昼下がりの夢とか。天命を授けられている少女が、美しく人生を紡ぐ夢とか。さっきまで見てた夢はなんだったかしら……」
「お疲れ様」
「ええ、本当に。全然眠った気がしないんだけど、これだけ長い間夢を見ていたんだから、割と長く眠れたかもしれないわね。今は、何時間くらいかしら」
「大体……四千万年くらいじゃない?」
「………………は?」
「細かい数字はあんまり覚えてないんだけど、それくらいじゃないかしら」
「聞き間違えとか、言い間違えじゃないわよね。単位とか。えっ、万年って言った? しかも千万年って言った?」
「言ったわ。永琳は、ずっと寝てたわよ」
「……証拠は?」
「外見てみれば?」
「………………うわぁ! 竹じゃない! 決して竹ではない! なにこれ!」
「シダの仲間よ。大体三十万年くらい前から竹林を駆逐し始めたの。植物同士の勢力争いはすごかったわ。いやはや、竹の生命力は強いと思ってたんだけど、流石は地球上を最初に覆った植物ね。今やジャングルになったわよ」
「そんな馬鹿な……えっ、じゃあ、幻想郷は? 幻想郷はどうなったの?」
「結論から言えば、無くなったわ。原因は博麗大結界の崩壊よ。どのくらい前だったかしら、八雲紫が騒いでたのは。巫女が居ない、巫女が居ないってね。あっ、最後のほうは八雲紫が直々に巫女服着て、博麗の巫女をやってたわー。中々面白かったんじゃないかしら。
 幻想郷が無くなったのは確かだけど、全部が全部、壊れて消えたわけじゃない。結界が壊れて起こったのは、融和。幻想郷に住んでた人は、それぞれ自分の好きなところへ去って行ったわよ。これが大体、どれくらいかしら。永琳が寝てた時間を四千万年としたら、感覚的には三千九百万年以上前」
「随分……それで、どうなったの?」
「幻想郷が無くなってからは、あっという間だったわ。文明が途絶えるのはね。とりあえず、座れば?」
「ああ……そうするわ。それにしても、文明が途絶えたって?」
「簡単な話よ。引き金が何かは分からないけど、どんな時代だって、一つの栄華が永遠に続くわけではない。なにせ、此処は地球なんだから。月とは違うわ。あ、月と言えばね。永琳が寝てから一回だけ、あの子たちと会ったわよ。ほら、月の姉妹」
「まあ」
「人類が滅びた直後だったわね。何年も経たなかった頃じゃないかしら。ああ、文明が崩壊した理由だったわね」
「いや、私も何となく飲み込めてきたわ。……ええそう、きっと人間たちは耐え切れなかったんでしょうね。この広すぎる地球の中にある、狭すぎる自分たちの生活圏に。一つの時代とも言える巨大なコミュニティが崩壊するならば、それは強大すぎるエネルギーが暴走した結果なんでしょう。彼らはきっと、自ら滅びを選んだのね?」
「多分それが正解じゃないかしら。勿論、地球上の全てが滅びたわけじゃないだろうし、私はこの辺り一帯の散策しかしてない。日本くらいは一周したけど、あくまでも島の端をなぞるように飛んだだけだし。勿論、その結果として、人間は見つけることが出来なかったんだけどね。
 ただ、緑はあったし生物も結構居たから、人間ばっかり滅んだってわけじゃないのかもね。食物連鎖の頂点から転げ落ちただけよ。天敵に全部捕食された可能性も――いや、案外そうなのかもしれないわね。人間はちょっと、敵が多すぎた感じがするし」
「なるほど。色々あったのね」
「色々あったのよ」
「あらっ、そういえばどうして、この屋敷は昔のままなの? 畳はこんなにも青々しいし、壁や障子だって、ところどころはボロボロだけど新品同然。世界はこんなにも変わってしまったのに」
「へ? 私が補修したり、時間の進みを止めてたからに決まってるじゃないの」
「……事も無げに言ったけど、それ、今までずっと?」
「ん、時間を引き伸ばしてるってことに関しては、今も」
「どうして……? そりゃ、自分の住処は大事だったでしょうけど」
「だって永琳が居たじゃない。起こすのは忍びなかったし」
「…………本気で言ってる?」
「当たり前よ。永琳のためなら、もう五千万年頑張れるわよ」
「……そう」
「ん、どうしたの?」
「いや、何でもないわ。輝夜は、相変わらず、ずっと頑張るのが得意ね」
「任せなさいよ。そうそう、シダのジャングルをちょっと切り開いてね、色々と畑を作ったりしたのよ。
 畳だって、自分で作ってるんだからね。
 畳よ、畳。
 すごいでしょう。
 畳なのよ?」
「ええ、すご……なんでそんなに畳推しなの?」
「それに木を成形する技術も覚えたし、鉄を錬成することも出来るわ。鉱石さえあればね。家の外枠は、時間を引き伸ばしてコーティングしてるんだけど。家の中の時間まで引き伸ばしちゃうと、それこそ永琳がいつ起きるのか分からなくなるなーと思って、何もしてないの。そうしたらもう当然みたいに畳はボロボロで障子は破れるし鉄は錆びるし畳はボロボロ」
「ああうん……えーっと、それを全部、一人で?」
「んー実はね。一緒には住んでないんだけど、似たような境遇のアレが居て」
「ああ」
「察してる通りなんだけどね。やっぱアレが居ないと、途中で色々諦めてたところも多かったかも。ジャングルを切り開いて、農業がしやすい状態にしたのもアレだし、本当にどうしようもなく暇な時に、互いに暇潰しの相手にもなってたし。その辺は、幻想郷に居た時から変わってないんだけどね」
「……でも、あの子だけってことは?」
「うん。鈴仙は、月に帰ったわ」
「やっぱり。それは残念ね……あら? そういえばいつの間に鈴仙なんて呼び方するようになったのかしら」
「呼ばれたそうな顔してるのを見た時からよ」
「そういえば、綿月姉妹が来てたって言ってたわね」
「そうそうそう。それと一緒に、月へ帰って行ったの。むしろ半分は強制送還みたいな感じだったんだけど。私も強制送還予定だったらしいんだけどね」
「どうしたの?」
「勝っちゃった」
「死神と仙人みたいね」
「実際、似たようなものよ。永琳、まだあんまり月に帰る気は無いでしょ?」
「……私は別に、輝夜が良ければいいのよ?」
「そう言うと思ったのよね。私はあんまり帰りたくない」
「じゃあ、確かに私も、まだあんまり月に帰る気は無いわね」
「だから地球に居るって断ったのよ。縄で縛ってでも連れて帰る気だったらしいから、ちょっと一悶着あったんだけどね。まあ、なんてこと無かったわよ。永琳の四分の一くらいだった。この辺が文明滅んですぐの話」
「てゐはどうなったのかしら?」
「気づいたら居なくなってた。兎ごとまるっと。まだ生きてるかは怪しいけど、鈴仙が連れて行かれるまでは居たし、連れて行かれる時に何かこそこそしてたし、案外月へ一緒に行って、のんびり生きながらえているかもしれないわね。月に行けたなら死から解き放たれてるはずだし、暇になったら遊びに行くくらいでいいんじゃないかしら」
「随分と長い間、一人だったみたいね」
「てゐも鈴仙も頑張ってくれてたけど、まあ基本はね。たまにもう一人増えてたから、深刻なほど暇じゃなかったわ」
「そういえば相方ちゃんは何処に?」
「何処かしらね。歩いて世界中を見て回ってるらしいわよ。大体、何十年に一度かのペースで此処に帰ってきてるわ。後、帰ってくる度に世界がどうなっているかも聞いてる。話によれば、今は氷河期らしいわね。海は水位が下がってるって。陸は赤道から離れすぎるとすぐ雪に塗れるって聞いたわ。ほんの数年前の情報だから、今もあんまり変わってないでしょう。確かに此処のところずーっと不作が続くとは思ってた。品種改良とかやりたかったんだけど、この辺は永琳の分野かなって」
「遠慮せずに学んでもらっても良かったのよ。それにしても残念。ちょっと顔が見たかったかもしれないわね」
「あ、大体三千万年前くらいからショートカットにしてたよ」
「マジで? それは結構見たくなった」
「まあでも、結局はそれくらいで。意外と何も変わってないわよ」
「私たちの周りは?」
「そう。私たちの周りは。本当に変わったと言えば、それこそ、竹がシダになったくらいじゃないかしら。タケノコしか生えなかった頃より、食べるものは沢山あるわよ。それ以外は、何にも」
「なるほど、ね。……でも私から見れば、やっぱり一番変わったのは、輝夜だと思うわ」
「…………そう?」
「輝夜がこんなに働き者になって、がんばりやになってること。これはまだ、ちょっと受け入れられてないのよね」
「えー、何でよ」
「貴女が貴女のまま。姫のまま、変わらずに数千年を過ごしてきたってのを見てたからね。恒久的に続くことかと思ってたのに」
「いつまでも、私のままで?」
「そう。いつまでも姫様のままで」
「……そう言って、永琳はさ、もしかしたら、分かってたのかもしれないんじゃない?」
「えっ?」
「もうすぐ、残り一万年くらいかそこらで、地球から人類が居なくなること。そして、私たちが置いてけぼりにされること。そして、そんな状態で永琳まで居なくなれば、私が本当の意味で一人になること。それを、分かってたんじゃないの? そして私は変わったんじゃなくて、変えられたの。
 永琳は私を置いて行きもせず、手を出したりもせず。長い長い睡眠という手段で、私を野に放り出した。
 確かに私は、自分でも自分を変えることが出来たんじゃないか、って思ってる。そしてこれは、実は永琳が遠く未来に見ていた夢想の姿だったんじゃないか? 言葉で、行動で、いつかきっと、どうにかして導こうとしていた、正しく『月の姫』としての姿なんじゃないか? そう思う時があったのよ。何度も、何度も。
 まあ、農業が日課で、畳作りが趣味の姫様なんて、私はどうかと思うけどね。とにかくどんな風に言っていいかは分からないけど、永琳は『分かってて』起きないんじゃないか、って。これも、永琳が私に与えてくれた教育の場なんじゃないかって。永琳は頭がいいから、それはきっと絶対に不確定の事象でさえも計算しきって、レールを作ってくれた。そうなんだろうって思ってた。
 だから私は努力出来たのよ。頑張ることが出来た。永琳がこう望んだからこうなってるんだって信じて。そして、もう大体のことは一人で出来るかなって時に……まあ、大体のことは出来るかな、って思ったのはもう何百年か前のことだけど。そんな時に、永琳は目を覚ました。今目の前に居る、何でも出来る私を見るために」
「さあ、どうかしらね」
「永琳はきっとそうだって、私は思ってるからね。これを厳しいだとか薄情だとか、そういうことは思わない。私は、姫のままの私だったら多分、人類が滅んだ後で綿月姉妹が来た時に、きっとこう言ってたもの。『そうね、月へ帰りましょうか』って」
「……私は、ただ眠っていただけよ。ちょっと何時間か横になるため、布団の中に潜り込んだ。目が覚めたら数千万年も経ってるなんて、一度たりとも想像したことなんてない。それこそ、夢にも見なかったわ。私は薬師であって、作家じゃないもの。夢想は生業じゃないわ。だから、輝夜がこうして、一人で何でも出来るようになったのも、私が地球上で目覚めることが出来たのも、何もかも、貴女が貴女のために変わった、変わることが出来たから……ですよ。姫様」
「そう。永琳がそう言うなら、やっぱりそうなんでしょうね」
「ふふ。ところで、長く寝すぎて喉が渇いたんだけど、水はある?」
「水はあるけど水道は出ないわよ。蛇口は生きてるけど、水道管に繋がってたところがやられちゃってる」
「あら。どうしてるの?」
「近くに水汲み用の水路作ったから、そこまで汲みに行くの。綺麗な水が流れてるのよ」
「まあ、そんなことまでしてたの。じゃあそこまで案内してくれるかしら」
「いいわよー」
「四千万年も寝てたんだからね。もう一億二千万年くらいは寝ないわよ」
「やったぁー今日から楽出来るわ」
「何でよ、この四千万年色々変わったんだから、まずはもっと、その色々を教えて欲しいわ」
「えー」
「待ちぼうけのおまけだと思ってよ、お願い」
「まあいいけど。じゃあ」
「そうね、それじゃ」


『一緒に、生きましょうか』
見直したら嘘々話っぽかったから
水上 歩
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コメント



0.204800簡易評価
2.274636指導員削除
いい
3.274636ナルスフ削除
ああ、崩壊ものの中でも、これは素敵な雰囲気。
たくましくなったなあ。