歴史の中にかけらも残らなかった、
ポケットからもこぼれおちた、
でもひょっとしてあったかも知れない、そんな戦い。
「おい、精米した米、2階に運んでおいてくれ」
「ほ~い」
宇宙世紀0087冬
地球連邦日本地区京都。すっかり人影もまばらなかつての王都で、宇宙移民の代表者にして公国軍人である我々は、捲土重来の時を待ち続け……
というのは建前で、終戦後、古くからの景観と自然の残るこの場所を気に入り、それからずっと居ついてしまった。
もう7~8年近くにもなる。完全に土着状態といっても過言ではない。
今私たちは、農作業と、とある商品の通信販売で糊口をしのいでいる。
部下に出す命令も、今さっきのような呑気なものばかりだ。
私の名はとりあえず、オオタ准尉と名乗っておく。
名前の通り祖先はこの国の出身だ。祖先はシントーニズムの司祭だったともプログラマーであったとも言われているが、本当の事は良く分からない。
軍に入ったのは、サイド3が独立を宣言した際、連邦の経済制裁による不況で食いつめたせいで、特に崇高な志があったわけではない。かといって我々は脱走を試みたわけでもなく、終戦までそれなりに戦い続けてはいた。
もっとも、戦略的重要度の高くない戦線で、MS(モビルスーツ)の配備数もわずかだったが。
食いつめて軍に志願しながら、なぜ一応下士官になれたかというと、戦争に伴い士官が大量に必要になったためだった。そして急ごしらえの下士官様になってから数週間で終戦となった。
われわれの潜伏先兼司令部は小さなアパートの二階。
隙間風が冷たいが、こうして戦後の混乱の中で、風雨をしのげるだけでも幸いと思わなければならないだろう。
「よっこらしょ」
20キロの米袋を担いで登ってきた金髪碧眼の青年の名はステマー伍長。
前は広告代理店に勤めていたらしい。
徴兵されてからはMSの整備士となり、私の乗機だったMS-05(ザクⅠ・旧型ザク)の機付長をしていた。
ろくな補修部品も届かない中、彼は良く稼働状態を維持してくれていたものだ。
私と同様、なんやかんやで復員し損ねてここに居ついて今に至る。
「准尉、ここで良いですか」
「おお、サンキュー」
キッチンのそばに米袋を降ろす。合成ではない、新鮮な米の香りが鼻腔をくすぐった。
「では、任務を続行します」
軽く敬礼してステマー伍長は再び階下に戻った。任務とは農作業の事。衣食住の確保が我々の普段の任務だ。
彼は菜園で大根やニンジンなどを植えながら、近所に住む我々の志(土を耕してまったり暮らしたい)に賛同する協力者(農家のおばさん)と交流している。
戦後まもなくの頃、連邦に一矢報いる事を主張していた彼、そんな彼もずいぶんと丸くなったものだ。
おすそわけして貰った蜜柑の皮をむき、一房を袋ごと口に入れる。今年の蜜柑も良い出来だ。それから、あとで米を研がなくては。
「すっかり地元民になっちまったなあ」
正直、故郷に帰りたい気持ちが無いわけではないが、家族とはだいぶ前に離れ離れになってしまった上に、ここでの生活にも愛着が生まれまくっていた。
耕し、食べて、寝る。ときには誰かと語らい、趣味も楽しみながら。
これこそが本来の人間の生き方なのだろう。
政治や思想も、本来はこうした生き方を支えるためのものだったはずだ。
宇宙世紀0083当時、あのハゲ、いやデラーズ閣下の宣言を聞いた時、私は開戦時の高揚感を思い出し、正直心が躍った。
私にも男として生まれ持った闘争本能はある。それは否定しない。
しかし同時に、彼らは結局思想に酔っているだけではないかとも感じたのだ。
目的のための戦いが、いつしか戦いのための目的になってしまっている。
自分と必ずしも同じではない価値観を持ち、喜怒哀楽の感情を持ち、ご飯も食べればトイレにも行く、誰かと仲良くし、時には喧嘩し、恋だってする。
そんな等身大の生活者の事を思った上で行動していたのだろうか。
彼らはただ単に、脳内ジオン像を愛していたに過ぎなかったのではないか。
のちにデラーズ紛争と呼ばれる蜂起の結果、再びコロニーが落とされ、多くの人間が死に、かえって地球の人々は宇宙市民への反感を強めてしまった。
当時血気盛んだったステマーは最初、私たちも合流すべきだと主張したが、コロニー落着を境に、冗談でも蜂起しようなどとは言わなくなった。
決定的に彼を変えたのは、彼が情報端末でジオンの同志を名乗る相手とのチャット中、突如通信が途絶えた事だった。その人物はコロニーの落ちた地、北米に住んでいたのだ。
やがてこのテロにも等しい所業が、彼らの陰画とも言えるジオン残党狩り組織、ティターンズの台頭を招いてしまう。
ド零細とはいえ、やはりジオンの残りかすである私たちも、当然白い目で見る者がいた。
しかし、隣のおばさんも含む、この町に残った人々はわれわれを受け入れてくれたのだ。
感謝してもしきれない。
考えてみれば、直接には関与していないものの、我々二人も未曾有の虐殺をやってのけた陣営の一員だった事には違いない。
だから、こんなに幸せに暮らして良いのだろうかと感じる時がある。
せめて、この街の人々のために生きられたら良いと切に願わずにはいられない。
考えている内に、米を研ぐ手が止まってしまっていた。いけないいけない。
研ぎ終わった米を炊飯器に入れ、タイマーをセットした後、部屋の情報端末を起動させ、ネットワークに接続する。
そこのあるBBSで、ステマー伍長が夜な夜な一般の連邦市民を装い、反連邦的なメッセージを書きこんでいる事を私は知っている。
~俺アースノイド(地球居住者)だけど、連邦政府はコロニー落とされても文句言えなかったと思うよ~
もちろん、彼の書き込みの後、相当な非難を浴びているが。
彼にその事を尋ねると、「穏健路線に鞍替えしたんですよ」と悪びれない。
丸くなったとはいえ、彼の戦争はまだ終わっていないらしい。
いくらこの街の人々に受け入れられているとは言え、我々も基本的に加害者側なのだ。
だから、もうこんな事は自重して欲しい。もっとも彼の一般人を装った書き込みで、私の販売するある商品の売れ行きを上げてもらったりもしたので、あまり無理強いはできないがな。
ため息をついて端末の電源を切り、外に出てワッパ(バイク感覚で乗れる、小型のホバークラフトのようなもの)のエンジンをかける。前後のファンがうなりを上げて回転し、車体が浮き上がる。
わずかにスティックを操作し、車体を前傾させてやると、素早く前方へ滑り出した。
目的はいつもの買い物。
道路のアスファルトはすっかり剥がれ、あちこちから草花が顔を出している。
こんな場所はやっぱり宙に浮いて走るこいつの方が良い。
何て事を思いながら走っているうちに、通りがかった魚屋で奇妙なものを見つけた。
大きめのスチロール樹脂の箱に、氷水と一緒に銀色の細長い魚が入っている。
ワッパを着地させてエンジンを止め、買い物ついでに覗いてみよう。
「ああ、それは竜宮の使いっていうんですよ」と店主が説明してくれた。
「リュウグウノツカイ?」
「昨日海岸に打ち上げられていたやつを、珍しいんで貰って来たんですよ」
「味はどうなんです?」
「さっぱり。味は淡白で美味いと言えたもんじゃないですがね」
「ディスプレイ用の魚、といったところですね」
ふと脇を見ると、自分と同じ日本人系の少女がいた。
赤いリボンの巻かれた黒い帽子に、白い中華風の上着、黒いロングスカートをはいたその少女も、リュウグウノツカイをしゃがんで興味深そうに見ていた。
どこか不思議な雰囲気を持った少女は、店主に魚の事を尋ね、やはり店主から先程と同じような説明を受けて、なるほどとうなずいている。
この人は旅行者だろうか、と思っていると、自分が来た方向の反対側から、民生用ワッパに乗った大人の女性が走ってきた。やはり不思議なデザインの帽子に、紫で統一されたブラウスと長いスカートを身につけていた。
彼女は走りながら不安げに周囲を見回していて危ないと思った。
その金髪の女性がこちらと目が合い、通り過ぎようとした瞬間、彼女はあっと声を上げて減速し、来た道を引き返して魚屋の前でワッパを止めた。
もしやと思ったが、やはりこの少女の保護者か何からしい。
「蓮子、探したのよ、どんだけ心配したと思ってるの!」
「ごめんごめん、珍しいお魚があったから見ていたの」
「こんな所で油売ってないで、さっさと乗って」
「メリーは心配性だなあ」
その少女は私にお辞儀をして、女性の乗るワッパの後部座席にまたがり、通りを走って行った。
2人とも、ただの民間人には見えないが、さりとて軍人でもなさそうだ。
まあいいか、今夜はアジの開きでも焼くか。
「ご主人、これ下さい」 「まいどあり」
ぴゅう、と冷たい風が吹いた。
魚屋のラジオから、ティターンズと反地球連邦組織エゥーゴとの、抗争激化を知らせるニュースが流れていた。
待っていれば春は来る。だがその春を迎えられない者もいるのだろうな。
小さなソーラーパネルで作った質素な明かりの元、私とステマー伍長はラジオを聞きつつ夕食を摂る。慣れなかった箸もすっかり手になじんでいる。
ご飯とアジの開き、沢庵、そしてこっそり醸造したビールがうまい。
ちなみにビールは醸造と配達のめどが立つ限り、ネット販売もしている。
「ステマー、MSの整備をやって欲しいんだが」
「ええ? あんなオンボロのMS05で今更エゥーゴにでもつくんですか」
「いや、だいぶ復興も進んできたし、今年、ようやく祭りが復活するんだ」
「ああ、ジオン祭りですね」
「祇園祭りだよ」
「山車の代わりに、あれを出そうと思う、だから縁起のいい紅白に塗装してたんだ。稼働状態にできないだろうか、歩くだけで良いんだ」
「趣味を兼ねてちょくちょく弄っていましたから、今でも歩くぐらいはできると思いますよ、連邦の目を盗んでパーツを調達しながらですけどね」
「祇園祭りに間に合えばいいよ」
コンコンというドアを叩く音がした。
誰かと思いドアを開けると、なんと夕方会った2人組の女性だった。
「ああ、さっきの方ですね、どうしてここを?」
背の高い金髪の女性が挨拶した。
「夜分失礼します、今日ここの一階に引っ越してきました、マエリベリー=ハーンと言います。メリーで結構です」
黒髪の少女が改めて自己紹介する。
「宇佐美蓮子と申します」
髪の色も名字も違うが、雰囲気は年の近い親子と言った雰囲気である。
「久しぶりに外の世界に来たら、いろいろあったもので、ようやくここで一息つけそうです」
外の世界、どういう事だろう。
「ああ、この人はときどきおかしなことを言うんです、気にしないで下さい」
「ちょっと蓮子、何が可笑しいって言うのよ」
だるそうにステマーがダイニングから顔を覗かせた。
「どちらさんですか……おおっ」
マエリベリーと名乗った女性の顔を見たとたん、彼は興味しんしんで玄関へ走ってきた。
「こんばんは、自分はステマーと言います。困った事があったらいつでも行って下さい! とくにあなたのような美人は大歓迎です」
「おいステマ野郎、この人困った顔してるじゃないか」
「だって、近所づきあいは必要でしょうが」
「それにしたってお前の鼻息すごすぎ」
私たちのやり取りを聞いて、メリーさんと蓮子さんはクスクスと笑いだす。
「……失礼、お二人とも仲がよろしいんですね」
「まあ、こいつとは腐れ縁みたいなものですが」
「上等のビールがあります、そのうちおすそわけに参りますよ」
挨拶を終えて2人は戻って行った。
親子のように親しそうにしていたが、人種も年齢も違う2人。きっといろいろあったのだろう。
しかし、余計な詮索は野暮というもの。素性が知れないのは私たちだって似たようなものなのだから。
ダイニングに戻ると、ラジオが何かの事件を伝えている。
日本地区にあるニュータイプ関連の研究施設から、誰かが騒ぎを起こし、逃走中だと言う。
逃走者は2人組の女で、ラジオが読み上げるその特徴は、さっきの2人そっくりだった。もしや……。
その時、情報端末を立ち上げたステマーがあっと声を上げた。
「どした?」
「准尉、このニュースサイトを見て下さい。そのニュータイプ関連の研究施設から逃げたっていう、2人組の女の手配書です」
ステマーは端末の画面を私に見せた。そこには年の離れた2人の女性の顔写真が掲載されていた。どちらも生気のない表情をしており、髪も雑に切られたままになっている。
印象が違っているが、この顔の輪郭や目の位置は間違いなくメリーさんと蓮子さんだ。
「准尉、この施設、おそらくムラサメ研の事でしょう、ここに関してはいろいろと良からぬ噂がありますからね、人体実験まがいの事をしているとか。それに第一、あの二人が悪い人間には見えません」
ステマーの言葉には、単にメリーさんが美人だからという以外の感情が感じられた。
「同感だ、きっとひどい目にあわされて逃げてきたんだろう。2人を追う奴がいないかそれとなく警戒していてくれ、私もそうする。あと2人にももっと変装してもらった方が良いな。明日話し合ってみよう。協力してくれるか?」
「了解です」
「これが私たちにできる、ささやかな反連邦(エゥーゴ)活動だ」
訳も無く高揚感がみなぎって来るのを感じた。
だが結局この決意も感情も自己満足に過ぎないのかもしれない。
単なるヒーロー願望、自国がしてきた事への罪滅ぼしになるのではという期待、惚れた女性をものにしたい欲求、満たしたい闘争心。
しかしこれが自己満足であろうと、偽善であろうと、今はあの二人を助けてやりたい。
少なくとも、そうしたい気持ちだけは嘘じゃない。おそらくステマーも同様に違いない。
冷蔵庫のビールを2人で飲み干し、その日は早めに床についた。
ちなみにちょっと吐いた。
次の日、ステマーを連れて引っ越してきたばかりの彼女たちを訪問した。
こっそり醸造したビール1ダースと、茹でた天然タケノコを贈り、私たちが2人の立場を知っている事をそれとなく伝えると、蓮子さんとメリーさんはこわばった表情でうなずいた。
「待って下さい、別に通報する気はありません。われわれも似たような立場ですし」
ステマーも胸を張る。
「安心して下さい、ひどい事をされたのでしょう、私とオオタ准尉で護って見せます」
メリーさんが頭を下げた。
「ありがとうございます、でも、安全な場所に渡るめどがついたので、オオタさんとステマーさんには迷惑はかからないと思います」
「安全な場所? だれか支援者がいるんですか」
蓮子さんが代わりに答えた。
「いえ、メリーには不思議な能力があって、それでいままで逃げてこられたんです」
「こう見えても、私蓮子と同い年なの。変な研究所に掴まって、それで成長促進因子を投与されて、蓮子より一足早く大人にされちゃった」
えへへ、と苦笑しながら、メリーさんは自分が受けた非人道的な体験を語る。
本来なら、もっと精神に異常を来してもおかしくなかったのではないか。
まだこのような笑顔が出来るのは奇跡に思えた。
「そのかわり、もともとあった不思議な力も強くなって、それで逃げる事が出来たの。人間万事塞翁が馬、と言う所ね」
蓮子さんが割り込んできた。
「ねえねえ、次はあなた方の身の上話を聞かせてくれない? おそらくあなた達、ジオンの人でしょう」
「そうしてそれを?」
「ジオン訛りですぐ分かりましたし」
「まあ、ほとんど土着してますがね」
「あの、そのタケノコ、食べていいですか」
蓮子さんの興味は、すでにラップに包んだ茹でたタケノコに向けられているようだ。
私がどうぞと言うと、蓮子さんは箸を持ち出して、そのタケノコを一口食べてみた。
「お~いしい~、ねえねえメリーも食べてみてよ」ほっこりした笑顔。
「美味しいわね、合成じゃないタケノコなんて何年ぶりかしら」
「なんならまだありますよ、持ってきてあげましょうか」
ステマーが得意になる。
「おいおい、これ隣のおばさんから貰った奴だろうが」
重苦しい雰囲気は消え、私たちはしばらく、育てている農作物や、近所の人々の話題に花を咲かせた。
この人達がこうして笑って暮らせる日が長く続きますように。
夜、今日は屋台がこの辺に来る日だったので、日頃やりくりして貯めたわずかな金でステマーと一緒に飲みに出かけた。
付近の偵察も兼ねての行動なので、酒は控えめにしよう。
屋台は中世期から変わりない木造のスタイルで、温かみを感じさせてくれるデザインだ。
ご主人に酒を一杯注文した。おでんの旨そうな匂いと湯気が漂ってくる。
「最近お客さんが増えたんですよ」とご主人。
「だいたい、ここも1万人は超えたんじゃないかなあ」ステマーが言った。
「復興も進んでいますね、良かった良かった」
歴史的なこの国の首都だっただけあって、宇宙移民が始まる前は数百万の都市だったそうだ。
それを考えれば凄まじい過疎ぶりだが、それでも戦争終了直後はもっとさびれていた。
だが、次第に人々が移り住むようになり、私たちが隠れ住む余裕も出来たってわけだ。
そして自分が会ったアースノイドの多くは、決して重力に魂を引かれた特権階級ではなく、隣のおばさんや魚屋や八百屋、この屋台のご主人のような素朴に生きる人たちばかりだった。
サイド3本国での思想教育で聞かされていたアースノイド像とは全然違う。本国の人間たちも分かって欲しいものだ。
酒をもう一杯、と言おうとした時、のれんをくぐって1人の軍服を着た女が椅子に座った。
「ちょいとごめんよ」
私とステマーは少し座る位置をずらして、女が座る場所を作ってやる。
女は黒いショートヘアの20代半ばらしい年恰好をしていた。その軍服からして、ただの連邦軍兵士ではありえない。黒を基調に襟元が赤くなっている、これは……ティターンズの制服だ。
「まずは焼酎一杯」
私とステマーは顔を合わせ、息を飲んだ。どうしてこんな奴が街に? 何の目的で?
「失礼、あんた方は軍人さんかしら?」 女が話しかけてきた。
「ええ、元、がつきますが」なるべく平静を装わなければ。
「雰囲気からして何となくわかったわ、どこにいたの」
「はあ、日本地区で任務についていたんですが」
「そうか、ジオンの奴らが潜り込んでいやしないかと気になってね、こうして調べているの」
「そうですか、でもこの辺で残党勢力なんて聞きませんが」
すると女は、感情をこめた声でまくしたてた。
「油断は禁物よ。奴らはコロニー落としで多くの同胞を殺した。加えて、同じスペースノイドでもジオンにつかなかった連中のコロニーまで核やらガスやらで皆殺しにした。まだそこから10年も経っていないのよ。いい? まだ10年も経っていないの。どんな静かな街でも警戒するに越した事はないわ。まったく地球の癌よね奴らは」
好き放題言われて悔しく思ったが、大勢の人間をジオンが殺めたのは事実だし、こうして憎む人がいるのも事実だ。それは認めなければならない。認めなければならないのだが、それでもいざ面と向かって言われると辛い。
ご主人が女をなだめる。
「でもまあ、元ジオンの人らも、ほとんどは戦いをやめてサイド3に帰るか、地球で平和に暮らしているのがほとんどでしょうよ。過激な奴らが目立つだけで」
「宇宙人は地球から出ていけばいいんだ。たとえ武器を放棄したとしても、のうのうと裁かれもせず土着するなんて許せない、君たちもそう思わない?」
私は目を伏せて、歯を食いしばり、女の中傷に耐えようとした。
ステマーが耐えかねて、椅子から立ち上がって男に向き直る。
「俺連邦に忠誠を誓う普通の市民だけど、お前らティターンズだって、罪のないコロニー住民をガスで皆殺しにしたじゃないか」
「よせステマー」 制止する、これ以上こいつに関わるな。
エゥーゴがダカールにある連邦議会を制圧した時、彼らがそうしたティターンズの蛮行を暴露したのは記憶に新しい。もちろんティターンズ広報部は否定しているが。
「おまえのようなジオン訛りの連邦市民がいるか。それもジオン残党のステマに決まっている。それとも何? もしかして君たちはジオンシンパか。あるいはそのものなのか?」
ご名答、と心の中でつぶやく。
「うるせえ、俺は別にジオンなんて信じちゃいねえよ。だがジオンが悪でも、てめえらの行為の正当化にはならねえって言ってんだよ」
女は一瞬怯む気配を見せたが、なおも口論を続けようとする。
「ちょっと、喧嘩はよそでやってくれ」 そんな2人をご主人がたしなめた。
私はステマーを座らせ、女にも落ち着くよう言った。
「コホン、これだけは言っておくわ、君らが何者であろうと、バスク=オム閣下から直々にティターンズの秘密兵器と言われた、このヌゥーエ少尉がいる限り、ジオンの好きにはさせないんだから」
そう宣言すると、ヌゥーエ少尉と名乗った女は一杯の焼酎を勢いよく飲み干し。コップを屋台のテーブルに叩きつけ、代金を払い去って行った。
「一応金は払うんだな」
「何のんきな事言ってるんすか」
「何だったんだあのヌエ女は」 ステマーが夜道を歩きながら毒づいた。
ヌエ、鵺とはこの京都に出没したという妖怪の名前だ。
「確かに黒くて正体不明そうな奴だったしな」
「な~にが秘密兵器だ。エゥーゴとティターンズの主戦場は今や宇宙だ。秘密兵器様がこんな辺鄙な場所でうろついてるかっつーの!」
「おおかた、ハイスクールの運動部で、お前はわがチームの秘密兵器だ、って言われてずっと秘密兵器のまま秘匿されるタイプだろう」
「あははは、そりゃ最高だ。それでそのヌエってやつ、伝承によるとヨリマサというサムライによって退治されんですよね」
「ああ。弓で射られてな」
夜の商店街の通りから、腹に響く音が響いてくる。
私たちはとっさに電柱の陰に隠れて、そっと顔を覗かせて音の主を探る。
やがて商店街の風景に不釣り合いな、巨大な影がゆっくりと進んでくる。
「やっぱり、あれは連邦のホバートラックだ。後ろにはもっと大きいトラック、こっちは車輪式のやつ……サムソントレーラーだ、うちからパクったんだ。なんかでっかいものを積んでいる」
大きいトラックの荷台には、迷彩色のシートに包まれた巨大な構造物が横たわっていた。
おそらくMSと思われる。
車列が去った後、ステマーも私もすっかり酔いがさめていた。
「物騒ですね准尉、いくらなんでも、さっきの喧嘩の仕返しとか、准尉のビール密造がばれたぐらいでこんなモンを送り込むはずがない」
「ああ、2人が危ない」
私たちはアパートへと急いだ。ステマーが歯ぎしりした。
「もし、あのヌエがメリーさんと蓮子さんを襲ったら、俺がヨリマサの矢となって退治してやる」
アパートにつくと、2人はまさに出掛けようとしている所だった。
「何を考えている? どうしてこんな夜に? すでに連中がこの街に展開している、私らの部屋に隠れるんだ」
「いいえ、私たちはもうここを出ます。お世話になりました」
メリーさんが悲しそうに、けれども強い意志を感じさせる目と声で話す。
何だか昼に会った時とは別人のようだ。妖艶ささえ感じる。
いや、非常時に何を思っているんだ私は!
「もうこの街の人々に迷惑はかけられません、それに、前にも申しましたように、この世界から脱出するめどがついたのです」
蓮子さんがうなずく。この世界から脱出するとはどういう意味だ?
「昼間この辺を調べて、こちらの世界とあちらの世界との境界があると分かったんです。ですからそこへ行こうと思うんです」
「何訳の分からない事を? 女性2人で軍の追跡から逃れられるわけが……」
「それが、出来るのです。メリー、証拠を見せてあげて、私たちがどうやって今まで逃げてこられたのかを……」
メリーさんが右手を虚空にかざし、すうっと降ろした。
何もないはずの空間に、何かが裂けたような雰囲気がした。
つぎの瞬間、私とステマーの背後にメリーさんが立っているではないか。
「これは、トリックですか?」 ステマーが突然の出来事に驚き、目をこすっている。
「まさか、ニュータイプ能力と言うやつか?」
「いえ、ニュータイプとは異なる力です。物理的なものと、論理的なものを問わず、様々な境界をを操り、飛び越える能力があるのです」
どちらにしても初めて見る人の異能の力だ。
「もともとメリーはその境界を見ることしかできなかったんだけどね。皮肉な事に、あの人たちにいろいろされたせいで能力が目覚めて、それで元いた世界に帰れる可能性が出てきたの」
「元いた世界? 君たちは何者なんだ?」
「こちらと変わりないけれど、少し違う歴史を歩んだ世界から迷い込んだのです」
「つまり、パラレルワールドという奴か」
「そう、もう一息でその世界との境界にたどり着けるの。星の位置からして、もう時間がない」
意味はよく分からないが、蓮子さんは一刻も早く出発したがっている。メリーさんも早口で付け加えた。
「そこで今日と明日の境界の時、午前零時に向こうへの道が開けるはず」
「じゃあ、その能力で一息に飛べばいいじゃないですか?」 ステマーがもっともな疑問を出した。
「それが、こちらではこの程度の移動が限界なの。だからもう行きます、今までありがとうございました」
私とステマーは顔を見合わせ、決意する。
「その座標を教えてくれ。援護する」
メリーさんが困惑する。
「これ以上ご迷惑は……」
「乗りかかった船だ、それに、メリーさんに惚れたアホが約1名隣にいるしね」
ステマーが笑う。
「ええ、任しといて下さい、必ずやあなた達をお送りします」
メリーさんが持っていた携帯情報端末からその境界とやらの座標を転送してもらい。時計を合わせ、アパートの部屋から隠していた拳銃を装備し、1台のワッパに私と蓮子さん、もう1台にステマーとメリーさんを乗せ、その場所に向おうとする。
そこは旧市街地に近い小高い山で、そこで前にさびれた神社を見たような気がする。
「行くぞ、しっかりつかまってて!」
発進しようとすると、轟音が響き、逃げ惑う住民たちの怒号、悲鳴が聞こえてきた。
巨人の影が私たちに迫る。久しぶりに聞くMSの足音だ。
黒塗りのMSの頭部には、人間の顔を模したツインカメラ、2本のアンテナがある。
初めて見るRX-78タイプ。
左腕にはシールドを、右腕には小型のビームライフルらしき得物をもっている。
こんな街中でMSを歩かせた挙句、ビームなんぞぶっ放す気か?
スピーカーからパイロットの声が夜空に響き渡る。
「そこのお前達、おとなしく投降せよ。投降しない場合命は保証しない」
女の声、乗っているのはあのヌエか?
私は照明弾用の拳銃をMS頭部に向かって撃つ。
閃光が一時的に奴の視界を奪った……はずだ。
私はその隙に蓮子さんをワッパからおろし、ステマーとメリーさんの車に半ば無理やり乗せた。
「ステマー、2人を連れていけ、MS-05は動けるな」
「まだ歩くのがやっとです。准尉、一体何をするつもりですか?」
「幸い敵MSは1機だけらしい、陽動ぐらいにはなる」
その言葉を聞いた途端、ステマーは半泣きになって私を止めようとした。
「馬鹿な、死ぬ気ですか!」
「死ぬ気はないよ。今からステマー伍長に命令する。2人の女性を無事送り届け、必ず生還せよ。合流ポイントはそうだな、法隆寺でどうだ」
ステマーはしばらく私の顔を見つめ、目を伏せた後、軍人の顔に戻って言う。
「准尉……そこまでおっしゃるのなら。了解しました」
力強く敬礼をし、私も応じた。
「しっかりつかまっていて下さい。准尉も死なないで下さい、グッドラック!」
そしてスロットルを全開にし、あろうことかMSに向けて一直線に走り、雄たけびを上げて股下をくぐりぬけた。
「タリィィィィーホオオオオゥ」
MSが背を向け、2人を追おうとする。私はMS-05を隠した工場の廃墟へ走る。
祇園祭に出すつもりだったので、めでたい色の紅白に塗っておいてあり、少しでもぷりちーな印象を持たせようと、頭部には私特製の大きなリボンが結わえ付けられている。
整備が済んでいないため、両肩の装甲は外されている。だが仕方がない。
シートをはがし、コクピットに飛び込んだ。
OSを立ちあげ、核融合炉を始動させる。燃料のヘリウム3はかろうじて残っている。
「こいつ、一応動くぞ」
7年ぶりの緊張と高揚感に包まれ、各種機能をチェックする。
「すごい、通常の3分の1のエネルギーゲインだ」
ステマーがいかに優れた整備士でも、さすがに経年劣化は避けられない。
立ってくれMS-05、今一度だけ、人々のために動いてくれ。侵略の象徴のままで終わりたくはないだろう。頼む。
「俺に力を貸してくれ」
祈りに応じたかのようにモノアイが光り、再び私の愛機は立ちあがった。
120mmザクマシンガンを右手に持ち、ヒートホークを左手で持って腰部のホルダーに取りつける。
与えられた矢はあまりにも細く、頼りない。
しかし、いつだって人間は、限られた力で出来るだけの事をするしかないのだ。
戦時中も戦後も、そうして生き抜いてきたつもりだ。
「さあ、行こう。鵺退治だ」
そう自分と愛機を励ますと、応じるかのように駆動装置がうなりを上げた。
頭部カメラの望遠機能を使った。
3人の乗ったワッパをRX-78タイプが探している。その距離は約300m。
ワッパは順調に指定の座標へ向け、無人地帯を疾走している。
RX-78が頭部の60mmバルカン砲を見当違いの方向へ撃っている。
よし、まだ見つかってない。
と思ったとたん。RX-78は背部のロケットエンジンを吹かし、ワッパの走る方向へジャンプを行ったではないか。
「商店街のド真ん中で!」
噴煙が商店街の一部を焦がし、機体が空に浮かぶ。あれは魚屋の辺りか? どうか無事でいてくれ。
だが不幸中の幸いとも言える。これで極力みんなを巻き込まずに戦える。
火器管制装置オン、120mmザクマシンガンを構え、モニターに映る上昇中の敵を緑色の円環で囲む。
火器管制装置が敵の動きを予測し、照準し終えた事を示すアラームが鳴る、同時に円環の色が緑から赤へ、ロックオン完了。
「当たれ!」
すかさずファイア! 3点バースト射撃。
手作りの砲弾が3つ、素人にも見える速度で飛んでいく。
内2発が下降中の敵の背部に命中。あるはずのない反撃に敵は狼狽し……てくれないと困る。
「MSだと、生意気な!」
敵は私に気づき、ビームライフルをこちらに向け、撃った。とっさに操縦かんを傾け、横に飛び退く。
ピンク色の閃光が機体をかすめ、遠くにそびえる五重塔を焼いた。
「てめっ、五重塔が四重塔になっちまっただろ! 文化遺産大事にしろい」
軽口を叩いてみるが、背筋に冷や汗が流れる。火力ではどう見てもあちらが有利。
だが敵機のシルエットをよく見ると、RX-78タイプなら背部に2本装備されているはずのビームサーベルが1本しかない。加えて、腰の装甲にあるブロック状のパーツが付いていない。さらに、頭部がレンズを拡大してよく見ると顔がハリボテ臭い。
「こりゃ78じゃない、廉価版のGM(ジム)だ」
ジオン残党を威嚇するため、外見だけ上位機種に似せたのだろう。精鋭部隊のティターンズなのに、主戦場の宇宙ではなく、こんなド辺境もいい所で働いていて、しかもMSは単機、それもパチモンときた。
「確かに秘密にしたい兵器ではあるな」 わずかに精神に余裕が生まれた。
敵を無人地帯に誘導するように機体を走らせながら、外部スピーカーを音量最大にしてヌゥーエ少尉を挑発する。
「驚いた、精鋭のティターンズにもコネ入社があったとはな」
「誰がコネ入社だ!」
怒ってビームを連射してくる。ビームのあたった廃墟のコンクリートが溶けていく。これに当たる訳にはいかない。
しかし、どうも火力でごり押しする事しか考えられないらしい。ますますコネで入隊した疑いが強い。
「そうやって怒るのは図星だからだろ!」
なおも挑発する。相手は完全にステマー達の事を失念しているようだ。
だが相手の足の方が早い、MS-05が追い付かれそうになると、マシンガンを狙いをつけずに乱射した。
何発か命中するが、手造りの砲弾に手造りの炸薬、これではMSはおろか、61式(戦車)さえ倒せないだろう。
とうとうマシンガンの弾数が残り3発になった。
「もう抵抗しても無駄だ。安心しろ、あの二人は殺しはしない。お前はここで終わりだがな」
シールドで防御もせず、ライフルの銃口を私のコックピットに向けた。10mも離れていない。
相手は勝利を確信している。
私は息を吐き、慎重に狙いをつけ、残りの3発を叩きこんだ。
「無駄だと言……」
相手が言い終わらないうちに、RX-78もどきのビームライフルが右手ごと弾け、機体が激しく揺れた。
実は最後の3発だけは手造りではなく、戦争末期にわずかに支給された、本物の対MS貫通弾を入れておいたのだ。
「これでもベテランなんだぞ、一応はな」
息を切らし、敵機を見る。全身に汗が噴き出していた事に今ごろ気づく。
これでMSは片付けた、あとはステマーが無事に2人を送り届ければ……。
「まだだ!」ヌゥーエ少尉の声。敵はまだ沈黙していない。
エレキギターをかきならしたような音とともに頭部のバルカン砲が火を吹き、こちらの頭部メインカメラが破損した。
モニターの画像が飛び、すぐさま全身に設けられた補助カメラの映像に切り替わるが、画質は経年劣化でかなり落ちていた。
「油断するから!」
壊れていない左手で背中のビームサーベルを握り、ビームの刃を発生させ、横薙ぎにこちらの胴体を切り裂こうとする。
(だめだ、動作が追い付かない。これが報いか?)
と思った瞬間、突如愛機MS-05の両ひざの関節が動き、胴体をのけぞらせた。
単に膝関節が劣化して、機体を支えられなくなっただけかも知れない。
それとも、MS-05が私を守ってくれたのか?
ビームサーベルの刃がコックピットの装甲を浅く切り裂き、こちらの姿が相手に見える。
「やはりあの屋台の男。お前も両親の仇か?」
やっぱりジオンに相当な恨みを抱いていた。
「おいっ、投降する。そのあと私を銃殺にしてくれてもいいから、あの二人は逃がしてやってくれ、彼女らに罪はない」
「じゃあお前らは開戦時のあの時、罪のない人を巻き込まなかったのか、殺された者はみんな罪人だったとでも言うのか」
痛いところを突いてくる。
「確かに私たちは罪を犯した。だが、それで2人のか弱い女の子を苦しめる理由になるのか? その時点でお前も罪人じゃないか」
「あの子たちは貴重な戦力になる、二度と私の家族のような目に合わせないための力だ」大の外道を消すために、私たちは小の外道になると覚悟したんだ」
「そこまでするなら」 こちらも同じ覚悟を決めるしかない。
今度こそRX-78もどきのサーベルが、MS-05の胴体を突こうとした。
「させるか!」
同時にこちらもヒートホークを敵機の胴体に振りおろす。
もうコックピットを外す操作をする余裕がない!
ヒートホークがRX-78もどきのコックピット付近の装甲に食い込み、サーベルがMS-05のジェネレーターの部位を刺した。
(相討ちか、ステマー、後は任せた)
私は目を閉じてその時を待つ。だが爆発は起こらない。
気がつくと、私はまだ生きてコックピットに座っていた。
モニターにヘリウム3残量ゼロを知らせる文字が現われた。ぎりぎりガス欠で、爆発する物が無くなったらしい。
「はああ、ド零細勢力で良かった……」
コックピットが開かないので、赤熱した装甲をかのラル大尉のように手で押し曲げて(熱い)どうにか機外に出た。
MS-05に感謝しつつ、脚部を伝って地上に降りた。土の感触を踏みしめると、改めて生き延びたんだな、という実感が沸いた。
敵のRX-78もどきを見上げてみる、ビームサーベルの刃は消え、今度こそ沈黙したようだ。結局ヒートホークはコックピットを逸れていた。あの女、ヌゥーエ少尉は生きているだろうか。
そう思っていると、RX-78もどきのコックピットカバーが火薬で吹き飛ばされ、中からヌゥーエ少尉が顔を見せた。私は呼び掛けた。
「なあ、ジオンの象徴であるこいつをボッコボコにしたんだ、これで復讐済んだと言う事にしようや」
彼女が何かを言いかけた時、ちょうど午前零時を知らせる腕時計のアラームが鳴った。
と同時に、満天の星空が急に白いベールで覆われたような光で包まれた、ような気がした
その眺めはただただ壮観としか言いようがない。
幻覚かとも思ったが、見上げるとヌゥーエ少尉も同様に呆気にとられて空を見つめている。
しばらく2人でその光景に見とれていた。
彼女がまだ放心状態のうちにそっとその場を離れ、合流ポイントの法隆寺に向けてとぼとぼ歩く。月明かりに浮かぶ五重塔はやっぱり四重塔になったままだった。
「請求は連邦にお願いしますよ」
ステマー達は無事だろうか。帰ったら飲み直したい。
「あ、やべ。法隆寺ってもけっこう広いぞ。どこで落ち合おうか」
しかしその心配の必要はないようだった。ワッパの音が近づき、ステマーが1人で戻ってきたのだ。
「准尉、ご無事で」
「2人はどうした」
「何て言ったらいいのか分かりませんが、古いジンジャに無事たどり着いて、午前零時になんか光って、2人とも帰っていきました。准尉によろしくと言ってました」
「じゃあ、ミッション成功だな」
「ですね、早くずらかりましょう、連邦の増援が来たら厄介です。そういやあのヌエ女は?」
「まだ生きていた。勘だが、もうあの子には戦争はできんよ」
目的地を法隆寺から家に変えた。
自衛のためとはいえ、愛するこの街で、MSを繰り出して戦ってしまった。
もうここには住めない。停戦直後のように、またどこかへ流れていくしかない。
街中は徐々に落ち着きを取り戻し始めていたようだった。
魚屋の周辺は一部焼け焦げていたが、連邦兵や消防隊員、街の人の話を盗み聞くと、それほどの被害は出ていないらしい。
道端にあの魚、リュウグウノツカイが落ちていた。推進剤で焼け焦げている。ブーストで吹き飛ばされたらしい。
「もしかして、お前が身代わりになってくれたのかい」
私はリュウグウノツカイを拾い上げ、持ち帰る事にした。
「なんでこんな魚持って帰るんです?」
「こいつも戦いの被害者だ、食べて供養しようと思ってな」
「クヨウ、ですか? 確か感謝して食べる事が弔いになるんですよね」
私たちは家に戻り、その魚を焼いて食べた。
味はあまりしなかったが、これがこの街での最後の食事だと思うと込み上げてくるものがあった。ちょっと推進剤臭かったが。
残りのビールを飲み干して眠りにつき、次の日の午前に荷物を持てる分だけまとめ、ステマーと2人でワッパに乗りこんだ。
去り際に隣のおばさんと会った。
「昨夜はすみませんでした」
「やっぱり、行ってしまうんかい?」
「私たちがこれ以上この街にいれば、あなた方にも迷惑がかかります」
「もしほとぼりが冷めたら、また帰っておいで」
「ありがとうございます。今までのご恩、決して忘れません、では」
そうして私たちはこの街を去った。
「ジオン祭見たかったなあ」 ステマーがぼやく。
「仕方ないな」 機会があれば、こっそり覗いてみよう。
幸運にも、いくらか離れた街に腰を落ち着ける事が出来、そこでまた家を借り、小さいながら菜園を造り、プチモビ作業などの仕事もしながら、一応死なないだけの生活は出来ている。
あの日、エゥーゴはティターンズに決戦を挑み、コロニーレーザーが照射され、ティターンズは壊滅、エゥーゴも相当な損害を受けたそうだ。
そして、毒ガス作戦を含むティターンズの所業も完ぺきに暴露され、組織は解散に追い込まれた。
「なんでも、そのエゥーゴの乾坤一擲の大作戦、シュールストレミング作戦とか言ったらしいですよ」
私が新たな畑の耕作にいそしんでいる頃、買い物帰りのステマーからそう言う情報を聞かされた。
「そりゃ凄そうな作戦だな」
あの日の午前零時の光は、はるか上空で照射されたコロニーレーザーの光だったのか?
それとも、蓮子さんとメリーさんが境界を越えた時、あちら側から漏れ出たエネルギーか何かだったのだろうか?
「ここで醸造されたビールを買ってきましたよ。ちゃんと許可を受けた奴です」
「私のより美味しいかな?」
「それから、あのヌエ女を見ました」
「まだ私たちを追っているのか」
ステマーがニヤニヤしながら答える。
「いいえ、全然。信じられますか、そこのスーパーでレジ打ちをやってました。あの後、即軍をクビになったそうです」
ステマーはけらけらと笑いだす。
「そうか、何とか生き延びていてくれたか」
ティターンズの蛮行が暴露された時、彼女はどう思っただろうか。
「面白かったですよ、『ねえねえ、軍をクビになってどんな感じ? 賊軍になった時どう思った?』と聞いたら顔を真っ赤にしてました」
「悪趣味な奴だなあ」
ステマーは苦笑いして肩をすくめた。
「敵だったんですよ、実弾を我々に向けていたんですよ、これくらいしても罰は当たらないと思いますが?」
「お前こそ、信じていたものが崩れ去る時の気持ちは知っているはずだろう。そっとしておいてやれ」
「ううむ、そうですね。准尉がおっしゃるなら……。彼女、クビと引き換えに戦犯訴追もされなかったようです」
秘密兵器(笑)扱いだったため、決戦の場に出ずに済み、生き延びた彼女の事を思う。
もう、復讐心は忘れてくれただろうか?
過去に引きずられるな、と彼女に言う資格は私たちにはない。
でも復讐以外の生き方を探して欲しいと願う。
私たちが罪を背負った存在であったとしても、あの時、絶対に2人を引き渡すわけにはいかなかった。
向こうからすればとんだ偽善、自己満足、裁かれもせずヒーロー気取りでおめでたい輩と思っただろう。しかしこう思う、
『それでも、守りたい世界があるんだ』と。
多くの人が私を論破するだろうが、このセリフを心の中で懲りずに唱え続ける。
「そういや、蓮子さんとメリーさん、今頃どうしているかなあ?」
「さあ? でも二人ならきっと大丈夫ですよ、このひでえ世界でも生き延びてこれたんだし」
「違いない」
私は再び鍬を動かす、春の陽気が少し暑い、明日は種をまけるだろう。
善も悪も内包しながら、それでも私たちは生きる。
ド零細ジオン残党奮闘記 完
追伸 その後ステマー伍長とヌゥーエ元少尉は、なんだかんだで仲良くなった。
ポケットからもこぼれおちた、
でもひょっとしてあったかも知れない、そんな戦い。
「おい、精米した米、2階に運んでおいてくれ」
「ほ~い」
宇宙世紀0087冬
地球連邦日本地区京都。すっかり人影もまばらなかつての王都で、宇宙移民の代表者にして公国軍人である我々は、捲土重来の時を待ち続け……
というのは建前で、終戦後、古くからの景観と自然の残るこの場所を気に入り、それからずっと居ついてしまった。
もう7~8年近くにもなる。完全に土着状態といっても過言ではない。
今私たちは、農作業と、とある商品の通信販売で糊口をしのいでいる。
部下に出す命令も、今さっきのような呑気なものばかりだ。
私の名はとりあえず、オオタ准尉と名乗っておく。
名前の通り祖先はこの国の出身だ。祖先はシントーニズムの司祭だったともプログラマーであったとも言われているが、本当の事は良く分からない。
軍に入ったのは、サイド3が独立を宣言した際、連邦の経済制裁による不況で食いつめたせいで、特に崇高な志があったわけではない。かといって我々は脱走を試みたわけでもなく、終戦までそれなりに戦い続けてはいた。
もっとも、戦略的重要度の高くない戦線で、MS(モビルスーツ)の配備数もわずかだったが。
食いつめて軍に志願しながら、なぜ一応下士官になれたかというと、戦争に伴い士官が大量に必要になったためだった。そして急ごしらえの下士官様になってから数週間で終戦となった。
われわれの潜伏先兼司令部は小さなアパートの二階。
隙間風が冷たいが、こうして戦後の混乱の中で、風雨をしのげるだけでも幸いと思わなければならないだろう。
「よっこらしょ」
20キロの米袋を担いで登ってきた金髪碧眼の青年の名はステマー伍長。
前は広告代理店に勤めていたらしい。
徴兵されてからはMSの整備士となり、私の乗機だったMS-05(ザクⅠ・旧型ザク)の機付長をしていた。
ろくな補修部品も届かない中、彼は良く稼働状態を維持してくれていたものだ。
私と同様、なんやかんやで復員し損ねてここに居ついて今に至る。
「准尉、ここで良いですか」
「おお、サンキュー」
キッチンのそばに米袋を降ろす。合成ではない、新鮮な米の香りが鼻腔をくすぐった。
「では、任務を続行します」
軽く敬礼してステマー伍長は再び階下に戻った。任務とは農作業の事。衣食住の確保が我々の普段の任務だ。
彼は菜園で大根やニンジンなどを植えながら、近所に住む我々の志(土を耕してまったり暮らしたい)に賛同する協力者(農家のおばさん)と交流している。
戦後まもなくの頃、連邦に一矢報いる事を主張していた彼、そんな彼もずいぶんと丸くなったものだ。
おすそわけして貰った蜜柑の皮をむき、一房を袋ごと口に入れる。今年の蜜柑も良い出来だ。それから、あとで米を研がなくては。
「すっかり地元民になっちまったなあ」
正直、故郷に帰りたい気持ちが無いわけではないが、家族とはだいぶ前に離れ離れになってしまった上に、ここでの生活にも愛着が生まれまくっていた。
耕し、食べて、寝る。ときには誰かと語らい、趣味も楽しみながら。
これこそが本来の人間の生き方なのだろう。
政治や思想も、本来はこうした生き方を支えるためのものだったはずだ。
宇宙世紀0083当時、あのハゲ、いやデラーズ閣下の宣言を聞いた時、私は開戦時の高揚感を思い出し、正直心が躍った。
私にも男として生まれ持った闘争本能はある。それは否定しない。
しかし同時に、彼らは結局思想に酔っているだけではないかとも感じたのだ。
目的のための戦いが、いつしか戦いのための目的になってしまっている。
自分と必ずしも同じではない価値観を持ち、喜怒哀楽の感情を持ち、ご飯も食べればトイレにも行く、誰かと仲良くし、時には喧嘩し、恋だってする。
そんな等身大の生活者の事を思った上で行動していたのだろうか。
彼らはただ単に、脳内ジオン像を愛していたに過ぎなかったのではないか。
のちにデラーズ紛争と呼ばれる蜂起の結果、再びコロニーが落とされ、多くの人間が死に、かえって地球の人々は宇宙市民への反感を強めてしまった。
当時血気盛んだったステマーは最初、私たちも合流すべきだと主張したが、コロニー落着を境に、冗談でも蜂起しようなどとは言わなくなった。
決定的に彼を変えたのは、彼が情報端末でジオンの同志を名乗る相手とのチャット中、突如通信が途絶えた事だった。その人物はコロニーの落ちた地、北米に住んでいたのだ。
やがてこのテロにも等しい所業が、彼らの陰画とも言えるジオン残党狩り組織、ティターンズの台頭を招いてしまう。
ド零細とはいえ、やはりジオンの残りかすである私たちも、当然白い目で見る者がいた。
しかし、隣のおばさんも含む、この町に残った人々はわれわれを受け入れてくれたのだ。
感謝してもしきれない。
考えてみれば、直接には関与していないものの、我々二人も未曾有の虐殺をやってのけた陣営の一員だった事には違いない。
だから、こんなに幸せに暮らして良いのだろうかと感じる時がある。
せめて、この街の人々のために生きられたら良いと切に願わずにはいられない。
考えている内に、米を研ぐ手が止まってしまっていた。いけないいけない。
研ぎ終わった米を炊飯器に入れ、タイマーをセットした後、部屋の情報端末を起動させ、ネットワークに接続する。
そこのあるBBSで、ステマー伍長が夜な夜な一般の連邦市民を装い、反連邦的なメッセージを書きこんでいる事を私は知っている。
~俺アースノイド(地球居住者)だけど、連邦政府はコロニー落とされても文句言えなかったと思うよ~
もちろん、彼の書き込みの後、相当な非難を浴びているが。
彼にその事を尋ねると、「穏健路線に鞍替えしたんですよ」と悪びれない。
丸くなったとはいえ、彼の戦争はまだ終わっていないらしい。
いくらこの街の人々に受け入れられているとは言え、我々も基本的に加害者側なのだ。
だから、もうこんな事は自重して欲しい。もっとも彼の一般人を装った書き込みで、私の販売するある商品の売れ行きを上げてもらったりもしたので、あまり無理強いはできないがな。
ため息をついて端末の電源を切り、外に出てワッパ(バイク感覚で乗れる、小型のホバークラフトのようなもの)のエンジンをかける。前後のファンがうなりを上げて回転し、車体が浮き上がる。
わずかにスティックを操作し、車体を前傾させてやると、素早く前方へ滑り出した。
目的はいつもの買い物。
道路のアスファルトはすっかり剥がれ、あちこちから草花が顔を出している。
こんな場所はやっぱり宙に浮いて走るこいつの方が良い。
何て事を思いながら走っているうちに、通りがかった魚屋で奇妙なものを見つけた。
大きめのスチロール樹脂の箱に、氷水と一緒に銀色の細長い魚が入っている。
ワッパを着地させてエンジンを止め、買い物ついでに覗いてみよう。
「ああ、それは竜宮の使いっていうんですよ」と店主が説明してくれた。
「リュウグウノツカイ?」
「昨日海岸に打ち上げられていたやつを、珍しいんで貰って来たんですよ」
「味はどうなんです?」
「さっぱり。味は淡白で美味いと言えたもんじゃないですがね」
「ディスプレイ用の魚、といったところですね」
ふと脇を見ると、自分と同じ日本人系の少女がいた。
赤いリボンの巻かれた黒い帽子に、白い中華風の上着、黒いロングスカートをはいたその少女も、リュウグウノツカイをしゃがんで興味深そうに見ていた。
どこか不思議な雰囲気を持った少女は、店主に魚の事を尋ね、やはり店主から先程と同じような説明を受けて、なるほどとうなずいている。
この人は旅行者だろうか、と思っていると、自分が来た方向の反対側から、民生用ワッパに乗った大人の女性が走ってきた。やはり不思議なデザインの帽子に、紫で統一されたブラウスと長いスカートを身につけていた。
彼女は走りながら不安げに周囲を見回していて危ないと思った。
その金髪の女性がこちらと目が合い、通り過ぎようとした瞬間、彼女はあっと声を上げて減速し、来た道を引き返して魚屋の前でワッパを止めた。
もしやと思ったが、やはりこの少女の保護者か何からしい。
「蓮子、探したのよ、どんだけ心配したと思ってるの!」
「ごめんごめん、珍しいお魚があったから見ていたの」
「こんな所で油売ってないで、さっさと乗って」
「メリーは心配性だなあ」
その少女は私にお辞儀をして、女性の乗るワッパの後部座席にまたがり、通りを走って行った。
2人とも、ただの民間人には見えないが、さりとて軍人でもなさそうだ。
まあいいか、今夜はアジの開きでも焼くか。
「ご主人、これ下さい」 「まいどあり」
ぴゅう、と冷たい風が吹いた。
魚屋のラジオから、ティターンズと反地球連邦組織エゥーゴとの、抗争激化を知らせるニュースが流れていた。
待っていれば春は来る。だがその春を迎えられない者もいるのだろうな。
小さなソーラーパネルで作った質素な明かりの元、私とステマー伍長はラジオを聞きつつ夕食を摂る。慣れなかった箸もすっかり手になじんでいる。
ご飯とアジの開き、沢庵、そしてこっそり醸造したビールがうまい。
ちなみにビールは醸造と配達のめどが立つ限り、ネット販売もしている。
「ステマー、MSの整備をやって欲しいんだが」
「ええ? あんなオンボロのMS05で今更エゥーゴにでもつくんですか」
「いや、だいぶ復興も進んできたし、今年、ようやく祭りが復活するんだ」
「ああ、ジオン祭りですね」
「祇園祭りだよ」
「山車の代わりに、あれを出そうと思う、だから縁起のいい紅白に塗装してたんだ。稼働状態にできないだろうか、歩くだけで良いんだ」
「趣味を兼ねてちょくちょく弄っていましたから、今でも歩くぐらいはできると思いますよ、連邦の目を盗んでパーツを調達しながらですけどね」
「祇園祭りに間に合えばいいよ」
コンコンというドアを叩く音がした。
誰かと思いドアを開けると、なんと夕方会った2人組の女性だった。
「ああ、さっきの方ですね、どうしてここを?」
背の高い金髪の女性が挨拶した。
「夜分失礼します、今日ここの一階に引っ越してきました、マエリベリー=ハーンと言います。メリーで結構です」
黒髪の少女が改めて自己紹介する。
「宇佐美蓮子と申します」
髪の色も名字も違うが、雰囲気は年の近い親子と言った雰囲気である。
「久しぶりに外の世界に来たら、いろいろあったもので、ようやくここで一息つけそうです」
外の世界、どういう事だろう。
「ああ、この人はときどきおかしなことを言うんです、気にしないで下さい」
「ちょっと蓮子、何が可笑しいって言うのよ」
だるそうにステマーがダイニングから顔を覗かせた。
「どちらさんですか……おおっ」
マエリベリーと名乗った女性の顔を見たとたん、彼は興味しんしんで玄関へ走ってきた。
「こんばんは、自分はステマーと言います。困った事があったらいつでも行って下さい! とくにあなたのような美人は大歓迎です」
「おいステマ野郎、この人困った顔してるじゃないか」
「だって、近所づきあいは必要でしょうが」
「それにしたってお前の鼻息すごすぎ」
私たちのやり取りを聞いて、メリーさんと蓮子さんはクスクスと笑いだす。
「……失礼、お二人とも仲がよろしいんですね」
「まあ、こいつとは腐れ縁みたいなものですが」
「上等のビールがあります、そのうちおすそわけに参りますよ」
挨拶を終えて2人は戻って行った。
親子のように親しそうにしていたが、人種も年齢も違う2人。きっといろいろあったのだろう。
しかし、余計な詮索は野暮というもの。素性が知れないのは私たちだって似たようなものなのだから。
ダイニングに戻ると、ラジオが何かの事件を伝えている。
日本地区にあるニュータイプ関連の研究施設から、誰かが騒ぎを起こし、逃走中だと言う。
逃走者は2人組の女で、ラジオが読み上げるその特徴は、さっきの2人そっくりだった。もしや……。
その時、情報端末を立ち上げたステマーがあっと声を上げた。
「どした?」
「准尉、このニュースサイトを見て下さい。そのニュータイプ関連の研究施設から逃げたっていう、2人組の女の手配書です」
ステマーは端末の画面を私に見せた。そこには年の離れた2人の女性の顔写真が掲載されていた。どちらも生気のない表情をしており、髪も雑に切られたままになっている。
印象が違っているが、この顔の輪郭や目の位置は間違いなくメリーさんと蓮子さんだ。
「准尉、この施設、おそらくムラサメ研の事でしょう、ここに関してはいろいろと良からぬ噂がありますからね、人体実験まがいの事をしているとか。それに第一、あの二人が悪い人間には見えません」
ステマーの言葉には、単にメリーさんが美人だからという以外の感情が感じられた。
「同感だ、きっとひどい目にあわされて逃げてきたんだろう。2人を追う奴がいないかそれとなく警戒していてくれ、私もそうする。あと2人にももっと変装してもらった方が良いな。明日話し合ってみよう。協力してくれるか?」
「了解です」
「これが私たちにできる、ささやかな反連邦(エゥーゴ)活動だ」
訳も無く高揚感がみなぎって来るのを感じた。
だが結局この決意も感情も自己満足に過ぎないのかもしれない。
単なるヒーロー願望、自国がしてきた事への罪滅ぼしになるのではという期待、惚れた女性をものにしたい欲求、満たしたい闘争心。
しかしこれが自己満足であろうと、偽善であろうと、今はあの二人を助けてやりたい。
少なくとも、そうしたい気持ちだけは嘘じゃない。おそらくステマーも同様に違いない。
冷蔵庫のビールを2人で飲み干し、その日は早めに床についた。
ちなみにちょっと吐いた。
次の日、ステマーを連れて引っ越してきたばかりの彼女たちを訪問した。
こっそり醸造したビール1ダースと、茹でた天然タケノコを贈り、私たちが2人の立場を知っている事をそれとなく伝えると、蓮子さんとメリーさんはこわばった表情でうなずいた。
「待って下さい、別に通報する気はありません。われわれも似たような立場ですし」
ステマーも胸を張る。
「安心して下さい、ひどい事をされたのでしょう、私とオオタ准尉で護って見せます」
メリーさんが頭を下げた。
「ありがとうございます、でも、安全な場所に渡るめどがついたので、オオタさんとステマーさんには迷惑はかからないと思います」
「安全な場所? だれか支援者がいるんですか」
蓮子さんが代わりに答えた。
「いえ、メリーには不思議な能力があって、それでいままで逃げてこられたんです」
「こう見えても、私蓮子と同い年なの。変な研究所に掴まって、それで成長促進因子を投与されて、蓮子より一足早く大人にされちゃった」
えへへ、と苦笑しながら、メリーさんは自分が受けた非人道的な体験を語る。
本来なら、もっと精神に異常を来してもおかしくなかったのではないか。
まだこのような笑顔が出来るのは奇跡に思えた。
「そのかわり、もともとあった不思議な力も強くなって、それで逃げる事が出来たの。人間万事塞翁が馬、と言う所ね」
蓮子さんが割り込んできた。
「ねえねえ、次はあなた方の身の上話を聞かせてくれない? おそらくあなた達、ジオンの人でしょう」
「そうしてそれを?」
「ジオン訛りですぐ分かりましたし」
「まあ、ほとんど土着してますがね」
「あの、そのタケノコ、食べていいですか」
蓮子さんの興味は、すでにラップに包んだ茹でたタケノコに向けられているようだ。
私がどうぞと言うと、蓮子さんは箸を持ち出して、そのタケノコを一口食べてみた。
「お~いしい~、ねえねえメリーも食べてみてよ」ほっこりした笑顔。
「美味しいわね、合成じゃないタケノコなんて何年ぶりかしら」
「なんならまだありますよ、持ってきてあげましょうか」
ステマーが得意になる。
「おいおい、これ隣のおばさんから貰った奴だろうが」
重苦しい雰囲気は消え、私たちはしばらく、育てている農作物や、近所の人々の話題に花を咲かせた。
この人達がこうして笑って暮らせる日が長く続きますように。
夜、今日は屋台がこの辺に来る日だったので、日頃やりくりして貯めたわずかな金でステマーと一緒に飲みに出かけた。
付近の偵察も兼ねての行動なので、酒は控えめにしよう。
屋台は中世期から変わりない木造のスタイルで、温かみを感じさせてくれるデザインだ。
ご主人に酒を一杯注文した。おでんの旨そうな匂いと湯気が漂ってくる。
「最近お客さんが増えたんですよ」とご主人。
「だいたい、ここも1万人は超えたんじゃないかなあ」ステマーが言った。
「復興も進んでいますね、良かった良かった」
歴史的なこの国の首都だっただけあって、宇宙移民が始まる前は数百万の都市だったそうだ。
それを考えれば凄まじい過疎ぶりだが、それでも戦争終了直後はもっとさびれていた。
だが、次第に人々が移り住むようになり、私たちが隠れ住む余裕も出来たってわけだ。
そして自分が会ったアースノイドの多くは、決して重力に魂を引かれた特権階級ではなく、隣のおばさんや魚屋や八百屋、この屋台のご主人のような素朴に生きる人たちばかりだった。
サイド3本国での思想教育で聞かされていたアースノイド像とは全然違う。本国の人間たちも分かって欲しいものだ。
酒をもう一杯、と言おうとした時、のれんをくぐって1人の軍服を着た女が椅子に座った。
「ちょいとごめんよ」
私とステマーは少し座る位置をずらして、女が座る場所を作ってやる。
女は黒いショートヘアの20代半ばらしい年恰好をしていた。その軍服からして、ただの連邦軍兵士ではありえない。黒を基調に襟元が赤くなっている、これは……ティターンズの制服だ。
「まずは焼酎一杯」
私とステマーは顔を合わせ、息を飲んだ。どうしてこんな奴が街に? 何の目的で?
「失礼、あんた方は軍人さんかしら?」 女が話しかけてきた。
「ええ、元、がつきますが」なるべく平静を装わなければ。
「雰囲気からして何となくわかったわ、どこにいたの」
「はあ、日本地区で任務についていたんですが」
「そうか、ジオンの奴らが潜り込んでいやしないかと気になってね、こうして調べているの」
「そうですか、でもこの辺で残党勢力なんて聞きませんが」
すると女は、感情をこめた声でまくしたてた。
「油断は禁物よ。奴らはコロニー落としで多くの同胞を殺した。加えて、同じスペースノイドでもジオンにつかなかった連中のコロニーまで核やらガスやらで皆殺しにした。まだそこから10年も経っていないのよ。いい? まだ10年も経っていないの。どんな静かな街でも警戒するに越した事はないわ。まったく地球の癌よね奴らは」
好き放題言われて悔しく思ったが、大勢の人間をジオンが殺めたのは事実だし、こうして憎む人がいるのも事実だ。それは認めなければならない。認めなければならないのだが、それでもいざ面と向かって言われると辛い。
ご主人が女をなだめる。
「でもまあ、元ジオンの人らも、ほとんどは戦いをやめてサイド3に帰るか、地球で平和に暮らしているのがほとんどでしょうよ。過激な奴らが目立つだけで」
「宇宙人は地球から出ていけばいいんだ。たとえ武器を放棄したとしても、のうのうと裁かれもせず土着するなんて許せない、君たちもそう思わない?」
私は目を伏せて、歯を食いしばり、女の中傷に耐えようとした。
ステマーが耐えかねて、椅子から立ち上がって男に向き直る。
「俺連邦に忠誠を誓う普通の市民だけど、お前らティターンズだって、罪のないコロニー住民をガスで皆殺しにしたじゃないか」
「よせステマー」 制止する、これ以上こいつに関わるな。
エゥーゴがダカールにある連邦議会を制圧した時、彼らがそうしたティターンズの蛮行を暴露したのは記憶に新しい。もちろんティターンズ広報部は否定しているが。
「おまえのようなジオン訛りの連邦市民がいるか。それもジオン残党のステマに決まっている。それとも何? もしかして君たちはジオンシンパか。あるいはそのものなのか?」
ご名答、と心の中でつぶやく。
「うるせえ、俺は別にジオンなんて信じちゃいねえよ。だがジオンが悪でも、てめえらの行為の正当化にはならねえって言ってんだよ」
女は一瞬怯む気配を見せたが、なおも口論を続けようとする。
「ちょっと、喧嘩はよそでやってくれ」 そんな2人をご主人がたしなめた。
私はステマーを座らせ、女にも落ち着くよう言った。
「コホン、これだけは言っておくわ、君らが何者であろうと、バスク=オム閣下から直々にティターンズの秘密兵器と言われた、このヌゥーエ少尉がいる限り、ジオンの好きにはさせないんだから」
そう宣言すると、ヌゥーエ少尉と名乗った女は一杯の焼酎を勢いよく飲み干し。コップを屋台のテーブルに叩きつけ、代金を払い去って行った。
「一応金は払うんだな」
「何のんきな事言ってるんすか」
「何だったんだあのヌエ女は」 ステマーが夜道を歩きながら毒づいた。
ヌエ、鵺とはこの京都に出没したという妖怪の名前だ。
「確かに黒くて正体不明そうな奴だったしな」
「な~にが秘密兵器だ。エゥーゴとティターンズの主戦場は今や宇宙だ。秘密兵器様がこんな辺鄙な場所でうろついてるかっつーの!」
「おおかた、ハイスクールの運動部で、お前はわがチームの秘密兵器だ、って言われてずっと秘密兵器のまま秘匿されるタイプだろう」
「あははは、そりゃ最高だ。それでそのヌエってやつ、伝承によるとヨリマサというサムライによって退治されんですよね」
「ああ。弓で射られてな」
夜の商店街の通りから、腹に響く音が響いてくる。
私たちはとっさに電柱の陰に隠れて、そっと顔を覗かせて音の主を探る。
やがて商店街の風景に不釣り合いな、巨大な影がゆっくりと進んでくる。
「やっぱり、あれは連邦のホバートラックだ。後ろにはもっと大きいトラック、こっちは車輪式のやつ……サムソントレーラーだ、うちからパクったんだ。なんかでっかいものを積んでいる」
大きいトラックの荷台には、迷彩色のシートに包まれた巨大な構造物が横たわっていた。
おそらくMSと思われる。
車列が去った後、ステマーも私もすっかり酔いがさめていた。
「物騒ですね准尉、いくらなんでも、さっきの喧嘩の仕返しとか、准尉のビール密造がばれたぐらいでこんなモンを送り込むはずがない」
「ああ、2人が危ない」
私たちはアパートへと急いだ。ステマーが歯ぎしりした。
「もし、あのヌエがメリーさんと蓮子さんを襲ったら、俺がヨリマサの矢となって退治してやる」
アパートにつくと、2人はまさに出掛けようとしている所だった。
「何を考えている? どうしてこんな夜に? すでに連中がこの街に展開している、私らの部屋に隠れるんだ」
「いいえ、私たちはもうここを出ます。お世話になりました」
メリーさんが悲しそうに、けれども強い意志を感じさせる目と声で話す。
何だか昼に会った時とは別人のようだ。妖艶ささえ感じる。
いや、非常時に何を思っているんだ私は!
「もうこの街の人々に迷惑はかけられません、それに、前にも申しましたように、この世界から脱出するめどがついたのです」
蓮子さんがうなずく。この世界から脱出するとはどういう意味だ?
「昼間この辺を調べて、こちらの世界とあちらの世界との境界があると分かったんです。ですからそこへ行こうと思うんです」
「何訳の分からない事を? 女性2人で軍の追跡から逃れられるわけが……」
「それが、出来るのです。メリー、証拠を見せてあげて、私たちがどうやって今まで逃げてこられたのかを……」
メリーさんが右手を虚空にかざし、すうっと降ろした。
何もないはずの空間に、何かが裂けたような雰囲気がした。
つぎの瞬間、私とステマーの背後にメリーさんが立っているではないか。
「これは、トリックですか?」 ステマーが突然の出来事に驚き、目をこすっている。
「まさか、ニュータイプ能力と言うやつか?」
「いえ、ニュータイプとは異なる力です。物理的なものと、論理的なものを問わず、様々な境界をを操り、飛び越える能力があるのです」
どちらにしても初めて見る人の異能の力だ。
「もともとメリーはその境界を見ることしかできなかったんだけどね。皮肉な事に、あの人たちにいろいろされたせいで能力が目覚めて、それで元いた世界に帰れる可能性が出てきたの」
「元いた世界? 君たちは何者なんだ?」
「こちらと変わりないけれど、少し違う歴史を歩んだ世界から迷い込んだのです」
「つまり、パラレルワールドという奴か」
「そう、もう一息でその世界との境界にたどり着けるの。星の位置からして、もう時間がない」
意味はよく分からないが、蓮子さんは一刻も早く出発したがっている。メリーさんも早口で付け加えた。
「そこで今日と明日の境界の時、午前零時に向こうへの道が開けるはず」
「じゃあ、その能力で一息に飛べばいいじゃないですか?」 ステマーがもっともな疑問を出した。
「それが、こちらではこの程度の移動が限界なの。だからもう行きます、今までありがとうございました」
私とステマーは顔を見合わせ、決意する。
「その座標を教えてくれ。援護する」
メリーさんが困惑する。
「これ以上ご迷惑は……」
「乗りかかった船だ、それに、メリーさんに惚れたアホが約1名隣にいるしね」
ステマーが笑う。
「ええ、任しといて下さい、必ずやあなた達をお送りします」
メリーさんが持っていた携帯情報端末からその境界とやらの座標を転送してもらい。時計を合わせ、アパートの部屋から隠していた拳銃を装備し、1台のワッパに私と蓮子さん、もう1台にステマーとメリーさんを乗せ、その場所に向おうとする。
そこは旧市街地に近い小高い山で、そこで前にさびれた神社を見たような気がする。
「行くぞ、しっかりつかまってて!」
発進しようとすると、轟音が響き、逃げ惑う住民たちの怒号、悲鳴が聞こえてきた。
巨人の影が私たちに迫る。久しぶりに聞くMSの足音だ。
黒塗りのMSの頭部には、人間の顔を模したツインカメラ、2本のアンテナがある。
初めて見るRX-78タイプ。
左腕にはシールドを、右腕には小型のビームライフルらしき得物をもっている。
こんな街中でMSを歩かせた挙句、ビームなんぞぶっ放す気か?
スピーカーからパイロットの声が夜空に響き渡る。
「そこのお前達、おとなしく投降せよ。投降しない場合命は保証しない」
女の声、乗っているのはあのヌエか?
私は照明弾用の拳銃をMS頭部に向かって撃つ。
閃光が一時的に奴の視界を奪った……はずだ。
私はその隙に蓮子さんをワッパからおろし、ステマーとメリーさんの車に半ば無理やり乗せた。
「ステマー、2人を連れていけ、MS-05は動けるな」
「まだ歩くのがやっとです。准尉、一体何をするつもりですか?」
「幸い敵MSは1機だけらしい、陽動ぐらいにはなる」
その言葉を聞いた途端、ステマーは半泣きになって私を止めようとした。
「馬鹿な、死ぬ気ですか!」
「死ぬ気はないよ。今からステマー伍長に命令する。2人の女性を無事送り届け、必ず生還せよ。合流ポイントはそうだな、法隆寺でどうだ」
ステマーはしばらく私の顔を見つめ、目を伏せた後、軍人の顔に戻って言う。
「准尉……そこまでおっしゃるのなら。了解しました」
力強く敬礼をし、私も応じた。
「しっかりつかまっていて下さい。准尉も死なないで下さい、グッドラック!」
そしてスロットルを全開にし、あろうことかMSに向けて一直線に走り、雄たけびを上げて股下をくぐりぬけた。
「タリィィィィーホオオオオゥ」
MSが背を向け、2人を追おうとする。私はMS-05を隠した工場の廃墟へ走る。
祇園祭に出すつもりだったので、めでたい色の紅白に塗っておいてあり、少しでもぷりちーな印象を持たせようと、頭部には私特製の大きなリボンが結わえ付けられている。
整備が済んでいないため、両肩の装甲は外されている。だが仕方がない。
シートをはがし、コクピットに飛び込んだ。
OSを立ちあげ、核融合炉を始動させる。燃料のヘリウム3はかろうじて残っている。
「こいつ、一応動くぞ」
7年ぶりの緊張と高揚感に包まれ、各種機能をチェックする。
「すごい、通常の3分の1のエネルギーゲインだ」
ステマーがいかに優れた整備士でも、さすがに経年劣化は避けられない。
立ってくれMS-05、今一度だけ、人々のために動いてくれ。侵略の象徴のままで終わりたくはないだろう。頼む。
「俺に力を貸してくれ」
祈りに応じたかのようにモノアイが光り、再び私の愛機は立ちあがった。
120mmザクマシンガンを右手に持ち、ヒートホークを左手で持って腰部のホルダーに取りつける。
与えられた矢はあまりにも細く、頼りない。
しかし、いつだって人間は、限られた力で出来るだけの事をするしかないのだ。
戦時中も戦後も、そうして生き抜いてきたつもりだ。
「さあ、行こう。鵺退治だ」
そう自分と愛機を励ますと、応じるかのように駆動装置がうなりを上げた。
頭部カメラの望遠機能を使った。
3人の乗ったワッパをRX-78タイプが探している。その距離は約300m。
ワッパは順調に指定の座標へ向け、無人地帯を疾走している。
RX-78が頭部の60mmバルカン砲を見当違いの方向へ撃っている。
よし、まだ見つかってない。
と思ったとたん。RX-78は背部のロケットエンジンを吹かし、ワッパの走る方向へジャンプを行ったではないか。
「商店街のド真ん中で!」
噴煙が商店街の一部を焦がし、機体が空に浮かぶ。あれは魚屋の辺りか? どうか無事でいてくれ。
だが不幸中の幸いとも言える。これで極力みんなを巻き込まずに戦える。
火器管制装置オン、120mmザクマシンガンを構え、モニターに映る上昇中の敵を緑色の円環で囲む。
火器管制装置が敵の動きを予測し、照準し終えた事を示すアラームが鳴る、同時に円環の色が緑から赤へ、ロックオン完了。
「当たれ!」
すかさずファイア! 3点バースト射撃。
手作りの砲弾が3つ、素人にも見える速度で飛んでいく。
内2発が下降中の敵の背部に命中。あるはずのない反撃に敵は狼狽し……てくれないと困る。
「MSだと、生意気な!」
敵は私に気づき、ビームライフルをこちらに向け、撃った。とっさに操縦かんを傾け、横に飛び退く。
ピンク色の閃光が機体をかすめ、遠くにそびえる五重塔を焼いた。
「てめっ、五重塔が四重塔になっちまっただろ! 文化遺産大事にしろい」
軽口を叩いてみるが、背筋に冷や汗が流れる。火力ではどう見てもあちらが有利。
だが敵機のシルエットをよく見ると、RX-78タイプなら背部に2本装備されているはずのビームサーベルが1本しかない。加えて、腰の装甲にあるブロック状のパーツが付いていない。さらに、頭部がレンズを拡大してよく見ると顔がハリボテ臭い。
「こりゃ78じゃない、廉価版のGM(ジム)だ」
ジオン残党を威嚇するため、外見だけ上位機種に似せたのだろう。精鋭部隊のティターンズなのに、主戦場の宇宙ではなく、こんなド辺境もいい所で働いていて、しかもMSは単機、それもパチモンときた。
「確かに秘密にしたい兵器ではあるな」 わずかに精神に余裕が生まれた。
敵を無人地帯に誘導するように機体を走らせながら、外部スピーカーを音量最大にしてヌゥーエ少尉を挑発する。
「驚いた、精鋭のティターンズにもコネ入社があったとはな」
「誰がコネ入社だ!」
怒ってビームを連射してくる。ビームのあたった廃墟のコンクリートが溶けていく。これに当たる訳にはいかない。
しかし、どうも火力でごり押しする事しか考えられないらしい。ますますコネで入隊した疑いが強い。
「そうやって怒るのは図星だからだろ!」
なおも挑発する。相手は完全にステマー達の事を失念しているようだ。
だが相手の足の方が早い、MS-05が追い付かれそうになると、マシンガンを狙いをつけずに乱射した。
何発か命中するが、手造りの砲弾に手造りの炸薬、これではMSはおろか、61式(戦車)さえ倒せないだろう。
とうとうマシンガンの弾数が残り3発になった。
「もう抵抗しても無駄だ。安心しろ、あの二人は殺しはしない。お前はここで終わりだがな」
シールドで防御もせず、ライフルの銃口を私のコックピットに向けた。10mも離れていない。
相手は勝利を確信している。
私は息を吐き、慎重に狙いをつけ、残りの3発を叩きこんだ。
「無駄だと言……」
相手が言い終わらないうちに、RX-78もどきのビームライフルが右手ごと弾け、機体が激しく揺れた。
実は最後の3発だけは手造りではなく、戦争末期にわずかに支給された、本物の対MS貫通弾を入れておいたのだ。
「これでもベテランなんだぞ、一応はな」
息を切らし、敵機を見る。全身に汗が噴き出していた事に今ごろ気づく。
これでMSは片付けた、あとはステマーが無事に2人を送り届ければ……。
「まだだ!」ヌゥーエ少尉の声。敵はまだ沈黙していない。
エレキギターをかきならしたような音とともに頭部のバルカン砲が火を吹き、こちらの頭部メインカメラが破損した。
モニターの画像が飛び、すぐさま全身に設けられた補助カメラの映像に切り替わるが、画質は経年劣化でかなり落ちていた。
「油断するから!」
壊れていない左手で背中のビームサーベルを握り、ビームの刃を発生させ、横薙ぎにこちらの胴体を切り裂こうとする。
(だめだ、動作が追い付かない。これが報いか?)
と思った瞬間、突如愛機MS-05の両ひざの関節が動き、胴体をのけぞらせた。
単に膝関節が劣化して、機体を支えられなくなっただけかも知れない。
それとも、MS-05が私を守ってくれたのか?
ビームサーベルの刃がコックピットの装甲を浅く切り裂き、こちらの姿が相手に見える。
「やはりあの屋台の男。お前も両親の仇か?」
やっぱりジオンに相当な恨みを抱いていた。
「おいっ、投降する。そのあと私を銃殺にしてくれてもいいから、あの二人は逃がしてやってくれ、彼女らに罪はない」
「じゃあお前らは開戦時のあの時、罪のない人を巻き込まなかったのか、殺された者はみんな罪人だったとでも言うのか」
痛いところを突いてくる。
「確かに私たちは罪を犯した。だが、それで2人のか弱い女の子を苦しめる理由になるのか? その時点でお前も罪人じゃないか」
「あの子たちは貴重な戦力になる、二度と私の家族のような目に合わせないための力だ」大の外道を消すために、私たちは小の外道になると覚悟したんだ」
「そこまでするなら」 こちらも同じ覚悟を決めるしかない。
今度こそRX-78もどきのサーベルが、MS-05の胴体を突こうとした。
「させるか!」
同時にこちらもヒートホークを敵機の胴体に振りおろす。
もうコックピットを外す操作をする余裕がない!
ヒートホークがRX-78もどきのコックピット付近の装甲に食い込み、サーベルがMS-05のジェネレーターの部位を刺した。
(相討ちか、ステマー、後は任せた)
私は目を閉じてその時を待つ。だが爆発は起こらない。
気がつくと、私はまだ生きてコックピットに座っていた。
モニターにヘリウム3残量ゼロを知らせる文字が現われた。ぎりぎりガス欠で、爆発する物が無くなったらしい。
「はああ、ド零細勢力で良かった……」
コックピットが開かないので、赤熱した装甲をかのラル大尉のように手で押し曲げて(熱い)どうにか機外に出た。
MS-05に感謝しつつ、脚部を伝って地上に降りた。土の感触を踏みしめると、改めて生き延びたんだな、という実感が沸いた。
敵のRX-78もどきを見上げてみる、ビームサーベルの刃は消え、今度こそ沈黙したようだ。結局ヒートホークはコックピットを逸れていた。あの女、ヌゥーエ少尉は生きているだろうか。
そう思っていると、RX-78もどきのコックピットカバーが火薬で吹き飛ばされ、中からヌゥーエ少尉が顔を見せた。私は呼び掛けた。
「なあ、ジオンの象徴であるこいつをボッコボコにしたんだ、これで復讐済んだと言う事にしようや」
彼女が何かを言いかけた時、ちょうど午前零時を知らせる腕時計のアラームが鳴った。
と同時に、満天の星空が急に白いベールで覆われたような光で包まれた、ような気がした
その眺めはただただ壮観としか言いようがない。
幻覚かとも思ったが、見上げるとヌゥーエ少尉も同様に呆気にとられて空を見つめている。
しばらく2人でその光景に見とれていた。
彼女がまだ放心状態のうちにそっとその場を離れ、合流ポイントの法隆寺に向けてとぼとぼ歩く。月明かりに浮かぶ五重塔はやっぱり四重塔になったままだった。
「請求は連邦にお願いしますよ」
ステマー達は無事だろうか。帰ったら飲み直したい。
「あ、やべ。法隆寺ってもけっこう広いぞ。どこで落ち合おうか」
しかしその心配の必要はないようだった。ワッパの音が近づき、ステマーが1人で戻ってきたのだ。
「准尉、ご無事で」
「2人はどうした」
「何て言ったらいいのか分かりませんが、古いジンジャに無事たどり着いて、午前零時になんか光って、2人とも帰っていきました。准尉によろしくと言ってました」
「じゃあ、ミッション成功だな」
「ですね、早くずらかりましょう、連邦の増援が来たら厄介です。そういやあのヌエ女は?」
「まだ生きていた。勘だが、もうあの子には戦争はできんよ」
目的地を法隆寺から家に変えた。
自衛のためとはいえ、愛するこの街で、MSを繰り出して戦ってしまった。
もうここには住めない。停戦直後のように、またどこかへ流れていくしかない。
街中は徐々に落ち着きを取り戻し始めていたようだった。
魚屋の周辺は一部焼け焦げていたが、連邦兵や消防隊員、街の人の話を盗み聞くと、それほどの被害は出ていないらしい。
道端にあの魚、リュウグウノツカイが落ちていた。推進剤で焼け焦げている。ブーストで吹き飛ばされたらしい。
「もしかして、お前が身代わりになってくれたのかい」
私はリュウグウノツカイを拾い上げ、持ち帰る事にした。
「なんでこんな魚持って帰るんです?」
「こいつも戦いの被害者だ、食べて供養しようと思ってな」
「クヨウ、ですか? 確か感謝して食べる事が弔いになるんですよね」
私たちは家に戻り、その魚を焼いて食べた。
味はあまりしなかったが、これがこの街での最後の食事だと思うと込み上げてくるものがあった。ちょっと推進剤臭かったが。
残りのビールを飲み干して眠りにつき、次の日の午前に荷物を持てる分だけまとめ、ステマーと2人でワッパに乗りこんだ。
去り際に隣のおばさんと会った。
「昨夜はすみませんでした」
「やっぱり、行ってしまうんかい?」
「私たちがこれ以上この街にいれば、あなた方にも迷惑がかかります」
「もしほとぼりが冷めたら、また帰っておいで」
「ありがとうございます。今までのご恩、決して忘れません、では」
そうして私たちはこの街を去った。
「ジオン祭見たかったなあ」 ステマーがぼやく。
「仕方ないな」 機会があれば、こっそり覗いてみよう。
幸運にも、いくらか離れた街に腰を落ち着ける事が出来、そこでまた家を借り、小さいながら菜園を造り、プチモビ作業などの仕事もしながら、一応死なないだけの生活は出来ている。
あの日、エゥーゴはティターンズに決戦を挑み、コロニーレーザーが照射され、ティターンズは壊滅、エゥーゴも相当な損害を受けたそうだ。
そして、毒ガス作戦を含むティターンズの所業も完ぺきに暴露され、組織は解散に追い込まれた。
「なんでも、そのエゥーゴの乾坤一擲の大作戦、シュールストレミング作戦とか言ったらしいですよ」
私が新たな畑の耕作にいそしんでいる頃、買い物帰りのステマーからそう言う情報を聞かされた。
「そりゃ凄そうな作戦だな」
あの日の午前零時の光は、はるか上空で照射されたコロニーレーザーの光だったのか?
それとも、蓮子さんとメリーさんが境界を越えた時、あちら側から漏れ出たエネルギーか何かだったのだろうか?
「ここで醸造されたビールを買ってきましたよ。ちゃんと許可を受けた奴です」
「私のより美味しいかな?」
「それから、あのヌエ女を見ました」
「まだ私たちを追っているのか」
ステマーがニヤニヤしながら答える。
「いいえ、全然。信じられますか、そこのスーパーでレジ打ちをやってました。あの後、即軍をクビになったそうです」
ステマーはけらけらと笑いだす。
「そうか、何とか生き延びていてくれたか」
ティターンズの蛮行が暴露された時、彼女はどう思っただろうか。
「面白かったですよ、『ねえねえ、軍をクビになってどんな感じ? 賊軍になった時どう思った?』と聞いたら顔を真っ赤にしてました」
「悪趣味な奴だなあ」
ステマーは苦笑いして肩をすくめた。
「敵だったんですよ、実弾を我々に向けていたんですよ、これくらいしても罰は当たらないと思いますが?」
「お前こそ、信じていたものが崩れ去る時の気持ちは知っているはずだろう。そっとしておいてやれ」
「ううむ、そうですね。准尉がおっしゃるなら……。彼女、クビと引き換えに戦犯訴追もされなかったようです」
秘密兵器(笑)扱いだったため、決戦の場に出ずに済み、生き延びた彼女の事を思う。
もう、復讐心は忘れてくれただろうか?
過去に引きずられるな、と彼女に言う資格は私たちにはない。
でも復讐以外の生き方を探して欲しいと願う。
私たちが罪を背負った存在であったとしても、あの時、絶対に2人を引き渡すわけにはいかなかった。
向こうからすればとんだ偽善、自己満足、裁かれもせずヒーロー気取りでおめでたい輩と思っただろう。しかしこう思う、
『それでも、守りたい世界があるんだ』と。
多くの人が私を論破するだろうが、このセリフを心の中で懲りずに唱え続ける。
「そういや、蓮子さんとメリーさん、今頃どうしているかなあ?」
「さあ? でも二人ならきっと大丈夫ですよ、このひでえ世界でも生き延びてこれたんだし」
「違いない」
私は再び鍬を動かす、春の陽気が少し暑い、明日は種をまけるだろう。
善も悪も内包しながら、それでも私たちは生きる。
ド零細ジオン残党奮闘記 完
追伸 その後ステマー伍長とヌゥーエ元少尉は、なんだかんだで仲良くなった。
なんて芯の強いゆるさなんだ・・・
感動しました。元ネタ全部わかると思います。東方の設定とガンダムの設定のつなげ方、つなげる設定のチョイスも良かったよ。
あー、いいSSでした